第一章①
目覚めたとき、私はベッドの上にいた。
あの
「生きて、る……?」
天井に向かって手を
「ど、どうして? 私の体、一体どうなって──」
(……電子音って、何だったっけ?)
思い出そうとする前に、それは目の前に現れた。
────────────────
【オリヴィア・ベル・アーヴァイン】
性別:女
状態:
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
《創造神の加護(
毒スキル new!
・毒
────────────────
「ゲームのステータス画面!?」
そう
そして自分が、ゲーム主人公の聖女のライバル役、悪役令嬢オリヴィアであることも。
もう何から
「確かに私は、毒で苦しんで死にたくないとは言ったけど、正しくは毒とは
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
毒スキル new!
・毒耐性Lv.1 new!
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
つまり、そういうことじゃなーい!!
あまりの怒りに頭に血が上ったのか、くらりと
「待って。つまり、
幸せになる機会というのは、時を
現状を理解した私は、へなへなと
「
どうせなら、毒殺の危険などない
それなら前世の記憶やスキルなんてものも必要なかったはずだ。平穏で慎ましくていいと言ったのを、デミウルは聞いていなかったのだろうか。
「あのお気楽な笑顔の創造神、一発
思わずそんな
どうやら前世の記憶を得たことで、人格にも
「神様に話が通じないことはよーくわかった。とにかく、こうなってしまった以上、与えられたものでなんとか生きていくしかない」
そう決意し、私はステータス画面をチェックすることにした。状態やらスキルなど、いかにもゲームといった感じだ。
「色々ツッコミどころが多い。っていうか、ツッコむところしかないわ」
オリヴィア・ベル・アーヴァイン。前世でプレイした乙女ゲーム【救国の聖女】に出てくる悪役
「ここは【救国の聖女】の世界そのものなのかな……?」
次は年齢。十三歳とある。投獄され殺されたとき、私は十六歳だった。つまり三年の時を遡ったことになる。自分だけが若返ったわけではないのなら。
「状態は衰弱……。確かにガリッガリだわ。こんなに貧相な体をしていたのね、私」
目の前の鏡に映る姿に、泣きたい気持ちになった。
青白く
頭の中で、美容部員だった前世の自分が「直視できない!」と
一番気になるのは職業だ。侯爵令嬢の下に、毒喰いとあるのは何なのか。
そんなデンジャラスな職業に
毒スキル。こんなスキルは【救国の聖女】では見たことがなかった。
デミウルが唯一無二のと言っていたので、私だけのスキルなのだろうけれど……。
「正直、毒スキルって聞こえが悪すぎない?」
明らかに悪役のスキルという感じだ。貴族の令嬢がこんなスキルを持っていると知られたら、どういう目で見られるかは簡単に想像がつく。
「毒で
また、スキルの横にある毒耐性という表示は、恐らくそのままの意味の能力だろう。
毒で苦しんで死にたくない、という願いにまさか耐性で
ついでに《創造神の加護(憐れみ)》の(憐れみ)の部分、必要あっただろうか。憐れむなら、
「毒に強い体になったんだろうけど、それってどの程度なのかしら。すべての毒に
しかし確かめるにしても、どうすればいいのか。自ら毒を口にするなんて恐ろしいこと、できるはずもない。
まだ十代だろう若いアンは、以前から私の身の回りの世話を担当していたけれど、必要最低限の会話しかしたことがない。物静かでいつも不安そうな目をしている、
「起きていらしたのですね。お熱は下がりましたか」
「……ええ」
どうやら私は熱を出して
アンは特に心配する様子でもなく、
【
「ど……っ」
思わず「毒入り!?」と叫びそうになった口を手で
まじまじと皿に盛られた料理を見る。毒表示がなければ、
アンは
「ねぇ」
思い切って声をかけると、アンの手が止まった。
「……何でしょう、お嬢様」
「この食事は、
問いかけた途端、アンの
「そ、そうですが……」
「本当に?
「何かとは、い、一体……」
「そうね……例えば、毒──とか」
途端にアンはぶるぶる
「申し訳ありません!」
「……謝るということは、私の言葉の意味がわかっているのね?」
いつも私の食事は、メイド長が厨房から受け取ること。それを私のいる
メイド長は
「あなた、メイド長に何か
「実は、病気の妹がいて、薬代を
私はちらりと食事を見る。真っ赤なウィンドウが表示されているのは一皿だけだ。他は普通の食事のようだから、今回は鹿肉のみ口にしなければいい。
「わかったわ。あなたはいままで通り、メイド長から食事を受け取って」
「ですが……」と
窓を開け、皿の中身を思い切り外にぶちまけた。
「その代わり、私はきちんと食事をとったと、メイド長に伝えてくれる?」
ぼう然とするアンに、にこりと笑いかける。
「どう? 演技を続けられるかしら?」
「わ、私にはとても……」
「私の味方になってほしいのよ、アン」
アンは受け入れがたい様子で目を
「お給金とは別に、薬代は私が出す──」
「味方になります!」
食い気味で
「私の罪をお許しくださった上に、薬代まで! お嬢様は
「女神というか、私はむしろ悪役令嬢……」
「このアン、一生お金様──じゃなくて、お嬢様について行きます!」
「完全に
アンの
(お金で味方を買ったようなものだけど、良かったのかしら……)
はしゃぐアンを見ながら、いつか裏切られそうだな、と
〇 〇 〇
「こ、これはオリヴィアお嬢様! このような所に、一体何用で……?」
アンを
「
「そういうわけには……」
「いいのよ。それより料理長。食材を見てもいいかしら?」
厨房は
(実際は引きこもっているわけじゃなく、継母に離れから出ないよう命令されているだけなんだけどね)
毒スキルとアンの証言で、前々から継母に毒を盛られていたことに気づくことができた。ずっと自分は病弱なのだと思っていたけれど、それは毒のせいだったらしい。
スキルのおかげで
(本気の
ひんやりとした食品庫には、食材の入った木箱がずらりと並んでいた。
ふと、玉ねぎが大量に入った木箱が目に入り、ひとつ手にとった。箱には
「……よし。クレンズスープにしましょう」
「クレン……何ですか?」
首を
クレンズスープのクレンズは『
「料理長。私、最近食欲がなくて。胃が少し痛いしお
「そりゃいけません! 医者に
「いいのよ。もうずっとこんな調子だから。そういうことだから、しばらく私の食事はスープだけにしてほしくて。構わない?」
「
「
「こ、これって……玉ねぎの皮じゃあないですか!」
料理長もアンも、私が両手にたっぷりと持った玉ねぎの皮を見て目を丸くする。
「そうよ。玉ねぎの皮。これでスープの
「皮で、出汁? 出汁なんかとれるんで?」
「ええ。玉ねぎの皮はビタミンとミネラルの宝庫なの。
私は
「ビタミー?」
「ポリフェノル?」
しまった。この世界にはない言葉を使っても、ふたりにわかるはずがない。
「ええと、血の
「へぇ。玉ねぎの皮にそんな効能がねぇ。いやたまげた。料理人のワシでさえ知らないことを、お嬢様はたくさんご存じなんですな。一体どこでお知りになったので?」
「それは……
まあ
いつの間にか食品庫の入り口に使用人たちが集まってきて、口々に「確かにお嬢様、おやつれになったよな」「病気のせいか?」などと
そのとき「何の
メイド長はじろりとアンを
「このような所で何をしていらっしゃるのです?」
「……食事をリクエストしたくて来たの」
「食事をリクエスト? わざわざそんなことで? 奥様から離れを出ないよう言われているのをお忘れですか?」
「熱が下がったから、散歩の
わざとらしく言うと、まだこちらを
「奥様はあなたを心配されているだけです」
「そう。じゃあ何の問題もないわね。私は離れに
「はい、お嬢様! お任せください!」
ドンと胸を
メイド長の横を通り過ぎる際「奥様にご報告しますから」と囁かれた。これはきっと、近いうちに継母に何か動きがあるだろう。
(毒、飲まされるかなぁ……)
いまからでも
〇 〇 〇
夜、メイド長を引き連れ
「メイド長が言っていた通り、
冷たい笑みを
私は継母を
「何か
「言いつけを破って離れを出たそうね? わざわざ厨房に料理をリクエストしに行ったとか。何を
「企むなど……。メイド長にも言いましたが、厨房には散歩のついでに寄っただけです」
私の答えが気に入らなかったようで、継母は私を睨みつけるとメイド長を呼んだ。
メイド長はワゴンを私の目の前まで押してくると、銀のフードカバーをゆっくりと持ち上げる。白い湯気とともに現れたのは
【野菜スープ(毒入り):ベロスの種(毒Lv.1)】
【
【
(全部毒入りって、どんだけ念入り……!)
顔が引きつりそうになるのを
「ほら、私たちは部屋を出るんだ! さっさとおし!」
メイド長に
こちらを
ふたりが部屋を出ていくと、継母の
テーブルに着くよう促され、仕方なく席に座った。心の底から
「この私がわざわざ
テーブルに並べられたのは、私の希望通りのミルクベースのクレンズスープに、うっすら黄金色の生姜湯、そしてすりおろされた林檎のジュレ。
簡単なものだけど、さすが料理長、美味しそうに盛りつけてくれている。本当なら私も
時を遡る前の、
「どうしたの? 食べられないなら、私がその口に突っこんであげるわ」
落ち着こう。いまの私には創造神からもらった毒スキルがあって、この毒は私には効かないかもしれない。あくまでも可能性の話で、保証はどこにもないのだけれど。
(これで死んだら、
意を決しスープをすくうと、私は目をつむりながら、えいと飲みこんだ。
「……っ!」
その
手がぶるぶると震え、スプーンを落としかける。
「もっと食べなさい。オリヴィア」
スープ皿が空になって、ようやく継母は満足したようだ。「残さず食べるのよ」と言い置き
「もう勝手に離れから出るんじゃないわよ。まあ……出たくても出られないでしょうけど」
扉を閉める直前、継母はそう意味深く笑っていた。
継母がいなくなり、部屋にひとりになってようやく言える。
「なんなの、これ……」
まだ震えが止まらない両手で口元を押さえ、天を
「すっっっごく美味しい……!」
なんてことだ。あまりにも美味しすぎて、毒入りであることを忘れ夢中で食べてしまった。玉ねぎの皮だけで
料理長は天才なのだろうか。いや、でもデミウルに時を戻される前に食べていたのも、同じ料理長が作ったもののはずだ。
「まさか……」
私は
相変わらず赤いウィンドウが出ているので
「う、
ただの生姜とはちみつの入ったお湯のはずなのに、何種類ものハーブをブレンドしたかのような味わい深さがある。どんな希少なはちみつを使ったのか、まったくくどくないすっきりとした甘さもいい。
「何このジュレ、
林檎のジュレは、甘さよりもミントのような爽やかさの
どれも想像を
「つまりこれって、毒が美味しいってこと……?」
私はその答えに行き着いた
だから何なのだ、そのムダな設定は。気づかう所が明らかにおかしい。私は毒で苦しんで死にたくないとは言ったが、毒を美味しく感じたいなどと口にした覚えは一度もない。
毒が信じられないほど美味しく感じるなどという体質にされてしまったら……。
「毒、食べたくなっちゃうじゃなーい!!」
デミウルの
本当になんなのだ、あの創造神は。ふざけているのだろうか。毒が美味しいとなれば、危険だとわかっていても食べたくなってしまうのは当然ではないか。
「まるで禁断の果実……って、あれ? そういえば、私の食べた毒は」
どうなったのだろう、と言いかけた瞬間、再び電子音が
目の前に新たなウィンドウが次々表示される。
【毒を
【毒を無効化します】
【毒の無効化に成功しました】
「お、おお……これが毒
禁断の味を思い出し、じゅるりと
いや、いくら美味しくて無効化できても、毒は毒だ。体に良いはずがない。わかっている。だが、わかっていても、また食べたくなってしまう美味しさだった。
本当に、あの創造神はなんて体質にしてくれたのかと文句を言いかけたとき、またもや電子音とともにウィンドウが表示される。
【経験値を20
さすがにそこに書かれていた言葉に固まった。
経験値。それは
「毒を食べろってこと!?」
信じられない! と私はまた床に
毒で死んだ人間に、毒を進んで食べるような設定を盛りこむなんて、デミウルは一体どんな神経をしているのか。
「お、オリヴィアお
床をダンダンと
私は少し冷静になり、ベッドの上から空の食器たちを見つめ、ため息をつく。
「まあ……経験値を
中毒にならないよう気をつけつつ毒を食べ、デトックスにも一層
なんだか絶対に成功しない万年ダイエッターにでもなった気分だった。
逆行し、オリヴィアとしての二度目の人生が始まって三日目。
表向き、私は体調を崩し
「お嬢様。また
メイドのアンが、部屋に入るなり私を見てなんとも言えない顔をする。
「何で悪魔なの? そこは神でもよくない?」
これはヨガの三日月のポーズだ。ヨガは腹式呼吸で血行を
だがアンには悪魔
「お嬢様の指示通りにお茶を
アンはそう言ってワゴンをベッドの
「悪魔崇拝は別として、お嬢様の知識は本当に
「うん? デトックスのこと?」
「そうそう、デトックスです。だってお嬢様、お顔の色が
アンがぐいと手鏡を向けてきたので
「でもお嬢様は瘦せすぎですから、もっとたくさんお食べにならないと。悪魔に祈りを捧げている場合じゃないですよ!」
「祈ってないから。ヨガだから」
継母のイライザが直接食事を運んできたあの夜以降、料理に毒は盛られていない。
毒でしばらくは動けないだろうから、さらに盛る必要はないと考えているのだろう。もう継母の
「……ねぇ、アン。お父様はどうされているかしら?」
「
「ううん、いいの。聞いてみただけ」
逆行前は、実の父は近くて遠い存在だった。
親子らしい会話をした
(
期待してはいけない。女を見る目のない実父など、ゆるい創造神より役に立たないに違いない。
ということで、ハーブティーを飲んだあと
アンと顔を見合わせる。またメイド長か継母が来たのだろう。そろそろ次の毒が来るのではないかと思っていたのだ。
だが私の予想は外れ、アンが
「ご
品のある老
「問題ないわ。それより、執事長が私に何の用?」
「失礼いたしました。旦那様より、お嬢様への伝言を言付かっております。体調に問題なければ、
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