アルプトラム Ⅱ ―幸福の演算―


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―……と……いと…


 どこかで声がする。

 ぎちぎちとカメラの保護シールドをこじ開ける。


―――人間じゃない……。


 所々錆が浮き上がっている腕を少し動かしてみる。いつもと変わらない、冷たく無機質なアーム。


「大丈夫、エイト?」

 カメラがピントを絞る。視界いっぱいにサナの心配げな顔がこちらを覗き込んでいた。


 さきほどの無意識下の自問自答が回路に思い出される。


 夢を無理やり修復しようとすれば、いままでの記憶はもちろん、人格さえも壊してしまう。そして今のこの意識体の本体であるサナは、死んでしまう。


 そして何事もなかったようにサナはもとのサナギに戻ってしまう。どこかの誰かに買われて、連れていかれてしまう。何も知らないまま。


 知らないほうが幸せだということもある。

 そうだ。これが、彼女に僕のしてやれる最大の幸せだ。しかし、演算機とは違うところ、もっと他の何かが自分に訴えかけてきている。

 飛び交う矛盾に回路がぐるぐるする。

 彼女は僕に名を与えてくれた――与えてしまったんだ。


 僕は彼女に聞かなければならない。


「君は……外の世界を見てみたい?」



「私は………私のママとパパに会ってみたい」

 それでも彼女はきっぱりと告げた。それは彼女の"夢"だった。

 例えそれが、彼女を不幸にする夢だったとしても―――いや、と演算機が声を上げる。


〘彼女を■■■■しまえばいい〙


―――そうか……そうすれば…


 考えついた答えに引きずられるように、僕はゆっくりと彼女の前にひざまづく。

「……じゃあ、目を閉じて」

 おもむろに彼女の額に手を当てる。


―――メラトニンの分泌を停止


 世界を包む闇が揺らぎ、人間に計算し尽くされた夢がゆっくりとほどけていく。崩壊は伝染し、他の夢にまで広がるだろう。


 この工場で量産され続けられた悪夢たち。僕は同じ過ちを繰り返させない。

 生体反応の警報アラートが視界を邪魔する。これですべてが終わる。もうこれで彼女は迷わない。


 僕が、この悪夢を終わらせよう。

 そして彼女の夢を、僕だけが覚えていよう。


「エイト……?」

 彼女の不安げな声が歪んだ世界でこだまする。

「大丈夫」

 僕は、震える小さな体を抱え込んだ。


「もう夢は見なくていい」


 君はこのままでいて


 僕は彼女の瞼をそっと閉じ、自身の電源を落とした。




〘 NO DATA 〙 ■■■■■ ■■■ ■

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サナギの国の少女 水街ミト @aoguruma

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