アルプトラム Ⅱ ―排除セヨ―
記憶データを辿り、思い出す。
僕は最初から気付いていた。
彼女の記憶を削除すれば、人工夢は再起動する。
それで僕の仕事は終了。今日も滞りなく工場は商品を育てていく。
しかし僕はそれをできずにいた。
ほんの数時間前の記憶――――
無数の画面が暗がりに灯り、それぞれ目の前で眠る子供を青白く照らしている。その暗がりの合間をゆらゆら彷徨う、いびつな影がひとつふたつ。
影のひとり、B-88は"サナギ"と呼ばれている子供たちの前をゆらりと横切っていく。
どの画面にも、この暗闇には似つかわしくない色鮮やかな世界が映し出されている。顔のない親との楽しげな幻想たち。夢見る子供たちの表情はどれも幸せそのものだった。
夢の中で架空の人生を送らせ、それを管理する。オーダー通りにサナギの人格を完成させることが僕らの仕事だった。
いつものように見回りをしていたB-88は自身のカメラに映ったものに、思わず回路の信号が乱れた。
他のサナギたちは通常通り、それぞれの買い取り手の要望に合わせた夢を見ている。しかし、目の前ですやすやと眠っているこのサナギの画面だけが、暗闇を映し出している。
〘このサナギの夢ノ中に、異物ガ紛れこんでいル〙
演算機の言うとおりに、夢のなかへと点検に入った。そしてそこで、彼女と出逢った。
〘彼女 ガ 異物 ダ〙
無の闇のなか、彼女をひと目見て演算機がそう判断した。明らかな答えだった。さきほどの夢が、彼女の原初の記憶が、サナギの成長を阻害している。
しかし僕には初期化をすることができなかった。
なぜなら記憶とは彼女自身のことなのだから。
もし削除されれば、彼女は彼女ではなくなる。
無数の画面が灯る暗がりで幸せそうに眠る青白い顔のサナギたちを思い出す。
サナギに正しい夢を見せること。
これが僕の仕事であり、存在理由。
だが、一度芽生えてしまった願いは回路を伝染していく。
―――彼女なら……人間になれるのではないか
彼女にはサナギにはない、意志がある。
意志は、彼女の眠らない"夢"へと繋がり、現実の人生を形づくる。
夢を見なかった彼女なら、きっと……。
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