(幕間)ユーリと謎の婦人

 バケツのようなポップコーンをはじめ、出店で調達した食べ物を抱え、キャップと色眼鏡を付けて変装した少女が特薦クラス側の観客席に辿り着いたのは、第二試合が始まろうとする直前の事だった。


(危なかったー……流石にお冠だったね。撒くのに時間かかっちゃった。ま、ダン爺やレンレンが後はどうにかするでしょ。観戦観戦♪)


 八割方の席は埋まっているが、席は料金制なので座れない事は無いはずだ。残されている席の中で丁度いい場所を吟味していた少女は見知った顔を見つけ、笑みを深くする。


 その人物の隣を(強引に)お願いして開けて貰い、座って話しかける。


「久方ぶりですね、センセ♪」

「……出来るなら放っておいて欲しかったのだけど? ユーリ」


 女性は切れ長の瞳を流し、ユーリをすげなくあしらった。


 男装の麗人と言った感じの、短い髪に高級な燕尾服を纏った女性。もう齢五十位に差し掛かっても良いはずだが、精々三十手前位にしか見えない。いかにも仕事ができそうな感じの、全体的に尖った雰囲気も昔そのままだった。


「そんなこと言わないで下さいよぉ……ユーリちゃん泣いちゃう~うぅ~」

「どうせ嘘泣きでしょう? あなたが本気で悲しくて涙を流している所なんて見たことがありませんよ」

「非人間みたいに言わないで下さいよ!?」

「はぁ……大人しくしてちょうだい。もう年だし、あなたの騒ぎに巻き込まれるのはごめんなのよ」


 ほとほと愛想が尽きたというように肩をすくめる女性に、ユーリはニヤッと笑った。


「またまた~そんなこと言いながら結構楽しんでいた癖にぃ♪」

「……」

「無視ですかっ!?」


 本気で無視されてちょっとヘコんだように見せながら、ユーリは間食を始めながら待機場から現れた生徒達に視線を送る。


「全く、かつての弟子は忘れて今は目の前の新しい弟子に御執心ですか……あ、先生も食べます?」

「結構。分かってるなら黙りなさい。それに、彼女とはあなたの時と関係性が違うわね。護衛であり世話係、と言ったところかしら」

「ふ~ん? ならそれらしく、給仕服でも纏ったらよろしいのに。先生のエプロンドレス姿、見てみたいです!」

「殺されたいの……?」

「冗談です……!」


漏れ出た殺気にユーリのみならず隣席の人間がおののく中、彼女は射殺すような眼光をユーリに向ける。


「言っておくけど、あの子に近づいたらただじゃおかないわよ……」

「え~? 私センセがどの子を育ててるのか知らないなぁ~?」

「白々しい……なら教えてあげるわ。シェラレラ・ルーミス。あの灰色の髪の小さい女の子がそうよ」


 なるほどなるほど、確かに中央に進み出た四人の内、一際体の小さい儚げな美少女が立っている。


「おっ、かーわーいーい♪ なるほど、あの深層の令嬢的な雰囲気にセンセはズギュンと胸を打ち抜かれてしまったわけですね!」

「……」


 一瞬の間が空いた後、何事も無かったかのように彼女は続けた。


「あの子に何かするということは、そのまま三公家、ひいては国家を敵に回す事になるわ、その素性を知ろうが知るまいが。長子に何かあれば、あの子の血が必要とされることになるかも知れないからね」

「そんな子がこんな所にいて大丈夫なんです?」

「さあね……。存外コーカザリア公も親馬鹿だから……。それに保険はかけられている」

「それで先生がここにいると」

「……」


 ――まただんまりだ。この人は人の質問を流す癖がある……都合の悪い時だけではなく、たまに良い時でも。

 

 ユーリは彼女の意図を考えても仕方ない事を知っていたので、話題を変え始めた。

人の話ばかり聞くのは退屈で仕方ない。


「ふふ、彼女の事は楽しみにしておくとして、注目はそこだけじゃありませんぜお客さん! 何と言っても目玉は次の大将戦だぁ!」

「なんで急に呼び込み屋みたいになるのよ……」


 チラシを折りたたんで掌をパシパシ叩くと、ユーリはそれを拡げ直してある箇所を指差す。それに婦人は目をぎゅっと細めた。


「エンド・シーウェン? ……あなたまた、何をやったの? 特薦クラスって」

「ここだけの話、ちょっと方々に無理を言って捻じ込んでやりましたよ。何て言ったって……」


 ユーリは婦人の耳に口を寄せて囁き、彼女の皺がみるみる深くなってゆく。


「職務放棄したくなって来たわ……」

「あれ~嬉しくないんですか? 無事が確認できて」

「それとは別よ……昔を思い出してぞっとしたわ。引退しておいてよかったと心から思った……ダンディマルには悪いけどね」

「そんなにですか?」

「あなた達、自分達が何をやったか未だに把握していないのね。三国密盟の引き金になったのもあなた達がサジア王国軍を刺激したからだし、アミユルの扇の発動を止められたのも奇跡に近かった。フィーレル滅亡や、下手したら大陸の三分の一が消し飛んでいたかもしれないのに、それをそんなで片付ける神経からしておかしいんだから……自重というか、もう隠居して欲しい位よ」

「でも、あの時はあたし達で無いとどうにもならなかったでしょう?」

「……」


 苦虫をかみつぶした婦人は、黙りこくった後ユーリに忠告する。


「いい加減、世界をおもちゃにするのはやめなさい。その内破滅するわよ?」

「やだなぁ、あたしもあの子もそこまで馬鹿じゃありませんってば。ちゃんと何が大事か位はわきまえてます……フィーレルも、《冒険者協会ここ》も守ればいいんでしょう? 彼らの行く末も気になりますし」


 ユーリの視線の先に興味以外の何かを見つけたのか、婦人は皮肉を込めた口調で言う。


「あなたが誰かを指導してやろうって気になるなんて、どういう風の吹き回しかは知らないけど……そろそろ博打は控えなさい」

「いーえ、ご忠告痛み入りますけど、私は生涯気の向くままなんで♪ ところで、ちょっと話変えていいですか?」

「何よ、わざわざ断るなんて気持ち悪いわね……」


 今思い付いたという風に人差し指を上げたユーリに、婦人は端麗な顔立ちに警戒を滲ませ、次の言葉を待つ。


 そして彼女は常にない真剣な表情で言葉を発した。


「私といい、あの子といい……、知らなかったんですけどもしかして先生ってロリ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仲間と共にやがて最強《冒険者(トラベラー)》へ~魔法が消えた世界は、代わりに別の力が流行り出したようです。 安野 吽 @tojikomoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ