遥かなる旅路

いちはじめ

遥かなる旅路

 頭上には星々がきらめき、足元にも星々が広がっていた。そして私は星々の海の中に浮かぶ白い砂に覆われた一本道を歩いていた。まっすぐに続く白い道以外は、星々しか見えず、この道が宇宙に浮かんでいるのか、あるいは天空の星々を映している鏡の上に敷かれているのか、全く分からなかった。

 その白い砂も手に取ってよく見ると小さな星の集まりだった。後ろを振り返ると、小さな星々が役目を終え、天空に還るのか道はうすぼんやりとしていて、その先に道はなかった。道と星々の他は何も見えない空間ではあったが、私は、不思議と何の恐怖も感じてはいなかった。体の感覚はなく、時間の感覚もあやふやで、もちろん空腹や渇き、そして疲労なども覚えず、ただ何かに導かれるように私は歩き続けていた。

 突然目の前に扉が現れた。それは地面から音もなく立ち上がってきたのだ。3メートルほどの高さで幅は道幅と同じ、色は道と同色で表面には模様などなく、よく研磨された金属のようにつるっとしていた。

 私がその扉に近づくと、それは音もなく真ん中から左右に分かれた。その先は何もなかったが、私は何の躊躇もなくその中に入っていった。

 中に入ると、そこはテニスコート半分ほどの円形の部屋だった。四方はオーロラのように色とりどりの光にゆっくりと変化していく、光のカーテンだった。そして部屋の真ん中には環状の円卓があった。その中心部の高さ一メートル位のところに、一抱え程の光の塊が浮いていて、そこから光の筋がゆらゆらと立ち昇っていた。

 その幻想的な光景に見とれていると、どこからか声がした。

主様あるじさま、お待ちしておりました」

 その声に促されて私は、目の前の席に腰を下ろした。気付くと、円卓のテーブルの上にいくつもの小さな淡い炎が揺れていて、それは何かの形を成しているようでもあったが、はっきりとはしなかった。中央に立ち昇る光の筋が、虹色に変化して揺れた。

「さて、これで全員揃いました。では始めるとしますか主様、よろしいかな」

 その声は老人のように少ししわがれていたが、威厳を含む響きがあった。その声に私はコクリと頷いた。

 中央の光の塊がオレンジ色に変わった。

「それでは、私から……。私のような未熟者をお招きいただき恐縮です」

「それは当然でしょう。ここに集まった者は全てあなたから始まったのですから。主様はよくわかってらっしゃる」

 その言葉を肯定するかのように、テーブル上のすべての炎が一斉に大きく揺れた。

 次に光が紫に変化した。

「私たちが選ばれたと聞いたときは驚きました。何しろ害をなすものとして、主様に忌み嫌われていましたから……」

「同感ですな。主様にかわいがられている者ばかりが、選ばれると思ってましたからな」

「モフモフの尻尾や、かわいい鳴き声を持っていないことを悔やんだものです」

「そんな了見が狭い主様じゃないことくらい分かっているだろう。だから可愛げがないって言われるんだぜ、全く」

「我々は環境の激変で、どのみち絶滅することは免れません。そのまま捨て置いてくださってもよかったのですが……」

「その激変を招いたのも、主様の施策のせいでもある訳ですから、こうして同舟させてもらっているのは、皮肉と言えば皮肉ですな」

「これこれ、そのような物言いをするものではない」

 円卓のあちこちから声が聞こえ、その度に中央の光の塊が様々な色に変わった。

「そもそもこんなことをする必要が、本当にあるのですか」

 この問いに、円卓を囲んでいる炎の揺らぎがピタリと止まった。それは、全員が私に注目し、私の発言を待っているようだった。私はおもむろに口を開いた。

「皆には負担をかけ、申し訳ないと思っている。これは連綿と続いてきた、生命の炎を残すために必要な措置なんだ。太陽が近い将来不安定になることは、これまでの観測結果から疑いの余地はない」

 静寂がしばらくこの部屋を満たしていた。

 最初の声がその静寂を破った。

「皆の者も好き勝手を申しておりますが、主様が分け隔てなく、全ての生物をこの箱舟に載せてくださったことに感謝しております。新天地で、またお目にかかることを楽しみに、眠りに就くことにいたします」

 全ての炎が一瞬輝きを増し、そして消えた。

 そこで私は、目が覚めた。出発時のプログラム通り、人工冬眠状態から覚醒したのだ。

 私は、宇宙船が太陽系外縁部に到達した際に、航行モードを恒星間航行に切り替えるためのチェック要員だ。

 船内の最終チェックレポートが、次々とモニターに示される間、私はその夢のことを思い出していた。人工冬眠では脳も仮死状態になるので、夢は見ないと言われているが、この宇宙船「ノアの箱舟号」に遺伝子情報として保存されている地球上の全生物たちの意思が、私にあんな夢を見させたのだろうか。

 太陽の異変に気付いた人類は、他の恒星系に移住する決断をした。順調に航行したとしても、船が目的地に到着するのは約五百年後。それは、生命が辿った歴史と比べると取るに足りない長さだが、その旅路は永い。

 全てのシステムチェックを終えた私は、最終人工冬眠に入るためのスイッチを押し、永い眠りに就いた。五百年後、この旅路が生命の歴史に新たに書き加えられることを願って。

                                   (了)

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