chapter7 ジャンクションを超えて
scene1-1 「果たされた奇跡」
私と―
俺を―
二人だけを乗せた電車は、
「ねえ。
「どうしたんだよ?
「私たち、どこへ運ばれていくんだろうね?」
「分からん。だが、アイツが俺たちを邪険に扱うなんて―想像しにくい。きっとうまくいくさ」
車両の一番端の窓に光が差しだす。それは蛍光灯の無機質な光ではなく、太陽の暖かなそれで。気が付くと、車内は太陽光でいっぱい。
ノイズ。電車の車輪が線路と
「えー。アンタ、あの男と付きあうのぉ?」
「先輩、今日のお客様の事ですが、」
「昨日のセール、大したことなかったわねえ?」
「今年のサークルの
エトセトラエトセトラ……そこに電子音声のアナウンス―
「まもなく、
俺と和香はお互いの手を握っている。少し汗ばんだ彼女のそれを握ったまま、二人でドアまで向かう。駅に下りたつ。顔に吹き付ける風は少し冷たいけど、春の匂いが多分に含まれたそれだ。
「なあ、和香?今って何年の何時何分だ?ポケットん中にスマホがねえ」
「ちょっと待って…2017年の…4月8日…9時ちょっとかな?」
「は?えらい前まで飛んできたな―というか、この日って俺、まだ引っ越してきたばっかだわ…」
「私は何でこの時間にこんな所にいるのかしらね?二年の始業式始まっているはずなのに」
「ま。『奇跡』なんかに
「ま。それもそーね。さ、次は何するか分かってる?伊織」
「やる事なんざ、ひとつしかないだろ。とりあえず、
私たちは、二人で乗ってきた電車と逆方向の電車に乗り換え、「
scene1-2 「B side 1:09」
俺たちが見慣れたその店内に入ると、いつもと変わらない様子の
「いらっしゃいませー。こんな早くからお客さんとは珍しい…」
「うっス。那美さん」
「こんにちは、那美さん」
俺たちは呑気に文庫本から目を上げつつある、くせ毛のロングヘアの女性に声をかける。
「うーす、不良少年少女…今は何年の何月何日の何時だっけえ?なんかいつもとえらく勝手が違うような?」
なんだが
「那美さん。今は2017年の4月8日、10:00回ったくらいです。」と私は説明を加える。
「んー。2017年4月8日…」
那美さんはエプロンのポケットから手帳を取り出し、ページを繰りながらつぶやく、数字と英文が羅列された暗号文のようなそれをとっくり眺め終えると、
「あのさ、君たち。お姉さんにはまったく事情が分からんぞ?これまで見たことのないような異常事態だっていうのは何となしに分かって来きたけどさ?」
「ええ。まあ。ある人の
「でさあ。少年…というか伊織っち」
「はい?なんですか那美さん?」
「何時から君は私を那美さん呼ばわりするようになったんだい?」
「それを言うならあなただって俺を伊織っち呼ばわりですよ?」
「それもそーだ。うーん…。なんか長話になりそうだ、缶コーヒー欲しいね」
「じゃ、俺がひとっ走り…あ。後、那美さん煙草はオーケーですか?」
「お?確かに欲しい頃合いだなあ。頼んでいい?銘柄は…」
「メンソールドラム」
「ん。じゃ、いてらー」
「アイアイサー!」
「前にサーつけ忘れてるわよ?」
走り去る伊織を見送る。那美さんは私に少し怪訝な顔を向けながらこういう。
「えーと。初めましてだね、君は―」
「
「あの『タイムループ』?」
「ええ。あなたと伊織が近い将来に死ぬのも知っている」
「もしかして―未来の私は君に色々面倒を押し付けたっぽいね?」
「ええ、まあ」
「そんで―うまくいったって事になるのかな?」
「いや。私は失敗した口です。これをとり
「一体、誰さ?」
「それは―」ここでタバコと缶コーヒーを抱えた伊織が登場。私の台詞に
「那美さんの想い人だよ」
那美さんは吸っていた煙草の煙を気管の変なところに詰まらせたらしく、げほげほと
「―っはあ?マジで言ってんの?アンタたち?
「いや?なあ?和香?」
「ね?伊織」
まだ目をぱちくりさせ、うろたえた様子の那美さんに私たちは視線を向ける。
「オーケー。私もヘンテコ存在クラブの一員だ、まずは話聞かせなさいよ」
那美さんはブラックコーヒーの缶のプルタブを上げ、中身に口をつける。そして私たちはお互いの飛び切り奇妙な冒険譚を彼女に紐解く―あの奇妙なジャンクション、あの奇妙な
「―で。君たちはその
「とりあえず、1000%信じてみませんか?」
「そうですよ。せっかく彼が与えてくれた未来―
「言うね、雨宮ちゃん?んまあ。私もそろそろ飽き飽きしてた頃だ。そろそろ
「ええ。何をしたらいいかは、まったくわかりませんが、散々運命とやらに
この後、私達は作戦会議に入る。何から手をつけるべきか。とりあえず、
「だって、もう必要ないだろ?君たちは出会っちゃったんだからさ。伊織君は―高校通いなさい。もう変なわだかまりないっしょ?」
「そっすね。とりあえずは必要なさそうだ。学校に戻ります」
「で、和香ちゃんは予備校に行くとしても、あそこだけは止めときなさい、よろしくないのは分かりきっているでしょ?」
「そうですね」
「あとさあ…もしよければ、だけど。日を改めて、みんなで亮平の墓参り行かない?私も随分ご無沙汰だし…君らも亮平らしき者にお世話になったんでしょ?」
「それもそうですが…那美さん良いんすか?」
「いいよ。四の五の言ってる場合じゃない」
「那美さんは
「あー。忘れてたな。どうしよ?」
「俺たちに『輝光塾』接近禁止令を出してんだ、
「んまあ。そうなるよね。何とか遠ざけよう」
「何なら、偽彼氏役に伊織貸しましょうか?」
「良いのかい?雨宮ちゃん?ジェラシーしないでよ?」
「良いですよ。私たちは那美さんの役に立ちたいですし」
この後、私たちは連絡先を交換―伊織は
「そいじゃ、本日は解散!!寄り道せず帰れよー?
「いや、昼飯食べて帰りますよ。なあ、和歌」
「そうね―じゃ、『トンテキ よつば』
「はあ?俺、今財布に3千円しか入ってないのにぃ?」
「電車賃残るじゃない?」
「ははっ。君たちゃ良いカップルになるよー」
那美さんは何かを下ろしたような安心した笑顔でそうのたまうのだった。
scene2 「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」
私は今日、「
今日は、「白路」に行く道筋を最短の地下鉄を使わず、
「9:30 O環状線(左回り)counterclockwise
うん。「counterclockwise」、反時計回り。何となくだが幸先いいじゃないか。時計回りにくるくる回り続けた私の運命を反対に回って、そこから下りて歩いていく。何とも言えない「象徴性」がある。そんな事を考えながら
気が付くと私は、誰もいない電車の中に
周りを見渡すと、白紙のつり下げ広告。路線図は何とか
「うっス。
「は?
「いやあ。今回の仕事―ま、仕事
「あ、そう。相変わらず意味分かんないけど―とりあえず私を下ろしなさい」
「お連れさんは?」
「いないわよ?」
「あのトイレのスッポン的な妖精は?」
「は?私にそんな珍妙な知り合い、いないわよ?」
「なあ。那美、もしかしてだが―お前そんなものなんかなくても立てるんじゃね?」
「そんなもんかしら?」
「良いから。ちっと試せ、俺が手貸してやるから」
亮平そっくりな駅員が手を差し伸べる。私はふと、手を思いっきり叩いてみたくなるが―力強く握り返し、足を踏ん張り、立ち上がる。
「な。立てたろ?」
「何でもやってみるもんね?」
「しっかし那美、巨乳になったな?」
「まあ。月日は私を
「お前さ、前緩いぞ。下着丸見えだっつーの」
「いいじゃない。減るもんじゃなし。ここまで迎えに来てくれたアンタへの手向けよ、取っときなさい」
「はいはい。どいたま、どいたま」
儲けた、と言わんばかりの
「今から、久々にアンタの墓参りに行くんだけど―なんか供えてほしいものある?」
「んー?そうだな…ホットココアと…エロ本頼んでいいか?」
「なんでよ?」
「いやあ、この仕事を
「そこは文庫本じゃないんかい?」
「いやー。女子高生スペシャルがなんか恋しくてなー。ある仕事でそんな事を
「いや、この年になっても男の性欲はよく分かんないわ…」
「分かれよなー。ま。エロ本のチョイスはあの坊主に任せるわ」
「あら?彼らと墓参りに行くなんて一言もいってなかったのに」
「何となく。男の勘だ」
「そ。んじゃ、私急ぐから、行くわね?」
「おう。気をつけろよ?」
「大丈夫よ?心配しなくても」
「お前は年取ろうが、いつまでも俺のお姫様だからな。今日もこうして、白馬の王子さまよろしく迎えに来たわけさ」
「まったく、カッコつけなのは死んでも治らないのね?」
「ま。それが聖人君子たる俺の美徳の一つだからな」
「それじゃ―またね。旅先でもうまくやんなさいよ?」
「心配すんなって」
こうして、私は亮平そのものの駅員と別れる。もう、彼と会う事はないだろう。そう思うと、涙が流れそうになるけど。彼の最後に見た顔が泣き顔になるのなんて死んでも
「まもなく、四天王寺、四天王寺、お降りのお客様は―」
目覚めると、乗った時と
scene3 「枝分かれする先へ」
白路の駅で落ちあった我々は、数々の古墳を超え、彼の
彼の墓は、少し
「アンタは煙草の味を知らずに死んで行ったんでしょうけど、ま、これをあげるわ」
と少し悲しそうな声でいう。伊織と和香の二人は那美に気を使ってしばらく席を離した。
那美は何を言うでもなく、墓前に立っていた。
「那美さん」
帰って来た二人は声をかける。那美は静かに泣いていた。声も上げずに。
「んおう…おかえり。そういえば言ってなかったけどさ、もう、全部終わっちゃったよ」
「へ?」
二人は声をそろえて那美に間抜けな返事をする。
「今日、乗って来た電車の中で夢を見てさ、変にリアルな夢でさ。君たちが言っていた
「いや、俺たちは加藤を含めて、未来に行くんだ」
「そう、アイツに抜け駆けなんか―」
「いいや。これは女の勘でしかないけど、もう、遅いんだ。未来はここに根を張ってる。私たちはアイツ抜きで、その無数に枝分かれしていく先に向かっていかなきゃ。じゃないと、無理をしたアイツに報う事が出来ない。ハッピーエンドって訳じゃないけど、仕方ないんだよ」
「そんな―」
「良いよ。雨宮ちゃんありがとう、あ、伊織君もか。とりあえず―帰ろっか。んで、みんなが良ければだけど、また来よう。これからは色々アイツに報告してやんなきゃ。多分、死ぬほど心配してるだろうからさ」
「分かりました。貴女がそういうなら、これしかないんですよね?」
「ま。今度はエロ本だけじゃなくて、まともな文庫本も供えに来てやりましょ?エロ本だけじゃ、彼、暇するわよ?」
エピローグ 「約束」
それからの私たちの日常は特筆に値する出来事なんてなかった。
私は相変わらず、きゃぴきゃぴした女子高に通っていたし、伊織は単位制高校に通いだした。那美さんは相変わらず「
「おーっす、那美さん。若々しいカッポーの二人が薄暗い店を明るくしに来たわよー?」
私と、学生服―前の高校の物を改造して使っている―に身を包んだ伊織で那美さんのところを訪れる。
「おおう。お二人さん、いらっしゃーい。いやあ。
「いやもう、秋過ぎですけど?」あきれ顔の伊織がそう返事をする。
「秋…秋ぃ?マジで?」
「マジですよ、那美さん、もう九月ですって」私も返事をする。
「いやあ。久しく
「ま、普通はそんなもんですって那美さん」
「いや、そう言ってもだよ、伊織っち?私は転ばぬ先の杖頼みで生きてきた人間だよ?大まかな先が分からんと予定立てにくいのよ」
「そういえば、那美さん」私は問いかける。
「何だい?和香っち?」
「あれから、明石さんはどうしたんですか?」
「ああーあのボケは私が彼の誘いを
「マジで?一度は結婚したような仲なのに?」伊織が目をまんまるにして問いかける。
「女は一度見限った男にはとことん厳しいって事さ、気をつけなよ?伊織っち?」
「うへぃぇい…。和香、俺の事見捨てないでくれよ?」
「アンタの大学受験までみっちり世話してやるから安心なさい」
煙草をぷかぷかさせた那美さんは大学生というワードに懐かしさを感じているらしく、目を細めている。そして―、
「二人はおんなじ大学に行くのかい?」
「ええ、古都K市の共学、R大の文学部に行こうかと。あそこなら、一年遅れを取り戻そうとしている伊織にも頑張れば行けそうだし」
「なんでまた、
「いやー。和香が俺一人だと色々サボりそうだってうっさいんすよー。
「嬉しそうだな、伊織っち?」
「まあね」照れくさそうな伊織が笑いながら答える。
「よぅし。二人が大学に合格してさ、成人したら、ウチの目の前にあるクラフトビールバー行こうか?お姉さんが
「ああ―那美さんの好物のインディアン・ペールエールご
「そそ。あそこの秋口の新酒のペールエールは、苦くって、でも、麦の旨味があって最高なんだ。君たち、まだ、
「もちろん。じゃあ、楽しみにしていますね」と私たちは返事をし、那美さんに別れを告げ、店を出る。
これから先の未来は、何があるのか―楽しみだ。
人生を失う過程だと、
でも、私たちは、その意見に半分賛成で半分反対だ。
人は多くの物を失い、傷つき、成長していく。道は遠く険しく、先も見えないが―いつかどこかの道で新しい出会いがあるだろう。私たちはもう、それを恐れない。
街の心臓から送り出される血潮―少年と少女と彼女と彼 小田舵木 @odakajiki
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