chapter6 「ニヒリスティック・ロマンチスト」
scene1 「死と百舌鳥と川原に関する奇譚」
さて。
皆さんは「百舌鳥」、即ち「もず」という鳥をご存じだろうか?
学名的に言えば、Lanius bucephalus、スズメ目モズ科モズ属に類する。見た目としては、
「きぃきぃきぃきぃきぃきぃぃ…」
もう一つは、「
さてさて。鳥類に詳しくない俺が何でこんな話を知っているか?
一つは俺たちが住む街の地名の由来だからだ。「
そしてもう一つ―これは信じてもらい難いかも知れない―
ある日、幼馴染の予言通り、間抜けな交通事故で死んだ…はずの俺の「魂」らしきものが、ここら辺の神だか悪魔だか妖怪変化だかの、オスの「
寺の子に生まれたくせに無神論めいた何かを信じる俺は、これが何かの悪い冗談だと思った。ああ、俺は死に際してこんな気の利かない
「きぃきぃきぃきぃきぃ…」
とやや不気味な鳴き声。ん?やっと俺の「何か」を食ってくれる気になったのか、やっと楽できそうだ―と思っていると、その「百舌鳥」は俺を―突き刺した木の枝から引きはがし、地面に向かって放り投げたのだ。全く、死んでいるからいいものを。あんまり雑に扱われると困る。そして、その黒い目のようなもので見据えられる。俺はそれを見返す―というかコイツ、目ないな。目のあるべきスペースに黒い
「で?俺は、目の前の川を渡ったらよろしいんでしょうか?」目の前の「百舌鳥」もどきに問いかける。
「いや。お前。渡し
うわ、しゃべった、この気持ち悪いの!
「渡し賃ですか?いや、それを
「ふむ…。普通はそれでよかろうが…俺様はそれは
「仕方ないでしょう?火葬の時邪魔なんだから」
「
「では、私めは
「ちょっと働いてこい」
「はい?ちなみに、ここら辺ではどんなお仕事が?」
目の前の「百舌鳥」さまは
「おぉん?てめぇみたいな
「護岸工事ですか?石積みじゃなくて?」
「おぅ。石積みなんて意味のねぇこと
「はあ。長い伝統があったでしょうに」
「伝統で飯食えるのは観光業ぐらいだっつーの。アホみたいに増えるてめぇら養ったり、働かせたりするのも大変なんだよねぇ…」
だんだん、目の前の「百舌鳥」様が怖い筋の
「護岸工事ですか。一日幾らほどいただけるので?後、どれくらいで開放してもらえますかね?」
「護岸工事の給料ぅ?雀の涙程度だよ、てめぇらの宿舎代と飯代は天引きするからな。だから出られるのはお前の知っている時間の単位で言えば…まあ。一個の星が生まれ滅びるくらいの時間かなあ?簡単に
「
「ふぅぅぅぅんん?ウチのお仕事が気に食わない、と?うん?」
「滅相もございません!」
「いや。良いんだ坊主。そういうつもりなら、もっと話がやりやすいんだよ…」
百舌鳥の体に長い舌があったら、間違いなく彼は舌なめずりしているだろう。
「ちょっと、いかがわしい仕事の
「そぉぉぉだよう?早めに抜けれるのはこれ系のお仕事しかないかなあぁ?オジサン達の手持ちだと」
「で?どんな感じなんでしょうか?『百舌鳥』さま?」
「てめぇみたいな餓鬼んちょなら…まあ、いろんな『何か』の
「慰みもんですか」
「そう、慰みもん。高く売れそうじゃねぇか…お前。アジア系のローティーンは特殊需要アリアリだぞぅ?」
お尻の穴がきゅっとなる。いや、体ないけど。
「私め恥ずかしながら、異性との交わりは未経験でありますからしてっ!!」
「だからぁ…需要あんだって。大体、誰が異性を相手どるつったよ?」
「そっち系でありますか!?」
「おん」
うーむ。さっさと出れそうなのは魅力的だが、相当タフな仕事のような気がする。果たして、俺に勤まるだろうか?勤まらない気がする。ああいうお仕事は体的にも精神的にも負担は大きいだろう。
「ふぅん?
「出来れば、中間位の負担の仕事紹介してもらえれば嬉しいです!」
「中間、ねぇ…お前
「いや、芸事はからっきしであります」
「そうか?残念だなあ。少年といえば、歌舞伎でいう
「役者、ですか?」
「おん。最初のウチはたどたどしい演技でもいいぞお?逆に需要あるかもしれん。良いマネージャーつけてやるから、やれよ。お前。拒否権はねぇぞ?」
「はい…」
結局。「百舌鳥」さまの迫力に負けた俺は仕事を受けるにした。多分、断ったら、また、あの木の枝に突き刺される。
scene2「回収事業」
そうしてそれから?
俺は身を
「役者」の仕事をしている訳だが、芝居小屋に属している訳ではない。気づかない内に「現場」に出現し、「役」が与えられる。あまりに多くの「現場」と「役」をこなし続けたせいで、何を「演じ」たのかすらよく覚えてない。「台本」は「現場」に現れると、頭の中に浮かんでくるのだ。
マネージャー…「百舌鳥」様が付けたお付きの存在は―小さな「百舌鳥」だ。気が付くと現場に居る俺の頭にとまっている事が多い。言葉は交わせないが、彼が何を伝えたいかは何となく分かる。
「ヂヂヂヂッヂィヂヂヂヂ」
はあ。最近、「向こう」で無くなった―亡くなったではなく―存在が「こっち」と「あっち」の間で挟まっている事が多い?そりゃまた、どうして?
「キキキキキキキィ…」
いや。神とかそんな感じの超常的存在たるアナタ達が分からない「何か」が俺に分かる訳ないでしょう?
「ッチチチチチ」
何?最近「百舌鳥」さまがそこら辺の回収事業に手を出した?それまた何で?
「チュチュチュチュ…」
あ、そう。儲かるんですか。そういうやつ。気味悪いですもんね。
「チチチッキキィ!!」
ほう?「百舌鳥」さまがピンハネする分を抜いて考えても相当ある、と。良いでしょう。名役者たる私がお受けいたしましょう。ええ。うまく「
scene3-1 「回収事業 Case.1
今回の現場は…鉄道の駅、ですか。私の衣装は駅員のソレ。ふむ。駅員ですか。顔かたちは…いつものアレですか。もうちょいメイクに気を使ってもらいたいものです。周りを見回す。「現場」はどうやら環状鉄道の駅らしい。発車標には
「■■:■■ O環状線(右回り)ckockwise
とある。作りこみが甘いセットだ。あちこちが「向こう」のO環状線と少し違う。まあ、ここは実際の駅を
到着メロディが構内に響きわたる―オレンジ色のかなり古いタイプの
軽く頭を下げた女性は、渡した橋を渡ってホームに降り立つ。
「改札口までご案内しましょう」
「いえ。車いすを押してくれる者がいますので。お気遣いなく」
「そうですか。お気をつけて」
車いすの女性は「何か」に車いすを押され消えていく。その何かは相当珍妙な存在だった。なんというか、トイレのスッポン―正式名称はラバーカップという―みたいな何かだ。
なんかこれ、俺、
思い出せない―と思っていると、カット終了。「現場」は終わったらしい。
「百舌鳥」さまがいる。何となく分かる。彼は俺の目の前に覆いかぶさっている。
「おぉん?小僧、てめぇ、久々にドジったらしいぞ?」
「アレ?ダメでした?」
一応、準備されたシチュエーションに沿って演じたつもりだったが。
「取逃してんじゃねぇかよぅ…みすみすまた、『あっち』に返しやがって」
「帰した?あの人を?」
「おう。アレ、なんか俺たちとは違う種類の『何か』超常的なモノに導かれて『こっち』と『あっち』を行き来してるらしい。『象徴』は『環状鉄道』」
「ほー『象徴』は『環状鉄道』って事はある点を起点にして、くるくる回っていると?」
「そうだ。ある『ポイント』を起点にしてくるくる回ってやがる。ただ、少し不気味なのは、出現場所と消失場所に
「親分でも怖いものはあるんですねえ。多分、あの車いすを引いているラバーカップ的何かが糸を引いているんでしょう?」
「そうだ。だが、アレに俺たちは手を出せねえ。アレと俺たちは『ズレ』てるから、かみ合う事がねえ。ま、お前の演技で、うまいことやれ」
「無茶言いますね。あんなよく分からん存在に
「そうだ」「百舌鳥」親分は力強く肯定する。
scene3-2 「回収事業 Case.2 悲壮な覚悟の少女」
今回の「現場」は―地下鉄の車内。薄暗い地下を走り抜ける電車は何処を目指しているのか?私にはそれが分からない。次は目の前のドアを開ければ良いのは分かっているが。
ドアを開けると女。大学生くらいか。肩口までのショートヘア。メイクは薄め。恰好はまあ。そこら辺の量産型な感じ。詳しく
「
いやまあ。誰でもないです。今の役はしがない駅員。それ以上のアイデンティティは持ち合わせていない。ここは軽くいなすのが正解でしょう。
「やあやあ…お嬢さん?お酒でも飲みすぎました?
「いや―私は…寝ていた訳じゃなくて…」
ふむ。
この後は、私の「役割」に沿った「ダイアローグ(やりとり)」が続いた。それによると、目の前の女性は乗車券がないうえに、「何処」から「乗った」か覚えてないらしい。こんな所に迷い込む人間は恐らく、何かしらの「代償」を払ってきているはずである。例えば―命。
彼女が何を行うべきか?それはこんなところから、いち早く抜け、線をこえてしまう事ではあるが―
彼女は「何か」の為に自分の存在を賭け、「ここ」まで来たのだろう。少しぼんやりとした顔の中に悲しみというべきか、覚悟というべきか―何かが宿っている。私はこの人を騙くらかし、「回収」するのが仕事だ。ギャラはその為に払われている。
でも。「俺」は。
悲壮な顔をして「何か」を覚悟してきた女を邪険に扱う程、非道ではない。何と言っても聖人君子だからな!別に目の前の子が綺麗だから親切にするのではない。覚悟を背負った女を応援したいだけさ。
だから。役から外れた行為を、ちょっとばかり混ぜ込む。衣装のブレザーの左ポケットに手を突っ込む。中にあった「ソレ」を適当な台詞と共に取り出す。
「いや、全く切符に見えませんけど?」
「まあ。切符じゃないですし。これは―何かの『象徴』なんです。あなたから生まれいでた」
「ふむ」
「ここも、そして私もまた、『象徴』。何を示しているかは―あなたが考えてください。じゃ、時間がないので、これを」
「役」から外れた事をしているから、その内、「百舌鳥」さまに引き剥がされるだろうと思う間もなく、俺の体は分解され、背景の中に混じっていく。美少女よ。「何」をどうしたいのかは一向に分からないけど、うまいことやってくれ。俺にできるのはこれ位さ。
scene3-3 「回収事業 Case.3 絶望した青年」
さて。お次の現場は―「駅」。ただ、ここは環状鉄道ではなく地下鉄の駅だ。
私がそんな事を考えながら歩いていると、人がコンクリ―トと仲良くなっているではないか。彼はじっとしている。眠っているのか、はたまた動くことを諦めているのか。どうしようか悩んだ結果。「台本」通り、与えられた「役」通り、声をかける事にした。
「おやおや、お客様。ホームの上で寝転ばれるとご迷惑なのですが。でもまあ、めったに人の来る駅ではないので、気にせず気の済むまでお休みくださいませ。」
反応は…無いかと諦めかけていた時に、
「ああ…。どうも、すみません」
彼は久々に人と話したらしい。その声はうまく世界に響いていない。心配なので「台本」を続ける。
「いえいえ。お気になさらず。お加減はもうよろしゅうございますか?」
「ええ…まあ。特に異常はないです」
本当に?異常はないという彼の言葉は彼の様子とまるっきり矛盾している。彼の全身は異常です、僕、異常です!と告げている。とりあえず彼を助け起こす。
「済みません、お手数かけます」
「いいえ、お客様が無事なら良いのですよ。本当に何もございませんね?」
「ええ、おかげさまで。何ともありません」そう返事をした彼は、頭を下げ、立ち去っていく。「回収」の為には、もう少しアプローチがいるだろう。何となしに彼の方を見やると、彼は階段を昇っていく。まあ。ほっといても問題ないでしょう。改札を出てくれれば、それはそれでよし。こっちが「回収」する手間が
まだ、「現場」は終わらない。と、いう事はまだあの青年は改札を出ていないのだろう。
さあ。次は何をしたらよいのでしょうかね?とりあえず彼が来るまで暇なので、目の前のひび割れた駅名標を眺める。そしてヒビを数える。
えーと、これで107個か。などと考えていると青年に声をかけられる。
「あの、すみません」
話を聞いてみると、何の偶然か彼「も」乗車券が無いらしい。入場料は払うから出してほしいらしい。うむ。こいつをいま「回収」するのは簡単だが、「俺」は奇妙な符合が気になっていたので、
「ええ、かまいませんけど、お客様は先程、この冷たい冷たいコンクリ―トに寝そべっていた訳ですし、諸々事情は聴かせてもらいたいものですねえ」と苦々しげな顔を作り、答える。青年は適当に
「さて。何からお話ししましょうかねえ…」と意味ありげな「台詞」を投げかけてみる。いまいちピンと来てないらしい。乗車券をなくしたという旨の話を繰り返される。なので、ICカードの類は使えない、改札機にICカードリーダーがあるのは、「向こう」のものに似せただけだと告げる。すると彼は、驚いたような顔で、
「いやいや、『向こう』ってなんですか?『ここ』は『あの世』だとでも言いたいんですか?」と言うのだった。
いや、ここは「あの世」ではない。君は何らかの原因で「あっち」と「こっち」の
「どっちかって言うと、alternative(オルタナディブ)じゃないですかね。ほら、ロックの中でもオルタナティブ・ロックってジャンルあったでしょ、あのオルタナティブ」
代替の、あるいは二者択一の。君はこの分岐点で、何かを賭けて降り立ったこの
「アナタはね、『向こう』で何かの拍子にもう一つのあり方を望んだんじゃないですかねぇ…こんな結末じゃない、他の可能性だってあったんだ!、といった感じにね」
「そんな訳で、『ここ』の世界ができた訳です。うまくいかなかった『向こう』の代替として。あるいはもう一つの選択肢として」
我ながらあまり出来の良い説明ではないと思うが、希望を抱かせるにはこんな口当たりのよさそうな適当な語句を並べ立てるに限る。彼を納得させるために、私は納得したなーという顔を作る。これ位は楽勝である。そんな事を考えていると目の前の彼は、納得できないという顔から、あ。そうか、目の前の男―
「ええ、そうですよ。私は『ここ』においては『案内役』なのです。だからこんな駅員の
その時、アナウンス。
彼を急かす。彼は素直に従うが、最後に名前を聞かれた。「俺」の名前は加藤だが、私には名前が無い。偽名をひねりだそうにも時間が無い。適当に「
ああ。「百舌鳥」親分に何を言われるやら。
scene3-4「揺れる『私』と気まぐれな『俺』」
「てめぇええ。まぁたやらかしてくれたな?」
俺の体を
「いやまあ。出来心でアドリブ混ぜちゃいましたね。でも、結末に大きな影響でてないでしょう?『回収』はし損ねましたけど」
「そりゃよう。あの一組のガキんちょ共はあの
「ま。あの子たちは『何か』の為に、
「まあよ。挟まっている状態は解消されたから、2件分は例外処理だがクリアといっても差し支えないかも知れん。許してやらんこともないがよぉ。お前何時からアドリブかますのが得意になったんだあ?今まではきっちり『台本』演じる派だったろ?」
うーん。何故だろう。あの二人に対峙した時、俺は「私」を「
「ま。そういうものですよ」
「おーん?ま。良い。ギャラは少し削らせてもらうが、払ってやろう」
「そりゃどうも」
scene4 「素朴な疑問、あるいはハード・プロブレム」
まだ。あの二人に関する現場にも、あの不可思議存在に引きずられる車いすの女性に関する現場にも呼び出されていない。
しかし、「私」は―いや「俺」はあの二人の何が気になるというのだろう?今までしたことないような例外―アドリブ―演技を交えてまで、あの二人に何を託したかったのか?分からない。「こっち」に来たときに随分多くのものを置いてきてしまった。それは記憶であり、人格であり、思い出であり、俺を俺だと規定する世界との繋がり方だったはずだ。
人は自分から開けた「世界」を世界との距離で、あるいは繋がり方で規定する。
要するに世界観と呼ばれるアレだ。
世界を異性とのセックスを軸に規定する人種もいる。
世界を規定するために、争いに身を投じる人種もいる。
世界を規定する為に「神」という超常存在を介する人種もいる。
はたまた、世界なんぞ知った事かと、世事にかまけ溺れる人種もいる。
世界を理解しようと努力した結果、精神に異常をきたす人種もいる。
だが、俺に言わせてみれば、「世界」との繋がり方とは究極に言ってしまえば、他者に代表される「異物」との関係性でしか理解できない。他が無ければ自分は無い。もう一つの物が無ければ、最初のひとつは存在しない。「世界」とダンスを踊ろうと思うなら、まずは「自分」がいなければならない。
だが、俺には「自分」が分からない。分からぬまま、シチュエーションの中に投じられ、お仕着せのアイデンティティに身を包み、スクリプトに沿ったダイアローグを吐く。
大事な何かがあったはずなのに、それが何だかわからない。
「自分」を相手に「自分」とダンスを踊るのは、無益な試みだ。相手がどうステップを踏むか分かり切ったダンス程、
コミュニケーション、というものは相互理解の為の試みなのに、コミュニケーションの為の話題探し、論題探しが、ディスコミュニケーションを生み出す。果てしない消耗。
「俺」は、あるいは「私」はそういった事に思いをはせると空しくなる。
君を知りたいと思うから話しかけるのに、話しかければ話しかけるほど、君は遠ざかっていく。独りで
さて、
あの二人はどうなったんだろうか?
ここでたとえ話。色の伝達、相互理解を例に話を進めたい。とは言っても、俺は物理、化学、大脳生理学に代表される生物学にはそう明るくないので、適当に自分の必要とする要素を取り出し、比喩に使う事をお許し願いたい。
ここにりんごがあるとしよう。それは赤い。それは、リンゴという物体に光が反射し、私たちの目に赤を感じさせる要素が入り、目の中の錐体(L錐体)が反応し、大脳の高次視覚野で統合された結果、赤い、という知覚を生み出す。この時点ですでに個人が介在する以上、絶対的な赤、というものは存在しない、と俺は思うし、この先の話もそれを前提に進める。
さて、リンゴを赤いと知覚するまでは良い。ここからは二人の人物に登場願おう。仮にA氏とB氏とする。A氏とB氏がそれぞれに知覚したりんごの赤さは果たして同じだろうか?当然、この論内ではノーだ。前提は絶対的な赤は存在しない、なのだから。
でも、ある事情の元、A氏とB氏はこのりんごの赤さを言語化しないといけないとする。故あって、リンゴを目の前にせず、記憶に頼って、
A「ここ、何色にしようか?」
B「じゃ、リンゴの赤色で」
というような会話が交わされる。ここでまず、A氏とB氏は記憶に頼る。が、それは正しく伝達され、お互いに理解されるだろうか?答えはノー。下らない知識を披露するなら、色には「
A「こんな感じでどうだ?」
B「いや…俺が思ってんのと違うわ」
さて。どうするか?そこが印刷現場等なんかなら、カラーチャートに登場願ったり、
だが。俺が
―あなたが知覚するりんごの「赤さ」と君が知覚するりんごの「赤さ」は完全なイコールではない。
という結論が取り出せる。俺はその事実をモノの本で読み知った時、悲しくなったものだ。 ※3
Q.さて、長々と色の話をしてしまった俺は何が言いたいか?
A.人は様々な事象についてコミュニケーションを図る、そして部分的には理解し合えるかもしれない。でも、理解し合ったからといって、相互にまったく同じものを理解しあっているとは限らない。
という事だ。別に完全に理解しあわなくったって「世界」は回る。日々はそういったミクロレベルの違いなど気にせずとも渡っていける。マクロに大雑把に相互の了解があれば、平和にやっていけるものだ。ピース。
だたなあ。愛しあった人間と完全な理解がしあえない、という事実は俺を悲しくする。どれだけ頑張って物事を伝えても、お互いに同じ物事を理解しあえてないんだぜ?二人はひとつみたいなものだ、っていうような愛の
神よ。願わくば、あの二人が、お互いの相手に自分の事を完全に伝え、理解し合えますように。絶望的な願いだが、どうかうまくいきますように。余計なお世話だろうか?でも、俺はそれがなされる世界を望む。もう、俺という主体が損なわれて久しいが、これ位の願いをする分には、仕事をサボりがちな神も許してくれるであろう。ま、自己満足に過ぎんが。
scene5 「ニヒリスティック・ロマンチスト」
そして。俺はまもなく「百舌鳥」さまに呼出を受ける。
「おぉう。役者ちゃん、仕事入ったぜ?」彼は嬉しそうにそう言う。
「はあ。またあの回収事業の続きですか?」
あの二人はまたあんなところにはまり込んでいるのか?まったく、世話を焼いた
「おう。そうだ。あの二人、何があってもあの
「ほー。それで?今回はきっちり『回収』して来いと?」
「うんにゃ。もう『回収』は良い。お
「へえ。あの気の利かない
「まあ。アレでも、神と呼ばれるような超常的存在だ。自分の
「あんた、八百万の神的な存在でしょ?いやにキリスト教徒みたいな『神』への理解していますね?」
「そうか?俺はお上さんに『超常的』な存在であることを期待している訳じゃないぜ?」
「そいじゃあ、どんな期待をしているので?」
「アイツらだって、粘土細工達とそう変わらんという事よ。ギリシャ神話、ローマ神話、北欧神話、日本神話の中の神様よろしくな」
「人っぽい、失敗する
「そういう事だ。アイツらも俺らもそう変わらん。ただ、存在する次元がちょいとズレてるだけだ」
妙にヒューマニズム的な発言を繰り返す「百舌鳥」さまに違和感はあるが、もともと、このお方は
「で?具体的には何をすればいいので?」
「アイツらは今回、狭間の分岐点に落ち合うようになっている、何でそうかは聞くなよ?俺にもよく分からんかったからな」
ほう。そりゃまた運命的ですね?腕の振るいがいがあるというもの。
「それで?私はあの二人にどんな働きかけを?お互いを結びつけますか?それとも、お互いを完全に分かち、新しい
「俺はな、ドラマチックな話が大好きなんだよ?分かるな役者?」
「さっぱり」
「嘘こけぇ。お前はニヒリスティックな世界観をもっちゃいるが、本質はロマンチストだろぉがぁ?」
「ロマン?私には一向関係のないものですが?」
「うんにゃ、愛する女の事を1000%信じるお前のあり方は間違いなくロマンチストだ。忘れちまったか?」
「ええ。何時の話ですか?それ?」
「はぁぁぁ。もうええわ。あの二人に思い出させてもらえ。俺が拾い上げたお前は間違いなくロマンチストだった。だから俺は
「へえ。あの話事実だったんですか?」
「いや。事実かどうかなんて関係ないね。その話があるという事実だけでいいんだよ」
「はたまた曖昧な」
「良いから、さっさと行け!!この
「当たり前のこと言わないで下さいよ」
scene6 「熱き血潮は心臓より送り出される」
私は現実の「
「
けたたましく鳴る到着メロディ。まずは、あの少女が乗った電車が入ってくる。ステンレスボディに青のラインが横にさっと引かれた車体。それは私に静脈を流れる血液を想起させる。エアコンプレッサがシューっと空気を吐き出し終えると、あの少女。前見た時より少しくたびれているようだ。
「あの…。なんで
ああ、もう。一人でこんなになるまで無理しちゃって。私が世話を焼いたのはこんな風に
「まったく、無理してくれちゃって。そんな心で『世界』に立ち向かっても負ける事はよく分かっているでしょうに?」
「でも、誰にも分かってもらえなくても、私は行かなきゃ…あの日々に」
「良いから。『今回は』ここでお待ちなさい。今まで一人で無理してきたんだ。少しくらい休んだって
その時、もう一つの到着メロディが鳴る。ステンレスボディに赤のラインが横にさっと引かれた車体。それは私に動脈を流れる血液を想起させる。開いたドアには彼が
「やあ。お久しぶりですね?
「なんで…アンタと和香が『ここ』にいるんだよ?」驚いた顔の彼はいう。
「ま。神の与えし偶然が故に」
「訳分かんねぇよ…もう、何回も何回も、同じ事を繰り返し、その度に失敗してきたが、もう疲れてきてんだよ…。今回はアンタと
静かに和香と呼ばれる少女も首肯している。
「果たして、そうでしょうか?」
「と、言うと?」声が二つ重なった問が私に返される。
「あなた達、お互いの事信じてましたか?」
「はい?」またもや二つの声が重なった返事。
「良いですか?あなた達はぴったり声を重ねて返事をできるくらいに息はあっている。でも、いざ、お互いを助けようともがきだした時には、正直に語り合うでもなく、
「
「
「それじゃあ、相手の事を1000%信じなさいよ?なんの為のパートナーですか?」
「いや、負担をかけたくなくて…」伊織と呼ばれた青年は答える。和香と呼ばれた女の子もぶんぶん首を振ってる。はあ。大学生だっていうのにこんな簡単な事も分からんのか、まったく世話が焼ける。
「良いですか?お互いを理解し合うというのは絶望的な作業です。時には失望するでしょう、時には相手が嫌いになるでしょう。でもね、諦めちゃいけないんです。いくら伝わらなくたって、理解されなくたって、コミュニケーションを止めてはならない。それは甘えです。そんな孤独に甘んじるやつに『奇跡』なんてもったいない!!」
「じゃあ…俺たちはどうすれば?」
分かりきっているでしょう?簡単な事ですよ?
「お互いの手を取り、進むべき道を歩みなさい。私にそれが何かまでは分からないが」
「…ありがとう」和香と呼ばれる少女が答える。それに続いて、伊織と呼ばれる青年も、
「ありがとう、
「なあ…加納。ちょっと最後に聞いておきたい事があるんだがいいか?」
「何でしょう?」
「お前って、神とかそれに類する存在か?」
「いいえ。しがない雇われ役者ですが?」
「もしかして…『女子高生スペシャル』って単語に覚えはないか?」
「は?」
「だから、アンタの愛蔵のエロ本だよ」
「いや。私はしがない役者ですって」
「本当か?さっきの俺たちを説得した言葉だって、俺には覚えがあるぜ?
「そうだよ、加藤君?恥ずかしいからって
「はああ。なんで私が加藤だと?」
二人は声を重ね、こういう。
「何となくね」
「そうですか。ま。じゃ、そういう事にしときましょう。さて。時間がありません。今からくる、「紅花線」、「
ホームに到着メロディが鳴り響き、機械音声のアナウンスが続く。
「まもなく、4番乗り場に、『紅花線』、『芦原』行きの電車が到着します、黄色い線まで、お下がりください」
「げ。向こうの島に渡んなくちゃ―」
少女は走り出す。それに続いて青年も島ホーム間を繋ぐ階段を目指しだす。
「お気をつけて」
俺は二人を見送る。俺にはできない奇跡に思いをはせながら。向こうのホームにわたり切った二人は、手を繋いだまま、赤いラインが引かれたステンレスの
「なあ―加藤。一人でカッコつけさせねーからな!!!」
「そうよ!!絶対アンタも連れ戻しに来るんだから!!
余計なお世話ですよ。もう俺は「こっち」の存在なんだ。無駄なあがきはやめとけって。俺はクールな目線で、発車する電車を見送る。それはさながら、「
↑ 本文、了
本稿の執筆に当たり、以下のサイト、文献を参考にしたことを明記します。
※1『モズ』
https://ja.wikipedia.org/wiki/モズ
※2 「ちょこっと大阪」
大和田昌
http://www.oda-net.jp/news-backnumber/new/07_0298.pdf
※3 「色のしくみ」
城人夫 編・著
2018
新星出版社
「今日から物知りシリーズ トコトンやさしい色彩工学の本」
前田秀一
2016
日刊工業新聞社
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