chapter6 「ニヒリスティック・ロマンチスト」


scene1 「死と百舌鳥と川原に関する奇譚」


 さて。

 皆さんは「百舌鳥」、即ち「もず」という鳥をご存じだろうか?

 学名的に言えば、Lanius bucephalus、スズメ目モズ科モズ属に類する。見た目としては、スズメそっくりである。鳥類ちょうるいに詳しい人間でなければ見分けはつかないだろう。彼らの特徴はまず、鳴き声。秋口から11月にかけ、高鳴きと呼ばれる激しい声―それはちょうど文字に起こすとこんな感じである。

「きぃきぃきぃきぃきぃきぃぃ…」

 もう一つは、「早贄はやにえ」と呼ばれる、捕まえた獲物を木の枝なんかに突き刺したり、枝の股に挟む習性。これは「モズのはやにえ」として人々の口に上り続けたらしいから、知っている人もいるかもしれない。 ※1


 さてさて。鳥類に詳しくない俺が何でこんな話を知っているか?

 一つは俺たちが住む街の地名の由来だからだ。「白路はくろ」…モズの別名「伯労はくろう」が転じて「白路」になったらしい。何でも、昔この辺りの豪族が陵墓りょうぼを作る際、視察に来ていたらしいのだが、豪族に鹿が突進してきた。すわ、命の危機っ!と豪族が思っていると、目の前で鹿が倒れた。そしてその耳からモズが飛び立っていった…。人に危害を及ぼさぬよう、モズが鹿の耳の中を食い破って殺したのだ…。そんな故事に由来して、白路と名付けたらしい。 ※2

 そしてもう一つ―これは信じてもらい難いかも知れない―

 ある日、幼馴染の予言通り、間抜けな交通事故で死んだ…はずの俺の「魂」らしきものが、ここら辺の神だか悪魔だか妖怪変化だかの、オスの「百舌鳥もず」に捕まえられ、賽の河原だかどこかの木の枝にぶっ刺されているというにわかに信じがたい現象のせいである。


 寺の子に生まれたくせに無神論めいた何かを信じる俺は、これが何かの悪い冗談だと思った。ああ、俺は死に際してこんな気の利かない走馬燈そうまとうを見ている。ああ。ちっとは家の仏像でもおがんでおけばこんな気味悪いものを見ずに済んだかも知れない。諦めて目?(死んでいるんだから目なんかないだろ?普通)を閉じ、まんじりとしていると、

「きぃきぃきぃきぃきぃ…」

 とやや不気味な鳴き声。ん?やっと俺の「何か」を食ってくれる気になったのか、やっと楽できそうだ―と思っていると、その「百舌鳥」は俺を―突き刺した木の枝から引きはがし、地面に向かって放り投げたのだ。全く、死んでいるからいいものを。あんまり雑に扱われると困る。そして、その黒い目のようなもので見据えられる。俺はそれを見返す―というかコイツ、目ないな。目のあるべきスペースに黒いあなが二つ。あんまり都合のいいスペースにあるもんだから勘違いしていたんだ。「百舌鳥」だって思っていた体も―何か得体の知れない物質で構成された「何か」だ。じゃあ何で鳴けたのか?そんな事を俺に問われても気の利いたアンサーはない。俺だって小便ちびりそうなのだ。体ないけど。

「で?俺は、目の前の川を渡ったらよろしいんでしょうか?」目の前の「百舌鳥」もどきに問いかける。

「いや。お前。渡しちん持ってはおらぬだろう?」

 うわ、しゃべった、この気持ち悪いの!

「渡し賃ですか?いや、それをした紙が一緒に俺の棺に収まっているはずですが…」俺は寺生まれの知識を動員して答える。

「ふむ…。普通はそれでよかろうが…俺様はそれはらん。大体なんだ?その紙切れに書かれた六文銭ろくもんせんは?」

「仕方ないでしょう?火葬の時邪魔なんだから」

手前てまえらの都合など知った事か」うん。さすが神?らしき存在。理不尽極まりない。

「では、私めは如何様いかようにしたらよろしいので?『百舌鳥』さま?」

「ちょっと働いてこい」

「はい?ちなみに、ここら辺ではどんなお仕事が?」

 目の前の「百舌鳥」さまは怪訝けげんそうなひくぅい声でこう答える。

「おぉん?てめぇみたいな餓鬼ガキんちょにできそうな仕事かぁ…まず目の前の河原の護岸工事はどうだ?」

「護岸工事ですか?石積みじゃなくて?」

「おぅ。石積みなんて意味のねぇこと随分ずいぶん前にやめてんだ。そんな無駄仕事に人使うほど余裕ない訳。こっちも」

「はあ。長い伝統があったでしょうに」

「伝統で飯食えるのは観光業ぐらいだっつーの。アホみたいに増えるてめぇら養ったり、働かせたりするのも大変なんだよねぇ…」

 だんだん、目の前の「百舌鳥」様が怖い筋の御方おかたに思えてくる。声も鳥類の甲高いそれではなく、「名作ギャング映画」のドンみたいに低くしゃがれた声だ。

「護岸工事ですか。一日幾らほどいただけるので?後、どれくらいで開放してもらえますかね?」

「護岸工事の給料ぅ?雀の涙程度だよ、てめぇらの宿舎代と飯代は天引きするからな。だから出られるのはお前の知っている時間の単位で言えば…まあ。一個の星が生まれ滅びるくらいの時間かなあ?簡単に…労働者手放すほどオジサン達も楽じゃない訳ぇ」

つつしんでお断りさせていただきたく!!」へへーと頭を下げる。いや。頭ないけど。

「ふぅぅぅぅんん?ウチのお仕事が気に食わない、と?うん?」

「滅相もございません!」

「いや。良いんだ坊主。そういうつもりなら、もっと話がやりやすいんだよ…」

 百舌鳥の体に長い舌があったら、間違いなく彼は舌なめずりしているだろう。

「ちょっと、いかがわしい仕事の斡旋あっせんですかね?」

「そぉぉぉだよう?早めに抜けれるのはこれ系のお仕事しかないかなあぁ?オジサン達の手持ちだと」

「で?どんな感じなんでしょうか?『百舌鳥』さま?」

「てめぇみたいな餓鬼んちょなら…まあ、いろんな『何か』のなぐさみもんになるってのが一番楽なタイプの仕事じゃなあぁ」

「慰みもんですか」

「そう、慰みもん。高く売れそうじゃねぇか…お前。アジア系のローティーンは特殊需要アリアリだぞぅ?」

 お尻の穴がきゅっとなる。いや、体ないけど。

「私め恥ずかしながら、異性との交わりは未経験でありますからしてっ!!」

「だからぁ…需要あんだって。大体、誰が異性を相手どるつったよ?」

「そっち系でありますか!?」

「おん」

 うーむ。さっさと出れそうなのは魅力的だが、相当タフな仕事のような気がする。果たして、俺に勤まるだろうか?勤まらない気がする。ああいうお仕事は体的にも精神的にも負担は大きいだろう。

「ふぅん?坊主ぼうず気に食わねえって顔だな?おん?」

「出来れば、中間位の負担の仕事紹介してもらえれば嬉しいです!」

「中間、ねぇ…お前ツラ悪くねぇみたいだし、芸事げいごとはどうよ?なんか特技あるか?例えば俺様達みたいに物真似上手とかさあ?」

「いや、芸事はからっきしであります」

「そうか?残念だなあ。少年といえば、歌舞伎でいう女方おんながたみたいな事が出来そうだよなあ?」

「役者、ですか?」

「おん。最初のウチはたどたどしい演技でもいいぞお?逆に需要あるかもしれん。良いマネージャーつけてやるから、やれよ。お前。拒否権はねぇぞ?」

「はい…」

 

 結局。「百舌鳥」さまの迫力に負けた俺は仕事を受けるにした。多分、断ったら、また、あの木の枝に突き刺される。


scene2「回収事業」


 そうしてそれから?

 俺は身をにして働いている。死ぬのも楽じゃない。

「役者」の仕事をしている訳だが、芝居小屋に属している訳ではない。気づかない内に「現場」に出現し、「役」が与えられる。あまりに多くの「現場」と「役」をこなし続けたせいで、何を「演じ」たのかすらよく覚えてない。「台本」は「現場」に現れると、頭の中に浮かんでくるのだ。

 マネージャー…「百舌鳥」様が付けたお付きの存在は―小さな「百舌鳥」だ。気が付くと現場に居る俺の頭にとまっている事が多い。言葉は交わせないが、彼が何を伝えたいかは何となく分かる。

「ヂヂヂヂッヂィヂヂヂヂ」

 はあ。最近、「向こう」で無くなった―亡くなったではなく―存在が「こっち」と「あっち」の間で挟まっている事が多い?そりゃまた、どうして?

「キキキキキキキィ…」

 いや。神とかそんな感じの超常的存在たるアナタ達が分からない「何か」が俺に分かる訳ないでしょう?

「ッチチチチチ」

 何?最近「百舌鳥」さまがそこら辺の回収事業に手を出した?それまた何で?

「チュチュチュチュ…」

 あ、そう。儲かるんですか。そういうやつ。気味悪いですもんね。ことわりに反した「何か」は。で、「誰か」が始末をつけなならんと。で。役者たる私に白羽の矢が立ったと。今回のギャラ良いんですか?

「チチチッキキィ!!」

 ほう?「百舌鳥」さまがピンハネする分を抜いて考えても相当ある、と。良いでしょう。名役者たる私がお受けいたしましょう。ええ。うまく「り」ますよ。それじゃ、今の「現場」が終わったら、よろしくお願いしますよ。


scene3-1 「回収事業 Case.1 環状かんじょう鉄道てつどうと車いすの女」


 今回の現場は…鉄道の駅、ですか。私の衣装は駅員のソレ。ふむ。駅員ですか。顔かたちは…いつものアレですか。もうちょいメイクに気を使ってもらいたいものです。周りを見回す。「現場」はどうやら環状鉄道の駅らしい。発車標には

「■■:■■ O環状線(右回り)ckockwise  白詰橋しろつめばし 行」

 とある。作りこみが甘いセットだ。あちこちが「向こう」のO環状線と少し違う。まあ、ここは実際の駅をして造られた「何か」。誰かの想像力から湧きいでた「象徴」。人の想像力、発想力には限界がある。大きな期待をするのは酷ってもんだ。

 到着メロディが構内に響きわたる―オレンジ色のかなり古いタイプの近郊きんこう列車がガタゴト不穏な物音と共に入ってくる。そして、エアコンプレッサのシューっという音。扉が開くと、人、人、人。かなり混み合っているらしい。

 粗方あらかた人を吐き出し終えた電車の私の目に車いすに座った女性が。とりあえず。この方はこの駅に下りたいらしい。私の手には銀のアタッシェケースのようなものが握られている。それを開き、展開させ、電車とホームの間に渡す。

 軽く頭を下げた女性は、渡した橋を渡ってホームに降り立つ。

「改札口までご案内しましょう」

「いえ。車いすを押してくれる者がいますので。お気遣いなく」

「そうですか。お気をつけて」

 車いすの女性は「何か」に車いすを押され消えていく。その何かは相当珍妙な存在だった。なんというか、トイレのスッポン―正式名称はラバーカップという―みたいな何かだ。

 なんかこれ、俺、何処どこかで見たことがあるような。見たことがあるというか、知っているような。

 思い出せない―と思っていると、カット終了。「現場」は終わったらしい。


 「百舌鳥」さまがいる。何となく分かる。彼は俺の目の前に覆いかぶさっている。

「おぉん?小僧、てめぇ、久々にドジったらしいぞ?」

「アレ?ダメでした?」

 一応、準備されたシチュエーションに沿って演じたつもりだったが。

「取逃してんじゃねぇかよぅ…みすみすまた、『あっち』に返しやがって」

「帰した?あの人を?」

「おう。アレ、なんか俺たちとは違う種類の『何か』超常的なモノに導かれて『こっち』と『あっち』を行き来してるらしい。『象徴』は『環状鉄道』」

「ほー『象徴』は『環状鉄道』って事はある点を起点にして、くるくる回っていると?」

「そうだ。ある『ポイント』を起点にしてくるくる回ってやがる。ただ、少し不気味なのは、出現場所と消失場所に時系列順クロノロジカルさが無いって事だ。まるでテレビのチャンネルをザッピングするみてぇに、さっさっさっ、とランダムに現れちゃ消えやがる。不気味ったらねえ」

「親分でも怖いものはあるんですねえ。多分、あの車いすを引いているラバーカップ的何かが糸を引いているんでしょう?」

「そうだ。だが、アレに俺たちは手を出せねえ。アレと俺たちは『ズレ』てるから、かみ合う事がねえ。ま、お前の演技で、うまいことやれ」

「無茶言いますね。あんなよく分からん存在に詭計きけいでもかけろと?」

「そうだ」「百舌鳥」親分は力強く肯定する。



scene3-2 「回収事業 Case.2 悲壮な覚悟の少女」


 今回の「現場」は―地下鉄の車内。薄暗い地下を走り抜ける電車は何処を目指しているのか?私にはそれが分からない。次は目の前のドアを開ければ良いのは分かっているが。

 ドアを開けると女。大学生くらいか。肩口までのショートヘア。メイクは薄め。恰好はまあ。そこら辺の量産型な感じ。詳しく云々うんぬんするほどではない。さて。今回の相手役はどんな方なんでしょうか?変な存在は…いらっしゃらない。一人でここに来てしまったらしい。

貴方あなたは―誰ですか?」

 いやまあ。誰でもないです。今の役はしがない駅員。それ以上のアイデンティティは持ち合わせていない。ここは軽くいなすのが正解でしょう。

「やあやあ…お嬢さん?お酒でも飲みすぎました?随分ずいぶん気持ちよく寝てましたけど?」

「いや―私は…寝ていた訳じゃなくて…」

 ふむ。

 この後は、私の「役割」に沿った「ダイアローグ(やりとり)」が続いた。それによると、目の前の女性は乗車券がないうえに、「何処」から「乗った」か覚えてないらしい。こんな所に迷い込む人間は恐らく、何かしらの「代償」を払ってきているはずである。例えば―命。

 彼女が何を行うべきか?それはこんなところから、いち早く抜け、線をこえてしまう事ではあるが―

 彼女は「何か」の為に自分の存在を賭け、「ここ」まで来たのだろう。少しぼんやりとした顔の中に悲しみというべきか、覚悟というべきか―何かが宿っている。私はこの人を騙くらかし、「回収」するのが仕事だ。ギャラはその為に払われている。

 

 でも。「俺」は。

 悲壮な顔をして「何か」を覚悟してきた女を邪険に扱う程、非道ではない。何と言っても聖人君子だからな!別に目の前の子が綺麗だから親切にするのではない。覚悟を背負った女を応援したいだけさ。

 だから。役から外れた行為を、ちょっとばかり混ぜ込む。衣装のブレザーの左ポケットに手を突っ込む。中にあった「ソレ」を適当な台詞と共に取り出す。

「いや、全く切符に見えませんけど?」

「まあ。切符じゃないですし。これは―何かの『象徴』なんです。あなたから生まれいでた」

「ふむ」

「ここも、そして私もまた、『象徴』。何を示しているかは―あなたが考えてください。じゃ、時間がないので、これを」

 「役」から外れた事をしているから、その内、「百舌鳥」さまに引き剥がされるだろうと思う間もなく、俺の体は分解され、背景の中に混じっていく。美少女よ。「何」をどうしたいのかは一向に分からないけど、うまいことやってくれ。俺にできるのはこれ位さ。



scene3-3 「回収事業 Case.3 絶望した青年」


 さて。お次の現場は―「駅」。ただ、ここは環状鉄道ではなく地下鉄の駅だ。否応いやおうなく先程の女性の事が頭に浮かぶ。そういえばまだ「百舌鳥」親分に呼出しくらってませんね。はたまたどうして?私は職分を離れた行為をしたはずだが。不思議に思いながら、ホームを歩く。随分荒廃した駅だ。この「象徴」を生み出した存在は傷つき、絶望していたらしい。 しかし。今日は鉄道絡みの案件が多い。一発目は環状鉄道、二発目は地下鉄の車内、三発目は地下鉄のホーム。仲良しさん達が一斉に自殺でもしたのかしら。それとも心中?こんなに関連性の強い「象徴」を三連続で見るのは、私にとっても初めての経験だ。まあ、大した経験は積んでないので、広めの視野とは言い難いが。

 私がそんな事を考えながら歩いていると、人がコンクリ―トと仲良くなっているではないか。彼はじっとしている。眠っているのか、はたまた動くことを諦めているのか。どうしようか悩んだ結果。「台本」通り、与えられた「役」通り、声をかける事にした。

「おやおや、お客様。ホームの上で寝転ばれるとご迷惑なのですが。でもまあ、めったに人の来る駅ではないので、気にせず気の済むまでお休みくださいませ。」

 反応は…無いかと諦めかけていた時に、かすれかけた、久々に声を出したかのような返事。

「ああ…。どうも、すみません」

 彼は久々に人と話したらしい。その声はうまく世界に響いていない。心配なので「台本」を続ける。

「いえいえ。お気になさらず。お加減はもうよろしゅうございますか?」

「ええ…まあ。特に異常はないです」

 本当に?異常はないという彼の言葉は彼の様子とまるっきり矛盾している。彼の全身は異常です、僕、異常です!と告げている。とりあえず彼を助け起こす。

「済みません、お手数かけます」

「いいえ、お客様が無事なら良いのですよ。本当に何もございませんね?」

「ええ、おかげさまで。何ともありません」そう返事をした彼は、頭を下げ、立ち去っていく。「回収」の為には、もう少しアプローチがいるだろう。何となしに彼の方を見やると、彼は階段を昇っていく。まあ。ほっといても問題ないでしょう。改札を出てくれれば、それはそれでよし。こっちが「回収」する手間がはぶけるというものだ。何だ、こいつは簡単に済みそうじゃないか。今日はヘマしたり、無断アドリブかましたりしているから、ひとつくらいはちゃんとこなしたい。

 まだ、「現場」は終わらない。と、いう事はまだあの青年は改札を出ていないのだろう。

 さあ。次は何をしたらよいのでしょうかね?とりあえず彼が来るまで暇なので、目の前のひび割れた駅名標を眺める。そしてヒビを数える。

 えーと、これで107個か。などと考えていると青年に声をかけられる。

「あの、すみません」

 話を聞いてみると、何の偶然か彼「も」乗車券が無いらしい。入場料は払うから出してほしいらしい。うむ。こいつをいま「回収」するのは簡単だが、「俺」は奇妙な符合が気になっていたので、

「ええ、かまいませんけど、お客様は先程、この冷たい冷たいコンクリ―トに寝そべっていた訳ですし、諸々事情は聴かせてもらいたいものですねえ」と苦々しげな顔を作り、答える。青年は適当に誤魔化ごまかしていたが、私は丸め込み、彼を駅員室に連れ込む。パイプ椅子に座らせた彼に、

「さて。何からお話ししましょうかねえ…」と意味ありげな「台詞」を投げかけてみる。いまいちピンと来てないらしい。乗車券をなくしたという旨の話を繰り返される。なので、ICカードの類は使えない、改札機にICカードリーダーがあるのは、「向こう」のものに似せただけだと告げる。すると彼は、驚いたような顔で、

「いやいや、『向こう』ってなんですか?『ここ』は『あの世』だとでも言いたいんですか?」と言うのだった。

 いや、ここは「あの世」ではない。君は何らかの原因で「あっち」と「こっち」のはざまに挟まっているだけだ。なので、適当に言いくるめる。「あの世」なんてある訳ないだろう、と。彼はじゃあ何なんだ?と私に問いかける。何なんでしょうね?私が聞きたいぐらいだ。「向こう」とは違う世界では?と私が助け舟を出すと、彼はパラレルワールドか?と問う。なので、私は否定する。そう。ここは「パラレル(並行)」になんて存在していない。あらゆる物事は一度選択されたら、一度起こってしまったら、それまで。だから生きとし生けるものは後悔のないよう、日々を選び取り生きている。だが。選択肢というものは、可能性というものは、選び取られ、実行されるまでは存在している。

「どっちかって言うと、alternative(オルタナディブ)じゃないですかね。ほら、ロックの中でもオルタナティブ・ロックってジャンルあったでしょ、あのオルタナティブ」

 代替の、あるいは二者択一の。君はこの分岐点で、何かを賭けて降り立ったこのはざまでどっちを選ぶ?

「アナタはね、『向こう』で何かの拍子にもう一つのあり方を望んだんじゃないですかねぇ…こんな結末じゃない、他の可能性だってあったんだ!、といった感じにね」

「そんな訳で、『ここ』の世界ができた訳です。うまくいかなかった『向こう』の代替として。あるいはもう一つの選択肢として」

 我ながらあまり出来の良い説明ではないと思うが、希望を抱かせるにはこんな口当たりのよさそうな適当な語句を並べ立てるに限る。彼を納得させるために、私は納得したなーという顔を作る。これ位は楽勝である。そんな事を考えていると目の前の彼は、納得できないという顔から、あ。そうか、目の前の男―すなわち「私」乃至ないし「俺」―はまるで「役」が振られているみたいだ!というような顔になっているので、

「ええ、そうですよ。私は『ここ』においては『案内役』なのです。だからこんな駅員の恰好かっこうをしてる訳です。別にコスプレごっこをしている訳じゃないんですよ」と被せておく。彼は驚いていた。ま。この程度の事は演じ慣れている私には造作もない事。この後適当に彼を説き伏せ、彼に「乗客」「役」を押し付ける。上手くいくかは分からないが、このまま改札から出すよりは面白い事になるだろう。己の職掌しょくしょうからは完全に外れてしまっているが。不満たらたらの彼にも「切符」を託す。まあ、何とかなりますって。

 その時、アナウンス。

 彼を急かす。彼は素直に従うが、最後に名前を聞かれた。「俺」の名前は加藤だが、私には名前が無い。偽名をひねりだそうにも時間が無い。適当に「加納かのう」と名乗っておく。

 ああ。「百舌鳥」親分に何を言われるやら。



scene3-4「揺れる『私』と気まぐれな『俺』」


「てめぇええ。まぁたやらかしてくれたな?」

 俺の体をおおい尽くさんばかりに包み込む「百舌鳥」親分はそう脅しつける。

「いやまあ。出来心でアドリブ混ぜちゃいましたね。でも、結末に大きな影響でてないでしょう?『回収』はし損ねましたけど」

「そりゃよう。あの一組のガキんちょ共はあのはざまからは居なくなったけどよお、完全な例外処理だろうよ。大体アイツら何処に行っちまったんだよ?こっち方面には来てないらしいぞ?まだ連絡うけてねぇ」

「ま。あの子たちは『何か』の為に、おのが身を『して』あそこにたどり着いたんだ。払った代償に基づいて、何処かに連れていかれたんでしょう。あの電車に揺られ」

「まあよ。挟まっている状態は解消されたから、2件分は例外処理だがクリアといっても差し支えないかも知れん。許してやらんこともないがよぉ。お前何時からアドリブかますのが得意になったんだあ?今まではきっちり『台本』演じる派だったろ?」

 うーん。何故だろう。あの二人に対峙した時、俺は「私」を「る」よりも先に俺の意識が前に来ていたのだ。普段は「私」を「る」事に苦労を感じた事は無いし、「っ」ている時は俺のアイデンティティは後退し、ほぼ姿を消す。なのに。あの二人には俺に何かを訴えかける「何か」があったのだ。具体的な何かではない。ちょっとしたきっかけのようなものだ。それにほだされた俺はアドリブを混ぜてみたくなったのだ。出来心というやつである。深い意味などない。俺という存在のカオスから生まれ出た何か。それを理性的に説明する言葉の持ち合わせはない。

「ま。そういうものですよ」

「おーん?ま。良い。ギャラは少し削らせてもらうが、払ってやろう」

「そりゃどうも」



scene4 「素朴な疑問、あるいはハード・プロブレム」

 

 まだ。あの二人に関する現場にも、あの不可思議存在に引きずられる車いすの女性に関する現場にも呼び出されていない。

 しかし、「私」は―いや「俺」はあの二人の何が気になるというのだろう?今までしたことないような例外―アドリブ―演技を交えてまで、あの二人に何を託したかったのか?分からない。「こっち」に来たときに随分多くのものを置いてきてしまった。それは記憶であり、人格であり、思い出であり、俺を俺だと規定する世界との繋がり方だったはずだ。


 人は自分から開けた「世界」を世界との距離で、あるいは繋がり方で規定する。

 要するに世界観と呼ばれるアレだ。

 世界を異性とのセックスを軸に規定する人種もいる。

 世界を規定するために、争いに身を投じる人種もいる。

 世界を規定する為に「神」という超常存在を介する人種もいる。

 はたまた、世界なんぞ知った事かと、世事にかまけ溺れる人種もいる。

 世界を理解しようと努力した結果、精神に異常をきたす人種もいる。

 だが、俺に言わせてみれば、「世界」との繋がり方とは究極に言ってしまえば、他者に代表される「異物」との関係性でしか理解できない。他が無ければ自分は無い。もう一つの物が無ければ、最初のひとつは存在しない。「世界」とダンスを踊ろうと思うなら、まずは「自分」がいなければならない。

 だが、俺には「自分」が分からない。分からぬまま、シチュエーションの中に投じられ、お仕着せのアイデンティティに身を包み、スクリプトに沿ったダイアローグを吐く。

 大事な何かがあったはずなのに、それが何だかわからない。

 「自分」を相手に「自分」とダンスを踊るのは、無益な試みだ。相手がどうステップを踏むか分かり切ったダンス程、むなしい事はない。そこには発展性が無い。新たな何かが生まれる余地はない。


 随分ずいぶん下らない事を考え込んでしまった。時間を無駄にしたなあ、という思いと、いや、大事なことを考えていたんだ、という思いが半々。世事にとらわれいましめられる我々にとって「世界」のあり方とそれとの繋がり方を考えるのは負担が大きい。まず、時間がかかり過ぎる。得るものは少ない。心の平穏を求めて無益むえきな問をするはずなのに、無益な問に心をむしばまれる。哲学者と呼ばれる人種や小説家と呼ばれる人種がこういった事態におちいりやすい。世界という不可思議な物を理解したいがために、自らに多大な負担をかけすぎる。そして、多大な犠牲を払って理解したことを他者に伝えようとしても、まずは時間が足りないし、言葉も足りない。そして、その試みのせいで理解したことを伝えようと思う他者が離れていく。救いがない。


 コミュニケーション、というものは相互理解の為の試みなのに、コミュニケーションの為の話題探し、論題探しが、ディスコミュニケーションを生み出す。果てしない消耗。

 「俺」は、あるいは「私」はそういった事に思いをはせると空しくなる。

 君を知りたいと思うから話しかけるのに、話しかければ話しかけるほど、君は遠ざかっていく。独りで洞窟どうくつにこもって壁に向かって独り言を呟くのが一番楽なんだろうが、身にみる人恋しさがそれをますます空しいものに変える。寂しい。


 さて、閑話休題それはさておき

 あの二人はどうなったんだろうか?はざまから送り出してやったはいいが、どこに行ってしまったのだろう?彼、あるいは彼女は、その身をしてまで伝えようとしたことを相手に伝える事は出来るだろうか?同じような場所に行きつけばいい、「俺」は甘い思いに囚われる。でも、もし、同じような場所に行きついたからといって、彼らは相互に理解し合えるだろうか?

 ここでたとえ話。色の伝達、相互理解を例に話を進めたい。とは言っても、俺は物理、化学、大脳生理学に代表される生物学にはそう明るくないので、適当に自分の必要とする要素を取り出し、比喩に使う事をお許し願いたい。

 ここにりんごがあるとしよう。それは赤い。それは、リンゴという物体に光が反射し、私たちの目に赤を感じさせる要素が入り、目の中の錐体(L錐体)が反応し、大脳の高次視覚野で統合された結果、赤い、という知覚を生み出す。この時点ですでに個人が介在する以上、絶対的な赤、というものは存在しない、と俺は思うし、この先の話もそれを前提に進める。

 さて、リンゴを赤いと知覚するまでは良い。ここからは二人の人物に登場願おう。仮にA氏とB氏とする。A氏とB氏がそれぞれに知覚したりんごの赤さは果たして同じだろうか?当然、この論内ではノーだ。前提は絶対的な赤は存在しない、なのだから。


 でも、ある事情の元、A氏とB氏はこのりんごの赤さを言語化しないといけないとする。故あって、リンゴを目の前にせず、記憶に頼って、

A「ここ、何色にしようか?」

B「じゃ、リンゴの赤色で」

 というような会話が交わされる。ここでまず、A氏とB氏は記憶に頼る。が、それは正しく伝達され、お互いに理解されるだろうか?答えはノー。下らない知識を披露するなら、色には「いろ記憶」と「記憶しょく」という概念がある。「色記憶」というのは「色」に対しての抽象的な記憶の事だ。ただし、抽象的であるため、それは曖昧模糊あいまいもことしており、実際の色との間にずれがある。「記憶色」というのは、物事に結びついた色の記憶の事。ここではリンゴの赤さを想起する働きの事だ。ただし、これも実際の色との間にズレがある。大抵は明度、彩度高めで想起されやすい。

 A「こんな感じでどうだ?」

 B「いや…俺が思ってんのと違うわ」

 さて。どうするか?そこが印刷現場等なんかなら、カラーチャートに登場願ったり、分光ぶんこう測定器に登場願ってもいいかも知れない。色を光学的に測定し、マッピングし、数値化する試みはある程度成功している。科学の発展万歳。

 だが。俺が云々うんぬんしたいのは絶対的なコミュニケーション。前提に絶対的はないとしておきながら傲慢ごうまんかも知れないが、それに話を進めたい。が。色を知覚するためには「観測者」たる人間が介在している以上、「絶対」はない。何故か?色を知覚する人間の目には、「錐体すいたい(明るいところでの色のセンサ)」「桿体かんたい(暗いところでの色のセンサ)」とがあり、その二つが光によって刺激され、その刺激を脳が統合することによって色の知覚が生まれるが、知覚する各人にはそのセンサの働きに微妙な差が存在するからだ。センサの働きの異常が大きい人間は色覚異常としてカテゴライズされる。その結果、余り世の中には影響を与えはしないだろうが、

―あなたが知覚するりんごの「赤さ」と君が知覚するりんごの「赤さ」は完全なイコールではない。

 という結論が取り出せる。俺はその事実をモノの本で読み知った時、悲しくなったものだ。  ※3


 Q.さて、長々と色の話をしてしまった俺は何が言いたいか?

 A.人は様々な事象についてコミュニケーションを図る、そして部分的には理解し合えるかもしれない。でも、理解し合ったからといって、相互にまったく同じものを理解しあっているとは限らない。

 という事だ。別に完全に理解しあわなくったって「世界」は回る。日々はそういったミクロレベルの違いなど気にせずとも渡っていける。マクロに大雑把に相互の了解があれば、平和にやっていけるものだ。ピース。


 だたなあ。愛しあった人間と完全な理解がしあえない、という事実は俺を悲しくする。どれだけ頑張って物事を伝えても、お互いに同じ物事を理解しあえてないんだぜ?二人はひとつみたいなものだ、っていうような愛の睦言むつごとがあるが、ありゃ嘘っぱちだな。あまりに表面的な理解しかしてないのだ、そんな言葉を吐く輩は。


 神よ。願わくば、あの二人が、お互いの相手に自分の事を完全に伝え、理解し合えますように。絶望的な願いだが、どうかうまくいきますように。余計なお世話だろうか?でも、俺はそれがなされる世界を望む。もう、俺という主体が損なわれて久しいが、これ位の願いをする分には、仕事をサボりがちな神も許してくれるであろう。ま、自己満足に過ぎんが。



 scene5 「ニヒリスティック・ロマンチスト」


 そして。俺はまもなく「百舌鳥」さまに呼出を受ける。

「おぉう。役者ちゃん、仕事入ったぜ?」彼は嬉しそうにそう言う。

「はあ。またあの回収事業の続きですか?」

 あの二人はまたあんなところにはまり込んでいるのか?まったく、世話を焼いた甲斐かいが無いというものだ。

「おう。そうだ。あの二人、何があってもあのはざまに送り込まれてきやがる。まるで、『何か』を忘れていて、それを取り戻したいと言いたいかのように」

「ほー。それで?今回はきっちり『回収』して来いと?」

「うんにゃ。もう『回収』は良い。おかみさんの興味がれだしたらしい。あの二人に刺激を与え、どんな変化があるか観測したいらしいぜ?」

「へえ。あの気の利かないやからたちにも、そんな興味があったとはね」

「まあ。アレでも、神と呼ばれるような超常的存在だ。自分の似姿にすがたたるあの粘土細工ねんどざいくどもに何かしらの愛はあるんだろうよ」

「あんた、八百万の神的な存在でしょ?いやにキリスト教徒みたいな『神』への理解していますね?」

「そうか?俺はお上さんに『超常的』な存在であることを期待している訳じゃないぜ?」

「そいじゃあ、どんな期待をしているので?」

「アイツらだって、粘土細工達とそう変わらんという事よ。ギリシャ神話、ローマ神話、北欧神話、日本神話の中の神様よろしくな」

「人っぽい、失敗するみにくい存在ですか?」

「そういう事だ。アイツらも俺らもそう変わらん。ただ、存在する次元がちょいとズレてるだけだ」

 妙にヒューマニズム的な発言を繰り返す「百舌鳥」さまに違和感はあるが、もともと、このお方は親分肌おやぶんはだ。目をかけた者には妙に優しい。今回はあの二人がその慈愛じあい間合まあいに入っただけ。まあ。良いでしょう。お上さんや親分の気まぐれに付き合いましょう。

「で?具体的には何をすればいいので?」

「アイツらは今回、狭間の分岐点に落ち合うようになっている、何でそうかは聞くなよ?俺にもよく分からんかったからな」

 ほう。そりゃまた運命的ですね?腕の振るいがいがあるというもの。

「それで?私はあの二人にどんな働きかけを?お互いを結びつけますか?それとも、お互いを完全に分かち、新しい輪廻りんねへと放りこめとでも?」

「俺はな、ドラマチックな話が大好きなんだよ?分かるな役者?」

「さっぱり」

「嘘こけぇ。お前はニヒリスティックな世界観をもっちゃいるが、本質はロマンチストだろぉがぁ?」

「ロマン?私には一向関係のないものですが?」

「うんにゃ、愛する女の事を1000%信じるお前のあり方は間違いなくロマンチストだ。忘れちまったか?」

「ええ。何時の話ですか?それ?」

「はぁぁぁ。もうええわ。あの二人に思い出させてもらえ。俺が拾い上げたお前は間違いなくロマンチストだった。だから俺はかれたんだ。うん千年振りに人にご奉公ほうこうしたんだよ、バカタレが」

「へえ。あの話事実だったんですか?」

「いや。事実かどうかなんて関係ないね。その話があるという事実だけでいいんだよ」

「はたまた曖昧な」

「良いから、さっさと行け!!この糞垂クソタれ!!」

「当たり前のこと言わないで下さいよ」


 scene6 「熱き血潮は心臓より送り出される」


 私は現実の「白詰橋しろつめばし」駅を模した空間に降り立つ。今回のセットはいやに出来が良いじゃないですか。はたまたどうしてでしょうかね?

 「紅花こうか線」と「花田はなだ線」が交わるこの駅のホームは、二つの島式ホームで構成される。乗り場は4つ。1番乗り場は、始点に向かう、「紅花線」線の物、2番乗り場は始点に向かう「花田線」の物、3番乗り場は終点に向かう「花田線」の物、4番乗り場は終点に向かう「紅花線」の物。上からこの二つの島式ホームを見ると、1番乗り場と2番乗り場に挟まれた一つ目の島に、3番乗り場と4番乗り場に挟まれた島が「花田線」の線路にへだたれ存在する。

 けたたましく鳴る到着メロディ。まずは、あの少女が乗った電車が入ってくる。ステンレスボディに青のラインが横にさっと引かれた車体。それは私に静脈を流れる血液を想起させる。エアコンプレッサがシューっと空気を吐き出し終えると、あの少女。前見た時より少しくたびれているようだ。

「あの…。なんで貴方あなたがここに?私はこのままこれに乗って始点に向かわなくちゃいけないの。大事なモノがそこにあるから」

 ああ、もう。一人でこんなになるまで無理しちゃって。私が世話を焼いたのはこんな風に貴女あなたをくたびれさせるためではない。

「まったく、無理してくれちゃって。そんな心で『世界』に立ち向かっても負ける事はよく分かっているでしょうに?」

「でも、誰にも分かってもらえなくても、私は行かなきゃ…あの日々に」

「良いから。『今回は』ここでお待ちなさい。今まで一人で無理してきたんだ。少しくらい休んだってバチは当たりません。私に任せなさい」

 その時、もう一つの到着メロディが鳴る。ステンレスボディに赤のラインが横にさっと引かれた車体。それは私に動脈を流れる血液を想起させる。開いたドアには彼が呆然ぼうぜんと立っている。私はその顔に、

「やあ。お久しぶりですね?貴方あなたも一人で頑張って来た口ですか?」

「なんで…アンタと和香が『ここ』にいるんだよ?」驚いた顔の彼はいう。

「ま。神の与えし偶然が故に」

「訳分かんねぇよ…もう、何回も何回も、同じ事を繰り返し、その度に失敗してきたが、もう疲れてきてんだよ…。今回はアンタと和香わかに出会えた…偶然だ。でも、それでこの宇宙のマクロ的現象に何の変化が与えられるって言うんだ?まったく、那美なみさんの言う通りだよ。一度起こっちまった事象は多少の変化はあっても、同じ『結論』に向かって『収束』していく…絶望的だよ…和香も那美さんも俺も、救われはしねえよ!こんな『奇跡』を繰り返したってよう!」

 静かに和香と呼ばれる少女も首肯している。

「果たして、そうでしょうか?」

「と、言うと?」声が二つ重なった問が私に返される。

「あなた達、お互いの事信じてましたか?」

「はい?」またもや二つの声が重なった返事。

「良いですか?あなた達はぴったり声を重ねて返事をできるくらいに息はあっている。でも、いざ、お互いを助けようともがきだした時には、正直に語り合うでもなく、独断専行どくだんせんこうで行動している。こんな『奇跡』に恵まれているというのに。そんなじゃ、せっかくの『奇跡』も腐れるってもんでしょう?あなた達は何の為に、自らの身をしてまで『奇跡』を起こしたんですか?」

伊織いおりの為…」

和香わかの為…」

「それじゃあ、相手の事を1000%信じなさいよ?なんの為のパートナーですか?」

「いや、負担をかけたくなくて…」伊織と呼ばれた青年は答える。和香と呼ばれた女の子もぶんぶん首を振ってる。はあ。大学生だっていうのにこんな簡単な事も分からんのか、まったく世話が焼ける。

「良いですか?お互いを理解し合うというのは絶望的な作業です。時には失望するでしょう、時には相手が嫌いになるでしょう。でもね、諦めちゃいけないんです。いくら伝わらなくたって、理解されなくたって、コミュニケーションを止めてはならない。それは甘えです。そんな孤独に甘んじるやつに『奇跡』なんてもったいない!!」

「じゃあ…俺たちはどうすれば?」

 分かりきっているでしょう?簡単な事ですよ?

「お互いの手を取り、進むべき道を歩みなさい。私にそれが何かまでは分からないが」

「…ありがとう」和香と呼ばれる少女が答える。それに続いて、伊織と呼ばれる青年も、

「ありがとう、加納かのう」とお礼をいう。いや、お礼を言うべきはこの「奇跡」を為したお互いに言いなさいよ?

「なあ…加納。ちょっと最後に聞いておきたい事があるんだがいいか?」

「何でしょう?」

「お前って、神とかそれに類する存在か?」

「いいえ。しがない雇われ役者ですが?」

「もしかして…『女子高生スペシャル』って単語に覚えはないか?」

「は?」

「だから、アンタの愛蔵のエロ本だよ」

「いや。私はしがない役者ですって」

「本当か?さっきの俺たちを説得した言葉だって、俺には覚えがあるぜ?加藤かとう亮平りょうへい?」

「そうだよ、加藤君?恥ずかしいからって誤魔化ごまかすのは良くないよ?」

「はああ。なんで私が加藤だと?」

 二人は声を重ね、こういう。

「何となくね」

「そうですか。ま。じゃ、そういう事にしときましょう。さて。時間がありません。今からくる、「紅花線」、「芦原あしはら」行きの上り電車にお乗りなさい。後は『奇跡』がうまくとり為しくれますよ」

 ホームに到着メロディが鳴り響き、機械音声のアナウンスが続く。

「まもなく、4番乗り場に、『紅花線』、『芦原』行きの電車が到着します、黄色い線まで、お下がりください」

「げ。向こうの島に渡んなくちゃ―」

 少女は走り出す。それに続いて青年も島ホーム間を繋ぐ階段を目指しだす。

「お気をつけて」

 俺は二人を見送る。俺にはできない奇跡に思いをはせながら。向こうのホームにわたり切った二人は、手を繋いだまま、赤いラインが引かれたステンレスの筐体きょうたいの電車に乗り込む。ああ。うまくいったな。

「なあ―加藤。一人でカッコつけさせねーからな!!!」

「そうよ!!絶対アンタも連れ戻しに来るんだから!!那美なみさんと!!」

 余計なお世話ですよ。もう俺は「こっち」の存在なんだ。無駄なあがきはやめとけって。俺はクールな目線で、発車する電車を見送る。それはさながら、「白詰橋しろつめばし」駅という心臓の動脈から送り出される血液のようだった。もう、ここには来るなよ。無神論者の俺だが―超常的な何かに向かって祈りを捧げながら見送る。


↑ 本文、了


 本稿の執筆に当たり、以下のサイト、文献を参考にしたことを明記します。


※1『モズ』

https://ja.wikipedia.org/wiki/モズ


※2 「ちょこっと大阪」

大和田昌

http://www.oda-net.jp/news-backnumber/new/07_0298.pdf


※3 「色のしくみ」 

城人夫 編・著

2018

新星出版社


「今日から物知りシリーズ トコトンやさしい色彩工学の本」

前田秀一

2016

日刊工業新聞社




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