破滅のヤバイ

高橋 白蔵主

破滅のヤバイ

えー、遠くの火事の原因とフィクションの女は悪いほどいいなんてえことをよく申しますが、実際に遠くの火事の原因が破滅的な女だったりするとこれはよろしくありません。

破滅的な女ってえのは、自分でよその家に火をつけるんじゃなくて、自分に狂った男がいずれ「ああ、お前さん、いつか自分ごと燃やしちまうんだろうねえ」なんて分かっていながら狂っていくのを感情のない目で眺めるようなもんなんですね。

痴情のもつれ、なんてえ言葉がありますが、もつれてすらいやしません。人を狂わせる素質ってのは生まれつきではありますが、そんな破滅的な女に寄ってって家を燃やしちまうような男。当人は満足した大往生でしょうが、こいつに巻き込まれちまうと、隣の住人はえらい迷惑です。


どんどんどん、どんどんどん、吉原の朝は早いと申しますが、こんな時間に戸を叩く人っていうのはなかなか聞いたことがない。

「あいあい、どなたでしょうねえ」ってメスイキ大夫が寝間着のまま出てみるとそこにいるのはお大尽だ。どうも見るからに真っ青な顔をしております。


「おいメスイキ、なんだか随分、大変なことになっちゃったぞ」

「あい」

「うちの屋敷がある隣にな、あのぼろっちい長屋があるだろ。

 そこで破滅的な女に惚れた大学生が自分の部屋に火をつけてな。

 おカムロだかチョンマゲだか知らねえが若いのが思いつめて無理心中だ。

 結局失敗したんだが昨日の風で火の回りが早くてな」

「お屋敷ぜんぶ燃えましたか」

「馬鹿野郎、そしたらこんな悠長にしてねえよでも心配してくれてありがとう」

「社交辞令ですけど」

「がっかりだな。でもそんなことより破滅的な女だ馬鹿」


メスイキ大夫、いつものことですがお大尽が何を言ってるのか分かりません。


「火事と破滅的な女、何か関係がございますんで?」

「そこなんだ、メスイキ」


ってえお大尽が急に声を潜めて「お前、ひとつ破滅的な女やってみねえか」なんて言うもんだからメスイキ大夫もびっくりです。お大尽、いつにもまして何言ってるか分かりません。

とりあえず水を飲ませて詳しく聞いてみると、なんでも「破滅的な女」というのが男性機能にたいそう効くとかなんとか、心中に失敗した大学生がうっとりしながら滔々と語るのでお大尽もその気になっちまったってことです。


「火事のな、あの赤い夜空を見てたら、なんとも言えずムラムラしちまってな」

「赤いのを見て興奮するって、牛みたいでござんすね」

「おうとも、おいらのお大尽がもうどうにもバルセロナ、闘牛しちゃっておさまんねえ、つってな」

「ノリで発言するのやめてもらえませんか」

「まあいいじゃねえか、メスイキ、頼むよう」

「はあ。よござんす、そこまで言うんなら破滅的な女、やってみましょうかねえ」


まあ即興ではありますが、メスイキ大夫もプロフェッショナルです。お客の要望にはなるべく応えようって心意気だ。

でも、お大尽もメスイキ大夫も、破滅的な女がなにも分からねえってんで手探りです。とりあえず破滅的っていうんだから、破滅するのが分かってても避妊せず、爛れて堕ちていく道ならぬ情事ってどうですか、なんて提案してみると、お大尽、難しい顔になっちまった。


「でもまあ、避妊しないと、子ができるわけだよなあ」

「しかも何と言われても産みます」

「それは破滅じゃなくてもう、文字通りの生産なんよ」

「じゃあアレしますか。わっちがお大尽の生産性の源をこうやって、エイッ」

「やめろ、痛い。あとそれはリョナ寄りだし、そもそもおいらが痛めつけられるのなんて読者はだあれも求めとらんのよ」


わいのわいのやってみるんですが、二人ともセンスがないのか一向に破滅的な女が分からない。困っちゃってメスイキ大夫がこの辺、参考にしたらいかがです、ホラ、https://togetter.com/li/1653158、ねえ、つってURLをほりこんでみたらお大尽が、タグが使えねえんだから小説の中で無理矢理宣伝するのやめろって手でバッテンつくってます。あんまり破滅的な女にたどりつかないもんだから、だんだんメスイキ大夫もめんどくさくなっちゃった。


「悪い女がいいんですよね、ね、お大尽?」


なんつってメスイキ太夫、その白くすんなりした指を、つい、と男の喉仏に当てて、すうっ、と唇まですべらかすんですね。


「わっち、もうめんどくさくなってまいりました」

「そう言うない、おれはお前の」

「このまま、なあんも言わずにわっちを抱いて行っておくんなまし」

「き、急に画風が変わって、おい、どうした」

「もっとお下品に言った方がお大尽、興奮なさるんでしたっけね」


もうメスイキ大夫の画風が成年漫画だ。どうやってんのか分からないけど、瞳孔はハートの形、セリフの吹き出しの形まですっかり変わっちまった。ASMRで太夫が妖艶に息をかけて呟くんです。「さあ、ハメハメ、しましょうねえ」


さあ、これがほんとの、「ハメってけ、な女」。

おや、お後がよろしいようで。





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