第5話 着せたがる客

 「ひっ!」

 マネキンが不自然に抉られている。

螺旋状の生々しい傷は、何かの影響を大きく受けた形跡を深く残していた。


「ここ物凄く苦手です、わたし..」


「帰るかい?

出口は無いよ、一人で探してみるのもいいね」

揶揄うように笑い愉しんでいる様子だ。


「意地悪言わないでくださいよぉ..!

ていうか、何ですかさっきからこの変な音」


「変な音?」

床を引っ掻くような鋭く高い音、暗がりで距離はよく場所はよく分からないが確かに闇の中から鼓膜に伝わる。


「‥確かに何か聞こえるね」

コルノータに持たせたバッグのがま口を開け、中から懐中電灯を取り正面を照らす。


「明かりあるじゃないですか!

早めに点けてくださいよ。」


「まぁまぁ、それより奴さんがお目見えだよ」


「まぁまぁって....うえぇっ!?」

床に長い爪を突き立て這う上半身のみの人間が、睨みつけながらこちらへ寄って来ている


「ななななな、なんですかこの人っ!!」


「..被害者の一人だと思ってたが違うね、よく見て見な。人ですらないよ」

テカリのある肌、無機質な表面。

爪は長く伸びているが他は余りに綺麗過ぎる


「これは...マネキン、ですか?」


「みたいだね。

〝見えている範囲〟ではだけど」

ナンシーは時点でなんとなく察していた。

受け取った依頼書には何故か時間が指定してあり、電気の通っていない店舗内ではどうしても暗闇になる時間帯である。


「夜に取り掛かって朝までにどうにかしろと言われたけど、これは重要な事を隠す為の細工だったんだね。」


「…どういう事ですか?」


「目の前にいる奴は服屋の客だよ。

いや、多分この中の全員がそうだろうね」

マネキンに姿を変えてはいるが、それはかつての客人たち。証拠にみんなこの店で買った洋服を羽織っている。


「服に血を吸われたのさ、面倒だね。

これじゃあ修繕のしようがないじゃないか」


「そんな事言ってる場合ですかぁ!?」


暗闇からマネキン達が襲い来る


「賑やかだね、夜中だってのに。」

一寸の光があれば針に糸を通し仕事ができる


「拘束具じゃあ無いんだよ」

手脚を縛り上げ、動きを止める。

針と糸で行える仕事は思っているよりも多い


「オーナーは何処だい?

そう広くない店だ、いない事もないだろう」


「中にいれば見つかりますけど..いないなら広さは関係ありませんよ。」

服に血を吸われた客人がいるなら、その服を作った元凶がどこかにいる筈だ。


『きり..きりきり...』


「……ん?」 「何か、来ますね..。」

今まで聞こえていたより大きな音がこちらへ近付いて来るのがわかる。


『わたしは...悪くないの、何もしてない..』


「わっ! え!?」

店内が一気に照らされた。

電気は通っていない筈だが、全体に光が灯る


「..なんですか、あの大きな....タコ?」


「..こりゃたまげたね」

八本の脚を持つ奇怪な姿の女が、涙を流しながら絶望した眼で悲観する。


『わたしの店を...潰さないでぇっ!!』

脚に生やした鋭い爪の先端を突き立て叫ぶ。



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scissor swing〜シザー・スウィング〜 アリエッティ @56513

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