第6話
「な…んだッ」
考えるよりも先に体が動いていた。
座った状態から後ろ斜め上に向かって回し蹴りを繰り出し、何かに当たった感触を得て前方に向かって跳び、着地と同時に振り返った。
「おいおい、今のに対応出来んのかよ…。これは一筋縄ではいかなさそうだなぁ」
そこには身長が2メートルはありそうなスキンヘッドの男がいた。立ち方でそれなりに鍛えていることが分かる。
「誰だ、貴様」
「お前(商品)に答える気はねぇよ‼︎」
そう言って、男は私に向かって駆け出してきた。
そして、眼前まで迫ってきたかと思うと、一回視線でフェイントを入れて胴体を目掛けて右フックを放った。
「そんな大振りが当たるか!」
私は半歩後ろに下がって右フックを躱し、この間にどうやってカウンターを叩き込むかまで考えていた。
その瞬間_
スパッ
そんな音が耳に入った直後に、横腹に僅かな違和感を感じた。
バックステップで後ろに距離を取り、視線を違和感のある箇所に落とした。
見ると、マントが横に裂けて腹部に一筋の赤い線が入っていた。
「ッチ、掠っただけかよ。確実に決まったと思ったんだがなぁ」
そう呟く目の前の男の手には過去に東の国に行った時に見た、クナイの様な物が握られていた。
(いつの間に取り出していた? 何かの能力か?)
私が気付かない内に出したクナイの仕掛けを考えていると、
「なに考え事してるんだよッ! 俺も混ぜてくれよ! 」
緩急をつけ、目の前まで距離を詰めたところで左ジャブを繰り出してきた。見たところ、クナイは握られていない様だった。
「ッあまり調子に乗るなよ! 」
クナイが無いことを確認した後に左ジャブを右手で掴み、外側に捻った後、地面に叩きつけると同時に顔と腹部に一発ずつ叩き込んだ。
「ッが⁉︎」
男が短く声を上げて動かなくなった。どうやら気絶したらしい。
「ふぅ…さて、こいつをどうするかだな」
こいつがやったことは犯罪であり、騎士団に突き出しても構わないのだが、一回街に戻らないといけないという手間が掛かるのでそのまま縛って放置することにした。
「これで良しっと」
近くにあった木に縛り付けて寝床に戻ろうとして、歩き始めようと振り返ると…
視界の隅に何かが飛んでくるのが見えた。
考えるよりも先に身体が動いて避けようとしたが、首筋に少し掠ってしまった。
「今度は何だ⁉︎」
辺りを見渡して飛んできた物を探す。
「これは…針、か? 」
拾い上げたものは先が少し尖った針のようなものだった。
森の中から飛んできた様に見えたのでそちらに目を向けると、
「いやぁ〜、流石は滅んだとされる幻の種族。これは期待できそうですねぇ」
大きなお腹を揺らしながら太った男が出てきた。指輪などのアクセサリーをたくさん付ける様子はまるで貴族のようだ。
すると突然、太っている男が私の後ろの方に向かって、
「おい、筋肉ダルマ! 何やられてるんだ!あれ程油断するなと言っただろう⁉︎」
「いやぁー、すまねぇ。思ったよりも強くてついやられっちまったよ」
木に縛っていた男が目を覚まして紐から抜け出したようだ。
(結構強めに叩き込んだ筈なのに、もう目を覚ましたのか。この男、予想以上にタフだな)
「さて、これで二対一か。数的には一応…不利、だな」
正直この程度の連中を圧倒するのは容易いのだが、太っている奴が後衛で飛び道具を使ってくるのであれば面倒になる。
(少し時間は掛かるが一人ずつ倒した方が安全かもな。)
そうと決まれば…
「まずはお前からだ」
何を隠し持っているか分からない太った男を先に片付けようと、間合いをつめて右ストレートを食らわせようとした。
「無視しないでくれよ。お前の相手は俺だぜ!」
私と太った男の間に体を滑り込ませる様にスキンヘッドの男が入ってきてガードした。
「ッ邪魔だ、どけ!」
すかさず相手の脇腹に蹴りを当て、相手を吹っ飛ばした。
「グッ⁉︎」
スキンヘッドの男は短く呻き声を上げながら5メートルくらいバウンドしていった。
「なっ⁉︎」
太った男がスキンヘッドの吹っ飛んでいった方向に目を向けて唖然としていた。
「どこを見ているんだ?」
ワンテンポ遅れてナイフで横凪に滑らせてきた男の腕を下から叩いて流し、ガラ空きの胴体に向けて回し蹴りを叩き込んだ。
しかし、
「な!?」
カクッ
突然、足の力が抜けた。
蹴りを中断し、後方に飛んで相手の攻撃の範囲外に逃げる。
「ふっ。ようやく効いてきたか」
どうやら太った男が何かしたらしい。
だがスキンヘッドの男と戦っている間、あいつが何かをしてきたのは見えなかった。
ツーーー
そこで首筋から血が流れていることに気づいた。
おかしい。飛び道具の様なものを食らったのは大分前で、今頃血が止まっているはずなのに。
「もしかして毒、か…? 」
「ご名答。普通の人間なら卒倒する筈なんですけどねぇ。そこは流石というべきですかね」
太った男がニヤニヤとしながらこちらを見てくる。視線が身体中を弄っている様に動いていた。
「下衆め…」
自分に向けられる気持ちの悪い視線に対する憎悪の念が高まっていく。
(今すぐにでも殺してやりたいのだが…。人間を殺すと騎士団が動いて面倒くさくなる。)
そう考えた私はこの場を離れることにした。
足元をフルスイングで殴り土煙を立たせ、それを目眩しに使って後ろにある森の中に逃げ込む。
狼の姿に変わる獣化の魔法を発動して、走り出そうとした。
しかし、そう簡単にはいかなかった。
「逃すかぁ!‼︎!」
背後から太った男の叫び声が聞こえたと思ったら、後ろ足の付け根の部分ににナイフの様なものが飛んできた。
(力がうまく入らないが、これくらいだったら簡単に避けられ…)
ガクッ
「クッ…力が抜け…」
避けるべく足に力を込めようとした瞬間、毒のせいで力が抜けた。
ドスッ
「グッ…」
足がもつれて地面に転がる。足からは出血が酷く、意識が朦朧としてくる。だが、ここで止まったら今度こそはあいつらに捕まってしまう気がした。
「あんな奴らに捕まってたまるかぁぁぁ‼︎」
残った僅かな体力を振り絞って全力で走った。
走り続けて意識が飛びそうになった時、茂みに隠れている洞穴を見つけた。
「ここで休むか…」
もう意識が絶えかけ、おぼつかない足取りで中に入り獣化を解いた。
「クソっ‼︎ 次会ったら絶対殺してやる」
太ももに深く刺さっているナイフを抜き、洋服を破いて、その布で止血をする。
(もう…だめ、か)
そこで意識を手放した。
ーーーーーーー
ーーーー
ーー
「ん、んぅ…。い、今何時だ…?」
目が覚めた時には既に太陽が少し傾いていた。
「正午を少し過ぎた頃くらいか。結構寝たな」
寝ていた時に襲われてないってことは、あの二人を上手く撒くことが出来たようだ。
(見た感じあの二人は奴隷商か。大方、アクバラの街を出る時に門番に見せるために取ったフードの隙間から見えていたんだろう)
綺麗な者や、珍しい種族の獣人は高値で取引できるため手に入れたがる奴が多いらしい。
「まだ、油断は出来ないな」
もう少し森の奥の方へ逃げようかと思っていた時、
グゥー
お腹が鳴ってしまった。
「そういえば、寝ていて朝から何も食べていないんだった」
傷の回復に体力を使った上に、何も口に入れていないので、大分お腹が空いてしまった。
「移動する前にコカトリスでも獲って食べるか。お腹が空き過ぎて倒れたくないし」
コカトリスは街の近くに生息している魔物で、味は意外と美味しい。
さらに、知能が低く捕まえやすい上に、くちばしや羽毛が割と高く売れるので旅にはもってこいの魔物なのだ。
(あいつらに見つかる前に移動したいが、今の状態じゃ勝てない可能性がある。それで捕まるのは勘弁だな)
負けることはないと思うが、他の魔物に襲われないよう獣化の魔法を使って狼の姿に変わり、森の方へと歩き出した。
いきなり異世界に転生したけど、魔法は使えないので地道にやろうと思います。 怠惰勢 @taidazei
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