夜明けと朝
未だ目を覚まさない都心の空気が肌に突き刺さる。
はぁ、と立ち昇る白息は焼けた陽光に照らされるとどこかへと消えていってしまった。
北から吹く風はコートを揺らし、頬を乾かしていく。
今日が始まる。
新たな一週間が始まった。
足音だけが響く小道を抜け、いつもの場所へと辿り着く。
もう一度大きく息を吐いた。
すっかり外気に馴染んでしまった手。リップを忘れて乾いた唇。眠気で重くなった瞼。
気がついた時には時間に追われている。少しばかり不思議な感じがするのは自分だけだろうか。
けれど、決して時計は見ずに只ひたすら目の前に広がる光景だけを見つめていた。
紺青の空に向かって聳え立つコンクリートの塊は点々と赤い光を放ち、風景に溶け込んでいる。
星々の明かりはやがて霞み、黒く染まっていた雲々は白く見た目を変えていく。
段々と目覚めが近づく都会の担い手たちも動き始めたようだ。
そんな街を眺める東雲の刻限。
この時間だけが自分の救いだった。
弱い自分でいられるから。
泣いていられるから。
秘密を打ち明けられるから。
仮面を被らなくてもいいから。
誰かの舞台で踊らなくても済むから。
一人でいられるから。
ここは廃駅。けれどもレールは生きている。
まだ電車は動いているのだ。
そして、毎日六時十九分にここを通り過ぎる。
それが、タイムリミット。それが、魔法の時間の終わり。
同時に決別の時間だ。
人生は羅刹の道。
それでも、道はある。レールはある。
時間は止まることを許してくれない。
だから……。
どれだけ錆びようとも動き続ける電車が廃駅を通り過ぎる頃には、朝が来た。
短編集・練習作品 新川春樹 @haruki_niikawa
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