いじめられっ子の彼女が不死身だということを俺だけが知っている

マクセ

短編

 突然だが、俺には超能力がある。

 その能力とは【これから先死ぬであろう人間に死神が憑いて見える】というものである。

 

 能力が発現した際、俺はひどく喜んだ。

 俺は将来、大人になっても働きたくなかったので、このとてもスゴい能力があればテレビとかに出て大儲けできると考えたのだ。


 しかし、この能力には欠陥があって……



「人はいずれ必ず死ぬから、全員に死神が見えるんだよな」


「は? なにそれ、意味ないじゃん」

 


 友達の瑛人えいとはそうものぐさに感想した。


 彼の言う通り、俺の能力には意味なんか無いのである。

 人間には寿命があり、どんなに順風満帆な人生を送っている人間もいつか必ず死ぬのだ。


 事故で突然死する人間、難病に苦しんで死ぬ人間、老衰で幸せに看取られながら死ぬ人間……最期には格差があるものの、結局は全員死ぬ。


 だから俺の【これから死ぬ人間が分かる】という能力は意味をなさない。


 道ゆく人全員に、鎌を持った骸骨の死神が憑いて見えるだけである。


 だから満員電車とかだとすごい邪魔だ。

 ただでさえ満員なのに×2の密度だ。

 はっきり言って、この能力は視界を塞ぐ邪魔でしかないし、それ以上の意味などないのだった。


「折角なら、死神使いみたいなカッコいい能力がよかった」


「はーあ、厨二病ってやつ? 死神なんているわけないじゃん」


 瑛人はフーセンガムを膨らませながら、興味なさげにそう言った。

 そう言うお前のすぐ後ろにも、立派な鎌を持った死神が仁王立ちしているのだが。あ、今会釈された。


「ていうかさ、フツー死神が憑くのって死期が近い人間だけじゃないの。なんで全員に憑くわけ」


「さあ……知らん。人手が有り余ってるんだろうな」


「死神界隈で?」


「死神界隈で」


 アホくさ、と瑛人は不満げに言う。彼はオカルトが大嫌いなガチガチの理系くんなので、こういう話をしたら不機嫌になることは分かっていた。



 でも、見えるんだよなあ、本当に。



「ほら、死神が取り憑くって、ああいう人のことを言うんじゃないかな」


 瑛人が指差す方向を見ると、そこには多くの女子が集まっていた。

 中学の体育館裏。

 そこにはほどほどに雑草が刈られた小規模なスペースがあり、主にサボったりタバコを吸ったりするのに使われる“問題児”の集まるスポットである。


 つまり、たった今問題児がそこに集まっているわけで、



「ほらクズ美ぃ〜、顔上げなよ〜」

「きゃはは、由香やりすぎだって」

「ほら、顔上げてこれ飲みな? 雑巾の絞り汁」

「やーば、まじウケる」



 たった今イジメが行われている。

 知らない顔ぶれだ。おそらく2年か3年だろう。

 俺たち1年生にはどうすることもできない。


 クズ美と呼ばれているその女子は、殴る蹴るの暴行を加えられ、雑巾を絞って出た汁を飲まされたりなど、考えつく限りの悪行を尽くされている。



「ああいう人にこそ死神は取り憑いてるんだよ」


「どういう意味だ瑛人」


「だってあの人、そろそろ自殺するでしょ」


「え」


「2年C組、久住(くずみ)亜美。新学期が始まってからずーっといじめられてるんだ」


「お前、知ってるなら助けろよ」


「助けるって、どうやってさ。そりゃ僕は善良な道徳心も持ってるし助けるべきだと思うけど、触らぬ神に祟りなしって言うだろ?」


 傍観は極めて論理的な判断だよ、と瑛人は得意げに言った。


「さっきは神なんかいないって言ったじゃないか」


「揚げ足を取らないでほしいな。これだから文系は」


 そう言うと、瑛人は塾の時間があると告げて帰ってしまった。非情なやつだ。男の風上にも置けない。


 とかなんとか言ってる俺も、結局助け舟を出せないまま、今日の分のいじめは終わったのか女子たちは散り散りになっていった。



 そのまま帰るわけにはいかないよな。

 傍観していた時点で俺もいじめっこと同義なのだろうが、今からできることだけでもしておきたい。



 俺は近寄り、彼女の怪我の様子を確認する。

 スポーツシューズを使って蹴られたのか、太ももや膝など皮が擦りむけて痛々しい。

 カバンの中を探ると絆創膏があったので、それを渡す。



「あの、これ、よかったらど……」



 そう声をかけて、初めて気が付いた。



 まず、久住先輩はめちゃくちゃかわいい顔をしているということ。

 前髪が長いため目立っていないが、顔立ちの整い方ならきっと芸能人にだって負けていない。



 そしてもう一つ重要なことがあって、



 いつも人間のそばに見えるはずの死神が、彼女には見えなかった。


 何故だ?


 死神はいずれ死ぬ人間に憑くはずで、死なない人間などいない。

 なのに何故。



 すると、じゅわ、じゅわじゅわと音が聞こえた。

 彼女の膝が泡立つ音だった。

 擦りむけた部分に粘性のある泡液が滲み出し、沸騰したみたいに激しい“何か”が起こっている。


 そしてその沸騰現象が収まった時、彼女の膝はつるんと綺麗な卵みたいに完治していた。


 これはもう、悟るしかない。


「え、あ……先輩、不死身なんすか?」

 




 不死身なんすか、という自分の口から発せられた荒唐無稽な言い回しに思わず笑いそうになった。


 だが事実なのだ。


 俺の目に死神は見えないし、実際に今彼女の傷は超速完治をしてみせた。


 たとえどれだけ荒唐無稽でも、不死身なんすか、と訊く以外に選択肢がなかった。



「うん、そうだけど」



 即答だった。

 もう少し逡巡とか、迷いとか、そういう類のものを予想していただけに、このシンプルな反応には逆に驚いた。


「え、不死みっ、不死身なんすか? 本当に?」


「キミから質問してきたんじゃん……なんでそんな動揺してんの」


「いやっ、あ〜、なんだろう……俺、不死身の人間見たの初めてっす」


「んまあ、それが普通でしょ。普通」


 異常な会話を繰り広げつつ、先輩の膝を確認する。

 それはまさに奇跡の技だ。

 先ほどまで擦り傷でぐしゃぐしゃになっていた膝とは思えない。

 特殊メイクだってこんな綺麗には隠せないだろう。

 やはり先輩は不死身なのだ。


「……それで、なんで話しかけにきたんだっけ? ああ、バンソーコーとかくれにきたんだっけ」


「あ、そうでした。あのこれ」


「いやいらないって……私不死身だし」


「あそうか、先輩不死身だ」


「分かったら帰って。あと、この件のことは忘れて」


「……この件って、どっちのことすか?」


「どういう意味」


「不死身だってことか、いじめられてるってことか」


 すると、久住先輩は少しばかり苛立ちを顔色に混ぜた。

 触れられたくない話題だったのかもしれない。

 いやそりゃそうだ。

 俺がノンデリカシーすぎたのだろう。


「キミが帰らないのなら、私が帰る」


 そう言って、久住先輩はぱんぱんと埃を払い鞄を持って立ち上がった。


 俺は純粋に、この不死身現象に興味があったのでついていった。


「ついてこないでよ」


「いや、質問があって」


「なに?」


「不死身って、本当に不死身なんですか? とても治りが早いだけの一般人という可能性は」


 すると、周辺を走っていた居眠り運転の軽トラックが久住先輩めがけて突っ込んでくる。


「うわああああああっ」


 ドンッ!


 彼女の身体は二回ほど跳ね、十メートルは離れた草むらの中に転がっていった。


「久住先輩! 大丈夫ですか!?」


 彼女は割れた頭から大量の血を流しており、とてもじゃないが普通ならば即死だ。


 しかし、彼女は普通ではないのでむくりと起き上がる。


「言ったでしょ、不死身だって」


「あ、ほんとだ。というか反応薄くないですか」


「私、不死身だから危機感ないし、こういうこともしょっちゅう体験してるの。だから特に気にしてない」


「そういうもんかなあ」


「そういうもんよ。突然降ってきた鉄骨に胴体貫かれたり、買ったお弁当で食中毒になって死んだりしたこともある」


「それは危機感とかの問題ではなくただ不幸なだけでは?」


「だから、いじめなんて全然辛くない。今まで体験してきた痛みに比べれば」





 次の日。


 放課後、あの場所へ行くと久住先輩がいじめられている。



「クズ美ぃ〜、あんたのためにジュース買ってきたから、ジュース」

「じゃぁ〜ん! 土ジュース〜!」

「生きたアリさんのもちもち食感も楽しめちゃうよ〜」

「はい口開けなー」



 卑劣な人間たちだ。

 多人数でひとりを囲み、土を混ぜ込んだジュースを飲ませるなど、悪虐非道としか言いようがない。

 ここは俺がガツンと……。



「おいっ!!! 吐いてんじゃねーぞっっ!!!」

「ねえ死ぬ? ねえ、死んじゃう?」

「あーしの親、ちょっち偉いからさー、あんたのことなんか全部揉み消せんだわー」

「とりま、一発殴っとくか」



 バキッ! ドゴッ!



 ……無理。

 ごめん久住先輩、無理だこれ。


 ちょっとしたいじめっ子とはレベルが違う。

 こいつらは鬼だ。

 人を傷つけることになんの抵抗もないタイプ。

 一発殴ると言いつつ効果音的に二発殴っていることからもその凶暴性が窺える。



 こいつらの倫理レベルに触れたら俺まで殺されちまう。

 ごめんなさい。


 そんなこんなで、恐怖にすくむ身体を押さえつけながら、久住先輩がいじめられ続けるのを見た。


 いじめっ子たちが去っていく。


 俺はすかさず駆け寄った。


「久住先輩、大丈夫ですか!」


「……来んなって言ったでしょ」


 彼女の口からはミミズが口を出し、土の匂いがひどい。

 さらに、踏みつけられた際に小指を折ったのか、あらぬ方向にひしゃげている。


「今すぐに救急車に通報を」


「……ギャグで言ってる?」


 パキパキ、という音を立てて、彼女の小指は正常な方向へと折り曲がるように治った。

 そういえば、久住先輩は不死身だったのだ。


「すみません、忘れてました」


「すごい馬鹿だねキミ。普通忘れないでしょ」


「先輩が忘れろと言うから」


「うわウザっ、キミウザい。すごく」


「でも通報自体はした方がいいかと」


「はぁ?」


「警察ですよ。あいつらのいじめは常軌を逸してます。これはもう犯罪っす。教師に掛け合ってなんとかなるレベルじゃない」


「やめた方がいいよ」


「なんでですか」


「あいつらの中の由香ってリーダーが、政治家の娘なの。介入したら本気で消されるかもよ」


「そんな漫画みたいな」


「それに私、車に轢かれたりするのが日常茶飯事なんだよ。こんないじめくらい苦痛のうちに入らないよ」


「そういう問題じゃ」


「だいたい、キミは口出しできる立場にないでしょ」


「え」


「さっきまでずっと見てたじゃん。でも助けてくれなかった」


「あ、いやそれはですね」


「私、悪人は嫌いだけど、自分を善人だと思ってるやつはもっと嫌い」


「俺のことですか」


「そう」


「……ごめんなさい」


「別に謝ることじゃないよ。ただ、ウザいからキミは嫌い」


「なんでいじめられてるのかだけ訊いてもいいですか」


「……さあ、たぶん私がかわいいからじゃない」


「先輩、美人ですもんね」


「あと性格。人とつるむの嫌いだし」


「いじめなんかする方が100パー悪いんですよ」


「当たり前のこと言わないでよ。自分に非があるなんて思ったことは一度もない……けど」


「けど?」


「私はいじめられるために生まれてきたのかもって思ってる。だってそうじゃない。殴られても再生するし、死にたいと思っても死なないし」


「なに言ってるんですか、意味がよく……」


「不死身は、いじめられっ子に最も適した才能だってこと」


 きっと神様は私のことが大好きで大嫌いなの、と言うと、先輩は立ち上がった。


「私は大丈夫だから、キミはもうここには来ないで。どんなに虐げられても死なないのが私の長所だもん」


 そう自己アピールを行う先輩は、常に不機嫌そうな顔をしている先輩にしては、少々柔らかめの表情をしていた。





 あれから2ヶ月ほどが経った。

 俺は先輩に会いに行っていない。


 結局、何か行動を起こせるわけもなく、見て見ぬふりをするという合理的判断に落ち着いてしまった。


 だって、主犯格の由香は政治家の娘だし、当の久住先輩は助けなくていいって言うんだ。

 確かに、先輩は不死身だしな。

 いくらいじめられたって死なないし。


 俺が危険を冒してまで助ける理由がどこにも用意されてない。



 だというのに、自己嫌悪感はどんどん募ってくる。



 別に俺は悪人じゃないのに、自分がこの世の中で最も非人道的な人間に見えてくる謎の観念が襲いかかってくる。


 ……ダメだ。


 もう一度久住先輩に会いに行こう。


 いじめは止められなくても、俺があの場に行くことで、何かが変わるはずだ。

 少なくとも罪悪感は少しマシになる。




 そう思って放課後のあの場所に行くと、


 既にいじめは終わったのか、ボロボロの状態の久住先輩がいた。

 今日は特にひどい。

 全身傷だらけで、膝小僧なんかはズル向けで、衣服はぼろぼろのずたぼろだ。


「久住、先輩」


「……何しにきたの?」



 虚な目でそう問うてくる久住先輩の傍には、


 ビッグな鎌を持った死神がいた。



 ……は?


 なんで?


 久住先輩は不死身だから、死なないんじゃなかったのか?





 その日の帰り道、俺は「なんで」とぶつぶつ呟きながら通学路を歩いた。


 俺はこの先死ぬ人間に死神が憑いて見える。


 そして、久住先輩は不死身だから、今までは見えなかった。


 じゃあアレはなんなんだ?


 あの3メートルほどもある、馬鹿でかいサイズの鎌を持った死神は、一体何だったんだ?


 別に久住先輩の不死能力が無くなったわけではない。

 あの後、めためたに傷付けられた身体中の傷はちゃんと治っていくところを確認してきた。

 分からない……答えが出ない。



【お困りのようじゃねえか、少年】



 その時、ザァっと黒い風が吹いたかと思えば、俺の目の前にあの死神が現れた。

 先程久住先輩に憑いていた、巨大な鎌を持った死神だ。


「えっ、あっ、は?」


【なに驚いてんだよ、今さらだろお前にとっちゃ】


「いや、だって、あんたら喋れるの?」


【喋れるに決まってんだろ。犬じゃあるまいし】


「俺は今まで喋る死神なんて見たことないぞ」


【あー、あいつらは下っ端だからな。オレサマくらいビッグになると喋れるようになる。鎌の大きさは位の高さだぜ? コックの帽子みたいなもんさ】


 それに、と言い彼は横を通りがかった通行人の前に出て肩を掴んで見せた。

 そのOLはギョッとした様子で振り向くと、「ぎゃーーーっ!」というこの世のものとは思えない絶叫をして走り去っていった。


【こうやって、触れた相手に姿を見せることもできる。すごいだろ?】


「それ、何の意味があるんだよ」


【純粋に面白いじゃねーか。人間が恐怖に歪む顔を見るのはよお】

 

 それにしてもよく喋る死神である。

 奴は骸骨の口をパクパクさせながら、聞いてもいないことを喋り出す。


【んで、少年は何か不思議なことがあんだろ? 他でもないオレサマが聞いてやってもいいぜ】


「いや、いいよ……俺、死神と話す趣味はないし」


【つまりよ、お前はなぜオレサマが突然あの娘に取り憑いたのかが疑問なんだよな。いい質問だぜぇ】


「聞いてないし……」


【まあとりあえず来いや】


 そう言うと、ビッグ死神は俺をひょいっと背中に乗せた。


「なにするんだよ!」


【今から飛ぶんだよ、しっかり掴まってな!】


 彼の背中の下、尾てい骨の辺りからニョキっと何かが生える。

 それはジェット機構だった。

 しかもダブルブースターで出力充分。


 ボシュゥゥゥンと火を吹きながらを上げながらブースターユニットが起動し、そのまま俺たちは空へと旅立つ。


「なんで死神がこんな飛び方するんだよ!」


【? 一番楽だからだが?】


 徹頭徹尾意味不明だ。





 着いた先はとある雑居ビルだった。

 その中に堂々と入っていく死神と俺。


 そして、あるオフィスで足を止める。

 そこには、パソコンの前でカタカタとタイピングを続けるひとりのサラリーマンがいた。

 目の下には大きなクマがあり、エナジードリンクの缶が横に三本ほど積まれている。


【この男、三徹目だぜ】


「は!? 三徹!?」


【俺に言わせりゃ、地獄より地獄だなこの会社は】


「そんなに寝てなかったら死んじゃうんじゃ」


【ああ、今から死ぬ】


「え?」


【見てな】


 すると、死神は大きな鎌を振り上げ、男の首を刈った。


「あっ!」


 しかし実際には切れておらず、何やら魂のようなへろへろの物体だけが鎌にへばりついている。


【死神の仕事は人間の魂を刈り取ることだが、それには二つの条件のうちどちらかを満たしている必要がある。一つは肉体の死。もう一つは心の死だ】


「心の死?」


【この男は、激務によって心が死んでいた。だから魂を抜き出すことが出来たんだ。条件②だな】


 見ると、サラリーマンは依然としてタイピングを続けているものの、見るからに生気を失っている。

 まるで機械だ。

 生きながらにして死ぬとはこういうことを言うのだろうか。


【人間が死ぬのは何も肉体だけじゃない。極限まで追い詰められれば心だって死ぬのさ。そうしたら、後の魂はオレサマたち死神のものになるってわけ】


「ってことは……つまり……」


【大正解! あの不死身女の心が死ぬ瞬間を、オレサマは虎視眈々と狙っているってわけ!】


 ぞわっと背筋に鳥肌が走る。

 心が死んだら、魂を持っていかれる?


 じゃあ、いかに久住先輩が不死身の肉体を持っていようが、結局は死んでしまう可能性があるってことじゃないか。


【いや〜、この仕事が上手くいったら昇進間違いなしだぜ。不死身系の魂は報酬が美味いんだ。普段サボり気味なオレサマだが、この案件だけは逃せねぇな】


「死神!」


【あ?】


「先輩の心はあとどれくらいで死ぬんだ!?」


【さあ。まあ長く見積もってもだいたい3〜4日くらいだろうな。もうほとんど死にかけだし】


 なんてこった。

 もうほとんど時間がないじゃないか。





「久住先輩」


「……もう話しかけてこないでって言ったよね」


「先輩のこと、助けていいですか」


「……は? 私は不死身だよ? だからいらないって」


「大丈夫なわけないでしょう。殴られたら痛いし、蹴られたら傷付くんですよ」


「何回も言うけど、私は不死身なの。車に轢かれたり、階段から転げ落ちたり、いじめなんかよりもっと痛い思いいっぱいしてきたの。だからーー」


「先輩は不死身だけど、心までは不死身じゃないでしょう」


「……っ」


「いじめはただ痛いだけじゃない。心を蝕んでいくんです。そして心が死んだ時、人間は死んでしまう」


「ふーん、そうなんだ」


 先輩は納得したようでいて、俺の言葉なんか全然届いちゃいなかった。


「でも、よかったかも。だったらこれで死ねるんじゃん私。このまま一生、苦痛に耐えながら生きていくことになると思ってたからさ。そういう意味では、ラッキーっていうか」


「ラッキーなんかじゃない!」


 俺はつい、大声を出してしまった。


「今まで散々、御託を並べましたけど、死ぬとか生きるとかそういう問題じゃないんです! いじめられていい人間なんていない! 誰かが気付いて止めなきゃいけないんです!」


 そう捨て台詞のように言い残して、俺はその場を後にした。


 そうだ、先輩が不死身だとか死ぬだとか死なないだとか、そんな理論立てた話はどうだっていいはずだろ。


 俺は先輩を助けたい。


 それだけだ。





「で、誰あんた? 私忙しいんだけど?」


 俺はいじめグループのリーダー筆頭格、政治家の娘である由香を呼び出した。


「由香、話がある」


「年下のくせに名前呼び捨てにすんなし。てかほんと誰あんた? キモいんですけど」


「久住先輩へのいじめをやめろ」


「はぁ? そんなことしてないし?」


「こんなこともあろうかと、映像はバッチリ収めてあるんだ」


 俺は前に撮影したいじめ映像の録画を彼女には見せる。


「ふぬっ!」


 すると、間髪入れずに彼女は俺のスマホを膝で叩き割る。


「意外にも武闘派だな、由香」


「はい、これで証拠はなくなったわよ。どうするつもり?」


「実はもう一台あるんだなこれが」


 俺は懐からもう一台のスマホを取り出した。


「あっ」


「観念しろ由香。地べたに額を付け、もうしません許してくださいと乞うんだ。そうすればこの映像は世に出さないでおいてやる」


 だが、想定通り由香は未だ余裕そうな態度を崩さない。


「あのさぁ……あんた、私の親がどんな人か分かってるの? 政治家よ? チョー偉いよ? その気になったらそんなデータあんたごと消せるのよ?」


「……」


「黙ってんじゃないわよ! マジで殺されたいわけ!?」


「実は俺、超能力者なんだ」


「は?」


「これから死ぬであろう人間に、死神が見えるんだ」


「突然なにイカれ出してんのよ」


「ほら、今もお前の後ろに……」


「後ろぉ?」


 そう言って振り向いた由香の眼前には、ニタニタと笑みを浮かべて浮遊するビッグ死神がいた。

 彼はその長い腕で、由香の肩をギリリリリと鷲掴みにしている。


「……え、あっ、は、マジでぇ〜」


【よぉ、由香ちゃん。迎えに来たぜ】


「観念しろ由香。お前は今から死ぬんだ。そのいじめ行為の代償としてな」


 すると、間髪入れずに由香は地面に額を擦り付け始めた。

 そのまま地面に潜ってしまうのではないかというくらい、渾身の土下座である。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!! 出来心だったの!!! あの子がかわいくていけすかないから、それで!!!」


「だから、いじめてもいいってのかよ」


「それに、何度傷付けても次の日にはピンピンしてたから、感覚が麻痺しちゃって!!! だから仕方なかったのよ!!!」


「おい、死神。もうこいつ殺っちまっていいぞ。反省の色なしだ」


【オーケーェイ、マスター】


 ビッグ死神はその身の丈ほどもある大きな鎌を振り上げ、由香の首めがけてそれを振り下ろした。


「あああああ!!! もうしません!!! しませんから!!! 絶対もう二度といじめなんかしません!!! 助けてぇーーーーっ!!!」



 ザシュッッッ!!!!!



 ……とはいかず、鎌はすんでのところで由香の首に届かなかった。


 由香は涙と鼻水と小便で全身ぐちゃぐちゃになり、過呼吸で息も絶え絶えになりながら、自分の首が繋がっていることを不思議がっていた。


 排出物の匂いを漂わせ、臭くてたまらない由香に近付き、言い放つ。


「今の気持ちを忘れるな。お前がもしもう一度悪の心に染まった時……その時は容赦なく刈る」


「は、はいぃ……ずびばぜんでしたぁ……」





【大成功だったなあ少年。恫喝のプロになれるんじゃないかぁ?】


「そんなもん褒められても嬉しくない」


 そう、俺は別にこいつを使役する立場にないし、死神に人間を殺す能力はない。


 だから、さっきまでのアレは全部ハッタリだ。

 ビッグ死神は左手で肩に触れている間、その人間にも姿を見せることができる。

 その性質を利用した、言わば死神ショーである。


 だがこれで由香はもういじめなんて一生やろうと思わないはずだし、政治家である親に頼って復讐しようとも思わないだろう。


【ったく、今回だけだぜ? 人間に手を貸すのは】


「ありがとう死神、助かったよ」


【ふははは、それほどでも……お、久住センパイじゃねえか】


 死神の言葉通り、帰り道に久住先輩とばったり会った。

 いや、おそらく待ち伏せされていたのだろう。


「……見てたよ」


「見てたんですか」


「キミ、何をしたの? あの由香があんなグズグズになるまで泣くなんて」


「まあ、ちょっとしたダマシですよ。とりあえずこれでもう久住先輩がいじめられることはありません」


「なんで?」


「え」


「なんで助けてくれたの? こんなことしたって、キミにはなんのメリットもないでしょ?」


「それは……その、実は由香と同じです。あいつが久住先輩をいじめてた理由と同じっていうか」


「は、どういう意味」


「先輩の顔がかわいいから、ですかね」


「は?」


「もし、先輩がブスだったら、助けてなかったかもしれません」


「……なんで上げた好感度をわざわざ自分から下げるわけ? 意味分かんないんだけど」


「いやその、つまり、俺は別にいい奴じゃないってことです。結局、下心満載のクズなのかもしれません」


「キミ、変わってるね」


「不死身の人に言われたくありませんよ」


「でもまあ……少なくとも私にとっては、キミって結構いい奴だよ」


 その時、俺は久住先輩の本当の笑顔を見た気がした。

 ありがとう、とひとことだけ言って、彼女は変わりかけの横断歩道を駆けていく。


 そしてその後ろ姿を、信号無視の大きな大きな3トントラックがどーーーんとかっさらっていった。


 スーパーボールみたいに跳ねる先輩の身体。

 5回ほどバウンドする頃には、右腕はちぎれ脳髄は吹き溢れ、血みどろグロテスクな惨状があたり一面に広がっていた。


「先輩!!! 大丈夫ですか!!? これは無理ですか!!? さすがにもう無理ですか!?」


 すると、グジュグジュグジュと肉片が集まり再生し、久住先輩は超速完治していくのだった。


「はあ……だから、不死身だって言ってるでしょ。死なないよ、私は」

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