ショートショート「勝手にさらせっ!」

有原野分

勝手にさらせっ!

「なあ、Mさんよ、もう諦めたらどうや? 会社はわしらがウマいこと、回しますんで……」

 世間の人間は阿呆ばっかりや。みんな何も考えんくせし、文句だけは一丁前や。おれかてそうや。そんな阿呆の一人なんや。

「覚せい剤で捕まるんやろ? しゃーないんと違いますか?」

 ここは俺の親父の会社や。それに俺は社長や。なんでそれを赤の他人に渡さなあかんねん。だいたい、覚せい剤かて事情があんねや。ほら、その目や。お前たちの怯えながらも内心は人をバカにしくさってるその目が俺は気に食わん。幼い頃から俺はそうやった。外見だけはでっかく見せとるが、ほんまは俺かて――。


【二〇一六年八月末、和歌山市塩屋一丁目の土木建設会社「W興業」で4人が死傷した拳銃発砲事件で、和歌山県警は殺人と殺人未遂容疑で同社経営者次男のM容疑者(45)を全国手配】


 はぁはぁ、くそっ! 捕まってたまるもんか。悪いのはあいつらやないか。なんで俺が悪いねん。覚せい剤なんてみんなしてることやんけ。だいたい、社会のゴミを掃除したところで、なにが悪いねん。この銃かて、脅しや。それなのに、あいつらがあの目で俺を見よる。あの獣を見るような目で俺をぶち殺そうとしてくるんや!


「おい、どけ! ぶち殺すぞボケが!」


【現場付近のアパートに拳銃二丁を手に立てこもる容疑者を発見。警察は説得を試みるも説得には応じず、「親をバカにするな」「二百万円を母親に渡してくれ」「中華丼を持ってこい」などの要求とともに発砲を繰り返す】


 生まれたときから、俺は親の顔色を伺っていた。「強くならんとあかん」そんな声がいつも頭の中で響いていた。オカンには感謝しとる。でもな、見てみ。あいつら、裏で俺たちのことバカにしてたんや。いつも優しかったオカンをバカにしよんのや! ああ、もう腹も減ったし、喉もカラカラや。警察のクズが。人の話も聞かずに好き勝手言いやがって。来るなら、来い。全員殺したる。


【午後6時半ごろ、自分の腹を自ら拳銃で撃ったところを捜査員が取り押さえ、銃刀法違反容疑で現行犯逮捕。救急車で病院に搬送されたが、約二時間後に死亡した】


 俺は一体何のために生きてきたんやろな。あはは、傑作や。憐れやろ? そう思うやろ? でもな、俺かて男なんや。ただでは死なん。どうせこの手紙も金もオカンには届かへんねやろうな。分かっとる。悪いのは俺や。せやけどな、覚せい剤かて、拳銃かて、理由があるんや。ただ俺は、もう一度オカンの中華丼が食べたかっただけなんや。ほんまやで。でも、もうええわ。アホンダラ。誰が俺をこんなにしたんじゃ! 俺かて、ただ真っ直ぐ生きたかっただけなんや。クソボケ! もうええわ、勝手にさらせっ‼

 お前ら、舐めとったらぶち殺すぞ。おら、どけや、俺様のお通りじゃい! あははっ。早う、死ねや、俺! お前らも、待っとるからな? 覚悟しとき。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショートショート「勝手にさらせっ!」 有原野分 @yujiarihara

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ