第2話 ベタな出会い

上り坂を走るひまり。ネイビーのスカートとモカ色の髪が春風に誘われてふわりと揺れる。

  私は夏川陽毬なつかわひまり。今日から晴れて高校生!なんだけど童顔で幼く見られてしまうのが少しコンプレックス。憧れの軽音部に入るために"音色ヶ丘女子高等学校" に入学しました。

 「ピーナッツバター美味しっ。」

 食べた後がちょっとベタベタするけど幸せの味がする。千葉県民に感謝だね(?)。

 遅刻はしそうだけどこういう展開ってちょっと漫画とかアニメの主人公になった気分で嬉しいかも。

 これから何か起こっちゃったりして。

 ニヤニヤしながら走っていると何かにぶつかった。

 黒くて、硬くて、四角くて、布地?何かわからないけど、これは早速出会いの予感…!

「ごめんなさいごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 ひまりは新たな出会いへの期待とぶつかった焦りがごちゃごちゃになりながらも必死に謝った。

 顔を上げると黒く長い髪がキラキラと輝き、桜の花びらとともに春風に吹かれていた。その凜とした少女の大きく黒い目からはじんわりと涙が溢れてきて、少し険しい顔をしている。

 ああまずい。これ出会い方良くない方のやつだ。

 その少女は涙目でぎゅっと拳を握りながら口を開いた。

「大丈夫…じゃない。けど、わざとじゃないんだよね。しょうがいないよね…。ごめんなさい!」

 そう言って涙を袖で拭いながら走っていってしまった。

 走る彼女の背中にはYAMAHAのロゴが入ったキーボードのセミハードケースを背負っていた。そしてそのケースの上の方にはピーナッツバターがベッタリと付着していた。

 やらかしたやらかしたやらかした。入学初日からやらかしちゃったよ。

 どうしよう。あの子にちゃんと謝らないと。

 走って追いかけるが姿はもうすでに見えなくなっていた。

 何か手がかりは…。

 あっ!あの子私と同じ制服を着てた!

 学校で探してみよう。

 そして腕時計を見ると時刻は8:45を示していた。

「そうだ!遅刻しそうなの忘れてた!」

 ひまりは急いで学校へ向かった。

 

「うわぁ。もう人がいっぱいいるよ〜。」

 入学式の前に教室で一回集まるんだっけ。

「えっと、1年5組は…ここか。」

 教室の戸を開けて息を吸い込みその空間に足を踏み入れた。

「失礼します!」と大きな声で挨拶をすると、ざわざわしていた教室は静まり返り。「ふふっ」という笑い声が火種になって全体が笑っていた。

「あはは、どうも〜。」

 あああぁぁぁぁ。めっっっちゃ!恥ずかしい!!緊張してつい出ちゃった! 

 苦笑いしながら、事前に渡されていた紙に記載されている席へと向かう。

 ふぅ。間に合ったしとりあえずひと段落かな。

 一息つきながら走って乱れた髪を整える。

 そしてホッと一息ついたのもつかの間。

「ねえねえ。そこ、私の席なんだけど。」

 その小さな少女が指差す席は自分が座っている席だった。

「ちっちゃくて可愛い。」

「おい、心の声漏れてるぞ。というか初対面から失礼だな。」

「あっ!ごめんなさ−−−。」

 ドテン!

 席から焦って退こうとした足に椅子が絡まり、大胆に転んだ。

「おいおい、ギャグ漫画かよ。」

 その小さな少女はそう言って手を差し伸べる。

「えへへ…ありがとう。」

 そんなひまりを見てクラスメイトは心を揃えて「変わった子だ。」と思った。

「ぷっ。君面白い!変わってるね!(笑)名前は?」

 クラスメイトはビックリしながら再び心の声を揃えて「本人に言っちゃうんだ!」と思った。同時にひまりは変わってるという言葉にショックを受けていた。

「ヒマリ。夏川陽毬なつかわひまりです。」

「ヒマリか〜。ひま、まり、ひまり…ん〜…。」

 その小さな少女はボソボソと何かを呟いている。低身長銀髪でツインのお団子。悩める探偵のように顎に手を置く姿が可愛らしかった。

「よし!じゃあヒマリン!これからヒマリンって呼ぶからよろしくね!」

「あだ名呼び!?」

「嫌だった?」

「ううん!嬉しいです!あなたは名前なんて言うんですか?」

「私はチトセ!神崎千歳かんざきちとせ!好きに読んでくれていいよ!」

 すごい話しやすい子だなぁ。でもよかった。仲良くできるか不安だったからこうやって話してくれると安心する。

 そして愛称を呼び返す前に続けてこう言った。

「あと私たち同級生なんだからタメでいいよ!まあ私は同級生じゃなくても構わないけど(笑)。」

 そう言ってチトセは楽しそうに笑っている。

「うん!ありがとう!じゃあこれからよろしくね!チーちゃん!」

 そんな他愛もない話をしていると、スーツをパリッと着こなした若い女性が教室に入ってきた。その女教師は黒板に名前を書き、テンプレートのような挨拶をする。

「おはようございます。今日からあなた達1年5組の担任を努めることになりました。ひいらぎ莉奈りなです。皆さんの学生生活を良い思い出にできるように精一杯サポートしていきます。これから1年間よろしくお願いします。」

 クラスメイトも初対面が多く、ざわざわするようなこともなかった。

 綺麗な先生だなぁ。

 深い藍色の髪は首元で内側に巻かれている。スタイルが良くスーツがよく似合っていた。

 先生は表情を明るくして場の雰囲気を切り替える。

「よし!ではこれから行う入学式の流れを説明していきます。高校生活の第一歩。皆さんにとっての晴れ舞台です。気を引き締めていきましょう。まずは番号順に並んで−−−」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

音は弾ける魔法のように! @tsubasa_hachiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る