音は弾ける魔法のように!

@tsubasa_hachiya

第1話 ワクワクイントロダクション

 ふんふんふーん。こっちの方がかっこいいかな?」

 高校入学式当時の深夜2時。

 ごく普通の一軒家。ベージュを基調とした小さな一人部屋からジャカジャカと音が響いている。

 お風呂上がりにドライヤーをしたてのふわりとしたモカ色のボブヘア。その上には部屋用の小型アンプから繋がったヘッドホンが被さっている。

「トゥートゥットゥルールー♪ここのフレーズはこんな感じで〜…いいじゃんいいじゃん。これ売れちゃうんじゃない?やばいの出来ちゃったんじゃない?」

 これは創作でよくある謎の自信だ。出来た時は自分の成長を感じて「やばいの出来た!」なんて思うが、次の日に聴くと「あれー?昨日作ったのこんな感じだったっけ?」と気分の高揚によるギャップが起きる。全く。根拠の無い怖いものだ。

 しかーし。この自信が創作意欲をグイグイ上げてくれるのである。そのおかげで私の状況はこんな有様…

 置型の小さなアナログ時計の針は11時を指している。部屋には楽譜やら歌詞の書かれた紙やらが散乱しており、入学式の支度も終わっていない。

 そんな部屋にコツコツのドアがノックされる。

 返事が無いまま開かれたドアからサラりと艷めくロングの茶髪が揺れ、その顔を覗かせた。

「ヒマリ。今何時だと思ってんの?」

 ヘッドホンが装着された耳にはその声は届いておらずギターを弾き続けている。

 姉のあおいは軽く肩を叩き振り返る頬に指を指す。

「んむっ。お姉ちゃんどうしたの?」

 惚けた表情で聞き返した。

「あんた今日9時から入学式じゃないの?そろそろ寝ないと寝坊するわよ。」

 お姉ちゃんは面倒見がいい。歳は2つ上でいつも私の面倒を見てくれている。

「そうだけど、お姉ちゃん心配しすぎだよ。まだ11時だし、明日は7時に起きるからだいじょ…。」

 確かに自分で言った通り時計は11時を指していた。そしてその時計は大きな針も小さな針も秒針すらも動いていない。

 アオイはスマートフォンのホーム画面を開き目の前に突き出した。

 その画面には2:08と表示されている。

 ヒマリは口を開けたまま静かに青ざめていく。

「えぇ…。」

 涙目になるひまりを見てあおいは溜め息を吐く。

「もう寝なさいよ。」

「うん。明日起こしてね…。」

「はいはい。おやすみ。」

「おやすみなさい。」

 姉が出た後ギターをペットのように優しく愛情を込めて拭き、リュック型のハーネスのついたセミハードケースに入れた。

「おやすみアッシュ。」

 そう声をかけてギターのヘッドを撫でた。

 アッシュは私の愛用ギターの名前だ。グレーのテレキャスターシンライン。中学3年生の冬に高校受験の合格祝いとしてお母さんから買ってもらって以来すっかり趣味となって弾いている。もはや趣味という領域も超えてルーティーン化しているが、気づけば時間を忘れてしまうくらい没頭してしまうのがこの子の怖いところだ。

 支度も終わりベッドに入って目を閉じる。が全然眠れない。

 寝よう寝よう寝よう。

「寝れない…!」

 どうしてだ!寝ようと目を閉じて浮かぶのは、ゴロゴロと昼寝をしていた自分。「帰りに駅で配ってたから。」と言ってお父さんに渡されたエナジードリンク。しかも飲んだの夜ご飯の後だっけ。最悪だぁ。

 ちなみに私は「翼を授ける」アレ派だ。

 って今はそんなメタ発言いらないから!

 とにかく寝よう。そうだ。落ち着け私。寝ようと思うから寝れないんだ。

 こういう時は寝れなくてもいいから目を瞑っておくのが良いってテレビでやってたっけ。明日…というか今日の準備大丈夫だっけ。なんで今になってそんなこと気にしてるのぉぉお。ちょっとだけ確認しよう。

 荷物を再確認しベージュ色のリュックサックに詰め直し、その隣にギターケースを置いた。

 少し安心したのでベッドに戻り再度目を閉じる。


 明日から夢に見た高校生活が始まるんだ。部活見学も楽しみだなぁ。「いい出会いが待っていますように…。」

 そう一言呟き、深夜3時深い眠りに落ちていった。

 

「…マリ! ヒマリ!!」

 遮光カーテンから覗くわずかな光、その光の優しさとは裏腹に鋭い声が耳につんざく。

「軽音部はここですかぁ…?」

 ヒマリは寝ぼけた声で答える。

「ヒマリ!起きな!もう遅刻するよ! だから早めに寝なさいって言ったのに。」

 アオイが揺すっても起きる様子はない。

「アッシュゥぅ…。」

「全くいつまで寝ぼけてるのよ。わかった。ちょっと待ってなさいよ。」

 部屋から出て戻ってきたあおいはひまりの籠る布団を剥ぎ首元に冷えピタを貼り付けた。

「うわぁぁあっ!」

「やっと起きた。時間ギリギリだから急いで支度しちゃいなさいよ。」

 ドアを開け一度部屋を出た後顔だけ部屋の方に覗き込ませた。

 「朝ご飯もできてるからね。」と余裕のある声でそう付け足していった。

 スマートフォンで時刻を確認するとAM7:55と表示されている。始業式は9:00からだ。

「はっ!どうしよ、どうしよ急がないとほんとに遅刻しちゃう!」

 急いで制服に着替え、髪を整え、リビングに向かう。朝食はピーナッツバターのトーストだった。

「入学式の朝食といえばイチゴジャムのパンじゃないのー?」

「あら?文句があるなら食べなくてもいいわよ。」

「ごめんなさーい。いただきますと行ってきます!」

 口にパンを咥え、履き慣れていない茶色く艶めくローファーを立ったまま履いた。

「こら!行儀悪いでしょ!」

「ひょーはへはひゅゆひへ!(今日だけは許して!)」

 玄関のドアから飛び出して逃げるように駆けていく。

「もう。ひまりはほんと何も変わらないんだから。」

 アオイはムッとした表情から口を緩め優しい表情になる。そして軽く目を閉じて心の中で呟いた。

 気をつけていってくるのよ。ヒマリ。

 

  うちは両親とも家に帰ることが少ないからお姉ちゃんがほとんど家事をやってくれてる。たまには私も手伝おうかなって思うんだけど、思うんだけど…。うん。そういうことなんだよ。

 アオイが聞いてたら「どういうことだよ」なんて呟いているだろう。

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