第4話
そう言って中野先生は、ずっとうつむいていた顔を、こちらに向けてニヤニヤ笑った。もともと痩せ気味だった先生の顔は、さらにげっそりと頬はこけ落ち、目の周りはくぼんでいた。
「【海斗は父親に殺される。原因は母親の不倫。大喧嘩のすえ、包丁でめった刺し。返り血で父親の顔も、手も、服も真っ赤だ。階段を上る足音がして、父親は海斗の部屋をノックする。ドアを開けたら最後、握られた包丁で海斗の喉はかききられ、あえなく絶命。無理心中。】
うん、これも少し書き換えなきゃな。」
スマホをのぞき見ながら、先生はまた、文字を入力しようとするが、何かを思い出したようにこちらを向いた。
「さっきまで、お前の両親、母親の不倫でもめてなかった?俺が英語教師の中野だって知ったら、おまえのオヤジ、キレるだろうなぁ。まさか不倫相手がこんなところにいるなんてさ。ははは。」
母親の不倫相手が中野先生?俺はさらに混乱した。
「もうわかってるだろうけどさ、ここまで聞いたからには、このままお前を帰すわけにはいかないんだよね。だから、お前の死に方はこうするわ。
【海斗は父親に殺される。原因は母親の不倫。しかも不倫相手は、海斗の英語担任だったからもう大変。逆上した父親は、英語教師をめった刺し。我に返ってからではもう遅い。その場にいた海斗の喉をかき切り、自分も刺して、無理心中。】
さて、これでいい。送信。」
大げさに指を立て、先生はスマホの画面をタッチしようとした。
俺は、その手をつかんだ。まるで、氷のように冷たい手だった。
「待って。」
喉はカラカラだった。でも、送信させちゃいけない。俺は、恐怖で固まった頭を何とか動かして言った。
「待って。その殺し方じゃ、中野先生までめった刺じゃないですか。先生、死んじゃってもいいんですか?」
先生は、スマホの画面を器用に上下にスライドさせて、もう一度メッセージを読んでいる。おかしくてたまらないという様子で。
「おまえさ、馬鹿なの?まだわかんないの?」
こちらを向いて、またニヤニヤした。
「あいつはもう死んでいる」
「……」
俺は、言葉にならない悲鳴をあげて、つかんでいた冷たい手を振りほどいた。
「生贄なら、もうとっくにいただいた。かわいそうになぁ。奥さんも子どもも泣いてたよ。私は今、この気の毒な英語教師の体を借りているだけ。」
中野先生の姿をした死神は、スマホの画面をあれこれといじりながら、饒舌にしゃべり続ける。
「世の中便利になったよなあ。スマホのおかげで、閉鎖された暗闇が無限にあらわれた。死神が、ちょっとちょっかい出しただけで、いじめ、殺し、自殺、なんでも釣り放題だ」
「言いたいことはほかにないかな?」
「じゃ、おしまい。はい送信」
死神は、指を立て、スマホをタッチした。そして、メッセージが送信されたことを示す、シュワンというジェット音が、静かな廊下に響き渡った。
その音が合図であるかのように、廊下の向こうから、父さんが歩いてくるのが見えた。父さんは俺の目の前で立ち止まり、静かに言った。
「海斗。大輝くんは今、手術中だそうだ。やけどの状態がひどいから、少しずつ皮膚を移植していくそうだ。大輝のお母さんに聞いたよ。これからが大変だって……」
俺は、父さんの顔を仰ぎ見た。次から次へと涙がこぼれた。
「しっかりしろ、海斗。大輝くんも頑張ってるんだ。お前が泣いてどうする」
父さんは、俺の肩にゆっくりと手を置いた。その手はとても暖かかった。
「大輝くんが、しきりにおまえに伝えたがっていたそうだ。【鏡の中に、ナカティが…】って。ナカティってなんなんだ」
死神は、ゆっくり椅子から立ち上がり、満面の笑みを浮かべて父さんに言った。
「あ、ナカティって、私です。海斗くんの英語を受け持っている、中野と申します」
父さんの顔色が、さっと変わったのが、暗い中でもわかった。
父さんは、中野先生の姿をした死神の胸ぐらをつかみ、もみ合った。その時死神のポケットから、ガチャンとナイフが床に放たれ、父さんの手元に滑り込んだ。父さんはそのナイフを掴み、死神をめった刺しにした。
血しぶきが飛び散り、父さんはおびただしい返り血を浴びている。その様子が、まるでスローモーションのように見えた。
中野先生の亡骸は倒れた。顔はこちらを向いて笑っているようだった。
ああ、もうだめだ。父さんがナイフを振りかざして迫ってき……
死神と予言 @MIO_na
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