降り注ぐ死と向かい合えない僕

寝倉響

遺言

 テレビやラジオで大々的に世界滅亡のニュースが流れてもう1週間が経つ。ノストラダムスの大予言やマヤの予言と違うのは、今回は正真正銘の事実だということだ。特異な気候変動、頻発する大地震、宇宙人からの侵略、核戦争、地球滅亡の要因は様々だが、今回は巨大な隕石群の衝突。

 今思えば7年前、丁度僕が小学校5年生の頃に巨大な隕石群が地球に向かって接近していると、その当時大々的に報道されていたのを思い出す。もちろんその後は世界中の混乱を抑えるために報道規制がなされ小出しに報道されるに留まっていたが、丁度一週間前に日本の凄腕ハッカーがNASAをハッキング。思わぬ形で差し迫った隕石群の情報が世界中に拡散され、対応を余儀なくされたNASAは隕石群の接近を仕方なく認めた。それ以上に世界を震撼させたのは隕石群の衝突が一週間後に迫ったことと、大小様々な隕石がおよそ20年間に渡り降り続けるということ。専門家や有識者が被害を想定した結果、地球の96%が宇宙の塵となり跡形もなく消え去るという結論に至った。

 それからの一週間はまさしく地獄絵図だった。僕が通っていた高校は卒業式間近だというのに休校。街は荒れ果て、犯罪を謳歌する者、恐怖で自宅に引き籠る者、地球滅亡前に自殺を図る者、様々な人間が現れた。昔見た映画で一日だけ法律が無くなり犯罪が許されるという海外映画があったがそれを想像してもらえれば分かりやすいだろう。

 法や秩序を完全に失くした地球は、まあ良くいえば地球本来の姿を取り戻した。人間が作った地球表面をまとわりついていた法律や決まりといったメッキは剥がれ、現実から逸脱し、完全に解放された地球。その様相は、誰もが望んでいた自由な世界とは余りにもかけ離れていただろう。

 しかし報道から一週間後の今日、まさしくXデー。地球全体が隕石群衝突をいまかいまかとと恐れおののく当日。地球に住む人間の感情は初めて恐怖という感情に統一された。無益な争いは消え、幾ばくかの望みに願いを託し、いるはずもない神様に手を合わせ祈る。

 そんな世界の様相を僕は今自分の部屋でパソコンに向かい、こうして手紙として書いている。別に後世に伝えるような手紙を書いている訳では無い、いつかこの手紙が見つかり古き歴史を後世に残した偉大な人物として教科書に載りたい訳でもない。僕が生きてきた証を残しておきたいという大層な理由でもない。

 いつかの道徳の授業で"もし明日死ぬとしたらどんな手紙を書きますか?"という時間があった。その時僕はありきたりなことをダラダラと書いた記憶がある。まず両親への感謝、友人へのメッセージ、一目惚れしていた女子生徒への想い。全員が書き終えるとクラスメイト一人一人が手紙を発表していく。しかし誰もが皆考えることは一緒で家族や友達に向けた最後の挨拶ばかり。ありがとうやごめん、どれも当たり障りのない誰が書いてもそんなに変わることの無い内容。その中で唯一異彩を放っていた手紙があった。今僕はそれを倣いこの手紙を綴る。

 一日に大小様々な何千何万もの選択をして生きてきた僕から過去の僕へ送る手紙だ。


 背景、過去の僕へ。

 僕の親友だったA君。そんなA君との思い出を長々と書いているほど時間は残っていないだろうから簡潔にまとめる。過去の僕、もっとたくさん、どんな時でも話しかけてあげて欲しい。

 幼稚園から幼馴染みだった僕とA君。小学校三年生の秋、A君の両親は離婚した。どんな子供でも多感な時期、クラス内でその噂が出回りA君はクラス内でハブられるようになった。親友だった僕はA君を見捨てた。ハブられるのが怖かった。助けを求めるような子犬の目を僕は忘れない。

 まもなくしてA君は死んだ。台風が直撃していたある日のこと、学校は休校になったその日。A君は学校近くの川で溺れて死んだ。警察の事故だという、その見解を信じたが、どこか心の奥底では僕達が原因なのではないかと思っていた。しかしそう思っていたのは僕達ではなくあくまで僕だけだった。A君が亡くなりクラスメイト全員で葬儀に出席した。次の日何事も無かったかのように和気あいあいとしているクラスメイトと、持ち主が亡くなった机の上に座って笑顔で談笑している首謀者の男子生徒を見て僕はそう思った。

 親友が亡くなったことで僕は相当落ち込んだ。それでも原因がクラス内でのいじめだということを先生に発言することは無かった。自分自身が可愛かった、そんなことをしたらハブられることになるのは目に見えてわかった。

 あんなに落ち込んでいたのに数年経てばもうA君の記憶は消えかかっていた。親友の死という後悔まみれの出来事に蓋をして目を背けた。

 地球滅亡という出来事が近付き色々と整理する時間が増えたことで記憶の蓋が開いた。あの時ちゃんと先生に伝えられていれば、A君に声をかけられていれば、そんな後悔をして欲しくない。だから過去の僕。過ちを犯さず生きて欲しい。

 そしてA君へ。こんな僕をどうか許してください。


 僕の両親はとても仲の良い夫婦だった。二年前、交通事故に遭うまでは。反抗期が重なり家族との時間を断り、僕は長い夏休みを自宅でのゲームに費やしていた。もちろん家族旅行もそうだ。僕だけを置いて二人は車で旅行へと出かけた。僕だけしかいない一軒家で、僕はかつてない開放感と自由を体感したのを覚えている。結果、両親は高速道路での事故に巻き込まれ即死した。本当は大好きだった両親は僕を残して死んだ。Xデーの今日、いまさら両親をとやかく言うことはない。

 どんな時でも僕の味方だった両親。優しさを体現したような両親に育てられた僕は世界一幸せだと自負している。僕を残して二人で死ぬということが優しさだったのか、それは分からない。親より先に死ぬ子供があってはならない、僕が親友の死で落ち込んでいた時に幾度となく両親からかけられた言葉。

 両親が亡くなり一人っ子だった僕は正真正銘の一人になった。あの時感じた開放感と自由は逆に僕の心を締め付け、広い一軒家は僕の苦痛を加速させた。

 過去の僕に伝えたい。僕は大好きな家族と手を繋いで共に生を全うしたい。だから最後の家族旅行になるかもしれないあの時、車に乗っていて欲しい。もしかしたら事故を止められるかもしれないし、その時両親と共に死んだとしても後悔なんてないのだから。


 大小様々な選択肢を大事に生きて欲しい。考えて考えて考えた結果が未来の自分を作るのだから。未来の自分を形成するのは紛れもなく自分自身なのだから。そんな当たり前の事を知ることが出来たのは地球滅亡のXデーが来て、未来の自分を想像することが出来なくなったからだ。

 人間は死に直面した時、本当の人間性が現れるんだと思う。生きて選択するという当たり前のことが積み重なって僕がいる。その事を忘れないで今日この日まで立派に生き抜いて欲しい。


 テレビから緊急地震速報のような警報音が流れて来た。都市伝説で聞いたことがある、国民保護サイレンなのだろう、どこか死というものを直面させる音。テレビの画面には隕石群が地球に衝突を開始、というテロップが流れ続ける。どのチャンネルに変えても全て同じ画面だ。

 僕はテレビをi消した。心臓がバクバクと鼓動しているのが分かる。キーボードを打つ僕の指が震えている。窓の外からは奇声や悲鳴が鳴"り響く。地響きが止まない、隕石が周辺に落下しているのだろう。窓かdら外を眺めると煙が立ちのぼる住宅が山ほど見える。逃げ場のない地球から無意味に逃げようともがき走り回る人間の姿が見える。これが本来の僕達があるべき恐怖の姿。

 僕はどこ-'か落ち着いていた。死という得体の知れないものがすぐそこまで迫っているのにだ。不思議だった。落ち着いているの_にそれでも怖い。死にたくoない。もっと生きていたい。落ち着け、一旦この手紙を保存しよう。


 僕は意を決して外へ出た。今、この続きはタブレットで記していtる。地響きの止まない?地面はガタガタと揺れ続けアスファルトにヒビができている。ふと空を見上げた。大小様々な隕石群が降り注ぐ様子がすぐに分かった。左右から-大きな爆撃音とも取れる隕石dの衝突音が聞こえ、悲鳴と相まって恐怖の音色を奏でる。

 僕の丁度真上に隕石が降り注ぐ。どんどんと近付いてくる隕石。次第に僕の視界を覆う。恐怖で足が硬直した。こんな最後をi迎えるなんて映画みたいだ。もう時間も少.ない。世界のお偉い方は火星にいるのか、それとも月か、どうだ滅びゆく地球の姿を優雅に宇宙で眺めているか。もう死ぬ。最後にこの"手紙をNASAとアメリカの大統領に送り付!けてやる。死んだらどこへ行くのか楽しみだ。また両親やA君と再開すること!は出来るのか。それとも来世はiウルトラマンになって怪獣を倒しているのか、漫画の主人公になって悪役をやっつけるのか。どんなことでもいい最後は希望を持って死/のう。こんな僕;の生き様を過去の僕が知ったならこう言うだろう、僕ってカッコいいって。あぁ怖い。もっと色んなことをしたかった。女優と結婚したかeった。マカオで豪遊したいし、たくさん女を抱きたい。あぁ僕は死にたくない、僕は死にたくなんかない。

 僕の両親はとても仲の良い夫婦だった。二年前、交通事故に遭うまでは。反抗期が重なり家族との時間を断り、僕は長い夏休みを自宅でのゲームに費やしていた。もちろん家族旅行もそうだ。僕だけを置いて二人は車で旅行へと出かけた。僕だけしかいない一軒家で、僕はかつてない開放感と自由を体感したのを覚えている。結果、両親は高速道路での事故に巻き込まれ即死した。本当は大好きだった両親は僕を残して死んだ。Xデーの今日、いまさら両親をとやかく言うことはない。

 どんな時でも僕の味方だった両親。優しさを体現したような両親に育てられた僕は世界一幸せだと自負している。僕を残して二人で死ぬということが優しさだったのか、それは分からない。親より先に死ぬ子供があってはならない、僕が親友の死で落ち込んでいた時に幾度となく両親からかけられた言葉。

 両親が亡くなり一人っ子だった僕は正真正銘の一人になった。あの時感じた開放感と自由は逆に僕の心を締め付け、広い一軒家は僕の苦痛を加速させた。

 過去の僕に伝えたい。僕は大好きな家族と手を繋いで共に生を全うしたい。だから最後の家族旅行になるかもしれないあの時、車に乗っていて欲しい。もしかしたら事故を止められるかもしれないし、その時両親と共に死んだとしても後悔なんてないのだから。


 大小様々な選択肢を大事に生きて欲しい。考えて考えて考えた結果が未来の自分を作るのだから。未来の自分を形成するのは紛れもなく自分自身なのだから。そんな当たり前の事を知ることが出来たのは地球滅亡のXデーが来て、未来の自分を想像することが出来なくなったからだ。

 人間は死に直面した時、本当の人間性が現れるんだと思う。生きて選択するという当たり前のことが積み重なって僕がいる。その事を忘れないで今日この日まで立派に生き抜いて欲しい。


 テレビから緊急地震速報のような警報音が流れて来た。都市伝説で聞いたことがある、国民保護サイレンなのだろう、どこか死というものを直面させる音。テレビの画面には隕石群が地球に衝突を開始、というテロップが流れ続ける。どのチャンネルに変えても全て同じ画面だ。

 僕はテレビをi消した。心臓がバクバクと鼓動しているのが分かる。キーボードを打つ僕の指が震えている。窓の外からは奇声や悲鳴が鳴"り響く。地響きが止まない、隕石が周辺に落下しているのだろう。窓かdら外を眺めると煙が立ちのぼる住宅が山ほど見える。逃げ場のない地球から無意味に逃げようともがき走り回る人間の姿が見える。これが本来の僕達があるべき恐怖の姿。

 僕はどこ-'か落ち着いていた。死という得体の知れないものがすぐそこまで迫っているのにだ。不思議だった。落ち着いているの_にそれでも怖い。死にたくoない。もっと生きていたい。落ち着け、一旦この手紙を保存しよう。


 僕は意を決して外へ出た。今、この続きはタブレットで記していtる。地響きの止まない?地面はガタガタと揺れ続けアスファルトにヒビができている。ふと空を見上げた。大小様々な隕石群が降り注ぐ様子がすぐに分かった。左右から-大きな爆撃音とも取れる隕石dの衝突音が聞こえ、悲鳴と相まって恐怖の音色を奏でる。

 僕の丁度真上に隕石が降り注ぐ。どんどんと近付いてくる隕石。次第に僕の視界を覆う。恐怖で足が硬直した。こんな最後をi迎えるなんて映画みたいだ。もう時間も少.ない。世界のお偉い方は火星にいるのか、それとも月か、どうだ滅びゆく地球の姿を優雅に宇宙で眺めているか。もう死ぬ。最後にこの"手紙をNASAとアメリカの大統領に送り付!けてやる。死んだらどこへ行くのか楽しみだ。また両親やA君と再開すること!は出来るのか。それとも来世はiウルトラマンになって怪獣を倒しているのか、漫画の主人公になって悪役をやっつけるのか。どんなことでもいい最後は希望を持って死/のう。こんな僕;の生き様を過去の僕が知ったならこう言うだろう、僕ってカッコいいって。あぁ怖い。もっと色んなことをしたかった。女優と結婚したかeった。マカオで豪遊したいし、たくさん女を抱きたい。あぁ僕は死にたくない、僕は死にたくなんかない。

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