あなたの記憶、売りませんか?
木立 花音@書籍発売中
第1話
この町には不思議な噂がある。
商店街の一角に立っている古びたビルの二階に、他人の記憶を売り買いしている店があるという噂だ。売り買いの言葉通り、売れるかどうかはその記憶の【内容】によりけりだ。幸せな記憶であればあるほど、高値がつくシステムらしい。
その話を聞いたとき、馬鹿馬鹿しいと俺は思った。
だってそうだろう。良い記憶だろうが辛い記憶だろうが、自分の胸に全てを刻み込んで、その上で人はまた前を向くんだよ。
だが、と俺は自問する。
忘れたい記憶、は確かに俺にだってある。もし本当に消す (売る)ことができるのなら、それもまた一興だ、と。
◆
かつて、アメリカの政治家ベンジャミン・フランクリンは、『女性と火のぬくもりがない家は、魂のない身体のようなものだ』と語った。
それがどんな意味なのかよくわかっていなかったし、なぜ、俺がこんな言葉を覚えていたのかも定かじゃない。だが、俺は今、この言葉の意味を痛切なまでに思い知らされている。そういうことだったのか、と腑に落ちている。
実体験をもって知ることになるとは皮肉だが、二階建ての住居に女性は一人もいない。女性どころか、自分以外の家族も。
残されたのは、この先何十年も続く住宅ローンだけだった。
◆
この世の全てがまやかしであったなら、どんなに楽だっただろう。
今見ている光景の全てが、夢であったなら、と何度妄想しただろう。
くだらない考えをかぶりを振って追い払い、俺は自宅玄関の扉を開けた。
その日、俺が自宅に戻ると、玄関を入ってすぐの所に、セーラー服姿の少女が立っていた。
セーラー服は白を基調としたデザインで、胸元で揺れる
妻と別れたのはもう何年も前のことで、しばらく会っていなかったのだが、それでも俺はすぐわかった。娘の
「もう、遅いんだから。待ちくたびれちゃったよ」と娘は言った。
「待ちくたびれたってお前――ああ、そうか。今、こっちに着いたところなんだな?」
「そうだよ。だって、パパが私を呼んだんじゃない」
「ああ、そうだったな。うっかりしていた。ずっと、お前に会いたかったんだ」
この間した『約束』を忘れていたな、と自分の迂闊を恥じる。靴を脱いでいると、「持つよ」と娘が手を差し伸べてきたので鞄を渡した。
「悪いね」
「いえいえ」
「玄関じゃなくて、家の中で待っていれば良かったのに」
「だって、早く晩御飯の準備をしたいじゃないですか。何が食べたいか聞きたいし、私もお腹がすいたし」
「お前でもお腹すくのか?」
「当たり前でしょう? いったい私をなんだと思っているの?」
「そっか。そういうものなのか。でも、晩御飯なら――」
リビングに移動してスーツの上着を脱いでいると、美卯が嘆息した。
「インスタントラーメンですか? それとも温めるだけの惣菜ですか? そんな物ばかり食べていたら、体壊しますよ」
なんにも入ってない、とボヤきながら冷蔵庫の中を漁る娘に、俺は殊勝な態度で頭を下げた。
「悪い。返す言葉もない。じゃあ、いったい何を作ってくれるんだ?」
成長したとはいえ娘はまだ中学生。そんなにたいしたものなど作れないだろう。
「ハンバーグです」
「ハンバーグ? それなら、駅前のスーパーに行けば――」
「何を言っているんですか」と再び娘が嘆息する。「ちゃんと生地から作りますよ」
「え、ほんとに?」
「当然です。えーと、冷蔵庫の中身じゃ全然足りないので、買い物行ってきます。お金を少し貰えますか?」
「あ、いや。なんだったら、俺も買い物付き合おうか?」
「ううん。私一人で大丈夫だから。パパはテレビでも観て待ってて」
お金を受け取ると、美卯はそそくさとリビングを出ていった。おう、としか声をかけられない自分がなんだかさもしい。小さな背中を呆然と見送って、仏壇の前に正座して手を合わせた。
「なあ、
それから三十分ほどして美卯が帰宅する。玉ねぎをみじん切りにしていく娘の手際の良さを見ながら俺は思った。ハンバーグは、陽子が得意としていた料理のひとつ。これも、母親譲りというものなのだろうか。
リビングのテーブルに料理の皿が並ぶ。ハンバーグを一口食べて、俺の口から感嘆の声が漏れた。
「こいつは驚いた。本当に旨いじゃないか」
えっへん、と美卯が胸を張った。
「私だって、伊達に成長してはいません。パパは、なんにも知らずに過ごして来たのでしょうけれどもね」
「成長といえば、お前が可愛がっていた猫、こんなに大きくなったんだぞ。ミウ? ミウ?」
ミウ、と名を呼ぶと、アメリカンショートヘアのメス猫であるミウが、戸の隙間からリビングに入ってきた。俺の手に頭をすり寄せてきたミウを見て、美卯の瞳が輝いた。
「かわいー! これ、あのときの子猫?」
「そうだぞ。お前が居なくなってからもう何年も経つもんな。買ったとき生後数ヶ月だったから、もうすぐ七歳か」
「七歳って、もう大人?」
ミウを抱き上げて「んー」と娘が頬をすり寄せる。
「当たり前だろう。猫は二歳くらいで人間で言う二十歳くらいになるらしいから、七歳だと、えーと……
「たとえがよくわかんないよ」と美卯が笑う。「とにかくだいぶいい年齢ってことね」
「そういうこと」
「一人暮らしは寂しい、ですか?」
食器を片付けながら美卯が訊いてくる。声音と同様、その表情は沈んで見えた。
「そりゃあ、まあ。お前がいなくなってから、幼稚園のころのお遊戯会や運動会の時の映像を繰り返し観ていたしな。やっぱり……寂しくなかったと言えば嘘になるさ」
「そう、ですよね」
キッチンで、洗い物をしながら美卯が小さい頃の思い出話を始める。運動会で、俺と一緒に走ったとき、とても嬉しかった事。小学校にあがった頃、近所のペットショップに連れていって貰うのが、なにより楽しみだった事。
「あの頃からアメリカンショートヘアが好きだったもんな。帰るぞ、と声を掛けるまで、ショーケースの前を離れなかったもんだ」
「そうでしたっけ?」
「そうだぞ」
「なんか。小さいころの思い出しかありませんね」
「そうだな。……まあ、しょうがないさ」
夕食が終わったあとは順番に風呂に入り、一時間ほどテレビを視聴したあとで就寝することにした。寝室には自分と、別れた妻の物とでベッドが二つある。そのうちのひとつ、元妻の物を美卯が使うことになった。
ピンクのパジャマに着替えた美卯が、布団に入ったのを確認してから消灯する。
部屋が真っ暗になると、自然と会話が途絶えて静寂があたりを支配した。
美卯がこっちにいられるのは、どうやら一週間だけらしい、と今後のことに思考が移り始めたそのとき、囁くような声がした。
「ママと出会ったときの話。聞かせてほしい」
「陽子とのなれ初めかあ……」
話すべきかどうか、少々悩んだ。陽子との間にあるのは、楽しい思い出ばかりではないのだし。まあ、それでも、なれ初めのところだけならいいだろうか。
「俺がさ、とある小規模な出版社で仕事をしていたのは知っていたっけか?」
「うん。ママから聞いたことあるよ」
「そうか。なら、話が早い」
大学卒業後、ソフトウェア開発会社に一度就職したのち、転職して出版社勤務になった。なぜ出版社を選んだのかというと、文字を書くのがとにかく好きで、編集やライターの仕事したかったからだ。そこで、妻となる陽子と知り合った。
働き始めてすぐわかったのだが、俺に出版社の仕事は向いていなかった。
記事の企画を立てたり、原稿を収めてくれる作家先生やライターの人とのやり取りがあるので、編集者としての知識や経験の他に、細やかな配慮やコミュニケーション能力が必要となる。
この、コミュニケーション能力が、いまひとつ俺は良くなかった。
壁に当たり、塞ぎこみそうになっていた折、取材の仕事でペアを組んだのが陽子だった。
その時作った記事の内容は、『最近流行のコンビニスイーツ』。三歳年下で大学を出たばかりだった陽子は、若者らしい感性と、柔軟な発想力を持っていた。型に嵌った記事ばかり書く癖があった俺と違い、斬新な切り口からデータを集め、人の目を惹く見出しを考案した。
二人で仕上げた原稿を編集長が痛く気に入り、記事を載せた号は販売数が伸びた。
それから、二人でペアを組むようになり、正しくデータを分析できる俺と、取材能力に長けた彼女とのコンビは、矢継ぎ早にいい記事を出した。
結果は上々。
次第に俺は、やり手の彼女に惹かれていった。性格も誠実で素直だったし、一緒にいるだけで心地よい空気が生まれるのがわかった。
話をしているときの目線の動き。一緒に歩いているときの歩調や肩が触れたときの驚いたような反応から、俺は確かに彼女の好意を感じ取っていた。
どちらかが一歩を踏み出せば、どちらも拒否しないであろうことを、きっとお互いにわかっていた。
月日は流れて秋。季節の変わり目に風邪を拗らせた俺は、一週間近く会社を休む羽目になる。
せっかく仕事が軌道に乗り始めていたのにと、いいところで水を差された気分だった。
39度まで上がっていた熱がようやく引き始めた昼下がり、アパートに陽子がやって来た。
「友だちと映画を観たついでに寄りました」
そう言って強引に上がりこんできた彼女は、「お腹空いていますよね?」とこれまた一方的に告げると、キッチンで買ってきた食材を広げ始める。
「いや、でも、昼ならちゃんと食べたし、そんなにお腹も空いていない」
「じゃあ、ラップかけておくからさ、夜にでも食べてよ」
「わかった。ありがとう。でもさ」
「ん?」
「君の家から見たら、俺のアパートと映画館はまったく逆方向になると思うんだけど」
突っ込んでみると、エプロンを付け始めていた手を休めて、彼女が恥ずかしそうに頬を染めた。「やっちゃった」という呟きが聞こえたような気がしたが、知らない振りをしておいた。
この日を境に、俺たちの距離は更に近づいた。
そのまた一週間後、彼女にメールを送って食事に誘った。最寄りの駅前で待ち合わせ、一緒に食事をしたあと夜十時過ぎに別れた。そのまた翌週、今度は彼女の方から誘いがあり、繁華街にある高級レストランで食事をし、その日の夜に結ばれた。心と体の、双方で。
「それがまあ、俺と陽子のなれ初めかなあ」
一通り話し終えたのだが、隣の娘から返事はない。いつの間にか、美卯は寝てしまっていた。
おそらく、『長旅』で疲れたのだろう。
「おやすみ」
そうして俺は部屋の灯りを完全に消した。
それから、なんとなく家に帰るのが楽しみになった。広さを持て余していた一人暮らしのマイホームに、待っている家族がいるのだから当然だ。
「おかえりなさい」と笑顔で俺を出迎える美卯は、驚いたことに日々料理の腕が上達していた。カレーライス。豚汁。肉じゃが。大根とエビの春巻き。定番のメニューばかりでなく、それなりに凝ったメニューまで。味噌汁の味がどこか陽子と似ているのは、これもやはり血筋なのだろうか?
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
そればかりではない。女としての色香まで日々増しているようなのだ。
これは俺の、甘美な妄想なのだろうか?
日々はただ、平穏にゆったりと流れた。
一週間はあっという間に過ぎて、美卯と暮らす最後の夜を迎える。最終日は仕事が休みだったが、どこにも外出することなく二人でのんびりと一日を過ごした。
消灯して布団に入ると、隣の美卯に話しかけた。
「お前がここにいられる最終日なのに、家事だけをやらせてしまって悪かったな」
「いいんですよ。私としては、パパの顔を見られて、短い期間とはいえ一緒にいられただけで満足なのですから」
「ならいいんだが」
「ええ。パパは何も気にしなくていいんです。辛いことは全部忘れて、前だけを向いて生きていきましょう」
「中学生の娘に、人生観を教えられるとは思わなかった」
「ウフフ」
辛いこと、か。
陽子と別れてから、もう六年になる。
かつて俺には、娘が一人いた。同年代の子どもたちと比べると、体つきが華奢で背が低い。発育が遅れ気味だった娘は、それゆえなのか、自分よりも、小さくて弱い生き物。たとえば、草花や動物などをこよなく愛する、心優しい娘だった。
その中でも特に好きだったのが、近所のペットショップにいた淡いブルーの毛並みの子猫。店に連れていくと、時間の許すかぎりその猫のことを眺めていた。のちに俺がミウを飼い始めたのもそれがきっかけだった。
しかし、小学校にあがって間もないころ、病が娘の体を蝕んだ。
病の名は、急性リンパ性白血病。
信じられなかった。なぜ、俺の娘が病に侵されなければならないのかと。
病との闘いは一年にもおよぶ。ようやく退院した矢先、今度は別の病が見つかる。
強い抗癌剤・ステロイド剤治療による合併症から、内臓に腫瘍ができてしまっていたのだ。簡単にいうと、抗がん剤治療の晩期合併症による『二次癌』だ。
「白血病治療一回目の終了判断は、適切でしたか?」
「退院後のCT画像に見落としがあったのかもしれません」
「抗癌剤による副作用は、強くありませんでしたか?」
二度目に受けた外科医院で、最初に受信した小児科医院での転移箇所の見逃しや治療方針の不備を指摘される。とはいえ、それらは可能性に過ぎない。追及したところで娘の病がよくなるわけでもなかったのだが。
何度も行われる手術。強くなる抗癌剤治療。しかし、リンパ節から他の臓器に腫瘍の転移が進むと、手の施しようがなくなっていく。俺と陽子の願いも虚しく、娘は七歳でその短すぎる生涯を閉じた。
「忘れられるものなら、忘れたいものだな」
治療方針の不備による合併症がなかったら、娘はまだ生きていたんじゃないのか? 積もる疑念を拭えなくなっていた。ありもしない妄想を繰り返していた。
一度やめていた酒と煙草に溺れていくと、陽子との間に気持ちのすれ違いが生まれていき、数ヶ月後に離婚が成立。
こうして俺は天涯孤独の身となった。
陽子が悪かったのではない。全ては、感情を上手くコントロールできなかった俺の問題だ。
「いいんですよ。もう、忘れてしまっても。私なら大丈夫ですから」
そう言った娘の声は、ちっとも大丈夫そうではなかった。
「ねえ、パパ」
「ん?」
「お母さんのこと、好きだった?」
好きだった、か。陽子が俺の方を見て微笑む姿。隣を歩いているときの表情。
いいイメージだけを心の中に浮かべてみた。
「そうだなあ。お前がいなくなってからというもの、俺は毎日酒ばかり飲んで、ろくに仕事もしなかったからなあ。すっかり愛想を尽かされて、顔を合わせれば喧嘩ばかり。それでもやはり、好きだったんだろうな。アイツがいなければ今の俺はいないし、お前とも出会えていないからな」
「そうですね」
「結果的に、俺は捨てられたのかもしれないけれど、離婚の原因を作ったのは間違いなく俺の方。感謝こそすれど、恨むことなんてないさ」
「そっか。じゃあ、もう大丈夫ですね。私がいなくても」
「そうだな」
それが美卯の望んでいた答えだったのか、それ以上言葉は返ってこなかった。
「おやすみ」と小さく声に出すと、美卯も「おやすみ」と答える。目をつむると、瞼の裏に様々な光景が浮かんできた。残業で疲れて帰った夜。美卯がもう眠っていることを寂しく感じたこと。初めてのお遊戯会。カメラに目を向け、満面の笑みを見せた姿。ペットショップで、子猫が欲しいと駄々をこねた日のこと。
お前が生きているうちに、猫を買ってやれなくて悪かったな。お前がいなくなった寂しさを紛らわすためだけに猫を買って、「ミウ」と名づけることになるとは想定外だったが。
仏壇に遺影があるように、『山本美卯』はもうこの世にいない。
だからこれは、俺が見ている夢なのだ。あるいは、俺が買った記憶。
でも、どちらでもいいこと。この世界にもう君はいないのだから。それでも俺は、喪失の記憶を抱えて、生きていかねばならないのだから。
暖かい記憶だったとしても、痛みをともなう辛い記憶でも、どちらでも同じこと。
そうして俺は、眠りについた。
◇
コーヒーの匂いで目を覚ました。窓から差し込んでいる陽光は、冬にしては暖かい。
明るい店内に客は俺一人しかいなく、周囲にあるテーブル席の全てが無人だった。
顔を上げ、ぐるりと視線を巡らせたあと、目の前にコーヒーカップが置かれているのを視認したとき男の声がした。「目が覚めましたか」と。
そこでようやく、喫茶店の中にいるのだと気が付いた。
「すいません。眠ってしまっていたようで」
「いえいえ、いいのですよ」と答えたのは、この店のマスターである初老の男だ。
「それにしても意外でした。記憶の売り買いをする店が、喫茶店だったなんて」
辛い記憶を抱えていた俺が、忘れるためにこの店を訪れたのは、ある意味必然だったのだろうな。先ほどまで見ていた夢の光景を思い出した。
「記憶の売り買いは、公にしていない方の仕事なもので。いい夢を見られましたか?」
「ええ、おかげ様で。とてもいい夢を買わせて頂きました」
「それはなにより」
「今日は娘の命日なんです。それで、これから墓参りにでも行こうかと思いまして」
「そうでしたか。父親にずっと愛されているなんて、いい娘さんだったのでしょうね」
「ええ。最高の娘でした。病気にさえならなければ、今頃は中学生だったんですけれどね――」
言い終えるかどうかのタイミングで、マスターがテーブルの上に一枚の紙を置く。
「こんなに……? 夢を買っていますし、売った記憶も、正直あまり良くない物だと思うのですが?」
領収書に書かれていた金額が思いのほか高く、俺は何度か瞳をしばたかせた。
「心配には及びません。当店の規約に従ってちゃんと計算した額ですので」
「しかし」
「計算式について公開はできませんので、黙ってサインして頂けると幸いです」
「……了解しました」
サインをして金額を受け取って、俺は席を立つ。
「お世話になりました。憑き物が落ちたというか、とても清々しい気分です。なんの記憶を売ったのか覚えていないというのは、いいことなのか、悪いことなのか。でも、気分は爽快なので、これでいいのでしょうね」
「そうですね」
「では」
◇
カランカランと入口の扉に括り付けたベルが鳴り、男が出ていったのを確認したのち、マスターは手元の履歴書に目を落とす。
今から六年前の夏、駅前を歩いていた男子中学生の腹部を、明白な殺意を持って文化包丁で刺した。しかし、一緒にいた女子生徒が騒いだこともあり、迷いが生じたのか殺害の目的を遂げなかった。
被害生徒は、かつて彼の娘が診察を受けた病院の息子である。医療ミスがあった疑いから、一時期その病院と揉めていた事。殺意に迷いがあった事。結果として未遂に終わった事。以上から情状酌量の余地があるとして、彼には懲役三年の刑を科したうえでその執行を猶予することとした。
「医療ミスがあったんじゃないか、という疑念から、恨みつらみを覚えてしまうことはあるでしょう。けれど、犯罪に手を染めてしまったことは、いうまでもなく罪。さて、このような良くない記憶でも少額とはいえ値段がつく理由ですが、同じような犯罪が起こったとき、もしくは、あなたが再犯したとき、色々な場所から需要があるものなのですよ」
執行猶予期間も無事終えているようですし、そうならない事を祈っておりますが、とマスターは思う。
夢の内容と価格は、少々サービスしておきました。いい人生を、送ってください。
またのご来店は――お待ちしておりません。
「それではまた、ごきげんよう」
あなたの記憶、売りませんか? 木立 花音@書籍発売中 @kanonkodathi
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