診断名「情報中毒」
結騎 了
#365日ショートショート 023
「あなたは、情報中毒です」
家族に懇願され、重い足取りで出向いた精神科。その診察室で、男は医者にそう告げられていた。
「情報中毒、ですか?」
「そうです。よくスマホ中毒と間違われるのですが、あなたの場合は情報中毒ですね。こっちが適当でしょう」
決して難しい言葉ではないが、その診断名には馴染みがない。男は、ゆっくり考えながら質問を続ける。
「えっと、その。もう少し具体的に、症例とか、教えてもらえますか」
「いいでしょう」
医者は椅子を回転させ、男の真正面に向き直った。
「情報中毒とは、文字通りです。情報を常に摂取していないと、気がおさまらなくなります。代表的な手段はスマホですが、これも何か目的があって手にしているのではありません。SNSなどを眺めながら、情報の波に自分を溺れさせているのです」
男は、小さくのけぞった。心当たりがある。そう、目的があってSNSをやったことなんて、久しく無い。医者は淡々と続ける。
「スマホに限りません。食事中だって、なにか情報が近くないと不安になるのでしょう。新聞や雑誌を読んだり、テレビを見たりします。お風呂に入る時も、スマホを持ち込んだり、雑誌を読んだり。運転中もラジオや音楽が欠かせません。旅行先でも、景色を楽しむ余裕はほとんどありませんね。常に、なにか文字や映像を目で追ってしまいます」
「先生、これは病気なのでしょうか」
「病気です。現代病の一種とされています。ポイントは、情報に浸っていないと不安に襲われる、という点です。だから、身の回りに情報の量が多いと安心感を覚えます。アニメを観ながら、ソシャゲをしたりします。小説を読みながら、音楽を聞いたりします。そうしておかないと、わなわなと手が震えるでしょう?」
ポケットのスマホに思わず手がかかる。診察を受けている最中にスマホを見るなんて、失礼だ。しかし男は、気になって仕方がなかった。SNSでなにかリプライが来ているかもしれない。掲示板に新しい書き込みがあるかもしれない。今日のソシャゲのログインボーナスをまだ貰っていなかったかもしれない。漫画アプリの無料コインが貯まっているかもしれない。
「では、治療法をお伝えしましょう」
医者の一言で、男は我にかえった。思わず、ガタッと音を立てて立ち上がる。
「先生!治す方法があるんですか!」
「もちろんですとも。ほら、こちらを」
手渡されたのは、小さな封筒だった。
「これは?」
「旅行券です。京都の温泉宿の宿泊券が入っています。2週間、そこに泊まってください。もちろん、一才の電子機器の持ち込みは禁止。漫画や雑誌も駄目です。宿泊する部屋の中も、活字があるものは全て撤去してあります。もちろん、テレビもラジオもありません。あなたみたいな人を治療する施設でもありますからね。そこで、2週間を一人で過ごしてもらいます。はは、顔が恐怖で歪んでいますよ。大丈夫、死にはしませんから。ちょっとまともになるだけです」
診断名「情報中毒」 結騎 了 @slinky_dog_s11
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