第3話:プリシラの娘リーラとサナ
翌日、平日、ダラがサナを保育園に送って行くと、サナは園をぐるりと見て、ここでも、「リムくんは?」と聞いた。
「リムはドクターって言ったでしょ?これからママとパパと同じ病院で働くのよ。それに大人だし、ここにはいないのよ」
「ママとリムくんは一緒なの、いいなあ~」
「別に、いいことなんかないわよ。リムはママの恋人じゃないもの」
「そなの…?」
ダラは、昔、リムと付き合っていたことを思い出した。
「ママはパパと愛し合っているの分かるでしょ。パパと恋人になって結婚したんだから。ほら、セーンがいるわよ。嫌われちゃうわ。早く中に入りなさい。ママ、病院に遅刻しちゃう」
サナはダラに促されて保育士と園の中に入って行った。
すると、サナは、セーンを見つけて、
「セーンお兄ちゃん!」と大きい声で呼んだ。
「あ~、サナ、おはよ!」
サナはセーンを見つけると、セーンの片腕をぎゅっと掴んだ。
セーンは痛いと思ったが、いつものことで慣れていたので、「いっ」と顔を歪ませたが、何も言わなかった。
「おはよ!ねえ、きーて!昨日、リムくんて子がうちに来て、すごく楽しかったの。でも、保育園の子じゃなくて、ママやパパの病院の人なんだって。残念だわ」
「リムくん?」
「うん」
「サナのママやパパの病院の人?」
セーンは少し考えた。
「それって僕の家の向かいのDr.シンのことじゃない?」
「Dr.シン?」
「うん。名前はリムって言うんだけど、ドクターなんだ。とてもやさしいおじさんだよ」
「おじさん?」リムは童顔に見えなくもなかった。また、リムが子どもに見えたのはサナの幻想でもあった。
「背がサナのパパより大きいだろ?名前はリム・シンって言って、Dr.シンって呼ばれてるんだ。……あー、サナ、また恋したんだろ?Dr.シンはNs.シンと結婚して、こないだ赤ちゃんが生まれたばかりなんだぞ。リムくんなんて勘違いだよ」
セーンは、くくくと腹を抱えて笑った。
「リムくんはナースと結婚して赤ちゃんが生まれたの?」
「うん。だから……ははっ、Dr.シンは大人なの。サナや僕みたいに子どもじゃないの。恋人にはなれないんだよ。分かる?」
セーンは真面目に言いながらも、ひひひと笑いが止まらなかった。
「分かるけど分かんない!」
サナは少しぐずぐずとした。それほどリムがセーンと同じように魅力的な男性だったのだ。
「どうでもいいけど、お前、僕のことが好きなんじゃないの?」セーンは笑うのを止めて、少しふくれて見せた。
「そう……」サナは深く溜め息をついた。
「浮気したんだろ。サイテーだなー」
「うわき?サイテー?」
「好きな人以外の人を好きになっちゃうことだよ。ひどいよ。僕はムカつく!」
セーンはサナを置いて行こうとした。
「セーンお兄ちゃん、ごめん!うわきしない!あ~ん!」
サナは向こうへ行こうとするセーンの腕を強く掴んで引き止めようとした。
「痛いよ!うーん、分かったよ、許してやる!」
「ありがと!でも、セーンお兄ちゃんのおむかいが、リムく……リム先生のお家なのよね。ちょっと行きたいな……」
「もー、お前ってやつは!」
セーンは、サナの頭をげんこつで殴りかけたが止めた。
サナは「ごめん!」と言って頭に両手をやり、防御した。
「じゃあ、Dr.シンの赤ちゃんが生まれて、病院から、リーラママが帰ってきた時、一緒に見に行くならいーよ」
「行く行く!」サナは笑顔になって両手を叩いた。
「でもその時、Dr.シンをまた好きになるなよ。なったら浮気だから、すぐ家に帰すからな」
サナは、リム目当てだったが、我慢しようと思って、
「分かった。好きにならない」とセーンに約束した。
それから数日して、リムがプリシラとリーラを車に乗せて
家に帰ってきた。プリシラとリーラは、1階の寝室のベッドに落ち着いた。リーラは、プリシラの横のベビーベッドに入れられた。
セーンがサナをサナの家まで迎えに行き、そこから2人で、リム達の家まで歩いて来た。家では2人をリムが迎えた。
「やあ、サナ、セーン、こんにちは。どうぞ上がって」
「こんにちは、リムく、ん……」
サナはリムの家でリムを見て、普通の自分のパパと同じような男性に見えて、“リムくん”には見えなかった。
手を繋いでいるセーンは、サナに、
「ほら、Dr.シンは子どもには見えないだろ?」
と小さい声で言って、サナを上から見下ろした。サナは、不思議そうに頷いた。
「さあ、こちらへおいで」
リムは、プリシラ達がいる寝室へ2人を連れて行った。
扉が開くと、ちょっと痩せた色白の美人なプリシラが、小さなリーラを抱いてベッドに座っていた。
セーンとサナは母親であるプリシラが綺麗だなと思ってから、すぐにリーラのところに駆けよっていき、ほくほくとしながら、頭を合わせてじーっとリーラを見つめた。リーラはまだ目は見えないかもしれないが、プリシラに似て、真ん丸い目をしていて、じっとセーンを見た。
「あれ、僕のこと見てる!やっぱり、生まれる前から僕のこと好きだったのかな」
「そうかもしれないわねえ」
プリシラもサナがいるのを半分忘れて、セーンに共感した。
「い、いや!あたちと、セーン兄たんは、結婚するのよ!」
プリシラとセーンは「あっ!」とサナを振り返った。
「サナ、ごめんなさいね。どうなるか分からないわ。この子はまだ小さいもの、誰が好きかも、誰を好きになるかもわからないのよ」
サナが納得したと思ったら、今度はセーンが言ってきた。
「でも僕は、サナみたいなうるさくて強い子は嫌だよ。リーラはきっとリーラママパパに似て大人しくて優しいよ」
すると、サナが泣き、リーラも泣いてしまった。心配したリムが駆け付け、サナを先日遊んだように抱き上げてリビングに連れて行き慰めた。
「ひっくひっく……。リムっ……」
リムはサナの体を上下に上げ下げしてバウンドさせてなだめた。サナは、甘えてリムのことを愛称で呼んだ。
「ううう……リムくん、リムくんって呼んでいいでしょ?」
「ああいいよ。結婚は出来ないけど」
「……」
サナは無言で泣くだけだった。
プリシラ達の方は――――
セーンがリーラを慰めて泣き止めさせていて凝視していた。
泣き止んだリーラは、本当にセーンが好き、というように、まじまじと見られている、セーンに、にこっと笑ってみせたように見えた。
「あら、泣き止んで、今、笑ったように見えたわね。サナには内緒だけど、やっぱり、この子はセーンが好きなようね」
プリシラも思わず微笑んだ。
その後、セーンが変顔や、体を揺すったり、面白い声を出したり、色々してみるとリーラはどんどん笑って、病院で辛い目に遭ったとは思えない程だった。
リムとサナというと、リビングから、サナの高い笑いと「リムくん」と呼ぶ声と叫ぶ声が聞こえてきた。サナの気持ちが晴れ晴れして、リムに“飛行機”をしてもらって、ぐるぐるまわって、キャーキャー叫んで楽しんでいた。
そこに、ダラがサナを迎えに来た。
「サナ、今日はあんたの従兄がくるのよ。またこんなに遊んでるんじゃ帰りましょう」
「いや!リムくんともっと遊ぶ!」
「リムくんとはまたきっと遊べるわよ。ね?」
リムに聞いた。
「ああ。いいよ」
リムは快く答えた。
でも、サナはリムの両手を取って唸った。
「従兄のお兄さんはセーンやリムと同じくらいか、それ以上かっこいいわよ」
「え~・・・・・・」
「あ!お兄さんの写真があるわ!」
ダラはさっさとスマホからサナの従兄の写真を出してみた。サナは期待せず暗い顔で覗いた。そこには、セーンよりも数センチ背が高い男の子が写っていた。
「…………わー!セーン兄ちゃんに似てる!かっこいー!なんていう人?」
「ほらね。会いたいでしょ?」
「うん、会いたい!名前は?」
「それは、お家に帰ったら教えてあげるわ」
「う~ん、分かったわ」
「じゃ、帰りましょ」
サナは、玄関の方まで出て来てくれたプリシラとリーラとセーンとリムに別れの挨拶をして、ダラと意気揚々として自宅に帰って行った。
――――おわり――――
リムとサナ 樹時歌(じゅじか) @sakuramachi77
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