第2話:わんぱくでワガママなサナ

 そんなことを2人が少し話して興奮したサナを見ずにいたら、リビングの端の方で、ゴン!という嫌な音がした。大人3人が驚いてその方を見ると、走り回っていたサナが、リビングの端に置いてあった大きい木製のチェス盤の角に頭をぶつけて、唸っていた。急に痛くならなかったようで大泣きすることはなかった。

「あらあら、トゥオル、救急箱出してー」

ICUと救急外来と外科に勤めていたダラは、料理をしながらそんなに驚くことなく、夫に任せ、今日は腕利きの外科医のリムもいるので、病院要らず、病院に行かず、夫とリムに任せた。


 リムがまずサナを抱いて、サナの頭の外傷部分を見た。

「サナ、少し我慢しろよ。出血は少しだ。大した傷ではない。トゥオル、通常の処置と網を頭に被せてくれ」

サナは、“リムくん”とパパに処置されて、安心して2人に体を任せていた。処置をするとサナは静かになり、

「ママ……」とダラの片手に抱かれに行った。

「少しはしゃぎ過ぎたのね」とママのダラは笑んで言った。


 そのまま、サナは静かになるかと思えば、ダラの腕から、スルスルっと降りて、また、

「リムくん!!」と言って、リムの首に両腕をかけ、どすり!とリムにまたおぶさった。リムは思わず、「うっ」っと声を出して、肩をすくめた。  

「こらっ、サナ、Dr.シンに、そんなに乱暴にしないんだよ」

トゥオルはサナを注意した。サナは、リムが父親より若く見えるらしく、お兄さんのように気に入って、リムは部屋の中もぐるぐるとおんぶする羽目になった。それを見たトゥオルは

「本当にサナはわんぱくで、ダラそっくりだなあ」と言った。するとリムはサナをおんぶしながら下に座っているトゥオルに言った。「お前、静かな雰囲気だったけど、お前の小さい頃も中々だったんだぞ?忘れたのか?それで、そんなにガタイが良くなったと思うぞ。モゴモゴ……」リムはサナに口を塞がれつつ、小さい頃、トゥオルと遊んだことを思い出した。

「そうだっけ?」

「ああ。高い所から下のベンチに飛んで降りるとか、家の中でもドタバタ動き回っていたし、サナみたいに怪我もしてたぜ。その点、俺はうるさくも大人しくもなかった」

「そうだ……った……気もするなあ。忘れたよ」

トゥオルは苦笑した。


 リムはをサナをおぶりながら話していると、ダラが「食事が出来たわよ。食べましょう」と皆をキッチンのテーブルに呼んだ。


 まず、サナが、トゥオルに子ども用の椅子に乗せてもらった。トゥオルとダラは、その向かいに揃って座った。リムは、ダラ達が、どこどこへどうぞと言う前に、サナが、

あたちのとなり、どーじょ!」と勧めてきた。ダラとトゥオルも、

「そうそう、リムは、サナの隣に座って」と遅れて勧めた。リムは、じゃあ、と言って戸惑うことなく座った。


 サナはリムを気に入って、リムに

「あーん!」と言って、おかずを口に入れて食べさせた。

「あ……ぐふっ」リムはサナが、ちゃんと口に入れないので、少しむせてしまった。

「リム、大丈夫?」ダラが心配した。リムは口をモゴモゴしながら「大丈夫大丈夫」と答えた。リムの口の中が落ち着くと、リムは昔のことを思い出して話した。

「う~ん。ダラは料理だけは上手かったな」

「料理だけって何よ。ナースの腕も良かったわよ」

「そうだな」とトゥオルは妻に共感した。実際そうだ。

「いや、そうだけど、俺と付き合ってた頃は執着心が強くて、美味しい料理しか頭と舌に残ってないんだよ」

「もうあの時は忘れてよ~。今は大体良くなって、こうして、育児だって仕事と家事と両立してるし」

「そうそう、ダラは随分変わったな」と、トゥオルが言うと、

「ト―のおかげよ」とダラはトゥオルの首に両腕を巻き付けて彼の頬に軽くキスした。それを見たリムは、

「お!見せつけられた!」と言ったので、3人で笑い合った。


 それを見て、よく分からないが、なんかうらやましくなったサナは、「のおかげよ!」と言って、母と同じように、リムの首に両腕を巻き付けて、リムの頬にブチュ!とキスをした。リムは、びっくりし、頬がサナの唾でベチャベチャになったが「そ、そうか、ありがとう」と感謝し、さりげなくダラがリムにタオルをやり、リムは、頬のサナの唾を拭いた。

トゥオルは「何が変わったのかな?リムのおかげでワガママがちょっとなくなったのかな?」と言って、サナに笑いかけた。サナはよく分からないが、大人たちと一緒に笑い合った。


 笑いが落ち着くとダラが口を開いた。

「ねえ、リム、真面目な話よ。サナはリムに恋しちゃったようだけど、本当は、リムとプリシラの斜め向かいの、リージャとルイスの一人息子セーンに熱く恋してるのよ」

「ああ、なんか知ってるよ」

「そう?保育園ではベッタリだって。今日はが気になって、さっさと帰ってきたけど、早く帰ったのに、リムくんが大人だったから、ガッカリしたようね。自分のことみたいで恥ずかしいけど、サナはセーンに執着しちゃってるの。でも、セーンは産まれる前から、あなたたちのリーラを愛してるそうじゃないの。リーラがセーンを慕うようになれば三角関係になりそうで怖いわ」

「セーンがどーちたの?」サナはセーンの名前を聞いてとても気になった。

「今はお出かけ中って言ったでしょ」とダラはサナに言って、リムに「こう、嘘でもつかないと大変なことになるの」と困った表情をした。

「三角関係?それは困るな。セーンは良い子だからな。リーラもシーラが俺を頼りにしたように慕いそうだし。本当親に似るね」

「ほんとよ。セーンは昔のリムみたいで、いい役回りよ」

「ほんと、リムはずっといいとこどりだ」トゥオルは少し羨ましそうにした。

「ええ、トゥオルも良い奴だったし、今も良い奴じゃないか」リムは本当のことだが、トゥオルのことも褒めた。

「そうかな、ありがとう。ちょっと君やシーラ達と家が離れていたから、そこまで親しくなくて、正直寂しかったんだけど」

それを聞いてダラは「私なんか、小さい時はバレジアに住んでたから、みんなのこと知らなかったわ」と嘆いた。

「そうだな」慰めるようにトゥオルが言った。

 

 大人3人は食べながら昔話に花を咲かせた。しかし、そろそろ、皆食事を食べ終え、サナは椅子から降ろされ、マリアーニ家族3人はリムを玄関まで送って行こうと立ち上がった。するとサナが、

「リムくん、帰っちゃダメ!」と叫んだ。

ダラは「ダメよ、Dr.シンはドクターだから、お家で準備があるのよ。それに今日は、お泊りの約束はしてないの」とサナをいさめた。

「やだやだ!リムくんとお風呂しておねんねするの!」

ダラがサナをたしなねめても、サナはリムに泊まって行ってもらいたいとだだをこねた。

「それはまた今度にしよう。リーラとプリシラお姉さんも来てもらったらもっと楽しいぞ」

今度は父親のトゥオルがサナをたしなめた。しかし、サナは……

「やだ!リムくんのこいびとと、赤ちゃんなんて嫌い!」

サナは、うわーんと大泣きしだしたので、ダラが抱き上げ、トゥオルはリムの背中を押して玄関を出ようとした。リムは、サナが少し可哀想に思い、サナに早く手を振り、素早くトゥオルと外へ出た。さっさと自分の車に乗って窓越しにトゥオルに頭を下げ、手を振って、ものの5分くらいで自宅に戻った。


 家は真っ暗で、サナみたいな騒がしい子もいなくてシーンとしていて、料理などの生活臭もなく、1人暮らしの時より寂しかった。

「サナの言う通り、俺1人なら泊まって来ればよかったかな」

リムは呟き、寂しい中で電気を点けたりシャワーをしたりした。


そのサナのうちでは、しばらくは、サナは泣いていたが、実は大好きなパパ、トゥオルとお風呂に入り、ダラとトゥオルの間に挟まれてダラが絵本を読み、リムにもらった、ハムスターのマービーのぬいぐるみを抱いて眠った。


 早朝、サナはハッとして起き、あわててマービーのぬいぐるみを抱いて、もう起きて朝食を作っていた母の所に行った。トゥオルはランニングに出ていた。ダラはサナに気づいて声をかけた。

「あら、サナ、おはよう」

「はよ。ねー、ママ。リムくんは?」

「えっ?リムは、もう昨日帰ったでしょ」

「嫌だ!」

「嫌っていっても、もういないのよ!」

「いやだあぁぁぁぁぁ!!」

サナは、足踏みして叫んだ。昨日、リムと遊んだのが楽しすぎて起きたらリムがいるかもしれないと思ったのだ。


サナが泣きわめいたところに、トゥオルが帰ってきた。

「おーおー、サナどうした?」

「トー、サナが、リムは昨日帰ったのに、リムくんは?って言うの」

トゥオルはサナの方を向いて、かがんでサナの頭を撫でで言った。

「サナ、リムはママが言う通り、昨日帰ったんだよ」

「滑り台、お砂、ブランコ、お馬さん、ひこーき!おんぶ!」

サナは、昨日、リムと遊んだ楽しかったことを並べて涙ぐんだ。

「うん。サナ、それが楽しかったのか」

サナは顔に涙を流しながらも思い切り頭を下げた。

「とても?」

また同じく頭を下げた。

「リムのこと、忘れられないんだな。また来てもらって、出来たらお泊りしてもらおうじゃないか」トゥオルは大胆なことを言って見せた。ダラはそれを聞いても何とも思わず、夫に同感だった。

「ほんとパパ?」

「ああ。お泊りは無理かもしれないけど、また来てもらおう」



 














 


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