第71話 元服
「認定する、と。ふう~。これで最後よね」
「はい。八人分確かに。ありがとうございます。女御様」
帝の命により、養成機関卒業後は官職を賜れることになった。
主な仕事は朝廷からの依頼で調査をする。先の処分が多すぎて宮中に参内する人員もかなり減っていた。その為、人手が欲しかったようだ。
宮中に参内することで婿探しにも役立ったようで八人の姫君は相手を見つけた。それも、香奈や紅葉のお墨付きの公達ばかりで父親からも大変喜ばれた。
筆をおいて大きなお腹を撫でた。もうすぐ産み月で日に日に早く顔が見たいという欲求が大きくなっている。帝は乳母や赤子の為の調度類をそろえてくれていつ生まれてもいいように準備を整えてくれている。
明日でその八人は後宮を去るが、次の者達が控えている。芽衣は後宮に残って養成所の講師になった。一か月前に元服を済ませた柾良親王がもうすぐ参内を始める。これで帝も少し肩の荷が下りるだろうか。
ん?
「どうかされましたか?」
お腹に視線をおく、急に鈍い痛みが出てきた。
「お腹が痛くなったの、これって……」
言い終わらないうちに女房達が押しかけてきて寝かされた。
気がつくと産婆も到着して準備万端。帝も飛んできたが、すぐさま追い返され、紅葉によって連行されていった。
あまりの手際の良さに驚きつつもそれほど苦しむことなく出産を終えた。
「女御様。皇子様ですよ」
見せられた子はあまりにも小さく、壊れるのではないかと心配になるくらいだったが、こちらを不思議そうに眺めていた。
「母ですよ」
取り敢えず言ってみた。分かるわけがないか。でも、これから私が守ると誓う。
先弘徽殿女御が帝を守ったように、一華様が柾良親王を守ったように、華の宮様が直貞親王を守ったように。
翌日からいろいろな人からお祝いの品と文が届いた。それを少しずつ読みながら返事を書いていく。
帝の母君、由良様と先帝からも文が届いた。二人は後宮を出たあと吉野の寺院のそれぞれ隠居している。その距離が比較的近く、よく二人で散策していると書いてあった。
二人は元気でいるらしい。子供が大きくなったら二人を訪ねてみようと思った。その前に帝を説得しないといけないのだが。
「女御様。お待ちかねの方がいらっしゃいました」
「御通しして」
数日後、柾良親王が今日から参内を始めた。
「弘徽殿女御様。お久しぶりです、皇子誕生おめでとうございます」
「ありがとう。どうですか、久しぶりの宮中は」
幼さの残る顔に帝に似た目元は頼もしく小さいながらも立派な公達に見える。
「以前は、周囲の目を気にしなければいけなかったのが、いまは皆さまに良くしていただいて。こんなにも変わるのだと改めて実感しております」
「中務省の長は大変だと思いますが、右大臣様も芽衣もいます。そしてこの私も力になりましょう。しっかりと帝を支えてください」
以前の宮中の面影もなく、すっかり様変わりした宮中や後宮に驚いたのだろ。
柾良親王は一華様の文を預かってきていた。
文には皇子誕生を喜ぶ内容と、柾良親王の元服の折り、祝いの品を送っていたお礼が書かれていた。
一華様は帝から直接聞いていたのか、もし跡継ぎの皇子が生まれなかった場合、柾良親王に帝位を譲ると言われていたようだ。その為、皇子誕生はこの上なく嬉しく、柾良親王は必ず帝と皇子様をお支えすると書いてあった。
帝位の問題は難しく、帝がいいと言っても周囲がすべて納得するものではないことは私も一華様も十分すぎるほど知っているからこそ、気になっていたことだ。
このまま皇子が何の問題もなく成長してくれたら、帝の後を継ぐのはこの皇子だ。このことに誰も文句は言わない。それが一番大切だと考えた。
いずれ直貞親王も元服を迎えて参内する。そのころにはこの皇子も東宮としての務めを始めるだろう。
以前の後宮は皇太后への挨拶に来る公達が幅を利かせていた。今は、日に数人の公達が訪れるくらいでその公達たちも雅な立ち振る舞いで控えめだ。
今の後宮は時間が止まったような空間になっている。静かで女房達が渡殿を歩く衣擦れの音だけが聞こえる。
それもすべて帝が望んだ形だ。ここまで来るのにかなりの時間と努力があったはずだが、それをひけらかすこともない。ただ、周囲の幸せを望んだだけだという。
孫廂まででて昼寝でもしたいところだが、懐妊がわかった直後それをしたら帝が飛んできて部屋に押し込められた。つい先日は子が産まれてひとり身になって気楽になったので、つい孫廂まで出たところで帝に見つかって睨まれた。それ以来、大人しく部屋に籠っている。
壁に背をあずけ、脇息を足の下に置き、外の景色をぼんやり眺める。隣には皇子が眠っている。
柾良親王、直貞親王とこの皇子がここで楽しく過ごす様子を思い浮かべてみる。賑やかで楽しい毎日になるだろう。楽しみが増えた。
平和だ。
ぐうたら姫の後宮生活 橘 葵 @aoide
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます