第13話 噛める臍もない令嬢



「はなせっ!!」


『仮にも王子殿下だ。丁重にお連れしろ』


 怒鳴るハウゼルを引きずりながら、広間中央へと集まる黒ずくめ達。それに手を伸ばしてエドアルトが叫ぶ。


「ハルから手を離さぬかっ! ハルっ!!」


 必死の形相な王太子。それを騎士団長が押さえていた。


「放せっ! ハルがっ!」


「落ち着いてくださいませ。.....この音が聞こえませぬか?」


 訝しげに眉を寄せて耳をすましたエドアルトは、はっと天井を見上げる。

 そこから落ちる細かい欠片。よくよく見てみれば、三階吹き抜けになった広間の天井に細かいヒビが入っていた。


『さすが武人。あれらの殺気に気づいたかよ』


 ふんっと鼻を鳴らして睨めあげるナージャル。それを冷たく一瞥し、騎士団長は奥歯を噛み締める。


 龍の国シャドルネ。


 小さな島国だが四方が海の独立立地なため、詳しいことは知られていない。

 その島の上を飛び回る龍の存在が有名ではあるが、その生態や詳細も不明な国だ。

 交易のある隣国も港や海岸のみの付き合いで、シャドルネ内部にまでは入っていないと聞く。

 今回の事案も、そういった排他的な歴史が、他国からの援助を得られなかった理由だろうと、騎士団長は漠然と考えていた。

 

 謎大き神秘の国。それがシャドルネ王国である。

 

 となれば、王子の屋根で天井にヒビを入れている何かの正体は.....


 騎士団長は知らず知らず、大きな固唾を呑んだ。


『私たちを殺すも捕らえるも好きにしてみたら良い。.....結果、この国は火の海になるがな』


 各通路を封鎖していたシャドルネ王国の者らも広間中央へとやってきて、押し止められていた騎士や兵士らが王宮広間に雪崩れ込んでくる。

 

「ご無事ですか、国王陛下っ!!」


 声高に叫ぶ騎士だが、思わぬ珍客の姿を見つけ、焦燥に煽られた彼の顔から一瞬で表情が抜け落ちた。


「なにを..... して?」


 彼の落とした視線の先には、テーブル下から這い出ようと顔を出すリリス。

 彼女は気まずげに唇へ指を立て、視線で騎士達を黙らせた。そしてチラリとカゼルを見る。


「距離ははかれまして?」


「もちろんです。一気にいけます」


「では..... 御願いしますっ!」


 リリスが呟くとともに、カゼルの両手が床につけられた。そこから走る縦横無尽な光。凄まじい勢いでシャドルネ王子達へと向かっていく網目状の何かは、一気に彼等の身体を貫いていく。

 魔力のないモノには見えない雷が床一面を被い尽くし、リリス達の背後と壇上の人々以外を感電させた。

 短い悲鳴をあげて次々と倒れる黒ずくめの者ら。運の悪いことにハウゼル王子も巻き込まれたが、リリスにとってアレは自業自得なためスルーだ。

 ほぼ全員を昏倒させたカゼル。しかし一人だけ、その電撃に耐える人間がいる。


『が......っ、は.....? なんだ、これはぁぁぁっ!!』


 全身を粟立てて踏ん張るナージャル。ガクガク痙攣しつつも、彼は壇上の国王や王太子を睨み付けた。

 玉のように浮かぶ汗や、戦慄く唇。目の前にも火花が散る彼は、よく見えていないようで、しきりに眼をすがめている。


『罠.....か.....っ? ど.....やっ.....てっ!!』


 未だ痺れる四肢。呂律も回らないまま、ナージャルは王太子らを睨み付け、ふぅふぅと息を荒らげながらハウゼルへと手を伸ばす。


「そこまでっ!!」


 甲高い声を耳にして、ナージャルの手がピタリと止まった。

 振り返った彼の眼には、ぼやけた人影。真っ黒な髪のみが確認出来るが、他は分からない。


 .....誰だ?


「もう勝敗はついたでしょうっ? 諦めなさいっ! ハウゼル王子は..... 忘れてるのよっ!!」


 必死感のみが伝わる可愛らしい声。微かに臍を噛んだ風でもあり、ナージャルは力が抜けていく。


 .....忘れてる?

 

 知らないと叫んでいたハウゼル王子。ナージャルは空惚けかと腹をたてたが、まさか本当に?

 薄れ行く意識の中で、彼は誰かの悲鳴を聞いた気がしたが、あまりに目蓋が重くなり、そのまま昏い淵に呑み込まれていった。


 気絶したナージャルを余所に、広間は阿鼻叫喚の嵐。


「きゃーっっ!!」


「リリス!」


 メキメキと天井を裂き、現れたのは大きな眼。

 それはギョロリと忙しく動き、倒れたナージャル達を発見した途端、空を劈く咆哮を上げる。

 ビリビリと王宮を揺らす大音響。固まり竦み上がる人々の視界で、それはベコっと天井を外し、大きな体躯を顕にした。

 

「龍.....?」


 唖然と呟くエドアルト。


 低く唸りながら、天井..... いや、屋根にいたらしい龍の一匹が広間に降りてくる。

 その全長は優に十メートル以上あるだろう。ゆるくうねる身体を器用に滑り込ませ、獰猛な顔の龍はシャドルネ人達を守るよう被さった。

 口の端から零れる焔。ふおぉぉ.....と静かな風が流れ、何事かと広間の人々が周囲を見渡した時。

 龍の口が光り、次の瞬間、竜巻のような焔が壇上を突き抜けていった。

 ごおおぉぉっと渦を巻いて舐めるように駆け抜けていく業火。それは壁をも溶かし尽くし、王宮に大穴を開ける。

 

「陛下あぁぁぁーっ!!」


 跡形もなく吹っ飛んだ壇上を見て、騎士や兵士は顔面蒼白。だが雄叫びをあげながら広間に駆け込もうとする騎士達の耳に、けたたましい怒号が聞こえた。


「落ち着けっ!! 両陛下は御無事だっ!!」


 身体を起こした騎士団長の下に庇われている国王と王妃。王妃はすでに失神していたが、さしたる傷もなく、国王に抱きしめられている。

 その横に王太子もおり、あの咄嗟に、二人で国王らをかかえて壇上から飛び込んだらしい。

 だが王太子はそんな龍の大惨事より、信じられない人物の存在に眼を凍らせていた。

 さきほどの声は幻聴でなかったようだ。


「マグダレナ男爵令嬢っ?! 何をしておるのだ、そなたはぁぁっ!!」


 ほとんどの貴族が逃げだしたはずなのに、なんでよりにもよって彼女がいるのだ?!


 眼は口ほどにモノを言う。


 そして、同じことを考えている者達も、似たようなことを叫んだ。


「リリスっ! 何をしておるのだ、おまえはーっ!!」


 騎士や兵士らの後ろから飛び出そうともがく、リリスの家族。必死に押さえる兵士らの隙間から飛び出そうと、死に物狂いな家族の姿に、リリスは天を仰いだ。


 .....この先の展開を披露するにはギャラリーが多すぎる。


 シャドルネの者らと王族のみを想定していた彼女は、暗雲立ち込める己の人生を呪い倒した。


 そんな人間達を嘲るように見下ろし、再び龍が不穏な呼吸を始める。


「また来るぞっ?!」


 ひやっと背筋を凍らせ、騎士団が龍に武器を向けた。それを見て、リリスが絶叫する。


「あーーーっ!! もうううぅぅっ!! 大概にしなさいよねぇぇっ!!」


 彼女は詳しく知らなかったが、妖馬の血は魅了の力を持つ。視線や吐息、もちろん、その声にも。

 感情が昂るほど威力を増す淫魔の力。その甘さに魅入られ、誰もが鼓膜を蕩けさせられた。御多分に漏れず、龍すらも。


「アンタっ!! ナージャル王子達を助けたいんでしょっ?! なら大人しくしてなさいっ! 悪いようにはしないからっ!!」


 リリスにビシっと指差され、とろんとした瞳で頷く龍。


「国王陛下! 王太子殿下っ!! お話があります、場所を変えていただけますか?」


 抑揚のなくなったリリスを見て、はっと我に返る国王親子。


 .....今のは、いったい?


 前代未聞な大惨事となった王宮新年会。


「リリスぅぅ?! なにやってんの、おまえーっ!!」


 絶叫するはマグダレナ家の者も同じ。

 娘の暴挙の意図が読めず、あわあわする家族らを連れて、リリスは真実を語るべく国王達と席をもうけた。


 それを隣で励ますように見守るカゼル。


「いよいよとなれば、私が証人を片付けますから。リリスは、不味い記憶のフラグを圧し折ってください」


 ほっこり柔らかな微笑みで、とんでもなく物騒な提案をしてくる婚約者様に、めくるめく眩暈を覚えるリリス。

 しかも彼は、かなり的確に彼女の能力の使い方を理解していた。


 一を聞いて十を知るってタイプね。なんで、こんなに優秀な頭脳を御持ちなのに、残忍な無駄遣いしかしないのかしら。

 

 混乱の坩堝と化した舞踏会。いくらフラグを圧し折って当事者の記憶を消しても、起きた事実は消せない。

 これだけの大惨事の記憶が失われれば、いくら暢気な王家とはいえ、徹底的に調べるだろう。

 騒ぎの張本人たるシャドルネ王国の者らもいるのだ。彼等からまで記憶が無くなっていたなら、それこそ大騒ぎだ。

 どう足掻いても隠蔽は不可能である。


 .....詰んだ。マジで。


 でも、ナージャル王子の説明を聞いて、リリスは決意したのだ。どちらも救おうと。


 固い決意とは裏腹に、意気消沈し、トボトボと連行される彼女を、龍がじっと見送っていた。


 悪夢の夜会の結果はどうなるか。それは、まだ誰にも分からない。

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フラグクラッシャーは悪夢を美味しく召し上がる♪ 美袋和仁 @minagi8823

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