第12話 臍を噛む令嬢


「どうしよう? どうしたら?」


 わきゃわきゃするリリスを余所にシャネルド国、王子の話は進む。


「.....一時は平穏を得た。それには感謝しよう。だが、焼け石に水だった。.....例の目論見とは成就されたのだろうか?」


 .....されてません。


 本気で分からなそうなハウゼルに代わり、リリスが心の中でだけ返事をする。

 しばし無言で佇み、ナージャルは遠くに眼を馳せながら呟いた。


『どちらにしろ我が国は終わりだ。民はあらかた死んでしまったし、周辺国も虎視眈々と我が国が倒れるのを待っている。他力本願で夢を見た私が愚かだったのだな』


 そこまで切実だったのかと、リリスはカゼルの通訳に眼を見張った。

 よくよく考えたらその通りだろう。祖国の危機で、こんな遠方に支援を望むのはおかしい。きっと、散々隣国や近い国々に助けを求めたが、断られ続けたに違いない。


『.....伝説の龍の国を狙う所は多い。あの島でなくば龍は生まれない。ここまで運んでくれたアイツらが最後の龍になろうな』


 感慨深げに天窓を振り仰ぐナージャル。思わず同じ方へ視線を向けた人々の耳に、微かな咆哮が聞こえる。


 .....龍? あっ!


 そうだ、あの本には、そう書かれていた。


 あの疫病事件のあと、リリスは慣れない頭をフル活動させて、例の遠国とやらを調べたのだ。

 そこは小さい縦長な島国で、人口二十万もない小国。ただ、その島には伝説が残されている。

 龍が生み出した龍の国という伝説が。

 このデカダン王国にも、それっぽい話はあった。だから、そういった建国にまつわる話なのだろうと、さして気にも止めなかったのだが。


 まさかのまさかである。


 本物の龍? 物語の挿し絵にあるような?


 ごくっと息を呑むリリス同様、広間の王族達も固唾を呑んでナージャルを凝視していた。

 そんな不躾な視線の集中砲火など物ともせず、彼は冷酷に炯眼をすがめる。


『ここまで舐めたことをされるとは思わなかったな。ハウゼル王子。我が国に肩透かしをさせた罪、軽くはないぞ?』


 通訳が通した言葉を聞き、ハウゼルのみならず、壇上の国王や王太子も狼狽する。


「何をする気だっ?!」


『ハウゼル王子には、我が国と命運を共にして貰おう。それがかなうならば、この国は見逃してやるよ』


 思わぬ言葉で、固まる人々。


 ナージャルは言うのだ。王子一人と国を天秤にかけるのかと。

 実際、彼等は王宮の深部に易々と入ってきた。たぶん、先程の話にもあった龍とやらで空から侵入したのだろう。

 さすがの騎士らも、音もなく空から現れたナージャル達に気づかなかった。その証拠に、彼等が広間で暴れだすまで、誰も賊の侵入を察知しなかったのである。


「そんな力があるのに.....、なぜ他の国から奪うことをしなかったのだ?」


 至極当然な国王の疑問。


 それにシニカルな笑みを返し、ナージャルは深々と細い溜め息をつく。


『アンタら外国(とつくに)は、いつもソレだな。で? 奪ったあとは責任も取らず、焦土のまま放置し、荒れた土地を量産するのか? そんな無慈悲なことを我が国にやれと? 冗談じゃない』


 ぎんっと睨めつけ、蛇蝎を見るがごとき眼差しでナージャルは壇上の国王らを鋭い眼光で威嚇した。


『民を養えぬ国は滅びる。他国に責任を押し付けるつもりはない。他を荒れ地にして我が国が生き延びても、何の意味もない。永遠の贖罪に民が苦しむだけだ』


「.....だってさ。御高説いたみいるね。政とは、そんな綺麗事でやれるものでもあるまいに」


 リリスに通訳しつつ、カゼルが皮肉げに口角を歪めた。

 だが、どちらかといえば、リリスはナージャルの考えに共感する。

 もし自分が生き延びるために他者を犠牲にせねばならないとなったら..... たぶん、リリスには出来ない。その結果、自分が死んだとしても、きっとリリスは誰かの死を望むことはないだろう。

 綺麗事だと思う。でも、それを貫けるなら。シャネルド国の国民も納得しているのなら。.....それはそれで、奪わないという選択肢は尊い決断なのではなかろうか。


 リリスが物憂げに思案するなか、まだ話は進んでいた。


「ならば、ハウゼルを道連れにする必要もあるまいにっ!」


 絶叫する王太子を無感動な眼で一瞥し、ナージャルは捕らえたままのハウゼルに視線を振った。


『こちらに、有りもしない期待を持たせて裏切ったのだ。それ相応の罰は受けてもらう』


 底冷えのする声音。心胆寒からしめるナージャルの言葉を耳にして、とうとうリリスの眼から涙が零れ落ちた。


「.....御令嬢?」


 ぎょっと眼を見張り、慌てて肩を抱きかかえるカゼルの手から、じんわりと伝わる温かい何か。


 .....そうだ、これが全ての原因だ。


 彼から伝わるのは魔力。祖母が亡くなったことで、リリスに継がれた夢魔の力が、何もかもを歪めたのである。

 もちろん、悲惨な結末を退けたのだから、悪いわけではない。だけど、幼いリリスには、それが他者の幸せを奪った結果のように思えてならなかった。


 知らなかったら、それで済んだのに。エドワルトが伯爵令嬢に襲われようが、疫病で領地が滅ぼうが、知らなければ何も.....


 そこまで考えて、彼女は、本当にそうだったのか? と自問自答する。


 そうなったら、そうなったで、きっとリリスは絶望に泣いただろう。親友の領地や、自分の家の領地が荒れ果て、広がった疫病は、ひょっとしたら領地を救おうと奔走したはずの家族にも魔の手を伸ばしたかもしれない。


 どうすれば良かったの? どうしようもなかったんじゃんっ!!


 うーっと無言で泣き崩れるリリスを抱きしめ、カゼルは何度も囁いた。


「大丈夫ですよ、リリス。私が貴女を守ります。なぜ泣いておられるのか分かりませんが、私は貴女の味方です」


 カゼルの胸に抱き込まれ、頭ごと撫でさすられるリリスは、もはや自分の胸だけに収めておけず、ポツリポツリと今までの経緯をカゼルに吐き出した。


 祖母が死んで夢魔の力を手に入れたこと。それで人様の悪夢を食べているうちに色んなことを未然に防いでしまったこと。

 結果、今の惨状が起きている。泣くに泣けないと思いつつも、涙が止まらない.....と。

 大雑把な説明だったが、カゼルはあらかたを理解してくれた。そして軽く嘆息する。


「.....良かった。それならば、知る者を片付ければ済みますね?」


 花もかくやな笑顔。


 その笑顔に一瞬、黙くらかされそうになったリリスだが、間際で彼女は踏ん張った。


「待ってっ? 片付けるって?」


 ん? と不思議そうな顔をするカゼル。彼は、しれっとした顔のまま躊躇もなく答えた。


「あのシャネルド王国とかいう国の奴らをですよ。死人に口なしと申しましょう?」


 バチっと両手に雷をまとい、艶やかに笑う麗人。


 それ、何の解決にもなってないからぁぁーーっ!!


 喉元にまで迫りあがってきた絶叫を無理やり呑み込み、リリスは極めて冷静な口調で彼に話しかけた。


「それでハウゼル王子は助かるかもしれないけど、シャネルド王国は? 飢餓で滅ぶかもしれないのよ?」


「本人らの選択ですよね? 自ら死を選んだのです。何か問題でも?」


 死にたくないなら奪うべきだ。力があるのに行使しないのは愚者の決断だ。

 そう雄弁に物語るカゼルの顔を見て、何ともいえぬ脱力感に頽れそうなリリス。


 分かる。分かるよ? 言ってることはね? でも、理性と感情の狭間で揺れ動くのが人間ってもんでしょ? 違うの? アタシ、間違ってる?


 もはや泣いているどころの騒ぎではない。

 明後日の方向に危ない婚約者様のおかげで、リリスは吹っ切れた。


「.....死なない程度にやれますか? カゼル様の祝福は何ですの?」


「やれなくはないかな。私の頂いた祝福は、風と土と焔だよ」


 まさかのトリプルーーーっ!!


 複数の祝福は単独で使うことが出来ない。どうしても混ざってしまうのだ。そのため、一番顕著な属性になりやすいが、どれも混ざっているので、その被害は想像を上回る。

 例えば落雷一つにしても、焔を帯びた雷だ。舐めるように大地に拡がり、広範囲を燃やし尽くす。


 .....どうりで、悪夢の中の被害が半端なかったわけよね。


 そして彼女は何かが引っ掛かった。


「やれなくもない..... ってことは、実践でやったことがあるんですか?」


 一瞬眼を丸くして、カゼルは、そっと視線を逸らす。


「.....ナイヨ?」


 .....なぜに疑問系か。


 視線を逸らした途端、ぴょこっとカゼルの肩に生えたフラグ。じっとり眼を据わらせたまま、リリスはそれをむしって食べる。


「あっ!」


 先程のカミングアウトで彼女の能力を知った婚約者様。

 黄土色などという珍しいフラグをリリスが解析しているのに気づいたのだろう。

 やや慌てて両手の指をわきわきさせている。


 フラグを食べて、無言なリリス。


「.....アイツらのせいダヨ。きっと自業自得ダヨ。僕、悪くナイヨ」


 僕って誰だ、僕って。そして、なぜに棒読みか。


 リリスが食べたフラグは過去の記憶。この侯爵坊っちゃん、気に入らない相手に電撃をかまして遊んでおられました。

 徐々に強度を増し、どのくらいで昏倒するかまでを試していたのだ。


「相手に気取られない遠くから..... よくもまあ、バレませんでしたね」


「.....眼に見えるほど魔力こめてないから。そんなの使ったら丸焦げだから」


 .....何か、また不穏な単語を聞いた気がするけど無視だ、無視。


「じゃあ、合図したら一気に黒づくめな人達を昏倒させてください。それだけで、ここは片がつきます」


 爛々と眼を輝かせ、逆境に立ち向かおうとするリリス。

 それが眩しくて、カゼルは思わず眼を細めた。


 ああ、良いなぁ。彼女といると退屈しないし、楽しいし、何より、すっごく幸せだなぁ。


「了解。私が君の矛にでも盾にでもなろう」


 さっきの僕は、どこへやら。すっかり気を取り直したかのような婚約者様を呆れた顔で見上げ、リリスはシャネルド王国の現状を考えた。

 

 これが上手くいけば、何とかなるかもしれない。


 今にも連れ去られそうなハウゼル。


 暗雲の垂れ籠めた夜会は、まだまだ続く。

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