その15
「おまえ、おれの意図を読んでいたのかよ」
「銃を動かしたらたまたま衝突しただけだぞ? や、これはもしかするとスコープがずれたかもしれない。……ゼロイン、ゼロインと」
彼女はのんびりとした面持ちで遠くの樹木に零灮のポイントをつけた。それからスコープを覗いて一発撃ち、調整ダイアルを黙々といじっている。
まもなく作業が終わったらしく、こっちを向いて不思議そうに小首をかたむけた。
「どうした? ガムでも噛むか?」
少女は合間に口にしたガムのフーセンをふくらませた。次いでポケットから出したミント味のシートを親指で滑り出してくる。
「口の中がすっきりして爽やかな気分が味わえるぞ。リラックスして再戦といこうじゃないか」
「……」
「どうだ? やるか? やらないのか?」
おれは明らかに舐められた態度に憤りを覚え、しかし怒りを無理くり押しとどめた。一拍置いてから、かぶりを振ってクールな微笑を浮かべる。
「フッ……。だいたいわかったよ。もういい。この勝負おれの敗北でかまわん。やはり実戦経験の豊富なあんたのほうがよっぽど強いのが理解できたぜ」
「うむ。そうか。ではハッキリと言うが、あなたレベルではわたしの相手にはならない。よってこれにて試験は終」
おれは相手の虚を突いてニヤリとだまし討ちに入った。轟音が空気を引き裂き、反動で腕が跳ね上がる。
発射された弾は──後方に飛んだキルネの脇をかすめ、林の奥に消えていった。
「ちっ」
惜しいところで外してしまった。衣服をかすめた程度では着弾にならないため、滞空中のキルネを照準に入れてトリガーを引く。
二発目は腹に当たった。いや、銃を盾にして防がれたのがわかった。瞬間、相手の銃口がオレンジ色に光った。
おれはかわす間もなく上腕に熱い衝撃を受けた。肉を引き裂かれたような痛みが走る。
「くそ!」
キズを確認する暇はない。三発目──着地したキルネが横にそれて弾は樹木にめり込む。
四発目を撃とうとした矢先、腕の痛みが邪魔をして隙をつかれてしまった。今度は反対側の腕に被弾した。キルネの冷淡な声が流れてきた。
『攻守ともにまだまだ熟練度が足りないな。急所は外してやるから、さっさと降参しろ』
「銃を盾にした衝撃でスコープがずれてるだろうに、なぜ的確に当ててくるんだ」
『受けた衝撃などまったく影響はないぞ。わたしの銃は零灮の力によって自動でオフセットされるからな』
「じゃあさっきのゼロインはただのポーズだったのかよ」
ふたたび銃声が鳴り響き、弾がものすごいスピードでこめかみをかすめていった。
あいつは言葉とは裏腹に、本気でおれを仕留めようとしているのかもしれない。
しかしビビっているわけにはいかず、木の高枝に飛び乗ったキルネに狙いをつけてトリガーを引いた。
どれだけ撃ち、いくらマガジンを交換しようと着弾することができず、ひらりひらりと交わされてはいたぶるようにして弾が飛んでくる。
身体のあちこちに弾の擦り傷がつけられ、被弾した両腕がひどく痛む。対してキルネはこちらの負傷などお構いなしに次から次へと発砲してきた。
おれは状況を打開するため、思い切って捨て身の前進を開始した。レールガンを乱射して牽制し、枝から枝へと飛び移るキルネを追い込んでいく。
そして機先を制した陽動弾を加えつつ、どうにか着弾を願ってトリガーを引きつづけた。
けれどもやっぱり無理だった。こちらの攻撃よりも相手の攻める勢いがはるかに上回っていた。
おれは近くの木陰に飛び込みリロードに移った。消耗した身体で弾倉を入れ替え、様子をうかがっていると、キルネが遠くの幹から姿を見せる。
『どうする? もう降参でいいか? 拒否をするならそろそろ急所に一発当てて命を頂戴することになるぞ』
「……」
向こうはまだこちらの闘争心が残っていることに気づいていないようだ。距離は20メートルといったところか……。
おれは一度、顔を木陰に戻した。そして呼吸が回復したタイミングを計り、レールガンを構えて素早く狙いを定める。しかし──
「なに!?」
驚愕の声を上げた刹那、顔面に激しい衝撃を受け、そのままあお向けに倒された。
鼻梁に食らった痛みに耐えつつ首を動かしてみると、すぐそばに地面があった。胸に軽い重みが加わり、少女が馬乗りになったのがわかった。おれは相手に向かって腹立ちの声を発する。
「くそったれ!」
どうやら銃床で鼻を殴られたらしい。突進した勢いをのせて厳しい一撃を浴びてしまった。頭がくらくらして口中に血の味が広がっていく。
身体のあちこちが痛むなか、相手に銃先を向けようとしたが、腕が固着して動かせなくなった。キルネの手が伸びてイヤホンが引き抜かれた。
「どうだ? まいったするか? 降参しないと言うならもうここでトドメを刺すが」
「ああ、構わねえよ。おまえに屈服なんてしないから一思いにやってくれ。どうせ生きてたってつまらない貧乏暮らしだし、今日のこの時間がおれの寿命だったというわけだ」
痛みで目を閉じたくなる視界のなかで、キルネの冷たい双眸が見下ろしていた。今までとは違う無機質な顔つきだった。まるでヒューマノイドのような表情から察するに、これは宣言どおりの行動に出るに相違ない。
よっておれは、満身創痍のままゆっくりとため息をこぼし、瞑目して言葉を漏らす。
「自分の運命を受け入れるぜ……」
「そうか」
静かな返事のあと、左胸に硬いものが当った。おそらく銃口が押しつけられたのだろう。
長編小説(仮) ろねっきー @bokka
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