その14

   

 田園地帯が夜へと移っていく逢魔時──。

 おれはキルネが宙に展開していく射撃の的(ファンシーな犬のお面)に向け、拳銃の弾を次々と撃ち放っていた。ちなみにここは山のふもとの草地である。

「くそっ。やたらと動きまわっていて狙いづらいぜ!」

 当初の標的はひとつだったが、いまや二十にもなる数が空中をウネウネと動き回っていてややこしい。しかも弾を撃ち外すとこちらに牙を剥いてきて、ジャケットやズボンを嚙みしゃくっていく。

「あ痛っ!」

 手首を軽く噛まれてしまい、腕をぶんぶん振って痛みを飛ばす。

 的はさらに増えていき、集中力が欠けたことでふたたび弾を外してしまった。すると今度は肩パッドに鋭い一嚙みを食らい、皮革を裂いてめくれてしまう。

 自腹の弾も、いちばん安値の弾丸だが残りがどんどん減っていく。パピーがバイクの収納ボックスから弾の紙箱を放ってきて、おれは片手でキャッチした。

 すぐさま銃のシリンダーをかたむけてリロードを急ぐ。

 早くしないといけない。隙あらばお面の顔が醜悪なものに変わって襲ってくるからだ。

「おい! この標的はあとどのくらい増えるんだ!?」

「あと1500個くらい」

「ざけんなっ!」

 叫ぶや否や、浮遊していた的がすべて消失し、キルネが「冗談」とこぼした。

「まあいいだろう。我流の粗削りだが及第点だ。射撃の技術は今後の訓練で伸ばせばいい。──では次」

「まだあるのかよ」

「ここからが本試験だ。場所を替えて山中でやる。へたをすると命を落とす危険性はあるが」

「聞かれるまでもねえ。ヤバイ目に遭ったことは今まで何度だってあるからな。とっとと始めてみやがれ!」

 煽りを入れると、キルネの身が零灮の光につつまれ、服装に変化が生じた。

 法衣に軽装のプロテクトが加わり、ヘッドセットが装着され、手に長距離スコープの狙撃銃があらわれる。彼女は慣れた具合に銃を一回転させ、レバーを素早くカチャリと引いた。

 おれはパピーが重そうに投げたレールガンを受け取り、肩に据えて、相手をクロスヘアのセンターにとらえる。

「おまえとサシで勝負ってわけだな。どの程度のものか知らねえが上等だぜ。どこからでもかかって来いってんだ」

 トリガーガードに指を入れると、パピーが羽ばたいてきておれのうしろからヘッドセットをかけた。キルネが感情のない寝ぼけまなこで喋ってくる。

「ルールは簡単。わたしに弾を一発でも当てればあなたの勝ちだ」

「おれの敗北条件は?」

「音を上げたらそこで終わり」

「確かに簡単明瞭だな」

 つづいて無線の周波数が自動で合わさり、片耳のイヤホンから少女の声が流れてきた。

『使用する弾種はなんでもいいぞ。好きなのを使え。わたしはアルマイト弾を装填する』

 言うなり姿を一瞬で消した。おれは目を丸くしてマイクに声を送った。

「おまえも空間転移が使えるのかよ」

『200メートル以内の近距離ならな。……では戦闘エリアを赤い光線で区切っておく。その範囲内でわたしに弾を当ててみろ。着弾以外に身体をタッチしてもOKだ』

「だが弾が当たりそうになったら今みたく消えるんじゃねえのか」

『そんなことはしない。約束しよう』

「よっしゃ」

 おれはすでに山に入ったであろうキルネを追いかけ、道なき道の自然のなかへと飛び込む。

 草木の香りただよう林に入ると、太陽が沈みかけていることであたりは森閑とした薄闇の世界であった。

 時おり獣の醜悪な鳴き声が聞こえてくる。どうやらこの山にも魔獣がいるらしい。キルネとの一対一の戦いであれど余計な横やりが入る可能性がありそうだ。

 おれは草や落枝を踏みつつ、レーザー光線の赤いラインをくぐり抜けた。この内側が先ほど言っていた戦闘エリアだろう。遠く伸びた先でゆるく屈折しているのが見える。

 周囲を警戒しながらなるべく音を立てないよう慎重に歩いた。頭に装着した暗視スコープはまだ下げなくてもよさそうだ。

 いくらか進んだあと、キルネの狙撃ポイントを探すため、しゃがんで樹木をひとつずつ眺めていった。

 勾配をたどった斜面の上に稜線を発見した。距離は約120m。少女はあのあたりで匍匐状態になり、こっちを捕捉しているのかも知れない……。

 よって倍率を上げたレールガンを寄せ、木陰からスコープを覗いた。目を凝らして稜線をじっくりとなぞっていく。

 突如、肩に手が乗った。あわてて身を反転した。

「うおっ!」

 キルネの小顔が間近にあった。驚いて尻もちをつきそうになったがすぐに立ち上がった。

「おまえ、いつの間に!」

「はい。あなたは死にました。ゲームを続けますか? イエスかノーで答えましょう」

 少女が淡々とした声音で喋ってくる。おれはすぐさま返答した。

「イエスかノー!」

「??」

「いや。軽いジョークだ。まだ1キルだぜ。このくらいで音を上げるわけねえだろ」

「その調子。では再開」

 刹那、少女の銃が至近距離で火を吹く。おれは顔面に爆風と火薬の粉をぶわりと浴びた。めくれていた肩パットが被弾してうしろへ飛んでいった。

「……」

 キーンと耳鳴りを感じて苛立ちを覚えるも、冷静な態度で少女に伝える。

「ほう。なかなか味な真似をしてくれるじゃねえか」

「いわゆる隙アリってところだな。戦の場で油断することは命取りになるから要注意だ」

「なるほど。……いいね。気に入ったよ。ガチ兵士のありがたいお言葉ってわけだな。こいつは胸がシビれてきたぜ」

 セリフをつむいだ矢先、レールガンを上げてトリガーを引こうとした。だが即座に銃床でガツンと防がれる。

「なっ!!」

「……おや、どうした? いきなり」

 不意打ちはあっさりと阻止されてしまった。おれは呆気にとられ、銃床が離れたあとも身動きする気になれなかった。

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