前科の集落
相田将
前科の集落
鈴木達也(38)はとある詐欺罪で
懲役12年の実刑が下されていた。
しかしそんな長かった拘束期間も
今日で終わりを迎え、達也は外へと足を踏み出した。
だが達也は解放感と共に虚しさを感じた。
なぜなら達也は小さな頃に両親を亡くして以来
天涯孤独の身だった。
この先どうしたものかと考えていると
後ろから声をかけられた。
その声の主は垂れ目で恵比寿の様な顔をしている達也の事を何かと気にかけてくれていた看守だった。
看守は作った表情なのか自然な表情なのか
分からない笑みを浮かべて達也へと近づいた。
「今日はもう終わりでな、ドライブ行くか?」
いきなりの事に達也は驚いたが少し嬉しかった。
達也は何も言わずに頷き看守の車へと向かう。
看守は達也と歩き出してから車を発進するまで
無言だったが1km走った所で口を開いた。
「鈴木、お前宛はあるのか?」
達也は看守が自分が天涯孤独だと知っているからこの先どうするのか聞くために
ドライブに誘ったのだと悟った。
「いえ、ありません」
そう答えた達也に看守は
「やはりな、仕事はどうする」
と質問を続けた。
達也はその質問にも同じトーンで
「分かりません」
と答えた。
「まあ、前科者にとって今は生き辛い時代だからな。どこを歩いても顔は刺されるし仕事もろくに見つからないだろう」
看守は達也の口数を減らしている原因を
ズバッと口にした。
達也は、そうですねと言葉を返したが
それ以上会話は続かなかった。
車内で沈黙が10分程度経った頃
看守が奇妙な単語を口にした。
「鈴木、おまえ『前科の集落』って知ってるか?」
前科の集落?なんだそれはと達也は思い
「なんですそれ?」と簡単に答えた。
すると看守は
「今から独り言を喋るから気にしないでくれ」
と前科の集落と思わしき情報を
ベラベラと独り喋り出した。
どうやらその集落は
達也が12年間拘束されたていた
刑務所と同じN県にあり
人里離れた場所にあるそうで。
人口は20人、集落の広さは
20人には広すぎる程とのこと。
その集落では毎日与えられた仕事を
8時間すると国のとある機関から
給料がでるらしい。
仕事内容は小遣い稼ぎでやりそうな
内職の様な仕事を
住民のそれぞれに振り分けられる。
給料は月で15万円。
仕事内容を考えると破格である。
他にもプラスの仕事として農作業などを
進んでやるものもいる。
給料や仕事を運んでくるのは
月に一度だけ集落に訪れる
誰も名前も知らないどこかの役員。
家は古い民家を住民に支給され
家賃は使った分の電気代水道代だけらしい。
20人が使っている民家を除いても
なぜか空き家がたくさんあるとのこと。
買い物をする際には集落に一つだけある
スーパーを利用し
病院やコンビニなどに行きたい際は
集落から出て2kmほど離れた所まで
行かないといけないらしい。
集落外に出るのは勿論自由。
お金を満足するまで稼いだら
集落を出て企業したり
田舎でこっそり暮らすのもOK。
達也はここまで話を聞いて
今の自分にもってこいの環境だと思い
看守につい声をかけた。
「そんな良い集落があって
なぜ20人しか住んで無いんだ?」
看守はニヤッと笑った。
そして看守は説明を続けた。
その村には変わった所があり
集落にテレビもなければ
新聞もラジオもない。
集落外に出て得た情報は
絶対に他の住民にバラしてはいけない。
情報を漏らした事が役員にバレれば
強制的に集落から追放されるという。
さらに一度集落から追放されると
二度と住民には戻れない。
またこの集落で起きた事は法律が適用されない。これを聞くと一見怖そうなルールだが
殺人も暴力事件も起きた事はないという。
そして極め付けは集落の住民になる条件。
それは
「前科者であること?」
看守が言うより先に達也が言い当ててみせた。
達也は、ここまで情報を得て分からない程
馬鹿では無いと自負していた。
看守は話が早くて助かると言い
もう一つルールがあると言い加えた。
「住民が何をして前科者になったかは
知ってはいけない」
だから情報を遮断しているのかと
達也は納得した。
「俺は実は役員でな」
急な看守のカミングアウトに達也は
驚愕した。
「役員はうちの刑務所の看守がやるんだ」
と看守は続けた。
達也がいろいろ思考しているうちに
看守は単刀直入に達也に質問を
投げかけた。
「鈴木、『前科の集落』に住んでみるか?」
達也はその質問がくると予想していたのか
即答で住みますと答えた。
自分の過去がバレずに普通に仕事が出来て
衣食住もあり、お金が貯まれば
企業するつもりでいた。
達也は詐欺師だった事もあり
口の上手さや計画性には自信があった。
「分かった」
看守が言うと
車のナビの目的地を変更した。
目的地まで2時間20分と書いてある。
集落に着くまでの車内で
達也は看守から服の買い方や仕事の内容を
細かく聞いていた。
さらに達也が住民になる事は集落の長的存在の
人間に伝えてあると看守は言った。
そして達也はある質問を投げかける
「あんたは住民全員の犯罪歴を知ってるのか」
その質問に看守は
知っているが守秘義務だから
教えられないと答えた。
勿論教えてくれるとは
思わなかったが少しは淡い期待をしていた。
そして車を走らす事
約2時間20分ほぼナビ通りの時間。
集落手前で車が停まった。
荷物を車から下ろし外に出ると
看守は車の中から
「もう変な気は起こすなよ」
とそう言い放ち
車をUターンし帰っていった。
その車を見送りながら達也は頭を下げた。
達也は早速集落の長が働いてるという
スーパーまで向かった。
たしかに20人が住む分には広すぎると
達也はスーパーに向かう途中で
しみじみと感じた。
スーパーに着くと達也は外装を見回した。
感じた印象は昔ながらの
ボロっちい駄菓子屋だった。
達也は中へこんにちはと
挨拶しながら入り
長を探した。
スーパーの端っこで長らしき
老人が品出しをしていた。
達也がこんにちはと後ろから挨拶すると
長と思わしき老人は
立ち上がり猫背の状態で
達也の方へと振り向いた。
「君が鈴木達也君ね、よろしく」
私は田中みのる
と老人は名乗った。
年齢は72歳だという。
皆んな、みのるさんて呼んでるから
気軽にそう呼んでくれと
みのるからの願いに達也は
わかりましたと答えた。
少しの与太話を終えると
みのるが村の案内と住民を紹介すると
店に休憩中の看板を下げ
達也と歩き出した。
まずは荷物を置いてこいと言われ
達也の家となる場所を紹介された。
良くも悪くも普通の民家だか
住む分には全く問題がなさそうだった。
そして荷物を下ろし着替え終わった
達也はみのると共に歩き出した。
みのるが次々と民家で仕事中の
住民を紹介してくれ
中には同世代ぽい男がおり
その男とはすぐに打ち解けた。
住民の中には手の指が無かったり
強面で顔に傷があったりと
何となく何を犯したか
推測出来そうな者もいた。
村の全員から、みのるさんは信頼できる人だから何かあると相談すると良いよと言われ
意外にも皆んな優しそうで
住みやすそうだと感じた。
そして全員分の紹介が終わると
日が暮れていて
みのるは今晩は私の家でご飯を
食べるかい?と達也を誘った。
達也は是非と返事した。
達也はそのままみのるの家に向かい
共に鍋を囲んだ。
暖かい空間に達也は涙が出そうになった。
食事を進めていく中で
酒に酔っていたのか老人はある話を切り出した。
「わたしは危険運転致傷罪でな
近所の子に重傷を負わせた。
10年間捕まっていたよ」
話して良いのか?と達也は思い
みのるに聞き返した。
「言って大丈夫なんですか?」
するとみのるは
「わたしたちだけの話にして
役員にバレなきゃ何の問題もない」
と笑いながら話した。
「鈴木君は何をしたのかね?いや別に答えなくても良い」
みのるの言葉に真実を話そうとしたが
達也は嘘をついた。
「僕は暴行罪でついカッとなってしまって
友人に重傷を負わせ5年間服役しました」
達也の虚言にみのるは
そうかと目を閉じ頷いた。
達也は逆に質問で返した。
「みのるさんは何故この村に?」
みのるは少し間をおいて
「会社の社長だったもんで金銭面の問題は無かったが孫娘に合わす顔がなくてな。
怖くて逃げてる臆病者なんだ」
と悲しげな表情でみのるは語るが
達也の表情は悲しそうでも頭の中は違った。
このじいさんの名前を使って
残された家族を上手く騙せば
こんな所で長く暮らさなくても
大金をすぐ手に入れてゆっくり
暮らせるのでは?
と考えていた。
達也は根っからの詐欺師なのである。
そこから達也は計画を練り
みのると心の距離を近づける為に
何ヶ月もかけてスーパーに訪れては
たまに鍋を囲んで食事をした。
もうすっかりと村の住民とも仲良くなり
強面の顔に傷があるお兄さんとも
仲良くなっていた頃
達也は決心した。
今日みのるから実家の住所を聞き出すと。
達也は今日もスーパーを訪れ
みのるを食事に誘った。
今日は自分の奢りだと達也は酒を用意し
鍋を囲み、みのるを酔わせた。
達也は上手く会話を誘導し
自分の実家ともしかしたら近いかも!
などと嘘を吐き
見事みのるから実家の住所を書き出した。
住所を見る限りここからそう遠くはなく
2時間もあればつく。
達也は残すは実家まで行って
みのるの名前を使い金を大量に
騙し取るだけだと考えていたが
突然みのるから思いもよらぬ
提案がきた。
「この通帳を私の変わりに孫娘に届けてほしい
この村で貯めた分だ。1000万ある。」
馬鹿かこのじいさんはと達也は思った。
しかし、みのるは話を続けた
「君を信じてない訳ではないがこれを渡し終えるまで君の通帳を預からせてくれ」
達也の村で貯めた貯金は60万程だったが
それを捨ててでも
得るものが大きいと
達也は本物の孫の様な笑顔で
みのるに、勿論だよきっちりお孫さんに
渡してくるよと返答した。
そして最後の宴は終わり
達也は次の日の朝には
住民終了届けをみのるの家のポストに入れ
住民を辞め村を後にした。
コンビニにたどり着くまでの2kmの
道のりで歩きながら達也は計画を練った。
まずは本当に1000万の通帳は家族に渡し
みのるから会社で自分の変わりとして
働くように言われたと騙り
お金の管理ができるまで信頼を着実に掴み
億単位のお金を横領して
のどかな田舎でゆっくり暮らす算段だった。
そしてコンビニにタクシーを呼び
教えられた住所まで向かうことにした。
タクシー代はみのるから預かっていた。
目的地に着くまでの2時間で
達也は計画を練り直そうと考えた。
12年も捕まり、だいぶ鈍っていたもので
先程考えていた計画はあまりにも
稚拙だった。
実家に着いてからの計画を
丁寧に練り直し終えるとあっという間に
目的地へと着いた。
降りたそこには
廃れた工場跡があった。
こんな所で会社をやっているだと?
冗談だろと達也がブツブツ言いながら
歩いていくと
そこには垂れ目の恵比寿の様な顔の
看守の姿があった。
「なんであんたがここに!」
達也が早足で看守へと近づく。
「律儀に村の長から昨日の深夜に
連絡があってな」
達也の頭はまだ話に追いつかない。
なぜ看守が?そもそも会社は?
混乱する達也に看守が
言葉を投げかける。
「通帳か何かを預かってないか?」
達也は何故知ってると思いながらも
バッグからおもむろに通帳を取り出した。
「それを預かる保険に何を渡した?」
何故ここまでこの看守は
お見通しなのだと思ったが
達也は全く話の見えてこない現状の
全貌を知る為に看守の質問に答えた。
「自分の60万入った通帳を保険として渡した」
すると看守はハァーと
頭をガクリと落とし
達也に信じられない言葉を放った。
「これで35回目だ、その通帳も偽物だぞ」
何となく話が見えた所で達也は
かつての自分の被害者のように肩を落とし
看守に確認した
「あの爺さん詐欺師なんだな?」
呆れた顔をした看守は答えた
「集落の全員が詐欺師だよ」
前科の集落 相田将 @cocoamei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます