タクシーは今日も走る
空色
第1話 面白いですね
新宿の輝いた街並みから外れた小さなオフィスの時計は23時を指していた。昼間の賑わいとは一変した夜の静寂に町全体は包まれていた。オフィスの照明はとうの昔に消され唯一の明かりは処理に追われ機械音を立てる型落ちしたPCのみだった。仕事の内容は年末ということもありは仕上げだけであった、何とか日付の変わる前に残業を終わらせられた。終電の時間を気にしながら速足で駅へと向かう。駅からオフィスは少し距離があるため間に合うか怪しかったがいつもの終電には十分乗れる時間だ。安堵し改札を通ろうとするが駅員に声をかけられる。皺の増え始めた顔をした駅員で年はおそらく50代くらいだろうと思えた。
「12月31日は終電の時間は普段より時短して運航しているとお知らせしております」
おそらく自分のような人間に何度も説明しているのだろう。駅員はうんざりしたようにそう短く伝えると戻っていった。
確かに今日出社の時にホームで声掛けをしていた気もするが頭は仕事でいっぱいであった。少し高くつくがタクシーを呼ぼうと思いスマホを取り出す。一日使いっぱなしであった、スマホはもう動かなくなっていた。新年を自宅で迎えられないのは不服ではあるが、しかたなくネカフェかホテルを探すため駅の階段を下りる。
階段を下りた際に私の目に真っ先に入ってきたのは空車の文字であった。最後くらいいいことがあるじゃないかとタクシーに近寄る。タクシーまであと数歩のところでタクシーのドアが開き、ドライバーが姿を現す。私はその姿をみて面食らった。下りてきた女性は女子高校生の制服を着ていた。
「乗りますか?」
落ち着いてはいるが通る声であった。
「え、あ、はいお願いします」
動揺している私はうまく答えられなかったが家に帰れるのならば何でもよかった。
彼女は運転席へとつくと後部座席のドアを開けた。私は言われるがままそのタクシーに乗り込む。車内にはメーターもなければ所属するタクシー会社も書いていなかった。もしかすると怪しい場所にでも連れていかれるのかもなどと考えている時に、前方から声がした彼女だ。
「運賃は一律5000円です。私と話してくだされば3000円、お客様の話が面白ければ無料とさせていただきます。よろしいですか」
話すだけで3000なら安く済ませられるし良心的ではあるが、より怪しさが増す説明ではあったがそこまで悪い条件ではなかった。それに面白い話をすれば無料に興味が湧いていた。彼女を大笑いさせればよいのだろうか、とてもお笑いが好きなようには見えないが。
「それでお願いします」
行先を伝えると彼女は行きますとだけ告げアクセルを踏んだ。
何から話せばよいのか考えているしばしの間静寂に進まれていた。そうだくたびれたサラリーマンと女子高生の格好をした運転手というこの奇妙な空間で最も気になる部分に触れればよいではないか。
「運転手さんはなぜそのような格好を?」
「似合うからです。かわいいでしょ?」
「ええとても似合ってはいますね」
確かによく似合ってはいた現役の学生なのかと思うほどに違和感はなく、整った顔立ちをしており肩にかかるほど伸びた黒い髪は非常に美しくとても魅力的であった。
「運転手さんはいまおいくつ何ですか」
「今年で22になりますね。ニチと呼んでく下さってかまいませんよ」
「ニチさんですね。私より若いのにこんな時間まで働いているなんてすごいですね」
「趣味みたいなものなのでさほど苦にはなりませんね」
「そうですか、仕事が楽しいなんて感じたこと私はありませんね。就職に失敗して何とか引っかかった今の会社で働いてはいますが馬車馬のように使われてますね」
「転職などはなさらないんですか?」
「何度か挑戦してはみたのですが、私の学歴では厳しくて気が付けば転職サイトも開かなくなっていました」
「そうですか。ずいぶんと苦労されているようですね」
「同僚はみな気づけばやめていき、上司は仕事を押し付けて会社の金で遊んでいる間私は1人残業をする毎日ですよ。もう人生どうにでもなれって感じですよ」
こんな風に自分の近況を誰かに話すのはいつぶりだろう。今まで誰かに話す機会なんてなくて、親にも彼女にすら言えず、疎遠になっていたのになぜニチさんには話せたのか自分でも不思議だった。
「お客さん面白いですね。この後少し飲みませんか」
「いやいや自分の身になると微塵も面白くないですよ」
急な誘いに驚きながらもニチさんともっと話したいと思っている自分がいることに気づいた。きっと久しぶりにまともに人と話せることに喜びを感じていのだろう。
単純な人間だと自分でも笑えてきた。
「いいですね。でもこの時間にまだやっているお店ありますかね」
「お客さんの家でいいじゃないですか。だってこれから帰るんですから」
家の状況を思い出してみることにした。必要最低限しか家で過ごさないためそこまで散らかってはいない。しかし飲むとなると家には何かあっただろうか、冷蔵庫なんてしばらく開けた記憶がなかった。ほとんどコンビニで済ませてしまうため料理はご無沙汰だ。
「途中でコンビニによってお酒を買ってから帰りましょう」
「わかりました。遠回りになりますけどよろしいですか?」
「ええ、大丈夫です」
コンビニに駐車し二人で店内へと向かう。自動ドアが開くと聞きなれた店内BGMが流れている。店内の時計は0時を回っていることをしめす。そうか去年は終わったのか。
「どれにしますか?」
ニチさんの声で無駄に扉の思い冷蔵庫に目を戻す。昔1人で飲んでいたころは安酒ばかりを吐くほど飲んでいた。こんな時くらい奮発してもいいだろう、特に金を使う予定もないし。
「これにしましょうか。新年一発目ですしね」
そう言ってコンビニにあるビールの中で一番高いものを数本手に取りレジへと向かった。その時気づいたがこの組み合わせは通報されないだろうか。スーツをきた男性と女子高生姿の娘が深夜のコンビニに酒を買いに来る。私が店員ならば真っ先に疑ってしまうだろう。不安になりながらレジへ行くとやる気のなさそうな大学生くらいの男の子が奥から出てきた。特に何も聞かれずに会計を済ませられた。コンビニの夜勤などいちいち気にしていたらやっていられないのだろう。
「すいません。奢っていただいてしまって」
「すこしくらいカッコつけさせてください」
「お客さんの容姿は他の方より優れているとおもいますよ」
「それはうれしい」
すこしニチさんとの距離が縮まり、家までの道のりではニチさんの話を少し聞いた。彼氏はおらず、今は大学を中退しモデルの仕事の合間にタクシーをしているそうだ。親からはフラフラせずにふらふらせずにお見合いをしろと言われており実家に帰るのは億劫だそうだ。
「そこを曲がれば家です」
自宅のマンションの駐車場に止めてもらうようにお願いする。家に帰ることは人と一緒というだけでこんなにも幸せだったろうか。所々ペンキのはがれた手すりをつかみながら階段を上る。排水のための溝は一度も掃除されていないのだろう、どぶのように淀んでいた。玄関のドアを開けるとさびた金属のこすれる音が夜中だからかやけにうるさく聞こえた。
ワンルームの簡単なつくりをしており、部屋の中央には床に座ることを想定した低めの机が用意されていた。生活感がなく、部屋にある物のもののほとんどは最近使用された形跡はなかった。
「適当にくつろいでください。今グラスを持ってきますね」
「お構いなく、缶のままでかまいませんよ。早く飲みましょう」
「ぬるくなる前に飲みましょうか」
仕事の後のビールは体にしみる。
「私も少し前までは彼女がいたんですよ。ただ休日返上で働いているうちに彼女と過ごせる時間が無くなっていってこの間愛想をつかされて別れを告げられましたよ。何もいえませんでした。でも仕方ないじゃないですか。仕事なんですから」
「お客さんは必至に働いていたのに冷たいですね。それはさぞ寂しいでしょうね」
「もうここ最近は女性とかかわる場所は仕事場しかありませんからね。寂しいですよそりゃ」
「なら私を抱きますか?」
「え、何を言っているんですか?」
彼は驚いた顔をしてこちらを見ていた。それから少し悩んだ後私の体をじっくりと見てこんな機会を逃すのはもったいないと感じたのか。
「いいんですか。知りませんよ」
「かまいませんよ」
彼しか使っていない男性の匂いの強い寝床に横たわる。彼は急いで私の後についていき私の服を脱がしキスをする。彼のものをズボン越しで触る。我慢できなくなったのか彼は自らまとっていたくたびれたスーツを脱ぎ捨てた。彼の生気を優しく手で包むと彼の端正な顔にはゆるみが見えた。彼の体は昔は活躍していたであろうかろうじて残った筋肉がある以外は痩せこけみすぼらしかった。彼はスーツを着ていることでごまかしていたのだろう。
「もう我慢できねえ。早くやらせろよ」
強引に私の残った制服を脱がし、体など見ることなく彼の興味は穴だけであった。彼の両手が肩に伸び力強く押し倒す。前戯などなく自分勝手なものだ。彼は最後に私の首をつかみ圧をかけ、別の女の名前を呼んだ。
「満足されましたか」
「すみません。酔った勢いで」
「かまいませんよ。学歴のせいにし転職を諦め、自分が上司になるという向上心もなく、昔の女を忘れられない、気持ちが昂ると矯正した口調は戻るそんな情けない貴方を見れましたから。すべてに理由をつけてなにもかも楽な方へと逃げる。見ず知らずの女を自宅あげてオスとしての優越感に浸る。とても面白かったです。お代は無料でいいですよ。おやすみなさい」
「明日起きる理由は何だろう」
カーテンを開ける、夜はまだ明けない。
タクシーは今日も走る 空色 @nagisanagisa
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