天使No.

沙英

天使No.


 「夜分に失礼いたします。あなたの時間いのちが残りあと一週間であることをお伝えに参りました。」

 12時少し過ぎ、ベットの上で見慣れた病室の天井を眺めていた私の耳元に突然若い男の声が降ってきた。声のした方に顔を向けると、シワ一つない小綺麗な黒のスーツを身に纏った細身で長身の男がこちらを見下ろしていた。特に驚かなかった、私は末期がん患者であり、察しはついていたからだ。切れ長の目に、少しこけている頬、どこかで見たことのあるような顔立ちの男は不思議なことに自信のある新商品を売り込むセールスマンの様にも、何か大きな組織に囚われ渋々と業務をこなす労働者の様にも見えた。前者か、いや後者かどちらかと私が考え込んでいると、沈黙に耐え切れなかったのか男が切り出した。

 「不思議な方ですね、怖くないのですか?大抵の方は悲鳴を上げたり、中には驚いて気を失う方もいらっしゃるのに。」

 男は微笑みながら穏やかな口調でそう言った。そりゃあ多少なりとも驚きはあった。が、死期が近くなると幻覚を見るとか、死神が死の宣告にやってくるとか、80年近くも生きていれば毎夏にこの手の話はいやというほど耳にする。無論信じてはいなかったがこうして目の前でそれが起こっているのだから信じざるを得ない、これが現実で、自分がもうすぐ死ぬことも。すでに色々と諦めがついていたからすんなり受け入れられたのかもしれない。

 「あぁ、死期が近いとは薄々気づいていたんだ。こんな体だしな、特に驚きはしないさ。」

 「そうでしたか…。」

 「伝えたいことはそれだけかい?宣告をどうもありがとう。では、残りの人生を楽しむために私はもう寝るとするよ。」

 この男が現れたことで眠気はとっくにどこかへいったが、長居されるのも嫌だったためそう返し元の位置に顔を戻そうとした時、男はこういった。

 「私があなたのもとへ現れた一番の理由はそれだけではないのです。あなたは天国行きが確定しております。そこでです、あなたの人生のエンドロールに列挙する人物をお選びいただきたくて、この場に伺いました。」

 「はぁ?…どういうことだ?」

 天国に行けるということ、そして思いもよらないエンドロールという単語に目が点になりながら聞き返した。

 「今、少し驚きましたね。…ふふっ、無理もありません。皆様そうですから。では詳しくご説明させていただきます。」

 先ほどと同じように微笑みながら、でもより穏やかな口調でエンドロールについて男は話し始めた。どうやら聞くところによると、天国では人生をまるで一本の映画の様にし、何度でも自身の人生を振り返ることが出来る。これは天国行きが確定した者にのみ与えられ、自分のだけでなく、すべての者たちのそれを観ることができ、天国で娯楽の一つとされているそうだ。人生のハイライトをまとめた一つの「作品」、そのエンドロールに誰の名前を列挙するか決めて欲しいとのことだった。家族は勿論のこと、友人、恩師、尊敬する偉人なんかも可、とにかく私の人生において大きな影響を与えた人達を選んでほしい、そう言われた。

 「何人でも構いません。この一週間でじっくりお考えの上、お選びください。といっても昔のことを事細かに思い出すというのは難しいことでございます。そこで私の出番です。あなたがどうしても思い出したいのに思い出せない事柄や、人物を変わってお調べします。お気づきではあるかと思いますが、私はこの世の者ではありません。それ故にあなたの記憶の中へ入りこむことも、過去へ行くことも容易い御用です。何なりと私にお申し付けください。必ずお役に立ってみせます。」

 力強い声で男はこう続けた。

 「一緒に最高のエンドロールを作りましょう!」



「ありがとう…きみの、おかげで、ゴボッ、ゴホッ、最高のエンドロールが完成したよ。…きみがいてくれたから、忘れてはいけないひとたち、できごと、大切なあのひのことを思いだすことが、できた。ありがとう。ありがとう…。本当に。このいっしゅうかん、とてもじゅうじつ、していたんだ。なつかしくて、あたたかいきもちになれたんだ。すべてきみのおかげだよ。ゴホッゴホッ、。」

「…どうかご無理さらず。お力になれたのなら何よりです。」

命尽きるまであと10分程だろうか。それでも感謝を彼に伝えなくては。力を振り絞って声を出し続けた

「きみをさいしょにみたとき、しにがみとかあくまとか、そういう、ものだと、おもっていたんだ、すまないね…。ゴホッ、でも、いまはちがう。けんしんてきで、まるで、天使のようだった。もし、きみがよければ、ゴホッ、なまえをおしえてくれないか。きみのことを、エンドロールに、のせたいんだ。」


「いいんですか!!!ありがとうございます!!!!なんて嬉しいお言葉!!!!!」

今まで、といってもこの一週間という短い時間だが、その中でも聞いたことのない、気分が高揚している事がすぐに分かる程に甲高い声だった。まさかそんなによろこんで貰えるとは。

 「しかしながら、以前お話したように私はこの世の者でも、ましてや天使でもありません。…異端の存在なのです。名前などもちろんありません。強いて言うならば…せんにひゃくご…。No.1205と、呼ばれております。」

 「そうか…わかった。ありがとう、ではそのすうじのまえに天使とつけさせてくれ。天使No.1205というのは、ゴホッ、どう、かな。」

 「なんと!素敵ですね!!!ありがとうございます!では付け加えさせていただきます。」

 「あぁ。…ありがとう。せわになったね。」

 意識が朦朧とする。そうか、名前などないのか。数字で呼ばれているなんて、囚人みたいだな。いや、この期に及んでとても失礼なことを考えしまった。あぁ、あと1分か、謝る気力もない。心の中ですまないねと唱え、瞼を閉じる。天国行きが確定しているんだ、死んだ後でも時間はたっぷりある。幸いなことに先に旅立った妻も天国にいると彼が教えてくれた。そこで彼の話をしよう。そして一緒にお互いの「作品」を鑑賞し合おう。遠くで彼の声が聞こえた。 

 「ごゆっくりお休みくださいませ。では、」

 あぁ、ありがとう。






 「No.1205、任務遂行ご苦労だったな。」

 「閻魔様!とんでもございません!責務を全うしたまでです!」

 「今回もエンドロールに名前が、いや、数字を入れたようだな。これで5006人目か。」

 「はい!…あの、失礼を承知でお聞きましますが、あと何人のエンドロールに載れば、天国へ行けるのでしょうか?具体的な数字を、」

 「はぁ…お前は口を開くたびにそれだな。自分が犯した罪を忘れたのか?指名手配までされた通り魔殺人犯さんよぉ?その様子だと、今回もその顔に気づかれなかったかようだな。なぁ、何人の尊い命を、人生を奪った?お前は生きている間にその罪を償いきれなかった。死刑など生ぬるいもんだ。死後も尚、働くのだ、天国へ行く善人の方々のために。それがお前に唯一残された罪償いだ。ありがたいと思え。…確かにお前の成績はトップだ。しかしながら、いつ天国に行けるか、いつ開放されるかそれしか頭の中にない事が丸わかりなんだよ、馬鹿が。」

 「なっ、そんなことはございません!私は後悔しているのです。だからこうしてっ、」

 「だまれ!そうだな、あと1万人、いや10万人としようか。ふっ、とにかくしばらく天国へ行けることはないだろう。罪と向き合い職務を全うしろ。言えることはそれだけだ。さぁ、去れ。次の職場へ向かえ。」



 「畜生!なんなんだよ!威張りやがって、イライラする。あーあ、せっかく死にかけのジジイにこんなにも尽くしてやったのによォ。まだかよ、くそっ。もっと適当にやっときゃよかったなぁ、注文が多いんだよ。ったく…。にしても、最後あのジジイ俺の事を天使とか言ってたな。ははっ、あの数字は生前の囚人番号だというのに、『天使No.』とは滑稽な呼ばれ方されたもんだ。はははっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使No. 沙英 @sae_17

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ