三億円擬人化小説
@rei_255
第1話
三億円当たった。
さっき銀行で通帳を確認したら、本当に入っていた。下ろせるだけ下ろしてきた。
「狭い部屋だね。窮屈じゃないの?」
家に着いてすぐ、三億円が言った。
「風呂場はもっと窮屈だぞ」
「うへぇ」
三億円とちゃぶ台を囲み、スーパーで大量に買ってきたパックの寿司をその上に広げた。全部置けないうちに、ちゃぶ台の上は一杯になった。
「いただきます」
手を合わせ、さっそくマグロから戴く。非常に美味だ。寿司なんて食べるの、いつ以来だろう。
「美味しそうに食べてるけどさ、スーパーの安いお寿司なんかで本当に良かったの?」
「良いよ。ビールもあるし」
ビニール袋から缶を取り出し、半分ほどゴクゴク喉に流し込んだ。ハァっと息が零れる。
「最っ高に贅沢だ」
「なら良いけどさ」
……いささか買い過ぎた。全部食べ終わる頃にはお腹がパンパンに膨れていた。
「苦しいなら無理せず残せば良かったのに」
「その日に食べないと味が落ちるしな。それにおれの家の冷蔵庫って小さいから」
「不便なら買い換えた方が良いよ」
「特に不便とも感じてなかったけど、検討してみるよ。――さて」
おれは起き上がり、三億円の肩を掴んで引き寄せた。
「……帯はそのままが助かるかな」
三億円が含んだ微笑みを浮かべる。
「少しくらい良いだろ」
「あっ、ちょっと」
「はっはっは」
もうっ、と頬を膨らませる三億円を連れ、風呂場に向かった。
襟だけ緩めて、服は特に脱がないことにする。それくらいの遠慮は必要だろう。
おれは湯の張っていない浴槽に三億円を入れ、後から入った。
「結構、変態だよね」
三億円が悪戯っぽく笑う。
少し恥ずかしくなった。一緒に持ってきていたビールを一口啜った。
「子供のときに見たアニメか何かの影響なんだろうけど、お金持ちって札束のお風呂に浸かってワインとかあおってるイメージなんだよな。折角だしやってみたくて」
「絶対悪役だったでしょ、そいつ」
「そういえば」
三億円とひとしきり笑った。状況にまるでそぐわない、素直で愉快な笑いだった。
「楽しい?」
三億円が聞いてくる。
「楽しいと思う」おれは答えた。「……でも落ち着かないな。思い付きでこんなことしちゃってるけど、やっぱりほら、お前があんまりすごいから」
何よそれ、と三億円ははにかんだ。
一旦出た後、湯を張って風呂に入り直した。今までシャワーで済ましてきたから、湯に浸かるのは何気に久々だった。やはり良い。体の疲れがしみ出ていくような感じがする。
居間に戻り、借りてきていたビデオを三億円と一緒に観た。ゾンビと銃と金髪の美女が出てくる洋画だった。パッケージで選んだ作品だったが、中々面白かった。
映画が終わる頃には大分良い時間になっていた。
最初、三億円に寝てもらいその上に自分が寝てみるのも試したかったが、普通に不安定だし三億円に悪いので、この思い付きは流石に取り下げた。
普通に布団を敷き、その上に丸まって、三億円を抱き枕のように抱き寄せる。
電気を消した。
「――ねえ」
暗闇の中で、三億円が囁いてきた。
「わたしとお風呂に入ったり、一緒に布団で眠るのが、あなたのしたいことなの?」
「……」
おれは三億円をますます抱きしめた。
「……怖いんだ。お前を失うのが怖い。でも……」
おれは深く息を吐き出してから、思い切って言った。
「このまま虚しくなるのも、同じくらい怖い」
「大丈夫だよ」三億円は優しかった。「わたしはあなたの傍にいる。あなたの望みを叶えてあげられる」
「……君を守るよ」
おれは言った。
「駄目だよ」
けれど、三億円は悲し気に頭を振った。
「そんな風に思っては駄目」
「どうすれば良い?」
「それを考える時間が、あなたにはたくさんある」
一番幸運なのは、あなたがまだ若いこと。将来にまだまだ多くの時間が残されているということだよ――。
おれは瞼を閉じ、そのことの意味についてじっと考えた。
「分かった」
おれは言った。
「探してみるよ。どうしたら、自分は幸せかを」
「とても良いと思う。折角だもん。幸せになろう」
「……幸せになろう」
約束とも宣言ともつかない言葉を三億円と交わし、おれは眠りについた。
きっと大丈夫。
考えよう。幸せとは、何かを。
三億円擬人化小説 @rei_255
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