異端童話

 わたしの近所の森ではよく人が死ぬ。


 なんでかと言うと、森には人ごろしがすきなお化けが住んでるから。

 パパとママも、そのお化けが原因で死んじゃった。


 だからわたしは、お化けに会いに森へ行こうと思う。





「こんばんは。パパとママの復讐で来ました」


 ぼろぼろのおうち。錆びたうすい金属と、ごつごつした木を重ねただけの壁。

 わたしがドアを開けて入っていくと、お化けはたのしそうにあっはっはと笑った。


「ちいさいのに礼儀正しいお嬢さんだね」


 ぼうっと椅子にすわっていたお化けは、とてもきれいだった。

 ほっそりとした手足。つやつやとひかる唇。

 思わず心臓がどきどきした。


「それで、復讐とやらのために、きみはなにをしたいのかな?」

「あなたがパパとママを殺したの。わたしもあなたを殺してやりたい」

「人ちがいじゃないかな。私は好みにはうるさいよ」


 胸がぎゅうっといたくなる。


「うそ」

「嘘なもんか。私は男は選ばないよ。ママはともかく、パパに関してはまったくの冤罪だよ」


 心臓のどきどきが早くなる。いやな汗が出てきた。

 さっそく失敗しちゃった、わたしは情けなさと焦りでいっぱいになった。


 だって、知らなかったんだもん。お化けが女のひとしか選ばないなんて。

 こんなことなら、ママだけにしておけばよかった。


「なんでそんな嘘をついたの?」

「だって、」


 ああ、だめだ、嘘ってばれちゃってる。

 わたしは泣きたくなった。お化けの声はとてもやさしかった。


「だって、そうすれば、あなたの気を惹けると思ったの」

「私の?」

「あなたは、とてもきれいだから」


 ねむれない夜に、お庭からお化けの姿を目にしたことがある。

 泥だかひとだかわからないものでぐちゃぐちゃになって、お口の周りをまっかに光らせて。

 ほんとうにきれいだった。


 きれいなあなたが、わたしの心にずっと残って離れないの。

 オトナのことばを使うなら、ひとめぼれ、っていうのかも。


「ふふ、ちいさい子っていうのは、思いもしない気の惹き方をするんだねえ」


 お化けは微笑んだ。笑った。わたしを見て、笑ってくれた。


「でも、きみは早とちりをしているね。わたしはべつに殺しがすきなわけじゃないよ」

「そうなの?」


 そっか、勘ちがいだったんだ。わたしも同じことをすれば仲良くなれるとおもったのにな。


「じゃあなにがすきなの?」

「……ああ、残念だよ。きみがあともう十年歳をとっていたら」


 君自身のからだで、こと細かに説明してあげられたのに。お化けはちいさくそう付け足した。


「なんでいまのわたしじゃだめなの」

「私は好みにはうるさいんだ。特に食事には気を使いたいんだよ」

「じゃあ、待っててよ。きっと十年なんてすぐだから」


 むっとしてそう言ったけど、ほんとうはちょっとだけ不安だった。

 十年。とっても長い時間だとおもう。でも、それで今度こそお化けの気が惹けるなら。


「うーん。いいよ。たまには自家製に凝るのも楽しそうだし」

「ほんとう? 約束ね!」

「うん、約束するよ」


 わたしは小指をさし出した。約束といえば指切りげんまん、だ。ママとよくやっていたなあと思い出す。

 そう言うと、お化けは笑って、大人は薬指で約束をするんだよと教えてくれた。


「どうやるの?」

「一般的には金属の輪っかを使うんだけど、ここにはないから、」


 お化けがゆっくりとわたしの手を取った。お化けと触れあうのははじめてだった。

 どきどきが大きくなって、心臓が口から飛びだしそう。


 きれいな唇が、ゆっくりと手の甲に近づいていく。

 おとぎ話に出てくるようなキスが、薬指に降ってきた。

 いっかい。にかい。

 そして、お化けは、わたしの薬指をぜんぶ口の中に入れた。

 ちかちかと光ったのはするどい歯だったのかもしれない。わたしはすっかりのぼせていて、くらくらしているあいだにその瞬間はおわっていた。

 

 血が滲む。わたしのからだのなかにこんなにきれいなものが眠っていたなんて。

 薬指に、真っ赤な輪っかが出来ていた。

 わたしはうっとりとお化けを見つめた。

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キスで終わらす百合短編置き場 可惜夜アタ @atalayoata

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