【短編】ワクチンの副反応で異能発現!?

みやつば

心の宝の思い出

「40.3℃」


 機械音が鳴り響く部屋で俺はただ一人、深くため息をついた。

 3日連続で高熱だ。


 聞いていた副反応よりもずっとひどいな。ここ3日間39℃を下回ったことはない。人間は42℃まで達したら、死ぬと言われている。つまり、今の俺の状況は深刻だ。


 解熱剤だって飲んだし、冷却ジェルシートだって、おでこに貼ってるんだぞ!!


 なんで俺だけ、こんな目にあわなきゃいけないんだよ。最悪だ。


 ため息の感覚で、その言葉を吐き捨てた。


 最悪と言えば、せっかく副反応が終わった後の自分へのご褒美で、ケーキを買ったのに、もう消費期限過ぎちゃったじゃねぇーか。ちくしょー。

 息をするように愚痴を吐いている俺は、この副反応のことを誰かに聞いて欲しい。そのためにSNSを開いた。


 いつもの癖でトレンドをまず見る。

 ふーん。なんも、面白いことないな。いつも通り、そう流すつもりでいた。そうすることがルーティンであり、自分をどこか安心させる。

 だが、今日は違う。俺は思わず三度見した。トレンド1位の内容に。


 そこには、「ワクチン異物混入」という、文字が並ぶ。



 なんとなく、嫌な予感がした。



 これは、ノシーボ効果(プラシーボ効果の逆)だと思うが、さっきからめまいがする。

 それに、カラスの鳴き声が、いつもと違って自分に向けられている気もする。


 まあ、さすがに大丈夫でしょ。気のせいだよ。


 そう思って、その日はあたかも永遠の眠りにつくかのように深く眠った。




 翌朝

 小鳥の、音楽を奏でるような、心地のよいさえずりで俺は目覚めた。久しぶりに気持ちのいい朝だ。カーテンから漏れ出づる太陽の光が、俺に元気をくれる。


 体温計で熱を測らなくとも分かるくらい、元気だ。

 一応、体温を測ったが問題なし。体調も万全。


 よかった。心からホッとした。

 昨日の「ワクチン異物混入」の妙な他人じゃない感は気のせいだった。


 そう喜びながら、俺の胴体を包んでいるパジャマと下着を脱いだ時、気づいてしまった。


「な、な、なんだよ、この羽は!!」

 木がしっかりと土に根を張るように、鳥の羽のようなものが、自分の背中からしっかりと生えていた。しかも、わざわざ人間のサイズに合わせているのだろうか。羽を広げてみると、自分の体と同じくらい大きい。


 気持ち悪い。なんなんだよ。


 なんで、俺だけこんな目にあわなきゃいけないんだよ。


 とにかく夢中になって、その羽をむしり取ろうとした。しかし、少し引っ張ったところで、はっきり分かった。


 やはりこれは自分から生えているのだと。髪の毛を引っ張られるかのような、この痛みが確かにそう告げている。


 病院に行こうか。それとも、SNSに投稿する?いや、そんなことしたら、俺は研究の材料にでもされてしまうかもしれない。


 それは絶対に嫌だ。


 じゃあ、どうする?考えれば考えるほど、さっきまで嫌だったこの羽の有用性に気づいた。



 まずは、飛ぶ練習をしないと。


 俺は窓を開けて、一目散に、まばゆいほどの光に包まれた外へと飛び出した。


 あ、ヤバい。これは死ぬ。

 なんも考えないで、2階の窓から飛び出した先は川。

 こうなったら、一か八か。ホームランを決めるように、全身全霊を俺の背中に一極集中させて、羽を地面に向かって一振りする。


 するとどうだろうか。映像の場面が切り替わるように、眼前には、ふわふわと棚引く雲が広がっていた。


 わたがしみたいで美味しそうだな。って、え? ん? え? どこ?

 そんなことよりも寒すぎる。いわば、冬に冷たい手で触られるような寒さだ。だって、羽を出すために上半身裸で来たからね。

 つい先ほどまで、あんまり深く考えていなかったが、普通に変態じゃん。よくよく考えれば、俺は今、露出狂になっている。


 恥ずかしいけど、雲と同じくらいの高度なら誰も見ていない。

 それに、飛んでいれば、段々と体も暖まってくるだろう。

 なぜか、まだこのレッスンを続けたいかのように、自分を説得している俺氏。


 周りを見渡せば、ポツンポツンと鳥が何羽か点在しているだけ。でもそれは、物寂しいモノではなく、航空自衛隊のようにアクロバティックで賑やかなのだ。


_____



 何度も挑戦しても、上手くいかない。



 スケート選手が、リンクの上を自由に滑るように、鳥は空を滑空している。


 それに対して、初心者マークをつけた俺は、速さを制御できずに、鳥の横を、風を切るように通り過ぎてしまう。


 なかなか慣れない俺の周りには、気づいた時には鳥の大群が押し寄せていた。どこに行くにしても逃げられない、鳥かごのように俺を覆う。

 察するに、俺が通りすぎるたびに大きな風が起きてしまうことから、鳥達から反感をかってしまったようだ。


 どんな制裁を俺は受けることになるのか。下に落ちないように必死に羽を動かしながら、手で頭を守った。



「そうじゃない。勘違いだ」

「私達は、あなたを手助けしに来たのです」


 ん? なんだ? 今、人の声が聞こえたような。


 くちばしが漆を塗ったように黒光りしている鳥が、俺の肩の上に乗ってきた。そしてその鳥は、丁寧に手入れされた羽で俺の頭を撫でている。


 状況がまだ読み込めずにいる俺を見兼ねて、心の深淵に訴えかけてくるような優しい声で鳥は喋る。


「君はよく頑張った。すでに、君はコントロールできている。合格だ」


 俺はやっと理解した。鳥達は俺の飛ぶ練習のサポートをしてくれていたのだ。彼らは俺を大群で囲むことで、俺の身動きできる範囲を狭めた。そうすることで、俺は、じたばたして、何とかその場にとどまろうと奮闘する。その結果、微弱な力で飛ぶことを、俺に習得させていた。


 ん? 待てよ。当たり前のようにスルーしていたけど、何でこいつら喋ってんの?


「よく見たら、君は人間ですよね。なんで飛んでいるんですか?」

「それより俺の方が聞きたいわ!」


 鳥と打ち解けるなんて、今まで想像すらしたこともなかった。なのに、なんでだろう。話していて、すっごい楽しい。久しぶりに会った友だちと話しているような感覚だ。




 それから俺は、すっかりこの生活に慣れ親しんだ。時々、会社に遅刻しそうになっても、電車より速いスピードで飛んで間に合うから、便利すぎる。それに、俺の出せる10%の力で、風力発電機に向かって風を起こすと、ハンドスピナーが回るように、プロペラが早く回転した。社会貢献まで、できちゃう優れもの。


 たしかに、誰かにこの羽のことを見られないようにするのは大変だけど。服を畳むように、羽をしまえば、「少し太った?」 と言われるくらいで済む。それが、最近の悩みの種なのですが......


 でも、自分以外の誰も味わえない、この飛行体験が、どんな名作のゲームよりも面白い。


 だから、この生活をずっと続けていきたい。そう思っていたんだ。




 だが、ある日。大陸のような大きさの雨雲がやってきた。


「この後、夕方にかけて、関東に前線が停滞し、非常に激しい雨が降るおそれがあります。低い土地の浸水や河川の増水に警戒してください。

 また、現在の静岡県の情報です。静岡県の〇〇市では、警戒レベルで最も高いレベル5が出されています。近くの建物や自宅の2階以上、また斜面から離れた場所など周囲の状況を確認し、命の助かる可能性の高い行動をとるようお願いします。

 氾濫危険水位を超えている川も複数あります。また、先ほどの〇〇市では、住宅一棟が流されたという情報が入っているということで確認を進めています。」


 自分が住んでいるのは、東京都S区だ。

 気象に関して詳しくない自分でも今回の豪雨のヤバさは分かる。

 さっきの住宅一棟が流されている映像なんかは、この豪雨の悲惨で、なおかつ無情さを映し出していた。

 災害は人の感情に反してやってくると。




 さっきのニュースを見てから、1時間程しただろうか。パラパラと雨が降り始めた。

 最初のうちは小気味良い音を奏でていたが、次第に全ての雑音をかき消した。


 部屋の中でニュースキャスターの冷静で、でもどこか他人事のような声が響いている。


 俺の家は河川に近い。

 まだ氾濫危険水位までは達していない。だが、過去に何度も氾濫を起こしているその川は、いくら言っても聞かない子供のように、今夜もきっと氾濫を起こすのだろう。



 だから、雨が今よりも激しくなる前に、俺は近くの高台にある小学校に避難した。懐かしの我が母校だ。

 校舎はこの雨で洗われたのか、未だに純白だ。しかし、校舎の白にコントラストを描くように、黒い空である。


 体育館に避難すると、もうたくさんの顔見知りがすでに目白押しだ。

 それと、消防隊も何人かいた。



 避難所は、久しぶりの挨拶をすることも場違いな程、静か。自然と、空模様を体育館の屋根に当たる雨音から想像することで、俺は退屈しのぎをしている。


 少し前から、鼓膜を破るような雨音の中に、うっすらヘリコプターの音がする。


 やっぱ、ヘリコプターが必要な程に雨が降っているのか。じゃあ、1階の部屋は絶対死んだじゃん。安いという理由だけで川沿いの家を選んだ自分を悔やんだ。


_____



 そろそろ、雨もピークになってきた時、ある女性が消防隊に話しかけた。自分の記憶より、少し老けているが、幼なじみの母親だ。


「一人暮らしをしている娘が、まだ避難してきてないのですが」

「娘さんの名前は?」

「金子 柚葉です」

「金子 柚葉さんですね。さっき連絡がありました。まだ家にいるようです」

「娘は足を怪我をしていますが、助かりますよね?」

「大変申し訳ないのですが、先ほどヘリコプターは活動限界を迎え、撤退いたしました。そのため、私達にはどうすることも......」




 ふと耳にしたことだった。


 俺には関係ないかもしれない。


 それに誰かに見つかれば、SNSにさらされてしまうかもしれない。


 心ではダメだと分かっていても、勝手に体が動いていた。


 これは、俺にしかできないことだ。




 周りにはお手洗いにでも行くかのように振る舞いながら、俺は体育館を出た。

 外は滝のような雨が、グラウンドに川を作っている。


 でも俺は人間の鳥だ。百鳥の王だ。バードキングだぞ。そうやって、自分を奮い立たせて、飛び出した。(上半身裸です。)


 柚葉の家は川に沿って、俺の家から5分くらい歩いたところだったから、あっちだよな。

 雨が俺の視界とこの町とを分断してしまう。家族よりも友だちよりもずっと長く共に過ごしているこの町とを。


 困り果てた俺は、とりあえず近くの5mくらいある木の、枝に留まる。


「おい、こんな雨の日に人間の君が何してんだ!! 風邪を引くぞ!」


 突然そう言うから、俺は木から落ちそうになった。が、なんとかこらえながら、羽を動かしてバランスを取った。


 誰かと思って声のする方を見ると、かつて俺の頭を撫でた鳥がいた。


「なんだよ。お前かよ。脅かしやがって」

「すまん。一応、心配して声をかけたんだが」

「まあ、そんなことはいい」


 俺はその鳥に今の状況を話して、協力を求めた。


「すまんが、わしが木の外に出たら、その途端に雨に打たれて落ちてしまう」


 学校からここまで来れたのも、俺程の体の大きさと、その推進力があってこその賜物だったのか。


「すまんな。でも君はとんでもない怪力を持っているだろう。それで、この雨雲を吹き飛ばすことはできないのか?」

「さすがに、そんなことは」


 いや、雨雲を吹き飛ばすことはできなくても、視界を遮る霧を払うことくらいはできるかもしれない。


「ありがとう」


 それだけ言って、飛び出した。




 俺の出せる最大の風は、災害級なので、家やビルなどに影響を与えないくらいの高さまで飛んだ。

 俺は一心不乱に最高出力の霧払いをした。


 すると、雨粒や今まで立ち込めていた霧のベールが切り裂かれるように、横に流れていく。

 自分が起こした風が通り過ぎたところだけ、気持ちの良い程、視界が良い。


 俺はとにかく、川沿いの電気のついているアパートを上空から見て探した。みんな避難して電気は消しているから、一目瞭然なはずだ。


 見つけた!!俺の目的地。


 今度は力加減をして、そこまで向かった。

 一切変化しない、ストレートボールがミットに吸い込まれていくように、家の2階ベランダまでたどり着いた。


 川が氾濫して、家が飲み込まれている。流されてはいないものの、一階部分は死亡確定だ。


 俺は持ってきていたジャンパーを着てから、窓をノックした。


 最初は、物音だと思ったのか、不気味がる声が聞こえた。しかし、誰かが助けに来たと察したのか、すぐに、喜びに満ちた声に変わった。


 でも、カーテンを開けた後の柚葉は、すごく不思議そうだった。

 それも無理はない。だって、誰が救助にしにきたかと思えば、幼なじみの俺だからね。


「え? 雄飛ゆうと君? 助けに来たの? どうやってここまで?」


 全部が疑問に満ちていたので、幼なじみの柚葉だけには自分の本当の姿を晒した。


 部屋の光に照らされた俺の姿を見て、柚葉は笑ってくれた。


 てっきり怖がるかと思っていたし、少なくとも驚くだろ。普通。


 柚葉は物珍しそうに俺の羽を触ってくるから、くすぐったくなってきちゃった。

 って何してんの?俺達。


 突然雷が光った。ほら、空も怒ってるから。早く逃げろって。


 そう思えたので、さっさと柚葉を抱えて飛んだ。意外と重い。とか言うと、怒られそうだから、疑問文にして聞いた。


「体重、何キロあるの?」

「学校着いたら、一回殴るね」


 こんなやりとりも久しぶりで、なんだか心が弾む。あ、別に殴られることに快感を覚えるわけじゃないですよ。本当に。

 それと、こんなに近くで柚葉のことを見たのは初めてで、きっと俺の顔は赤くなっているだろう。この雨で見えなければ、幸いだが。



 そうこうしているうちに学校まで着いた。彼女も感謝を俺に伝えてくれている。

 ほとぼりが冷めないうちに、彼女に俺の想いを伝えておかないと。

 そう思った時には、俺はぶっ倒れていた。


雄飛ゆうと君。雄飛君」


 彼女のその心配する声が遠退いていく。



_____


 次に目が覚めた時、小鳥の音楽を奏でるような心地のよいさえずりで、俺は目覚めた。なんだか、既視感が強いのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃない。


 昨日までの日々がなにもなかったように、大切な思い出が消えていた。


 なぜか、俺は背中を気にして、パジャマを脱いだ。しかし、そこには健康そうな背中があるだけで、期待するようなものはない。


 断片的に残っている、昨日まで聞こえた誰かの声も、誰かを助けた記憶も全部ぜんぶ、俺の妄想だったのか?


 ただ、残ったものは、虚しさだけだ。


 俺は窓を開けて、一目散に、まばゆいほどの光に包まれた外へと飛び出した。


 部屋の中に、ただ一通、柚葉からの「ありがとう」というメッセージを未読のまま残して。

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