第7話【完結】 “誤解” の一夜の過ちから
チュンチュンと小鳥の囀りが耳に届く。
「ん」
私、風間彩加は重い瞼をゆっくりひらくと、ベッドの上に私の両腕と淡いオレンジ色のカーテンが視界にうつる。
雨音が聞こえない、やんだのかな。 と、怠い身体を起こすと、肩まで彩加を思いやるように綺麗に掛けられていた、少し季節外れの向日葵模様の掛け布団がはらりと崩れ落ちる。
「あ」
ヤバい、そのまま寝ちゃったんだ。
パジャマだけじゃない、下着さえも身に付けていなかった私は慌てて掛け布団で自分の身体を覆い隠し、キョロキョロと辺りを見回すが、アパートの寝室には私しかいない。
もう、帰ったのかな。 起きるまで側にいてくれればいいのにと、そう寂しく思いながら私はベットに横たわる。 昨夜は、
『彩加、名前で綾人って、呼び捨てで呼んで』
『……うん。 綾人、好き』
『俺も』
ベッドの上でそう甘く懇願されて、甘い口付けをして、甘い夜を過ごしたのに、
「綾人のバカ」
そう愚痴りながら、二度寝をしようと瞳を閉じる。
1、2分過ぎた頃、私の耳にジュージューと何かが焼ける音と、
「出来た」
その声を聞いた私は、慌ててベッドから起き上がり、掛け布団で身体を隠して、ダイニングキッチンへ続くドアを開ける。
「彩加、おはよう。 もう少し寝ててもいいのに」
「……おはよう。 ねぇ、綾人、何をしているの?」
「ああ、朝食を作っていたの」
「へ? 朝食?」
「そう、朝食って、わりぃ、勝手にキッチン使って、冷蔵庫の中の食材も使ったわ」
「え? ああ、大丈夫だよ、ありがとう。 私こそ寝坊しちゃってごめんね」
綾人は白くて楕円のテーブルに、斜めにカットされてこんがり焦げ目がついたトーストに、ふわふわなスクランブルエッグ、焼かれたソーセージが2本、千切られたシャキシャキなレタスに、へたが取られたミニトマト2粒がコロンとプレート皿に盛り付けられている。
よくかき混ぜられたヨーグルトが、秋桜の花を形とられた透き通る器に盛り付けられ、横に小さなミルクポットに入った蜂蜜が置かれる。
「これって『
「そ、好きだろ?」
「へ?」
「俺、モーニングの時間働いてるって、兄さんから聞いてない?」
「賄い食べていたし働いてるのは知っていたけど、時間まで知らなかった」
「そっか。 あの時は兄さんから新作メニュー考えろって言われて、試しに残り物で作ったんだ」
「そうなんだって、私がいつのこと言っているか分かるの?」
「去年、お店で再会した事だと思っていたけど違った?」
「そうだけど。 あの時の事、覚えてるの?」
「うん、再会出来て嬉しかったし。 あの……さ、着替えないと朝食どころじゃなくなるけど、いいの?」
「きっ、着替えてくる!?」
そうだった! なにも着てなかった!!
私は慌てて寝室に戻り、クローゼットの中から目についた淡いネイビーの長袖のカットソーとデニムパンツ、下着を取り出して急いで着替える。
「お待たせー」
「飲み物はホットカフェオレでいい?」
「……うん。 ありがとう」
私と綾人はテーブルを挟んで向かい合うように座る。
「「いただきます! 」」
私は最初にスクランブルエッグを一口食べる。
「えっ、味も一緒なんだけど、味付けどうしたの?」
「それは秘密」
「うちにある調味料で作ったんだよね。 調味料同じの使ってるの?」
「違うけど、調味料の分量は一緒だし、なんとか再現出来た感じかな」
「分量教えて!」
「ひ・み・つ」
「秘密かぁ」
綾人はトーストにバターをぬって、サクッとかぶりつく。 私はホットカフェオレを飲もうとマグカップを持った時、ピロン! っと私のスマホの着信音がなる。
「誰からだろう、お母さんからだ。 見て見て、綾人!」
「何、俺読んでいいの?」
「白玉と黒ごまの写真、送ってきたみたい」
「しら……たま? くろごま?」
綾人が「何それ、和菓子?」って顔をしている。
「和菓子じゃなくて、綾人が拾った仔猫だよ」
「猫に食べ物の名前つけたの!?」
「うん。 ムースとショコラも候補だったよ」
「や、食べ物から離れようよ。 って、あの時の仔猫だよな?」
「うん。 大きくなったでしょ?」
「あんなに震えていたのにな」
綾人は私のスマホにうつる白玉と黒ごまをじーと見つめる。
「今度の週末、会いに行く?」
「行く……って、何処に??」
「何処って、私の実家だけど」
「いいの!!??」
「いいけど」
「彩加のお袋さん、俺見て、騒がねぇかな」
「……いや、流石に、お母さんも一昨年の事は……忘れてるんじゃないかな」
「俺は覚えてそうな気がする……」
ーーーー
そして週末、隣県にある風間家にて。
「ただいまぁ」
「彩加おかえりなさい」
「今日、か、彼氏も一緒だけどいい?」
「大丈夫だけど、彼氏って真樹くんと別れたって言っていなかった?」
「……あ、新しい、か、か、彼氏」
「あら、早いのね。 いいわよ」
「早い遅いは、いいから。 綾人、お待たせ、入って」
私は母の許可を得て、玄関の外で待たせていた綾人を呼ぶ。
「おじゃまします」
「あら。 あらあらあら、貴方、もしかして」
「は、はい!?」
母が綾人の顔を見るなり、ズズンと距離をつめて、綾人は一歩後ずさる。
「
「そうです。 ……お久しぶりです」
「やっぱり。 面影があるもの、すぐ分かったわ。 上がって、上がって、白玉と黒ごまを連れてくるわね!」
私と綾人はリビングに通され、ふたりでソファーに座る。
「……嘘、お母さん、一目で綾人の事気付いた。 私、気付けなかったのに」
「俺のカンが当たりましたね」
「お待たせぇ。 白玉、黒ごま、あの時のお兄ちゃんよー。 覚えてる?」
私の母が、白玉と黒ごまを抱えてリビングにやって来て、綾人に2匹を抱っこさせる。
「わ、急に大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫よ。 お茶を淹れてくるわね。 ごゆっくり~」
母はルンルンしながら、キッチンへ去って行く。 私と綾人はリビングに残され、白玉と黒ごまは綾人の足の上で、じぃーと、綾人を見つめる。
「にゃ~」
「にゃ、にゃー」
「わっ!」
白玉と黒ごまが綾人のほっぺを、ペロペロとなめる。
「綾人、良かったね。 分かったみたいだね」
「そうみたい……ですね」
「お待たせぇ、緑茶でいいかしら」
「ありがとうございます」
「それにしても、お父さん何処かしら。 彩加が帰ってきたのに、探してくるわね」
母はパタパタとリビングを出ていく。
「……親父さん、大丈夫ですかね?」
「ん? 何が?」
「何がって……」
「もう! お父さん、彩加が帰ってきたんですよ」
「い、いやだ。 なんで男も一緒なんだ。 聞いてない! やっとアイツと別れて安心していたのに、また、別の奴がっ!!」
「もう、白玉と黒ごまを拾った高校生ですよ!」
「だから嫌だ! いい奴だから、反対出来ねぇじゃねぇか! 嫁になんか出したくねぇ~」
「もう、お父さん、お嫁なんてまだまだ先ですよ」
そんな父の叫びが2階から聞こえてきて、私と綾人は恥ずかしさで黙り込む。
「あはは、お父さんがごめんね」
「いや、俺も、ずっと一緒に居たいと思ってるし……」
「綾人」
「後ろ向いて」
「へ? 何で?」
「いいから」
「……うん」
「髪いじるな」
綾人は手櫛で私の髪をハーフアップに纏め、何かがパチンッと髪の毛を留める。
「いつ渡そうか迷っていたけど、今かなって」
「これってバレッタ?」
私は髪に留まったバレッタを触って確める。 後ろに留められて、鏡がないから肌触りだけど、丸み帯びて何かが彫られている?
「そ、白詰草と四つ葉のクローバーが彫られたバレッタ。 彩加に贈るならコレかなって」
「?」
「白詰草と四つ葉のクローバーの “花言葉” は『約束』『幸福』と『幸せ』なんだ」
「それって」
「これから先、何があっても、一緒に『幸せ』になろう」
「うん! ずっと一緒に居ようね」
私、風間彩加と、如月綾人は “誤解” の一夜の過ちから、お婆ちゃん、お爺ちゃんになっても、ずっと、ずーと一緒に過ごしました。
ーENDー
ーおまけー
私と綾人が実家に行く前『
私はカウンター席に座って、アップルパイと、ストローで氷をカラン、カランとかき混ぜながらアイスカフェラテを飲んでいる。
「ねぇ、マスター」
「ん、彩加ちゃん、何かしらぁ?」
「前から気になっていたけど、お店の名前……『
「それはねぇ。 “花の香り” よ」
ーENDー
ーおまけ2ー
※第6話『あの…さ…私達…』で、マスターが綾人に耳打ちされたことは。
※如月綾人視点。
「お待たせしましたぁ。キッシュロレーヌのランチセットと、タマゴサンドのランチセットでございまぁす。綾人、ちょっといい、キッチンから伝言よ」
兄さんは俺に耳を近付けて、
「彩加を不幸にしたら許せないって、真樹くんが言っていたわ」
彩加には聞こえてないようだけど、俺の身体はピクッと反応する。
「……お前に言われたくないって、言っといて」
「分かったわぁ。彩加ちゃん、後で新しく入ったキッチンの子を紹介するわね」
「兄さん、いいって」
「あら、大丈夫だと思うわよ。では、ごゆっくり」
元彼なんて、彩加に近付いて欲しくないけど、兄さんは、そんな事を気にせずカウンターに戻って行く。
ーENDー
【完結】どうやら一夜の過ちを犯してしまったようです。 此花チリエージョ @conohana
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