第6話あの…さ…私達…

『いつ言うの?』


 これは、今では友人同士になった間宮真弥から、昨夜送られてきたLINEの内容だった。 この言葉の意味を知っている私は、


『明日!』


 と、短く返事をした。

 そして日付が変わり日が登り、返事の明日!当日のお昼、私は午後の講義まで時間があるから大学を抜けて、行き付けのカフェバーに向かう。


「ヤバい、待ち合わせ時間、間に合わないかもっ! 」




 ーーーー




 カランカラ~ン! と『flosフロース odorオドル』のドアが開く。

 私は頭を黒いゴムでハーフアップにして、後ろをお団子に緩く纏めて、白い長袖の上に淡いグレーの膝下丈のワンピースと黒いミニブーツの姿で、マスターが居るカウンター席に駆け寄る。


「こんにちは、マスター。 きさ、綾人くん来てる?」

「いらっしゃいませぇ、綾人なら来てるわ。ほら、窓際の席よ」


 いつもの癖で「如月くん」と言おうとして、マスターも「如月」だったと気付き「綾人くん」と言い直す。

 マスターが指差す方向を見ると、窓際のテーブル席で如月くんが緑色のブックカバーが掛かった文庫本を読んでいる。


「如月くん、待たせてごめんね。 講義が長引いちゃって」

「風間先輩、大丈夫ですよ。 俺も今、来たところ。はい、メニュー表」

「ありがとう。 今日はどうしようかな」


 私は如月くんから手渡しされたメニュー表を受け取り開く。

 メニューを見てるフリして、ちらっと如月くんを覗く。 如月くんはもう注文が決まっているのか、窓の外をぼんやりと眺めていた。

 私の元彼、仁科真樹の“復縁騒動”から2週間が過ぎて、私達の関係は大学の先輩後輩から友人同士になっていた。

 そう、如月くんからアプローチはされているが、まだ付き合っていない。

 如月くんも返事を急かすつもりはないのか、待っててくれている。


「先輩、決まりましたか?」

「へ?」

「ずっと、ボーとしてるからメニュー決まったのかなって」

「メニューはえっと」


 ヤバい、まだ決まってなかった!


「えーと、ええと、キッシュロレーヌのランチセットでドリンクはホットカフェラテにする!」


 迷った末に『海老とアボカド』『たっぷり野菜とソーセージ』『スモークサーモンとクリームチーズ』等、様々な味があるなか、一番定番なキッシュを選んだ。


「兄さん、注文いい?」

「ご注文は何かしら」

「『キッシュ、ランチ』と『タマゴ、ランチ』で『食後ラテ』2つで」

「かしこまりましたぁ」


 マスターはカウンターに戻り、引き戸を開けてキッチンのスタッフへオーダーを伝える。それを見て私は、


「ねぇ、如月くん。ランチタイムって、今までマスターひとりだったけど、キッチンスタッフ入ったの?」


 会ったことはないけど、モーニングタイムとディナータイムにキッチンスタッフが居ることは知ってるけど、ランチタイムはずっとマスターひとりで切り盛りしていた。


「ん?ああ、まぁ、色々あって、スタッフが増えた……」

「?」

「なんで、兄さんも“あいつ”なんか雇ったんだ」

「あいつって?」

「……それは、その」


 なんだろう、歯切れが悪い。


「お待たせしましたぁ。キッシュロレーヌのランチセットと、タマゴサンドのランチセットでございまぁす。綾人、ちょっといい、キッチンから伝言よ」


 マスターがボソボソと如月くんの耳元で何かを伝える、私には聞こえないけど、それを聞いた如月くんは少しだけピクッと反応して、


「……お前に言われたくないって、言っといて」

「分かったわぁ。彩加ちゃん、後で新しく入ったキッチンの子を紹介するわね」

「兄さん、いいって」

「あら、。 では、ごゆっくり」


 如月くんがマスターの一言で、少し不機嫌になったけど、マスターは気にせずカウンターに戻って行く。


「新しい人がどうしたの?」

「……いや、会って欲しくないだけ」

「会って欲しくないって」


 会って欲しくない理由ってなんだろうと考えながら、私はキッシュロレーヌをフォークで、一口大にして口の中に入れて、数回噛んでごっくんと飲み込む。


「あのさぁ、もしかして、だったりする?」

「……っ!」


 あ、だ。 つまりこれは、


だよね?」

「そっ、そーだよ」


 如月くんがタマゴサンドをかぶり付いて、窓の外を眺める。 如月くんの顔が耳まで真っ赤だ。

 嫉妬しなくてもいいのに、本当はお昼食べ終わったら言うつもりだったけど、


「あの…さ…私達…」

「ん」


 窓を眺めていた如月くんは、サラダのレタスを食べている。

 ヤバい、私が緊張してきた、落ち着かなきゃと、私は氷が入った水を飲んで緊張をほぐす。深呼吸して、


「先輩?」


 私の様子がいつもと違うことに気付いた如月くんは、タマゴサンドをお皿の上へ戻して食事を中止する。


「あの…ね…」

「……」

「……その……遅くなったんだけどさ」


 私は恥ずかしさで、自分の顔を両手で隠す。 きっと顔は真っ赤だ。 私の言いたいことを察したのか、如月くんが息を飲んだのが、私にも伝わる。


「……私も如月くんの事が好きだから、これから友人同士じゃなくて、恋人として付き合いませんか! 」


 最後は勢いで言いきる。

 私はちらっと如月くんを見ると、如月くんは顔を赤らめ、右手を口許に当てて、


「……俺で良ければ、よろしくお願いします」

「私こそよろしくね!」

「「「やっとねぇ」

      かぁ」

      だぜぇ」

「「え?」」


 マスターも含む、周囲のずっと見守っていた “常連客” から歓声が上がり、その歓声の意味が分からない私と如月くん、ううん、綾人くんはクエスチョンマークを浮かべていた。




「マスター、ご馳走さま」

「ありがとうございます」


 昼食を終えて私達はレジでお会計を済ますと、


! 」

「へ? 」


 カウンター奥のキッチンへ繋がる、料理の受け渡しがある引き戸が開いて、よく知る顔が現れる。


「に、、どうして!?」

「大学の講義がない昼間だけ働いてる」

「なんで、今までバイトしたことないじゃん」

「何でって、俺もあの後、お前と間宮の事を俺なりに反省してさ。 それで、伝説の『孤高の虎』に鍛えてもらおうと思って! 」

「へ? 『孤高の虎』って、あんたが “ヤンキー軍団” よね。 それとバイトどう繋がるの?」

「どうってマスターは 「はぁい。 真樹くぅん『アボカドサンド、ランチ』と『タマゴサンド、ランチ』よ」

「あ、はーい。 了解ッス。 おい、綾人、俺が言ったこと忘れんなよ! 」


 仁科は最後に綾人くんに捨て台詞を言うと、仕事へ戻って行った。


「ねぇ、仁科が言ったことって?」

「んー、秘密」


 綾人くんはそう言うと、お店のドアを開いて外へ出る。


「えー、教えてくれてもいいじゃん」

「今日、何時まで講義ある? 」

「16時までだけど……って、ホントに教えてくれないの!」

「ん、どうしようかな」


 私達は手を繋いで大学へ向かう。 もちろん恋人繋ぎだ。




 ーーーー




 私達が付き合って3日が過ぎた夕方、急な雨に私と綾人くんは歩道を走っていた。


「天気予報は晴れだったのに!」

「どこかで雨宿り」

「私のアパートが近いよ。行こう」

「え、でも」

「綾人くん、どうしたの?」


 私は、急に立ち止まった綾人くんを振り向く。


「……や、その、今度は」

「今度は?」

「我慢できる自信ねぇんだけどさ。 いいの?」


 “何” を「いいの?」と聞いているのか、直ぐ理解した私は綾人くんに近付いて背伸びをして、


「っ」


 綾人くんに唇が触れるキスをする。他に人が居ないけど、外でキスをするのは恥ずかしい。私は綾人くんの手を握って、


「……いいよ」




 バタンッ! と、私が暮らしているアパートの玄関のドアが勢いよく閉まる音が響く。

 私は玄関に入って直ぐ、綾人くんに深い口付けをされる。 いや、最初に誘ったのは私だけど、


「んん」

「んっ」

「待って、シャワー浴びないと……風邪ひいちゃう」

「そう……だね」

「そうだねって……ッ」


 綾人くんの唇が離れたすきに、やめさせるつもりがない抵抗を少しだけする。

 綾人くんも私が受け入れている事に気付いてるから、やめるつもりはないみたい、私にまた口付けをする。


「あの、ホントに……シャワーだけ」

「一緒に入る?」

「……お風呂場ではやだよ」

「分かっている」


 本当に分かっているのかなと疑問に思いながらも、私は綾人くんにされるまま甘い一夜を過ごした。

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