第6話 沖縄、そして
大阪から離れ、郊外ののどかな場所へ着くと
「よし、そろそろ飛ぼうか!」
と炎天様が言った。
「飛ぶ?」
「そうだよ、このまま飛んでもらうんだ、さあ、飛んで!」
炎天様がそう言った瞬間走っている狐に羽が生え、大きくジャンプした。
「んん?!」
そして羽を羽ばたかせ、空へと旅立った。絶対落ちたら死ぬな、そう思った翔太は強く白い毛を握った。
「空は気持ちいい、鳥と同じ視線で周りを見られるし、とても好きなんだ」
右に見える鳥たちを見ながら、炎天様はそう言った。
後ろに乗っている翔太は炎天様を見ながら
「本当に綺麗だ……」
と言った。炎天様のお面の横顔と、白く艶やかな長い髪がとても綺麗だ。
「だろう?」
炎天様の口元が微笑んだのが見えた。
数時間後、狐は高度を下げ、陸地へと降り立った。近くにあった木の看板には辺戸岬と書いてある。翔太は周辺を見渡す。綺麗な青の海が広がるこの場所は風がとても気持ちいい。日差しは暑いけどこの風は気持ちがいい。
「とりあえず歩きながら探そうか」
そう言って炎天様は狐を連れて細い道を進んだ。
「こんな開けた場所だと、すぐ見つかりそうだけど……」
翔太は目を凝らして周りを見た。だがそれらしいものは見当たらない。
「とりあえずこの辺をぐるっと回って、なかったらもう少し人気のある場所に行こうか」
「そうですね」
そのまましばらく歩いていると島の北端が見えてきた。
「沖縄最北端て書いてありますね、すごい!」
「すごいね、海も綺麗だしここは最高だね」
「そうですね!」
目の前には綺麗な海が広がり、潮風の匂いがする。
「一緒に写真撮りましょうよ!」
「いいよ、せっかくだから記念に撮っておきたいしね」
海をバックに炎天様と並んだ。
「撮りますよ、3、2、1」
カシャ
画面には炎天様と海が綺麗に収まった。
「綺麗に撮れてるね、こんなに薄いのにすごいね」
スマホの側面を見ながら炎天様はそう言った。
「現代の技術の進歩のおかげです!」
そう言って翔太はスマホをポケットにしまった。
「ここにはないみたいだし、他の場所に行こう」
「次はどこ行きます?」
「ここから島の真ん中の方へ行こう」
「いいですね、色々回って探しましょう」
トンっと地面を蹴って狐に乗る炎天様、翔太も後ろに乗ると狐は羽根を羽ばたかせ、宙へと舞った。
下に広がる景色の中にいる人は誰も自分たちのことを気にせず、綺麗な景色を眺めていた。本当に誰も気づいてないんだな。
「ねえ炎天様、この腕って放置するとどうなるんですか?」
「実は……」
深刻そうにそう言って黙った炎天様を見て、なんだか嫌な予感がした。何かまずいのか?
「腕に憑依して渦巻いてるそれは、私の魂の一部だ、それを放置すればいずれ魂に吸い取られ、腕は消える」
「……冗談ですよね?」
「いや、本当だよ、もっと早く言うべきだったね、1ヶ月くらいだと言ったのはそれが期限だからだ、それまでになんとか力魂を集めないとまずいことになる」
淡々と説明する炎天様の後ろで、翔太は自分の左腕を見た。特に見た目に変わりはないが、早めになんとかしたい。と言うかなんでもっと早く言ってくれなかったんだよ……。
「あと何個集めればいいんですか」
「あと3個だよ、大丈夫、時間もまだある」
「確かにまだ1週間も経ってないからいいですけど、正直、怖いです」
「ごめん、あんなところに置くべきじゃなかったね、誰も来ないと思ってたから、少し目を離してしまった、それが間違いだったね」
「まあ、確かに人も滅多に来ないでしょうから、でも、もう少し注意して欲しかった……
「大丈夫、必ず見つけて、元通りにするからね」
「はい、なんとしてでも見つけましょう」
なんとしてでも、見つけないと。
「そろそろ降りようか」
炎天様がそう言うとまた狐は高度を下げ、歩道へと降り立った。
「ここって、国際通り?」
「そうだよ」
街路樹のヤシの木が南国っぽいな。
「まさに南国だ、暑いね」
太陽に手をかざしながら炎天様はそう言った。
「早速探しましょう、二手に分かれたほうが効率もいいですし、見つかったらここに集合しましょう、日が暮れる前くらいでいいですか?」
「わかった、じゃあ私はこっちを探すよ」
商店街の奥を指差して炎天様はそう言うと、狐を連れて街へと消えていった。
さて、国際通りは炎天様が見てくれる、なら僕はその周りを一周しよう。翔太は国際通りの入り口を出て右へと曲がり、街全体を見渡しながら進んだ。
街路樹の枝、ビルやお店の中、とにかくありそうな場所を探しながら進んでいくが、何もそれらしいものがない、そのまま汗を流しながら暑い日差しの中歩いていると歩いて行く方向にキラッと何かが光った。
「あった!」
翔太は急いで駆け寄り拾い上げるが、ただのビー玉だった。道の傍を見ると砕けたラムネの瓶が転がっていた。
「なんだよ……」
がっくりと肩を落とし、ビー玉をラムネの瓶の近くに置き、その場を離れた。もう二時間も歩きっぱなしだし、ちょっと日陰で休みたい、何かお店に入ろう、翔太がしばらく歩くと信号の向こうに小さな喫茶店があった。
「あそこでいっか、それにしても暑い……」
暑さでくたびれた翔太は信号を渡り、喫茶店へ入った。店内へ入るとコーヒーのいい香りがした。店のカウンターへ座った、
「ご注文はお決まりですか?」
「アイスコーヒーひとつで」
「かしこまりました」
マスターがコーヒーミルへ豆を入れ、挽き始めた。香ばしい香りがする。
店内を見渡すと樽の置物の上に何か白い毛の塊のようなものが3つ、乗っていた。
「なんだ、あれ……」
よく見ると目とクチバシがある、ひよこか?
いやでもこんなところでひよこを飼っているわけがない。マスターに聞いてみるか。
「あの、あそこの樽の上に居る生き物ってなんですか?」
「えっ?」
マスターは顔をあげ、樽を見ると
「生き物なんています?」
「あの樽の上にある白いやつですよ?」
「樽の上、ですか?」
「はい」
マスターはよく目を凝らして見ているがわからないのだろうか。
「いやー樽の上には何も見えませんけど……」
「えっ」
じゃあ、あれは自分しか見えてない?
「もしかして」
翔太は炎天様から渡された片眼鏡を外した。するとさっきの白い毛の生き物は見えなくなった。
「どうかしましたか?」
「い、いえ何も!」
「そ、そうですか、こちらアイスコーヒーになります、ごゆっくり」
マスターはコーヒーを置いて他の作業を始めた。翔太はさっきの白い毛の方を裸眼で見ては片眼鏡をかけてを繰り返した。やっぱりあれ、この眼鏡なしじゃ見えないんだ、じゃああれは何?
神様?
妖怪?
どちらにせよあんなに可愛いんだから害はないだろうけど、とりあえずここにいる間はこれは外しておこう……
片眼鏡を外し、カウンターに置き、コーヒーを一口飲んだ。今までコーヒーってあんまり飲んだことなかったけど、こんなにいいものなんだな。
コーヒーを飲み終わると翔太は店を出た。若干暗くなってきたけど、もう少し探そう。
今度は狭い路地裏へと入った。
ていうかさっきの白いやつなんだったんだ。まあいっか。路地裏のブロック塀の上には猫が寝ていた。
猫も暑さにやられてるな。まあ、今は猫の助けも借りたいくらいなんだけどね。それにしても、何もなさそうだな。
「あ、眼鏡かけてない」
あれ、ポケットにしまったよな、もしかして忘れた、いや、あったあった。
よかった。
翔太はメガネをかけ、もう一度周囲を見渡すが、やはり何もない、このまま見つからなかったらと思うと、少し怖くなってきた。そのまま路地裏を慎重に探しながら歩いていくと正面には自分と同い年くらいの制服姿の少女が立っていた。ショートヘアに清楚な感じの雰囲気だ。
「ねえ、何探してるの?」
翔太はその子の肩を見て驚愕した。肩にはさっきの喫茶店で見た三匹の白い毛玉が乗っていた。
「どうかした?」
少女は首を傾げ、こちらを見ている。翔太は近づき、確認すると
「あ、いや、ちょっと探し物をしてて」
「何か落としちゃった?」
「落としたというか、まあそんな感じかな……」
翔太は曖昧な返事をしながら肩に乗った毛玉を見ているとそれに気づいた少女は
「君さ、これ見てるでしょ」
「えっ」
真剣な眼差しが翔太に当てられた。
「それ、君の仲間というか、ペット?」
「そうだよ、これ見える人と友達になりたかったんだけどなかなかいなくて、だから、私と友達にならない?」
明るい笑顔を見せながら少女はそう言った。
「いいけど、僕はもうすぐ帰るかもしれないけど、いい?」
「もちろんそれでもいいよ!」
「よろしく、えっと、僕は翔太」
「ルカ、よろしく、早速一緒に行きたい場所があるからさ、行かない?」
「うん、いいよ、行こう!」
「こっちだよ」
ルカについていくとそこはホテル街だった。
「ここって……」
「ふふっ私こういう所が大好きなんだ、引いたかな?」
「あ、いや……」
正直驚いた、こういう場所とは無縁そうだったから。
「こっちだよ」
そう言ってルカに手を引かれながら進んでいった。
「え、ちょ」
「嫌だったかな」
「い、いや、その、」
ホテルの近くまで歩いていくとルカは建物の間へと向かっていった。
「そっちに何かあるの?」
「いいからいいから」
そう言いながら手を引かれ、建物の間の路地へと入っていく翔太とルカ。
薄暗い路地を歩いてホテルの後ろまで来るとルカは突然翔太の顔面を殴り飛ばした。
「うぐっ……!」
パリン、と音を立てて片眼鏡が落ちて割れた。
なんとかして起き上がる翔太。
「ふふっソんなうまイ話、アるワけナいジゃナイ……」
視界が揺れる中、ルカの不気味な声がした、その方向を見ると翔太の目に映ったのは黒い石炭のような皮膚のルカだった。ルカはボロボロとブロックが崩れるように崩れた。地面に崩れたそれは一瞬にして翔太の足元までゴロゴロと音をさせながら移動し、翔太の片足を掴んだ。
「オいしソウ……」
足を動かそうとするが地面に埋められたかのような重みで一切動かない。
動け、動け!
自分に何度も命令するがビクともしない。
「はぁ、はぁ……」
そうだこれで、どうだ!
横に落ちていた瓶を持ち、思い切り振り下ろした。だが少し黒いカケラが飛び散っただけで掴む力は変わらなかった。
「イタいけド、ザんねンダね……」
「ふん!ふん!」
何度も力振り絞り、足を動かそうとする翔太。もうダメなのか、いや、諦めるわけにはいかない!
「ムだだヨ、そレジャあイタダきマす」
黒い塊が翔太を飲み込もうと上に大きく広がった瞬間。
「ヴァウ!」
という鳴き声とともに白い大きな狐が塊を噛んだ。狐はそのまま塊を噛んだまま口を振り、噛み千切った。すると塊は甲高い悲鳴のような声をあげ、散らばり、視界から消えていった。
「はぁ、はぁああああ……」
翔太は後ろにゴロンと倒れ、脱力していた。狐は翔太の顔を舐めた。
「ああ、ありがとう、助かったよ……」
狐の大きな頭を撫でる翔太。すると後ろから
「危なかったね、あんな奴に目をつけられるとはね……」
と言いながら、炎天様が後ろから歩いてきた。
「なんでここがわかったんですか?」
「最初に渡した片眼鏡、あれには私の力が入っていてね、それが壊れたのを感じて飛んできたんだ」
「そうですか、はぁ、よかった……」
「とはいえここは危ないから移動しようか」
「そうですねっ」
翔太は勢いをつけ立ち上がり、服についた汚れを払った。
「よし、乗って」
「はい」
狐に翔太が乗り、炎天様が道路まで狐を連れ出し乗ると、狐は勢いをつけ飛び立った。
「疲れた、今日はどこに泊まります?」
「このまま神社まで行くから、それまで辛抱してね」
「えっ力魂集めは?」
「いいんだ、その腕は私がどうにかする」
「そうですか、それでなんとかなるなら……」
二人と一匹は夕陽が輝く空へと消えていった。
炎天狐 おぉんゴリラ @PurpleRevolbar
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