第5話 夜

渋谷を出て大阪へ移動した二人と狐。

街から離れた郊外の公園で二人は狐から降りた。

「もう暗くなるけど、このまま探そう、人が少ない方が何かといい」

「そうですね、近くにあるかもしれないし探しましょう」

二人は公園を見渡すが光るものは何もない、公園全ての木の枝の隙間や垣根の中を探す翔太。炎天様は公園をぐるりと探し

「ここには無いみたいだね、公園の外を探そうか」

と言った。

二人は公園を出て住宅街を抜け、川の近くの堤防を歩いていた。

涼しい夜風が体を包み、暑さを忘れさせてくれる。堤防から河川敷へ降り、ジャリ、ジャリ、と石を踏みながら橋の下へ行き、茂みに手を入れ、ガサガサと音を立てながら枝をかき分けた。

「無いですね……」

「うーん、無いね……」

星が出ている空の下、二人は堤防の緩やかな坂を登った。

「炎天様はなんで炎天様っていう名前なんですか?」

翔太が炎天様の方を向いてそう言った。

「きゅ、急にどうしたんだい?」

「いや、なんとなく気になってて、知りたいなって」

「そっか、私は昔、五穀豊穣の神として祀られていたんだ」

「へぇー、そうだったんですか」

「うん、その昔、雨が続きすぎて作物が全く育たない年があってね、その時、村の人たちは私に祈りとお供物を捧げたんだ、私はその想強い受け入れ、少しの間だけ晴れが続く日々を続かせたんだ」

「すごい、晴れれば作物も育ちますもんね」

「うん、晴天を続かせ、作物が育ったあと、天候は元に戻り、村の人々は私の神社を訪れ、踊りや美味しい食べ物を供えてくれた、そこで人々は私のことをこう呼んでいた、炎天狐様、と」

「炎天はわかりますけど、狐は?」

「なんだかたまたま狐が村へ出てきたらしい、天気が良くなったから山から出てきただけだと思うけどね、ああそうそう、ついでに神社に狐の置物も供えてくれたんだ、本殿の引き出しの中にまだ大切にしまってある」

「それで炎天様っていう名前がついたんだ、いい話ですね」

「そうだろう?」

炎天様の狐の半面から口元が笑ったのが見えた。それから長い堤防をふたりで歩きながら炎天様の昔の話を色々聞いた、昔の人の信仰、嬉しかったお供え物、自分のことが見える人との思い出など、どれも面白い話だった。

長い堤防が終わり、小さな街まで歩いていくと商店街が見えた。

「あそこなら色々お店があるし人もいただろうから、何かあるかも」

「行ってみましょう」

商店街のシャッターはどこも閉じていて店の中は見えない、とりあえず商店街全体を見渡しながら進んだ。

「ないなぁ」

翔太がそう言うと炎天様は

「しょうがない、今日はもう休んで、陽が昇ったら少し移動しようか」

「どこに行くんですか?」

「神社さ、神様が神社へ行くのはちょっと変だけど、しょうがない」

「神社でどうするんですか?」

「作ってすぐのお守りは力があるから、力塊の代わりになるんだ」

「そうなんですね」

そして二人は来た道を戻り、公園へと入った。炎天様はまた手を叩いて狐を呼び出した。

「こんな夜中にごめんね、ちょっとゴロンてしてくれるかな」

炎天様がそう言うと狐は横になった。炎天様は公園の中の一番大きな木を指差し

「私はその木の上で寝るから翔太はこの上で寝るといい」

「こ、この上で?」

「ふわふわしてるからベッドみたいなもんさ」

そう言って炎天様は近くの木に近づき登ると木の枝に乗り

「おやすみ」

とだけ言って目を閉じた。

「おやすみなさい……」

翔太は目の前の狐に乗ると横になった。やっぱり寝心地がいいな、確かにふわふわしてるし。翔太はそのまま眠りについた。

翌朝、翔太が目覚めて炎天様が登った木の上を見ると、炎天様は木の上から朝日を眺めていた。朝の涼しい風が彼女の白い髪をそっと揺らす。美しい。

翔太が起きたことに炎天様が気づくと木からスルリと降りた。

「おはようございます」

「ふふっそんなにかしこまらなくて良いのに」

「じゃあ……おはよう」

「うん、おはよう」

「さあ、今日は」

「そ、そうだね」

「私は神様だけど、敬語は必要ないよ、気軽に接してほしいな」

「わかった、じゃあ、行こうか!」

「ああ!」

二人は狐に乗って街中を走り抜け、大きな鳥居がある神社に着いた。二人は狐から降り、炎天様はありがとうと言って狐を撫でた。

「巫女さんを探そうか」

そう言って炎天様と翔太は鳥居をくぐり、太陽が照りつける広々とした境内に入って、周りを見渡すと右奥のお守り売り場に巫女さんがいるのが見えた。

「あそこに行ってお守りを作って貰えるか聞こう」

炎天様は頷いた。

様あまなお守りがあるけど、どれが良いんだろう、て言うか新しいのがほしいんだけどな。

「すみません、お守りって新しく作ってもらえたりしますか?」

「えっと、少々お待ちください」

巫女さんはそう言うとお守り売り場を出て本殿へと走っていった。

「どうかな?」

炎天様がそう言うと翔太は

「わからないですけど、巫女さんが頼んでくれると思うけど、そもそも作ってくれなんてお願い、少ないだろうし……」

「うーん、ダメだったらこの中のお守りで我慢するしかないか……」

しばらく待っていると巫女さんが戻ってきた。

「許可が得られたので本殿へとご案内しますね、お守りは1個だけになりますがよろしいですか?」

「うん、ありがとう」

炎天様がそう言うと巫女さんはこちらです、と言い、本殿へと案内してくれた。

「こちらでお待ちください、もうすぐ準備ができますので」

そう言う巫女さんは本殿を後にした。

「よかったですね、炎天様」

翔太が笑顔でそう言うと炎天様は

「そうだね、本当によかった」

と言い狐の半面を取り、横に置いた。炎天様の顔を見た翔太は端正な顔立ちと凛とした目つきに思わず見惚れた。

「ん、どうしたのかな?」

「あ、いや、お面、急に取ったからどうしたのかなって……」

「神様同士とはいえこれをつけたままでは失礼だと思ってね」

「あぁ、なるほど……」

こんなに美人だとは思わなかった、めっちゃラッキーじゃん!

翔太が心の中でガッツポーズを決めていると神主さんが本殿へ入ってきた。

「お守りをご希望の方達ですね?」

「はい、よろしくお願い致します」

炎天様が頭を下げるとお守りを作るための儀式を始めた。

そして時間が経ち、儀式が終わると

「では、こちらをどうぞ」

神主さんの手にはお守りが乗せられている。

炎天様はお守りを手に取り、

翔太と炎天様は

「ありがとうございました」

と言って頭を下げ、神社を出た。

炎天様は狐面をつけ、お守りに手をかざすと

「今回はこれで良いけど、次はちゃんとした力魂を探さないとね」

「そっか、やっぱり力魂が一番なんだ」

「もちろん」

炎天様は袖にお守りをしまい顔を上げると

「さ、次へ行こうか」

「はい」

炎天様はまた狐を呼び出し、二人は狐に乗った。

「次はどこに?」

「そうだね、海を渡って沖縄へ行こうか」

「沖縄、良いですね!」

「だろう?さあ行くよ!」

炎天様がそう言うと狐は走り出した。この背中に乗るのも慣れたな

街を駆け抜ける狐の上でそう思った。

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