第6話 魔物使いの代償
ダンジョンの中で二匹の草原狼が争っている。
だが、同じモンスターであっても一方の動きは力強く鋭く、もう一方の狼を圧倒していた。
劣勢の狼はなんとか食らいつこうとしていたが、結局は差を埋めることはできず、喉元をかみ砕かれて倒された。
勝ったのは俺が呼び出した草原狼だ。他の取り巻き二匹を赤ずきんに倒させた後に残った一匹とタイマンをさせてみた結果だ。
「あの子怪我しているね?」
「そうだな。完勝とはいかないみたいだ」
ただ、勝ったは勝ったが無傷とはいかなかった。俺の【特殊使役術(撃破)】で強化されているのでさすがに野良モンスター相手に負けることはなかったが、爪や牙が掠ったのか、ところどころ血を流しているし、疲れて荒い息をしている。
「連戦で戦わせるとあっさりやられちゃいそうだな……」
「治療するの?」
「いや、ポーションの手持ちは少ないし、【治癒】のスキルもないから無理だ」
「じゃあとりあえず死ぬまで戦わせちゃう?」
「クゥーン……」
「……うーん、どうしようかな」
なんとなく眉を下げて悲しげな顔をしている狼を見つめて考える。
【モンスターカード】で呼び出した個体は怪我をしたり死んだりしても時間経過で治療されてまた呼び出せる。
ただし、重傷を負っている場合は治るまで一晩はかかるし、死んでしまうと三日間の
それなら大量のモンスターカードを用意して怪我をする度に使い回せばいいと思うかもしれないが、まずモンスターカードを大量に集めるのが大変だ。俺は他の人から買い集めることもできないので更に時間がかかる。
次に問題となるのが【召喚コスト】だ。
【魔物使い(★)】の俺の【MP】が【100】。そして【草原狼(★)】のコストが一匹【15】。【赤ずきん(★★)】を呼び出すのに【40】かかる。
コストはモンスターを召喚する度に必要になるので、俺が追加で呼び出せるモンスターは草原狼三匹分だ。ローテーションさせるにはちょっと厳しい。
それ以上を呼ぼうとしてもMPが足りない。MPは一晩ゆっくり休めば回復するが上限が伸びたりはしない。あとHPも同じく一晩で回復する。
このMP《コスト》問題は他のジョブにも共通していて、例えば前衛ジョブが【装備カード】や【スキルカード】を使うのに同じようにMPコストを支払う必要があったり、アクティブスキルを使う時にMPを消費する。
「【名付】をしたらコストが減るけど、そうしたら売れなくなるしなぁ……」
「わぅん……」
このコスト問題を解決する一番簡単な方法は【名付】、あるいは【専有化】と呼ばれる方法だ。
【自分しか使えない】という制限を加える代わりに、【モンスターカード】や【装備カード】などを使う時のコストが軽減される。
具体的には一度名付した草原狼は他人に売れなくなるが、召喚コストが【15】から【10】になる。つまり草原狼四匹分のコストで六匹召喚できるようになる。
この仕様からすると【魔物使い】は名付したモンスターカードを何枚も抱えて扱うジョブなのだろう。
今回は一対一の草原狼の戦いだったので苦戦したが、これが名付した六匹の草原狼の群れだったらかなり楽に勝てるはずだ。
「ただ、その為に六枚も名付するのはもったいないよな。それなら魔石と交換したい」
草原狼六枚で600DP。魔石六百個分だ。スキルカードや装備カードと交換でも三十枚も手に入る。
いや、そもそも六枚もモンスターカードをドロップさせるのが大変なのだが。
「どうしようかな」
「きゅーんきゅーん……」
草原狼のウルウルしたつぶらな瞳が俺を見つめていた。
◆
――結論。
「赤ずきん、ゴー!」
「アハハハ! 狼さん狼さん、あなたのお腹を切り刻んでもいいかしら?」
無理して草原狼のカードを集めて運用するより赤ずきんを突っ込ませて殲滅した方が早い! 確実! コスパがいい!
脳筋戦術と笑いたければ笑うがいい! 俺たちは遊びでダンジョンに潜ってるんじゃないんだ!
と、目の前から迫ってきた狼の群れに赤ずきんを投入したところで横の茂みから狐が襲い掛かってきた。
「ワオオオオオン!!!」
「ギャンッ!?」
だが、俺の護衛として残しておいた草原狼がインターセプト。そのまま狐に食らいついて倒してしまう。
「よしよし、よくやったな」
「ワンワン! ワンワン!」
単体戦力としては狼よりも狐の方が強いらしい。まあ狼が兵隊だとしたら狐は暗殺者ポジションだから正面戦闘は苦手なんだろう。特殊使役術の強化の分もあって圧倒的だ。
勝利に興奮する狼の茶色い毛皮を撫でて労ってやる。
「……硬いな」
「ワゥンッ!?」
ゴワゴワしていてあんまり触り心地良くないな、こいつ。
「ねえマスター、私は褒めてくれないの?」
「おお、よしよし。よくやったぞ赤ずきん、よーしよしよし」
「もっと心を込めてちょうだい?」
いつの間にか敵の群れを一人で殲滅した赤ずきんが戻ってきた。返り血もたくさん浴びたんだろうけどモンスターの死体が消えると同時に返り血も消えるようになっている。
それでも赤ずきんには鉄錆の臭いが漂っているような気がするのだから不思議だ。
◆
――前のパーティを抜けてソロ探索を始めてから一週間。
素材や魔石の他にドロップしたのは草原狼のカードが一枚と、回復ポーション三つ、そしてスキルカードが二枚だった。
【嗅覚強化】
・草原狼からドロップ
・嗅覚が鋭くなる
・匂いをかぎ分けることで索敵などを行える
【消音移動】
・草原狐からドロップ
・移動時の音が小さくなる
狼と狐からそれぞれドロップしたが、使い道が思い浮かばなかったので売却してDPに変えてしまった。
そして、DPで大量の魔石を購入してジョブを強化した結果がこれだ。
【ジョブ】 魔物使い
【ランク】 ★☆→★☆☆☆☆☆☆
【スキル】
・使役術:
①使役モンスターコスト軽減(小)
②使役モンスター性能強化(小)
③モンスターカードドロップ率アップ(小)
・特殊使役術(撃破):単独撃破orMVPを獲得した場合、補正(大)を得る。
・魔物小治癒術:使役モンスターの疲労を回復する。
【魔物小治癒術】というスキルを新しく習得した。魔物使いはこういう使役モンスターの強化や回復スキルを覚えるみたいだ。
残念ながら怪我の治療まではできないが、連戦でたまった疲労を癒すことができるいいスキルだと思う。ずっとメインで戦っていた赤ずきんも喜ぶだろう。
◆
「……」
学生寮の自室。
「どうしたのマスター? 洗ってくれないの?」
「……どうしてこうなった」
各部屋に備え付けられた狭いユニットバスの中で、赤ずきんと俺は向き合っていた。
トロフィー・ヒロイン・モンスター カタリ @tkr2022
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