第5話 特殊使役術とソロと
草原フィールドを茶色の毛皮の三匹の狼が駆ける。
例えジョブの力を得ようと一人で三匹に対処するのは容易いことではない。前衛職なら防御を固めて隙を伺いながらの際どい綱渡りを強いられ、後衛のアタッカー職なら最初の一撃で三匹の足を止められるだけの大火力を求められる。支援や回復職なら逃げの一手になるだろう。
「くすくす。そんなに切り刻んでほしいの?」
だが、赤ずきんは軽やかに踊るような足取りで前に出た。
最初に飛び掛かってきた一匹の喉元に手に持ったナイフの刃が滑り込み鮮血の花を咲かせる。
「まず一匹。次はあなた?」
ほとんど時間差なく飛び掛かってきた二匹目を横に避けながら切り裂く。後ろ足の付け根が深々と切り裂かれ、そのまま体勢を崩した狼が地に倒れ込む。
「あら、じゃれつきたいの?」
三匹目は飛び掛かることはせず、体当たりを選んだ。スピードが乗った狼の体当たりが当たれば体重が軽い赤ずきんなんて簡単に吹き飛んでしまう。
だから赤ずきんは一歩前に出た。
「ギャンッ!?」
下がっていた狼の頭を上から踏みつけ、宙に身を浮かべる。
赤ずきんの動きに狼は完全に虚をつけれて見失ったのがわかる。足を止めて周りをキョロキョロと見ている。
――トン
軽やかな音を立てて、狼の背後に赤ずきんが降り立つ。
その音を聞いた狼が振り返り、見たのは――
「わるいわるい狼さんはだーれだ?」
真っ赤に染まった両のナイフを振りかぶり、今まさに突き刺さんとしている赤ずきんの姿だった。
◆
「お疲れ様」
後ろで赤ずきんの奮闘を見ていた俺はねぎらいの言葉をかけた。
「ふふん、狼さん相手だから張り切っちゃったわ。私のことちゃんと見てくれた?」
「ああ。とっても綺麗で危なげなかったよ。すごかった」
「うふふ、ありがとうマスター。はいこれ、どうぞ?」
「おっ、ドロップしたのか! よくやった!」
ご機嫌な様子の赤ずきんから草原狼たちのドロップを受け取る。草原狼の牙と魔石、そしてモンスターカードが出たようだ。
モンスター相手に大立ち回りをして見事にドロップを手にした赤ずきんを撫で褒め、ドロップアイテムを懐に仕舞いながら俺は横を向いた。
「それで稲葉先生、今の戦闘はどうでした?」
「う、ううむ……どうやら問題なさそうだな」
担任の稲葉先生、三十三歳独身、角刈りマッチョな強面教師である。
魔物使いのジョブカードを強化した際に生えた【特殊使役術(撃破)】。
この【特殊使役術】というのは基本となる【使役術】から派生するスキルで、特定の条件を満たした場合に効果を発するスキルだ。
特殊使役術はさまざまな種類が確認されているらしく、(女性)(男性)といった性別が条件だったり、(植物)(鳥)といった種族だったり、人によって変わる。また、基本的に一人につき一つしか覚えないらしい。
特殊使役術を習得した場合の効果は三つ。
条件に該当したモンスターのモンスターカードのドロップ率アップ。モンスターカード使用時のコストの軽減。そして使役時の性能強化だ。ちなみにコスト=魔力(MP)というイメージで問題ない。
そういうわけで、【特殊使役術(女性)】を持っている場合は女性モンスターのカードがドロップしやすくなったり、【特殊使役術(鳥)】を持って行場合は鳥モンスターが強化されたりする。
俺の場合は【特殊使役術(撃破)】。俺が単独で倒すか、集団戦の場合はMVP――最も戦闘に対して貢献度が高い場合に条件を満たすというスキルだ。
これは厳しい条件だと思う。まず、【他の人間からモンスターカードを購入しても強化できない】という大きなデメリットがある。金に飽かせて強いモンスターカードを手に入れてもスキル効果が乗らない。他の特殊使役術は自力入手でも購入でも問題ないのと比べて選択肢が非常に狭くなってしまう。
次に【強い人間とパーティを組むとMVPを持っていかれる】というのが辛い。例えば優秀なジョブの代表である【勇者】などと組んだ場合、俺がMVPを取れる可能性はかなり低くなるだろう。そうするとカードドロップもしないし、ドロップしても使えないしとデメリットばかりになる。
ではMVPを取られないような相手とパーティを組めばいいのかという話だが、わざわざ優秀じゃないとわかっている相手と組むのも嫌だし、相手だってそんな理由で組もうと言われたら嫌だろう。
だが、デメリットは多いが幾つかメリットもある。
(撃破)の条件だが、【俺が使役しているモンスター】は【俺の武器】扱いされるらしく、赤ずきんや他のモンスターを使って敵を倒す分には問題ないのだ。
そしてもう一つ、条件が厳しいだけあって補正もかなり大きいらしく、強化・コスト軽減・ドロップ率アップの効果がかなり高かった。
そういうわけで、俺はパーティとソロでメリット・デメリットを考えた結果、ソロの方が良さそうと判断し、学園にソロパーティができるようにお願いをしたというわけだ。
稲葉先生は試験官。俺が本当にソロでやっていけるか確かめるための立会人だ。
「……正式な決定はこの後会議をして出すが、私は問題ないと思う」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします!」
稲葉先生の目から見ても赤ずきんの戦いは危なげなかったようだが、なぜか顔には渋面が浮かび、言いにくそうに口淀んでいた。
「うむ……ああ、ところで堂島」
「はい?」
「お前はその……今のパーティメンバーはいいのか? 一週間一緒に戦ってきたんだろう?」
「それは……」
入学してからの一週間、午後の時間でずっと一緒に組んでいた相手だ。思うところがないとは言わない。
けど。
「……みんなには迷惑をかけますけど、一人の方が気楽なんで」
「そうか……」
あのパーティでずっと一緒に戦い続けている自分、というものが全く想像できなかった。
結局そういうことなのだろう。
◆ ◆ ◆
探索者学園の職員室の奥。
そこでクラス担任、学年担任、生徒指導やダンジョンでの実習担当など十人ほどの教員が集まって話し合いをしていた。
窓もない部屋で防音もしっかりしており、万が一にも外にも話が漏れないようになっている部屋なの中で、重苦しい空気を纏った教員たちの会話が続く。
「――パーティメンバーにも確認したところ、『堂島くんの希望ならパーティ離脱を認める』というのが全員の意見でした」
「そうですか……どうやら堂嶋くんは上手く馴染めなかったようですね」
「はい。私が担当したダンジョン実習でも使役モンスターと一緒に離れた場所で戦っていることが多かったです。他のメンバーとも連携などは見られませんでした」
「【魔物使い】の典型ですな」
「そうでしょうね」
【魔物使い】ジョブ。
多数のモンスターを使役し、時に一人でパーティに匹敵するほどの力を持つ特殊なジョブ。
このジョブ持ちに共通する特徴して『他の人間との協調性に欠ける』というものがあった。パーティを組んでも馴染めない一匹狼の人間が多いのだ。
全国のジョブ持ちの情報を集め、世界各国の研究機関とやりとりする中で発見されたジョブ習得の法則の一つである。
「やはり【勇者】と組ませた方が良かったのでは……」
「だが、下手に反発して万が一【魔王】が誕生してしまっては……」
「……あれは痛ましい事件でしたね」
【魔物使い】に対をなすのが【勇者】ジョブ。
協調性が高く人望があり、他者を導くスキルを習得してパーティの力を高めるジョブ。
このジョブ持ちは集団のリーダーになる人間が多いのだが、個人主義者の【魔物使い】とは反発しやすい傾向にあった。
「――彼の希望通り、ソロパーティを認めましょう。皆さんは事故が起こらないように対策をお願いします」
夜遅くまでかかった長時間の会議の結果、マサルのソロパーティは認められた。
【特殊使役術(撃破)】というソロ向けのスキルを習得したマサルをパーティに押し込め続けることに教員たちにも一抹の不安があったのだ。
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