第2話 アリスくんと白うさぎくん
僕、アリス・ブルーベルには好きな女の子がいる。
“首斬り令嬢”の異名で国中に畏怖される軍幹部でありながら、何だか精一杯背伸びして見える感じがすごく可愛い。(物理的にも、軍靴の底にシークレットヒールを入れて、小柄な身長を誤魔化している。ホント微笑ましいよね)
僕は彼女の気を引くため、わざわざ捕まれば斬首刑になるようなハートの女王法律違反を繰り返す。なぜなら、“首斬り令嬢”として罪人の拘束、裁判、そして死刑執行まで一連の流れを女王に任されているのが、死刑執行部隊長のあの子だからだ。そう、罪を犯し騒ぎを起こせば、あの子が追いかけてくれる。
とはいえ、僕も 好きな子に首をハネられて興奮しちゃうマゾではないので、いつでも逃げられるよう入念に準備をしている。
そして、実際、懐に忍ばせた不思議な小瓶【
時刻は午後3時。時間に正確な彼は、ちょうど中庭でアフタヌーンティーを一人楽しんでいる頃だろう。
予想通り、白銀の長い髪に、純白の燕尾服という、雪の妖精も嫉妬するほどに白一色の少年はそこにいた。
「やぁ! 白うさぎクン」
ラピは振り向きざまに、白い眉毛をひそめ、白く長いまつ毛を伏せる。
「はぁ。アリス君あのねその妙な呼び方はやめてくれ。私にはラピ・クロックフォードという誇り高い名があるのだからね」
銀縁の丸眼鏡を曇らせながら、不機嫌そうに熱々のダージリンティーをすすっている。あどけない印象の可憐な顔に反し、話し方はまるで老齢な学者だ。
「大体ね15時から15時20分のアフタヌーンティーは私の至福の時間なんだ。メアリー・アンにも誰も通さないよう言いつけてあったのだけどね。で一体何の用だい?」
ラピはせっかちなので、いつも間を詰めた早口で一気に話す。だから僕はつい面白くなって、必要以上にもったいぶって話すことで彼を苛立たせたくなってしまう。
「いやそれなんだけどねぇ。ラピはさぁ、一体、何の用だとーー」
「簡潔に話せ。私は忙しい」
ピシャリと遮られてしまった。サクサクと迅速かつ丁寧にマカロンを噛んでいる。甘いものを食べる瞬間だけ、幸せそうに目尻が下がり、大きな瞳がとろんと潤む。
「ハイハイ、分かったよー。ラピにお願いがあってきたんですよ。ね、天才博士?」
「ふん、承服しかねるね。ああ、君に理由を尋ねられるだろうから予め答えるが私は2日前の午後にも君に頼まれ【
仏頂面で一息に言い、話し終わるとすぐ、嬉しそうにモグモグとキャロットケーキを頬張り始める。
「うん、僕も今回はラピに断られちゃうと思ってねーーぱく」
言いながら、僕もラピの向かいの席に座り、ケーキスタンドの下段から、きゅうりのサンドイッチをつまむ。すると、
「おい、ボクのだぞ」
ラピが怒る。怒ると一人称が“ボク”になる。
「ラピ、きゅうりのサンドは好きじゃないでしょ。いいじゃん」
ラピはピシ、と人差し指を僕に向け、
「きゅうりのサンド以外、つまりボクの好きな甘いお菓子を盗ってみろ? ああん? 泥棒猫のアリスめ! 【
ぷく、と丸い頬を膨らまして拗ねている。
「アハハ、盗らないよー。ほら、ラピの大好物のクッキーだよ。食べな?」
僕から慌ててクッキーを引ったくってムシャムシャ食べ、そして機嫌をなおす。
「でさ、話を戻すけど、ラピに断られちゃうと思ったから、僕も考えたんだよねぇ」
「だからもったいぶった物言いはやめろ私は忙しいんだ」
「取引しようよ、ラピ」
「…………」
ラピの丸く小さな耳がピクリと動き、お菓子を選ぶ手が止まった。“取引”という単語に反応したのだ。
「ふん私はこのハートの国で最も歴史ある魔法士一族クロックフォードの第123代当主だ。つまり何が言いたいかというといくら顔が広い君といえど私を承伏させるほどの取引材料を用意出来るとは思えないね。お分かりかな?」
ラピは自慢げに胸を張り、ふん、とツンと上向きで小さい、キュートな鼻を鳴らす。そしてポケットから懐中時計を取り出して確認すると、
「13時19分2秒だ。58秒以内に私は研究室に戻らなければいけない。アリス君にも時間内にお取引き頂こーー」
僕はラピを遮り、話を続ける。
「これにはご興味がおありでは? さすがのラピ・クロックフォード博士でも、ね」
そして、もぞもぞとシャツの下を探り、ネックレスに吊り下げていたある物を取り出す。ゴクリと喉が鳴る音が聞こえる。
「そ、それはまさか……」
「ふふん、やったぁ♪ 手応えアリって感じかな?」
「……いいや、そのまえにまず、聞かせてくれ。アリス君、君は一体、何者なんだ?」
ラピが珍しく、ゆっくりとした口調で、丁寧に言葉を選びながら話している。
「私は君とは長い付き合いだけれど、私は君のことを何も知らなかったようだね」
そしてラピは長いため息を吐くと、懐中時計をしまった。時刻は13時21分を指していた。
不思議なアリスくんは首斬り令嬢が好き 猫屋敷みい子 @yukinoasobi
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