不思議なアリスくんは首斬り令嬢が好き

猫屋敷みい子

第1話 首斬り令嬢はアリスくんがお嫌い


「……うーん、つまり、僕と駆け落ちしたいってことでOK? イイね、賛成♡」

 アリスくんは、くすくす笑って、おどけた調子でウインクなんか飛ばしてきます。

 とても意地悪で、犯罪者のならず者だから、ハートの女王直属軍の死刑執行部隊長、つまりエリート軍人であるわたしをからかって楽しんでいるのです。


「解釈がおかしいです。女王陛下のお城まで連行し、調べにかける、と申し上げたのですが?」

「ふーん。僕って前向きなんだよねぇ♪  じゃあせめて、お城までお散歩デートってことでイイかな」

「いいえ、連行です」

 わたしは精一杯軍人らしく厳しい顔をつくり、キッと目に力を込めアリスくんを睨みつけ、

「トランプ兵、罪人に手錠を!」

 声高に背後に控えるトランプ兵に命じ、彼の両手に手錠を掛けさせます。アリスくんは、ゲェと眉をひそめ、

「お嬢はこういうのが好きなの? どっちかというと僕、逆のがイイなぁ。ねえ意味分かる?」

 悪戯っぽくぺろりと舌舐めずりをして見せます。

「ぎゃく? 女王陛下に忠実で、法律順守を徹底するわたしが手錠を掛けられる罪人になることなどありえませんが」

「あーハイハイ、お嬢は良い子ちゃんでエライね♪」

 アリスくんは、錠のかかった手で、わたしの頭を撫でてきます。

「なッ」

 奇妙な子供扱いをされ一瞬狼狽えましたが、ここで動揺しては死刑執行部隊長として“首斬り令嬢”の異名を持ち、国民の恐れを一身に集めるわたしの威厳を損ねます。ゴホン、と咳払いをして、無視を決め込むことにしました。

「トランプ兵、彼の両サイドを固めて連行なさい! この罪人は以前にも連行の途中で不思議な術を使って脱走しています。今度逃がせばお前たちの首もハネることになりますよ」

「「はっ!」」


 それぞれが、ここ、ハートの国の軍隊服を身につけ、胸の部分には与えられた称号である、エースの2と3の紋章が輝いています。軍部では番号が若いほど階級が上です。(ちなみにわたしはなんと最年少でエースの1を陛下に賜っています。えっへん)さて、華奢なアリスくんに比べ、彼らは二人とも筋骨隆々な大男で、日ごろからわたし考案の特別メニューにて鍛え上げた精鋭なのです。万に一つも脱走される可能性はないでしょう。

「ところでさ、お嬢?」

 この期に及んでまだわたしを揶揄おうとは、良い度胸ですね。これからお城に着いたら裁判にかけ、日が沈む頃には、わたしが直々に首をハネて差し上げましょう。

「ねえ、お嬢ってば! 僕のこと放っておいて良いのかなぁ?」

 相手にしてはいけません。アリスくんはわたしを揶揄って遊びたいだけなのですから。プイッとそっぽを向いて、ピンと姿勢を正し、お城への道を歩き続けます。道ゆく国民たちが、わたし達の、洗練された赤と黒の軍服およびトランプ階級を示す紋章に、恐れと敬意の眼差しを向けています。


 その時です。もくもくと香ばしい煙が立ち込めるのに気づきます。ハッとして隣のアリスくんを見ると、ごくごくと、ジュースでも、蜂蜜でもない、謎の魔力を帯びた液体を飲んでおり、

「ひゃ、うそッ」

 みるみるその身体が縮んでゆきます。すでに子供の姿になったアリスくんは、手錠を抜き取り、ポイと、液体が入っていた小瓶と共に放り捨てます。

「クスクス、また遊ぼうね、お嬢♡」

 気づいたときにはもう遅い。淡いブルーのベストとズボンをその場に脱ぎ捨て、ぶかぶかしてワンピースのようになった襟付きシャツ一枚の姿でぺたぺた裸足で逃げていきます。白うさぎもびっくりの逃げ足の速さです。

「やっ、やだ! 待ちなさい」

 わたしも全速力で追いかけるけど、

「アハハ、追いかけっこ? 楽しいな」

 ふわりとバターブロンドの髪をなびかせ、ひょいっと街の帽子店の塀をよじ登り、軽い身のこなしで屋根まで到達したかと思うと、

「ねえ、僕の子供姿どうー? なつかしいでしょ」

 もうどこかへ消えていました。声の方を向いても、そこにはいません。


 そして、無様に罪人を逃したわたしは、

「ああ、もう! あの人はッ」

 ママにおもちゃをねだる子供のように地団駄を踏みたいのをグッと堪えて唇を噛み、

「ゴホン。我がトランプ兵たち、焦ることはありません。急ぎお城へ戻り女王陛下に報告です」

「「はっ」」

 野次馬の嘲笑の眼差しを感じながらお城へ戻ったのでした。

 

 

 これだからわたしは、ハートの国の第一級犯罪者、アリス・ブルーベルが嫌いなのです。

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