第6話 恐怖

「うわあああああああああ!!!」


---なんなんだ?ここは?


札を剥がした瞬間、視界は暗転し、意識が朦朧とした。

真っ暗な視界の中で人?が苦しむような声が聞こえた。

ノイズ交じりでそれが人の言葉とは思えないが、確かに「痛い」「助けて」と。

意識が落ち着き、目を見開くとそこには---


血涙流し、皮膚が爛れているような見た目をしたナニカが真月を囲っていた---


額の位置に目があったり、不自然に巨大化した鼻や口といったパーツ

2足歩行で上から頭、肩・腕、胸、腰、足と人の形こそ成しているものの、名状しがたき化け物と言った方が正しいか。


真月は一心不乱にソレらの隙間を縫い、走り去る。

幸いにも足は遅い。ゾンビゲームの最初期に現れる敵キャラのようにいきなり走り出すようなことはなかった。

彼を捕えようとする動きも鈍く、休まなければその腕に捕まえられることはなさそうだ。

ただ、一心不乱に小池から通ずる小道を駆け抜け、開けた山道に抜けることができた。

化け物が現れる前は何度もループした鳥居は無く、簡単に---


整備が行き届いていない土の道に抜けた。


「はっ・・・はっ・・・」


真月は一人、息を切らし青ざめる。

山道から町を見下ろせば見えるはずの校舎が無い。

代わりに現代とは程遠い古い集落と農地だけが視界に入った。

いや、それよりもだ・・・


空は赤紫の不気味な色合いに加え、人の目や鼻、口といった顔のパーツが散らばるように一面に広がっている。


『死』


その一文字がこの異様な景色の中で彼の頭の中をよぎる。


(まだ、攻略法はあるはずなんだ、本当に『シラコ様』の怪異なら・・・)


後ろをふと振り返れば、そこにはゆっくりとこちらを追いかけてくる黒い影、あの名状しがたき化け物どもが一歩ずつ近寄っている。


「くそがっ・・・!」


真月は何かを求めるように再び走り出した。山頂・・・本来ならば自然公園のある広場に向かって。


「邪魔だ!見にくい化け物どもが!」


極限まで達した緊張状態は真月から子供らしさを全て消し去った。

なまじ頭のいい彼は、決して立ちすくむ事もなく、都度現れる化け物の追手を潜り抜ける。

正面から現れたのなら、まるでアメフト選手のようにフェイントを入れながら、その脇をすり抜ける。


しかし、決して急ではないが、勾配のある上り坂をほぼ全力で走り続けるには、体力がいる。

無酸素状態が続けば息も切れる。

追手との距離を考えながらなんとか休憩と前進を繰り返す。

汗が吹き出し、唾液は粘り気を帯び、心臓の音は激しく、苦痛にゆがんだような表情も見せ始めたころ

ようやく山頂、開けた場所に出ることができた。


そこには人影が一つぽつんと佇んでいた。

それは、今まで見てきた化け物とは異なり、長く白い髪、白い肌をした美しい女性だった。


「はぁ・・・はぁ・・・!」


膝を落とし息を整える真月に気づいた様子で、その女性はゆっくりと近づいてくる。

15歳くらいの年齢か。

白装束に足袋と草履を纏った彼女は、『昔の人』のような印象を受ける。

きっとそれは強ち間違いではないだろう。

アスファルトのような近代技術が消え、山道から見下ろした光景にも近代的建築物は存在しない。


タイムスリップ?それとも異世界?いずれにせよ、彼女は真月と同じ時代、世界の存在ではない。


「シラコ・・・様?」


目の前まで彼女は歩み寄った。160cmあろう彼女の体格は、140cmに満たない真月よりもはるかに大きく感じる。



「ボウヤ、たった一人?」

「・・・はい」


彼女は透き通るような声で真月に問う。

現状、敵意は感じないが、下手に刺激しないよう、簡潔に返答する。


「他に2人いたはず」

「・・・」


どうやら彼女は伊保と尋桃の存在を感知していたようだ。

彼女の反応から、どうやら彼女たちはこの世界に来ていないことは理解できた。

そして無事なのだろうという事も真月には理解できた。


「助けて・・・ください・・・」

「・・・ん?」


真月は彼女の袖をつかみ、涙をポロポロこぼしながら訴える。

彼女が何者なのかはまだ答えられていないが、すがることのできる相手は彼女しかいない。


「ここから・・・元の・・・世界に戻してください」


嗚咽交じりに顔を上げ、彼女の目をしっかり見つめる


「ここにはいたくない?」

「うん・・・」

「そう・・・」


「私も『逃げ出したかったわ』」


真月の右腕が、まるで刀で切り落とされたかのように切断された。


「ぴぎゃあああああああああ!!!??」


痛みと混乱で今何が起きているのか直視できない。

右腕から、壊れた蛇口のように吹き出す血潮、返り血を浴びた白装束の化粧は赤紫のこの景色によく映える。


「痛い!痛い!痛いよ!!助けて!!」


右腕を必死に抑え、地面に転がる真月。

その姿を見下ろし、不敵に笑うシラコ様。


「助けて?誰も助けにこないよ。皆一緒。ずっと一緒。そうしたのは、『お前たちじゃないか』」

「やめて・・・助けて・・・」


涙を流し、小便を漏らし、ガクガクと震える。

ゆっくりと近づくシラコ様の眼は笑い、黒く染まっている。

血なのか、涙なのか、赤い液体をその目と口から流していた。


「許してください!助けてください!!」


泣き声むなしく、シラコ様は真月の首に手をかける。


「やめて!やだやだ!やだあああああ!!」


彼女は彼の、その首を掻っ切った。










「だから『やめて』と言ったのだがな」

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