第5話 帰還

「うそでしょ・・・?」


尋桃は自分のスマホの画面と空を何度も見比べて、現状の異常性を確かめる。

スマホの時計は16時、すなわち午後4時で、夏場に日が沈む事なんてあり得ない。

月の姿は見当たらない。星の光も見えはしない。だけど見えるはずの青空は黒く、そこに暗雲がかかっているとは思えない。

ただただ夜のように黒く暗いのだ。

幸い周囲が見える程度には明るく、3人が池の前に存在することがせめてもの救いか。

そして3人共スマホの電波は当たり前のように『圏外』


「・・・ごめん」


開けてはならないパンドラの箱を開けた張本人として、真月はこの事態を呑み込めないまでも責任を感じていた。


「・・・謝るんはウチや、余計なこと言うたから・・・」


極度の絶望は人を冷静にするのか、3人まとめて誰も取り乱しはしなかった。

ただ、現実が受け止められず、何の言葉を発すればよいのか、どんな行動を取ればいいのかが分からない。


「はは、そりゃあ見つからんよ・・・」


乾いた笑いしか出てこない。真月の目には元来た小道にずらりと並ぶ『鳥居』

この異常な世界は、今まで過ごしてきた世界とは違う。ただそれだけは分かる。

幸か不幸か、目に入る情報があまりにも多くて処理しきれないから、発狂するタイミングを逃していた。


「伊保、尋桃、行ってみよう。ここで助けを待っていても、来るか分からない」


冷や汗をかきながらも、どこか高揚する自分がいた。

彼女達がどうなのかは分からない。ただ、不思議と冷静でいられる自分がいる。

知らない世界、初めての出来事。知るということはタノシイコト。


真月は二人の手をしっかりと握る。手汗は大丈夫だろうか?なんて思いながらも、しっかりと握り返してくれる二人の反応に少し安心した。

尋桃はがっちり腕にしがみついてくる。


ゆっくり、足を踏み外さないように、二人の歩幅に合わせてゆっくりと鳥居をくぐる。

何度も続く鳥居達。

暗いが鳥居以外は来た時と同じ風景が続いている。

もしかしたら、このまま元居た場所に戻れるのでは?そんな願望と祠が在ってほしい期待感がせめぎ合っている。

今日は心臓の音が良く聞こえる。

女の子二人に挟まれているからだろうか?それともまだ見ぬ世界への好奇心からか?


やがて、連続する鳥居に終わりが見える。来た時と同じだけ歩いたその先に---


---出発したはずの池の場所に戻ってきて、そこには人が、大人一人吊るせるだけの十字架とびっしり隙間なく張り巡らされた禍々しい札、そして同じようにお札で埋め尽くされた小さな『祠』


「うそ・・・」


真月の腕から滑り落ちるように尋桃は地面にへたれ込む。


---祠には触れることなく戻りなさい。触れてしまえば白き女に黄泉の国へと引きずり込まれるから


「・・・は、ははははははは!!何がオカルトだ!?違う!違う!!今日ウチらは初めてあの小道を通った!!初めて来た!!池に来た!!!ね!?そうでしょ!?」

「伊保・・・」

「伊保ちゃん・・・?」


伊保は真月から手を離すと、狂ったように叫び出す。

何が言いたいのか、恐らく、山道からつながる小道を正しい道順で通り、期待通りこの小池に『今日初めて』たどり着いたことにしたいのだろう。

鳥居は最初から立っていたし、この十字架が、祠が設置されていることも『最初から』そうだったんだと。

オカルトな現象を「なかったこと」にしたいんだ。


「なーにがオカルトだ!結局はただの与太話だったじゃーん!アハハ!ね!あったでしょ?祠?」


その瞳の焦点は合っていないようにみえた。


---寒い、痛いよ・・・お母さん。お父さん。助けて


幼い女子の声がする。

周囲の風景にノイズのようなものが走った。

一瞬だけ、十字架に人影が見えた気がした。

幼い幼い幼児くらいの人影が、大きさが不釣り合いなこの十字架に無理やり張りつけられた姿が。


「・・・っざけんなよ、クソが」


冷静になった伊保が、呼吸を整えながら、お札に埋め尽くされた祠を拳で殴った。

祠に触れてはならないとされていたが、現状は特に何も起こらない。


伊保は祠の扉に目をやると、明らかに扉を塞ぐようにして貼り付けられたお札に目が行った。

そのお札にゆっくりと手を伸ばすと---


「伊保、落ち着いて」


背後から真月に抱きしめられるように、拘束され、その手がお札に届くことは無かった。

真月も冷や汗を流しながら、恐怖か興奮からか呼吸が少し乱れ、心音は伊保の背中から伝わるほどに大きく鳴っていた。


「・・・よく落ち着いてられるね・・・こんな状況で!」


伊保は真月の腕を力強く振りほどいて彼の真正面に向き直った。

苛立ちの表情で彼の目をしっかりと睨みつける。

彼は異様なまでに落ち着いていた。


「僕がやる」

「は?」


真月は彼女と目を合わせることなく、祠をじっと見つめて、彼女の頭を優しく撫でた。

伊保と視線を合わせて、クスリとほほ笑んで、諭すように囁く。


「札を剥がすのなら、僕がやる。何かあったときは僕の責任でいいね?」

「・・・カッコつけてる場合?」

「じゃあ、君にこの役割を頼もうか?」

「・・・ごめん・・・」


小恥ずかしさからか、真月からの視線から目をそらして、ただ精一杯声を絞り出した。


「尋桃、伊保をお願い」

「うん・・・でも、大丈夫なの・・・?」


伊保は尋桃の胸に顔を埋めるように抱えられ、少し震えながらも尋桃は真月を心配していた。


「そんときゃ、そん時」


白い歯を見せながら笑顔を見せて、彼は思いっきり扉のお札を剥がした。


---バコン!


不自然に祠の扉は勢いよく開かれ、小池周辺には突風が吹き荒れる。3人共まともに目が開けられないほどに土や草や木の葉が飛び回る。


「何!?何なの!?もう!!」


伊保と尋桃が持つお守りがほのかに光っているように見えたが、それを直視することはできなかった。


---イダイイダイイダイ!!

---タスケテ!ダズゲデ!!


老若男女様々な悲痛な叫び声が、四方八方から聞こえてくる。

伊保と尋桃がうっすらと目を開けた先には---


---血涙流し、皮膚は爛れ、苦痛にゆがんだ表情で彼女たちの首元をつかもうとする人と形をしたナニカが迫っていた。


ただ、二人の持っていたお守りが閃光弾のように一瞬だけ輝いて、その後まるで体が浮遊しているような感触を覚えた。


首元を捉えようとしていた人影がだんだんと上に遠ざかる。

二人は浮いているというより、落ちていた。

真っ黒な何も見えない奈落の底に。

だけど、不思議と不安が無くなっていた。

夢うつつに目を閉じて、また目開けると、学校の視聴覚室で机に伏す様に眠っていた二人の姿があった。


跳ね起きるように二人は立ち上がり、お互いの顔を見つめ合う。

しばし無言の間が過ぎると、スマホの画面のと持っていたはずのお守りを確認した。

スマホには16時30分と表示されており、電波も問題なく通る。SNS等のインターネットも問題なく使用でき、リアルタイムで更新される情報に、現実に戻ってきたことを確認できたが、お守りの姿は無く---


真っ黒になった『灰』だけがあった。


そして何より、この視聴覚室に月詠真月の姿だけなかった

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