読みの恋
結騎 了
#365日ショートショート 021
僕は泉菜穂さんが好きだ。
はじめてクラスが一緒になった4年生の時、一目惚れだった。家のことで僕がいじめられていた時も、勇気を出して庇ってくれた。可愛くて優しい泉さん。本が好きで物静かな泉さん。6年生でまた同じクラスになれて、本当に嬉しかったのを覚えてる。
朝早く学校に行くと、僕は泉さんの机を掃除する。まだ空気が冷たい、誰もいない教室。硬くしぼった雑巾で、机を丁寧に拭いていく。ゆっりと、時間をかけて。僕がこうして彼女の机を綺麗にしていることを、クラスのみんなは知らない。引き出しの中には、読みかけの文庫本。僕もこの本、もう何回も読んだよ。
みんなが登校し始めて、教室が賑やかになった頃。泉さんも学校に来る。彼女は奥手で、人と話すのが苦手だ。ほら、今日もクラスの女子の輪に入れず、教室の後ろで立ち尽くしてる。寝てるふりをしながら、僕は彼女のことを観察する。朝の会が始まるちょっと前、泉さんは勇気を出して野上さんに話しかけたけど、無視されてしまった。大丈夫、落ち込まないで。僕がついてるから。
授業中も、僕の位置からは泉さんの席がよく見える。ああ、もう。また教科書を開かずにうつむいてる。心配しないで。そんな君の事情は、先生だって分かってくれてるはずだから。きっと当てられることはないよ。
学校が終わって、下校時間。当然、君の通学路は知ってる。泉さんが寂しくひとりで家路につくのを、僕は後ろからついていくんだ。前触れもなく君はふらっと車道に飛び出したりして、少し心配になるけれど。でも、君は賢いから。車に轢かれないことを分かってそうしてるんだよね。
家に着いて、君は静かに玄関を通り過ぎていく。今日も無事に、帰り着けたね。また明日。また明日だよ。
大丈夫、これはきっと運命だから。僕の家が代々、霊が見える家系なことも。君が、自分が死んだことをまだ受け入れられていないことも。絶対に運命なんだ。僕がずっと君を見てるから。大丈夫だから。
読みの恋 結騎 了 @slinky_dog_s11
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