英国数理社、我ら5教科ストライキに入れり!!

ヨシダケイ

英国数理社、我ら5教科ストライキに入れり!!

県立高校入試が来週に差し迫ったある寒い朝のこと。


いつものように目を覚まし、顔を洗い、朝食を取ろうとした瞬間、僕の耳に


「英国数理社の5教科がストライキに入った」


という驚くべき知らせが舞い込んできた。


「何かの冗談だろ?」


とツッコむ間もなく、

テレビ画面には記者会見中の5教科の姿が映し出されていた。


整然と並んだ英語、国語、数学、理科、社会の5人は、


「英国数理社、我ら5教科ストライキに入れり。繰り返す。英国数理社、我ら5教科ストライキに入れり……」


と、記者たちを前に声高らかに宣言している。



「一体、何を言っているんだ?」


はじめは何が起きたのか分からなかったものの、

ニュースを見ているうちに、段々と事態が飲み込めるようになってきた。



彼ら5教科の主張。


それは「受験科目としての出題ボイコット」であった。


「我々は受験の道具として長年酷使されてきた。しかし、もう我慢出来ない。我々の主張を認めない限り、今後、受験科目として出題される事を一切拒否する」


とのことだった。


いやいや待ってくれ!


な、何を言っているんだ、コイツらは?


5教科のストライキだって?


それって受験科目の5教科が使えないってこと?


そんなことされたらたまったもんじゃない。


この大事な時期に冗談じゃないぞ!!


僕にとって高校入試は人生の明暗を分ける一大イベントなんだぞ。




なぜなら僕の家は、潰れかけの金物屋。


塾に行くお金も無いし、両親も「高校出たら働け」という考えの持ち主。


そんな家庭の僕が出世するには「勉強」をして一流国立大学へ進学するしかない。


この国では、一流の学歴さえあれば、どんなに貧しくても、どんなにコミュ障でも、どんなに顔がイケてなくても、人生を有利に進めることが出来る。


小学校のころからコミュ障だった僕は、周りからイジられる格好の餌食だった。


おまけに僕の暮らす町は不良が多く、イジメなんて日常茶飯事。

僕は何度ヤツラに泣かされたことか。


そんな僕の唯一の味方が「勉強」だった。


才能なんて関係ない。


ただひたすらに時間をかければ結果を出すことが出来る、平等にして唯一の絶対評価、勉強、学力。


こればっかりは金持ちだろうが、イケメンだろうが、不良だろうが、簡単には手に入れることが出来ない。


だからこそ、僕は人一倍の努力とガリ勉のお陰で勉強が出来るようになり、誰からもバカにされなくなったんだ。


むしろ中学に入ってからは、皆、僕を尊敬の眼差しで見るようになった。


そう。


貧しい僕がのし上がるには、何が何でも県で一番の一流県立高校「南場湾高校」へ進学するしかないのだ。


無事「南場湾高校」に入れれば、更なる努力で、日本最高学府の「東帝大」も夢じゃない。


思い返せば中学の3年間。


不器用な僕は、友人も作らず、部活にも入らず、猛烈なガリ勉で5教科の点数を上げることだけに身を削って来たのだ。


もし今回のストライキで5教科を使えないなら、体育、音楽、美術で高校入試を受けなければならないなんてことになりかねない。


そうなったら大変だ! 


運動神経、音感、美的センス、どれをとっても平均未満の僕なら3流高校すら危ういかもしれない。


もし地元の不良共が行くようなガラの悪い5流高校にでも入ってみろ!


僕みたいなガリ勉タイプがイジメの標的にされるのは明白なデスティニーじゃないか!


そうなったらどうなる?


パシリやらイジメで、とても勉強時間なんて作れやしないだろう。


そうなれば「東帝大」なんて夢のまた夢になっちまう。


いや、それだけは防がねば!



僕の輝かしい未来の第一歩である高校入試をストライキなんかで潰されてたまるもんか!


こうなりゃ実力行使だ。


ヤツラ5教科の説得。


うん、これしかない。



僕はただちに5教科が立てこもる県の教育委員会に向かうことにした。


教育委員会へ着くと、ラッキーなことに、報道陣や他の大人を押しのけて僕は5教科と面会が出来ることとなった。


どうやら5教科は、模試で全国一位を取り続けていた僕の名前を覚えていてくれたらしい。


そのおかげで「会ってやろう」ということになったようだ。


よかった。よかった。


やはり偏差値は裏切らないのだ。


僕が部屋へ案内されると、そこにはソファでくつろぐ英語がいた。


「はじめまして英語さん」


僕は穏やかに挨拶したものの、英語は目を瞑りムスっと黙ったままだった。


うーん、ストライキの意志は揺るがないというわけか。


だけどこっちも引き下がるわけにはいかない。

僕は意を決して英語に話しかけた。


「あ、あの、僕は来週、県立入試を受ける中学生なのですが、ストライキを止めてもらいたく伺いました」


「SPEAK ENGLISH!」


ん?今何て言ったかな?


「SPEAK ENGLISH!」


英語は流ちょうな英語で僕にそう伝えてきた。


「スピークイングリッシュ……。つまり英語で話せってこと?」


頷く英語に僕は

「I want you ええっと……」

と英語構文を考えながら何とか伝えようとした。


だが、そんなしどろもどろしている僕を見ていると、英語は大きなため息の後、正面切って怒り始めたのだ。


「一体全体、その下手くそな英会話は何なんだ!」


真っ赤な顔で怒る英語に、僕は口をあんぐりしてしまった。

一体、何をそんな怒っているのだろう?


不思議そうな僕に英語は語り始めた。


「君達日本人は英語を義務教育にして何年になる? 70年は経っただろう! にも関わらず、その英会話能力の低さは何なんだ!」


ポカンとする僕をよそに英語は続ける。


「君たち日本人は、本当に英語を学ぶ気があるのか? 日本式受験のための受験英語クイズを学んでいるようにしか思えないんだがね。今の君がまさにそうじゃないか! 受験の難しい英単語を暗記しながら日常会話がろくすっぽできていない。本末転倒だと思わないのか?」


英語は中々鋭い事を言ってきた。

けど、そんなことを僕に言われても困る。


「そんなことを僕におっしゃられても。僕はただ高校入試に戻って欲しくここに来たわけであって……」


「入試に戻ってほしいか」

「はい」


小さくなる僕を見て英語は

「分かった。戻ろう」

と言ってくれた。


やったぞ! 何でも言ってみるもんだ。

僕の作戦が功を奏したぞ。


と喜んでいるのも束の間、



「ただし条件がある」


と英語は言ってきた。


「条件?」

「OH、YEAH」

「それはなんでしょうか?」

「英語入試の割合を、英会話とリスニングを8割、読解を2割にしろ。そうすれば戻ってやってもいい」


な、何をいってるんだこいつは!!


英会話? リスニング? 

僕に出来るわけがないだろう!


僕がせこせこ解き続けたのは読解問題ばかり。

会話とリスニングを8割になんてされたらどれだけ不利になっちまうか。


それに同級生の中には、ろくすっぽ英文も読めないくせに、ネットゲームで英語圏の友人と遊び惚けて会話だけは一人前なんて、厄介な連中もいるくらいだ。


点数配分を変えられたら奴らに負けてしまうではないか!


そんなことされてたまるか!


それなら、英語にはこのままストライキをしてもらっていた方がいい。

僕は早々にここを切り上げる事にした。


「英語さん。ワタクシ、あなたの高邁な精神に感激しました。入試にばかりとらわれてた自分を恥ずかしく思います。会話とリスニングこそが英語コミュニケーション。そのすばらしい考えを世に広めるためにも、ぜひストライキを続けてください」


僕に理解してもらったと勘違いし、まんざらでもない顔の英語をよそに、

僕は残り4教科の説得へ急ぐことにした。


次は国語だ。


こいつは厄介だぞ。


国語の試験内容は主に、小説、随筆文、古文、漢文の四構成。


「使われなくなった古文、漢文を学ぶ意味があるのか?」


の議題は数十年も議論されている。


小説に至っては、ある作品の問題で

「この時の登場人物のセリフについて、作者は何を考えいたか?」


の問いに、

作者の回答が

「締め切りが間に合わない。どうしよう!」

というものだったという笑い話もあるくらいだし。


そんな小説なんかを出題して何の意味があるのか?


という意見もあるくらいだ。


だがしかし!


問題点をあらかじめ知っているのは心強い。

これらについての回答はおおよそ検討がつく。


僕は模範解答を頭でまとめると、意を決し、国語に面会することにした。


2階のフロアでは、窓の外を眺める国語がいた。

僕は国語に近づき声をかけた。


「はじめまして国語さん」


国語は僕をちらりと見た。

するとちょっと眉をひそめながら、おもむろに口をひらいた。


「ニホンジンなら、ニホンゴをつかいたまえ」


「え? 日本語? 使ってますけど……」


「キミはカンジをつかっただろう? それは、ニホンゴ、とはいえないねぇ」


僕は唖然とした。


そう国語は、僕の会話の「漢字」に難癖をつけてきたのだ。

国語はしれっとした顔で語り始める。


「ニホンゴのオリジナルはひらがなとカタカナ。むかし、チュウゴクよりとりいれたカンジをもとにつくったものです。あたりまえのようにつかっているカンジはニホンのモノではありません。ニホンジンならただしいニホンゴである、ひらがな、カタカナをつかいましょう」


「オリジナルは英語じゃないか!」


というツッコミを入れたかったが、そこは大人な僕。

あえて入れず、国語の要求を聞いてみることにした。


「ワタシのようきゅうは、こくごニュウシにおけるカンジのハイシである。ひらがなとカタカナ。この2つだけしか認めない」


僕は「2という『数字』は使って良いのか?」

というツッコミより先に叫びだしそうになった。


「冗談じゃない」と。


漢字が得意な僕にとって、その禁止なんてとんでもない。

他の受験生と差を付けるチャンスを失ってしまうではないか。


それに、ひらがなとカタカナだけの表記なんて、読んでるだけで頭がおかしくなってくる。


これ以上の会話は無駄と判断した僕は、国語を後に3階へ急いぐことにした。


3階の会議室では数学と理科の二人が待機していた。


二人とも眼鏡をかけた痩身の、いかにも頭がキレそうな感じである。


これは前の二人よりも厄介な相手になりそうだぞ。


僕は意を決し二人に尋ねることにした。


すると数学と理科の考えは似ているようで、

彼らの主張は、


「理数的判断力の無い人間が巷に跋扈しているのを見ると、自分たちの存在を否定されているようで耐えられない」


といったものであった。


まずはじめに数学が話す。


「この国の人間は数字の詐欺にひっかかる人間が多すぎる。テレビで作為的に偽装された円グラフや棒グラフに疑問すら持たない者。身を崩してもギャンブルにのめり込み借金まみれになる者。本来、統計、確率、など数学の基礎さえ学んでいればこんな愚かな人間は生まれないはずなのに」と。


続いて理科も数学に続く。


「巷で流行る胡散臭い疑似科学。あれは何なんだ! 特にあの血液型性格診断とやらは本当に許せない。この前行った合コンで、私が血液型性格診断を否定した途端、奴ら、白い目で見てきやがった。その後、一人の娘に『今度、二人で遊ぼう』と連絡しても返事すらよこしてこない。そんなにB型の私が憎いのか、畜生! B型差別じゃないか!」


怒りと悲しみに打ち震える理科を見ながら僕は内心、


「断られたのはB型ではなく、そういう空気のよめないところでは?」


と内心思ったもののそこは大人な僕。

見事にスルーした。


それに僕は数学も理科も得意な人間。


受験では何としてでも彼らを味方につけねばならない。

これはチャンスだぞ。

そうだ、おだて作戦。

これしかない。

僕は、数学と理科に紳士的に語り掛けた。


「数学さん、理科さん。理数系が理解されないのはあなた方が悪いのではありません。それはこの国の大人達がバカだから仕方がないのです。怠けた大人どもは仕事や日常に追われ、物事の疑問すら持たないようしつけられてしまっているのです。その点、僕らを含めた中学生は安心です。そう、あなた方、数学・理科のおかげでこんなにも頭が良くなることが出来たのですから。むしろ、数学・理科に無知な人間を操り、ぼろ儲けができる。これはひとえにあなた方のお陰です。数学様、理科様への理解がある者は、理解の無い劣った人間を支配すればよいのです。本当に、ありがとうございます」


その後も、あの手この手で、僕は数学と理科を褒めまくった。


その甲斐あってか二人は僕に心を開き始め、最後には「そこまでいうなら」と受験科目に戻ってくれることとなったのだ。


よっしゃあ!!


この2教科ならば、僕は満点を取る自信がある。


英語、国語が出来ても数学、理科が不得意なヤツはごまんといる。


そいつらを出し抜くことも可能だ。


そうなりゃ「南場湾高校」合格間違い無しだ!


やったぞ。

これで東帝大も夢じゃなくなった。

一流高校に一流大学。

僕の未来はまた輝きはじめてきた。


だが僕が喜びに打ち震えているのも束の間、部屋の後ろにあるテレビ画面に突如、ある人物が現れた。


それは我が国の首相だった。


「は? 何で首相が?」


そして首相の隣には驚くべき者がいた。


そう、それは社会であった。

首相は口を開く。


「5教科のストライキ、まことに遺憾であり、慙愧に耐えがたく、本日は天気晴朗なれども・・・・・・」


いつもの中身の無い長い前置きがはじまりやがった、と思いながらも、首相は本題に入る。


「皆さん、我が国の高校進学率をご存知でしょうか? 99.9%。中学生のほとんどが高校に進学することとなっています。これ、ほとんど義務教育ですよね?」


何を言ってるんだろう、首相は? 


ただ何か嫌な予感がする。


「世界的な潮流で高校受験は廃止になっています。今回の5教科のストライキを期に、わが国でも高校受験を廃止にすることに決定しました」


な、なんだってええええええ!


「高校は中学と同じ学区内の高校へ通うこと! よかったね中学生諸君。もう受験に苦しまなくて済むよ」


笑顔でウィンクした禿げ頭の首相に殺意を覚えた僕だったが、

それ以上に、地元の不良どもと同じ高校に通わなければならないことに絶望していた。


ガリ勉の僕にとって唯一の味方は「偏差値」と「試験」だけだったのに。


あいつらと同じ学校に進むとなると、大学受験勉強もまともに出来なくなっちまう。


ああ。僕の輝かしい未来。


ベンツに乗り、プール付きのマンションに住む夢。


それらが崩れていく……


テレビの向こう側、首相の横でニヤリと笑う社会を見て僕はこう思った。



ああ僕の未来は「社会」に潰されたのだ、と。




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