【短編】目覚めたら三年前でした。
柚木 小枝
第一話 『起』
ピピピピ…。
「ん~…。」
いつものようにアラームの音で目を覚ます。
酷く頭が痛い。完全な二日酔いだ。
昨日の記憶を手繰り寄せようとするも、上手く思い出せない。
覚えているのは仕事帰りに同僚と飲みに行き、飲み足りなくて二軒目に行ったところまで。その後の記憶がない。
だが分からない事をじっと考えていても仕方がない。雪枝は頭を切り替えて支度を始める。
クローゼット内の服を探すが…
「あれ?」
探している服が見当たらない。雪枝は仕方なく手前にあった服を手に取った。
(懐かしい服だな。)
確か四年前?に購入した服。捨てていない認識はあるが、こんな手前に置いてたっけ?
疑問に思いながらも素早く着替えて家を出た。
◇◇
雪枝はいつもの電車に乗り、ドアに背を預ける。何気なく辺りを見回した。
見慣れた風景に変わりはないが、何処か違和感が。
いつも乗っているメガネのおじさんや、少し派手な女子高生がいないのか。他にも最近よく見掛ける顔ぶれが少ない気がする。
そんな事を考えながら、雪枝は鞄の中にあるスマートフォンを手に取った。
LINEが来ている。朝早くにLINEがあるなんて珍しい。
元彼と付き合っていた頃は通勤中にLINEをするのが日課だったが、別れてからは朝からLINEをする相手はおらず。たまに友人や同僚から飲みのお誘いがある程度。
正直、昨日飲み明かしたばかりで連日飲みに行く気にはなれない。断るにしても早めに連絡しないと。そう思い、LINEを開いた。
送り主は…
「げっ。」
約三年前に別れた元彼である。雪枝は眉根を寄せてあからさまに嫌そうな顔を浮かべる。
(なに?今更何なの。)
ただでさえ二日酔いでしんどいのに、更に気分が悪くなりそうだ。
未読スルーで鞄にスマホをしまおうかとも思ったが、やはり内容は気になる。
雪枝はトーク画面を開いた。
『昨日はごめん、言い過ぎた。けどお前も悪いんだからな。売り言葉に買い言葉でカチンときたっていうか。やっぱり電話じゃ顔見えないし、お互いの気持ちが分かりづらいと思う。今日帰りご飯でも行かない?会って仲直りしよ。』
「・・・・・は?」
(何言ってんだコイツ。寝ぼけてんのかな。それとも送り間違い?まぁいいや。ご飯なんて行く気ないし。っていうか仲直りなんてしなくて良いし。)
見なけりゃ良かった。既読を付けてしまった事を後悔する。
未読スルーにしていれば後々何か言われたとしても忙しくて見てなかった、で流せるのに。
だがここでふと嫌な可能性が思い浮かぶ。
(ちょっと待って。私、昨日の記憶ない。もしかして間違えて私から善希に電話掛けちゃったとか…?)
しまいかけたスマホを再び見返し、発着履歴を確認する。
(…最悪だ。私から発信してんじゃん…。)
眩暈で倒れそうになる。
どうしよう、何て返そう。そもそも何話したんだ、私は。
正直、今日は二日酔いもあってまだ頭が完全には起きていない。思考が回らない。
昼休みに返そう。仕事を始めれば昨日の事も思い出すかもしれない。
雪枝はとりあえず返信は保留にし、会社へと向かった。
◇◇
善希とは彼の浮気が原因で別れた。
雪枝は決して勘が鋭い方ではない。だが、そんな雪枝にも“女の勘”というやつは備わっていたようだ。
ある日、インスタで見知らぬアカウントからの“イイネ”とストーリーズの閲覧形跡があった。
普段なら特に気に止めない日常の一コマ。
だがこの時だけは、そのアカウントを見に行かなければならない衝動に駆られた。
すると出てきたのは、善希と思われる人物がチラついた写真の数々。
所謂、“匂わせ”だ。
腕時計やスマホ、アクセサリー等、彼女である
匂わせ女子はご丁寧にも日付まできっちり記載していた。自分の予定と照らし合わせれば一目瞭然だった。
『熱が出たから明日の予定は無しにして欲しい。』、『今日は残業で遅くなるから電話出来ない。』等々。誘いを断られた日と全てが合致。
雪枝は匂わせ女子の投稿を善希へと突き付けて別れた。
◇◇
出社して雪枝は自分の席に座る。
…が、何かが違う。
違和感の正体が分からず雪枝が頭に疑問符を浮かべていると、一つ下の後輩男子、仲田が雪枝に資料を手渡しに来た。
「おはようございます。これ今日の会議の資料です。チェックお願い出来ますか?」
「今日会議の予定なんて入ってたっけ?」
「やだなぁ。新商品開発会議、今日ですよ。あれだけ意気込んでたじゃないですか。」
アハハと笑い飛ばす仲田。雪枝は怪訝に思いながらも受け取った資料へと目を落とす。
(2019年?しかもこの商品、もう発売してるやつじゃん。)
「仲田君、これ過去資料じゃない?」
「え?」
「ほら、2019年になってる。」
資料に記載された年号を指差して指摘するも、仲田は小首を傾げる。
「今年2019年ですけど。」
「は?何言って…。」
そう言って机の上に置かれた卓上カレンダーへと目を向ける雪枝。だがそこにあるのは2019年のカレンダー。
「!?」
「何寝ぼけてるんですか。それともお疲れですか?しっかりして下さいよ!」
仲田は笑いながら自分のデスクへと戻った。
一方雪枝は開いた口が塞がらないといった様子。
(え…?何コレ。新手のドッキリか何か?)
辺りを見回してみるも、壁掛けカレンダーや隣の席に置いてるカレンダーの年号は2019年。PCの年号も…2019年だ。雪枝は慌ててスマホを開く。勿論それも2019年。
(…え、ちょっと待って。何コレ、夢?)
周りに気付かれないようにコッソリと自分の太股をつねってみる。痛い。夢じゃない。状況はよく分からないが、丸三年、遡ってしまったようだ。しかも自分だけ。
という事は…朝の善希からのLINE。あれは“元彼からのLINE”ではなく、今付き合っている彼氏からのLINEという事!?
ああ、思い出した。この時の喧嘩の理由。きっかけは些細な事だった。冗談から始まったつまらない言い合いが、いつの間にかヒートアップして大喧嘩に発展。確かにあの時は自分が悪かった部分もあるが…。
(いや、ありえないでしょ。)
この先起こる未来の全てを知った上で、もう一度付き合うなんて。
浮気男と時間を無駄に過ごすくらいなら、一人でカフェ巡りでもした方が有意義に過ごせる。昼休みに即効別れのLINEを送ろう。会って別れを告げる時間さえ惜しい。
そう考えた雪枝だったが、ふと仕事の手を止めて考える。
(待てよ、三年前の二月…って事は、あの“匂わせちゃん”との浮気前。確か彼女がインスタを投稿し始めてたのは…二月中旬以降。)
はっきりとした日付は覚えていないが、忙しくなる二月下旬前だった事は覚えている。
これは推測になるが、恐らくこの大喧嘩が原因で匂わせちゃんと急接近したのではないだろうか。インスタの投稿を見る限り、彼女はあざとい系女子。喧嘩で亀裂の入った自分達の間に入り込んで来たのだろう。
昼休みに三行半突付けて別れるのも悪くは無いが、このまま別れれば手ぐすね引いて待っている彼女の思う壺。それはそれで癪だ。
その時雪枝の脳裏に過ぎった言葉、それは『復讐』
目には目を、歯に歯を。匂わせには匂わせを…!
インスタを見て悔しい想いをさせられた。その想いをあの女にも味わわせてやる…!
そして善希がこの女と完全に切れた頃合いで、こっぴどく振ってやろう…!!
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