第二話 『承』
昼休みに入り、雪枝はLINEを開く。
善希から鬼のようにLINEが送りつけられていた。
(うげっ。暇かよ…仕事しろ。)
善希は営業職。外回りの合間に送ってきたのだろう。
げんなりしながらも一応全てに目を通す。最初の方は『なんで返事返さないんだよ?』等、文句のLINE。
だがそれは次第に力をなくしていく。
『どうした?体調悪い?』、『俺も言いすぎた、ごめん。』、『会ってちゃんと話がしたい。』
今となっては善希はどうでも良い存在。三年前の自分なら込み上げていたであろう怒りも、今はない。得意先にとりあえず頭を下げるように。自分を無にして薄っぺらい謝罪を述べるのは簡単だ。
『朝はLINE返せなくてごめんね。ちょっと体調悪くて。昨日の事は、私もごめん。私も会いたいのは山々だけど、今日はちょっと体調悪いから明日の仕事終わりでも良い?』
嘘はついていない。頭痛が酷いのは確かだ。
送ってすぐに既読がつく。
(早っ!どんだけ待ち焦がれてたんだよ。)
『大丈夫?無理はすんなよ。しんどかったら早退してゆっくり休んで。明日もしんどかったら明後日でも良いし。何なら、ご飯買って持って行こうか?』
「!」
少し意外だった。付き合っていた当初、こんな言葉を掛けられた事なんてあっただろうか。
振り返ってみて気付いた。
ああ、そうか。私もこんな風に素直に謝った事って…付き合い立て当初以来、ほとんどなかったかもしれない。
(ハッ!いかんいかん、大儀を見失うな。)
一時の優しさに絆されてはいけない。
雪枝はフルフルと頭を振って再びスマホに向き合う。今度はインスタだ。
既存のアカウントには友人や同僚が多数含まれている。
そんな中で匂わせ投稿をするのには躊躇いがあった。雪枝のキャラじゃない。知り合いに見られるのは恥ずかしい。これを見るのは匂わせちゃんだけで十分なのだ。
雪枝は友人には検索されないようなIDで彼氏専用と題した新たなアカウントを作成。
そして可能な限り過去からの写真を投稿した。勿論、添える文章は幸せいっぱいのラブラブコメント。お土産物屋で購入してくれたささやかなお菓子にさえも『嬉しい』と書き、彼の趣味に付き合わされただけの旅先でも『楽しい』の文字を添える。
そうして匂わせちゃんに送る渾身の攻撃インスタが完成。
完成といっても取り急ぎの急ごしらえ。まだまだネタは満載だが、十件程度投稿出来たのでひとまず良しとしよう。
(あの女のアカウントは…何だっけ。)
IDをはっきりとは覚えていない。薄っすらと記憶に残るIDを思いつく限り入力して検索。十数件目で見事ヒット。
雪枝は彼女の記事にイイネを残し、ストーリーズに足跡をつけた。
あとは彼女が見に来るのを待つだけ。来たかどうか分かるように、念の為ストーリーズもあげておこう。投稿にはイイネを押してこない可能性がある。
そうして雪枝は用意周到に罠を張った。
◇◇
一日の仕事を終えて帰宅。
今日という一日はいつも以上に疲れた気がする。好きでもない元彼相手に仕事の合間を見てLINEを送ったり、インスタを更新したり。謎の労力を使った。家に帰ってどっと疲労が押し寄せる。
雪枝はソファへと倒れ込んだ。そして寝ころびながら考える。
(なんでこんな事になったんだろ。)
いや、考えても仕方のない事だ。自分の意識だけ三年前にタイムスリップしたなんて非科学的すぎて原因を探りようがない。
ソファでうつらうつらしていると、昨日の(本来の)記憶がうっすらと甦って来た。
そういえば飲みに行った帰り、ベロベロに酔っぱらいながらも家路に着いた。その時ふと神社に立ち寄ったっけ。
『神様ぁ~。なんで真っ当に生きてる私が馬鹿を見るんれすかぁ~。納得いかないれす!私がマウント取れるような!一発逆転のチャンスをくらさい~っ!』
「・・・・あ。」
社の前でそんな事を叫んだ気がする。
もしかしてコレ、その時の願いが叶ったってこと?
ありえない話ではあるが、それ以外に思い当たる節がない。
いや、過程はこの際どうだって良い。そうだ、これは神様がくれたチャンスなのだ。折角のチャンスを棒に振るわけにはいかない。
雪枝は再びインスタを開いて匂わせちゃんの動向を確認した。
ストーリーズに匂わせちゃんの足跡アリ!
「よっしゃ!食いついた!!」
だが喜ぶのはまだ早い。投稿したインスタは十数件程度。しかも相手はまだ善希の浮気相手までには至っていないはずだ。タイミング的に匂わせちゃんが善希に想いを寄せているのは確かだろうが、見たからと言ってこの程度で相手がダメージを受けているとは限らない。
雪枝は追加でインスタとストーリーズを更新した。
◇◇
翌朝。
ぼ~っと起き上がる雪枝。インスタの更新に時間を割き、寝るのが遅くなってしまった。頭が痛い。今日のは完全なる寝不足だ。
もしかしたら昨日の丸一日は夢だったんじゃないか。
そう思い、スマホを見る。
年号はやはり三年前のまま。
(夢じゃなかった…。)
仕方なく雪枝はいつもどおり支度して出勤した。
電車でインスタを確認。昨夜匂わせちゃんの足跡があったのは確認済だが、その後の動向が気になる。
ストーリーズの閲覧履歴を見てみると…足跡無し。
やはりそう上手くはいかないか。通りすがっただけで二度と来ないかも。そうなると昨日の夜更かしが無意味なものになるが…。
そう思いながらも匂わせちゃんのページを開く。最新の投稿をタップしてみた。
日付は昨夜。夜空の写真に添えられた言葉は…
『好きな人に言ってもらった言葉、『みおちゃんには癒される。』あの言葉は嘘だったの…?彼女との楽しそうな写真を偶然見ちゃって涙が溢れた。私は心強くないから…。もう生きてけない…。』
(キタァァァ!!)
匂わせちゃんは典型的なメンヘラタイプ。最後の一文が演技である事は分かっている。
人間、本当に生きていけない等と思っていたらインスタ更新など出来やしない。かまって欲しいだけの投稿なのは見え見えだ。
それが分かる故に雪枝の顔は歪んでしまう。
こんなあざとい計算女に善希を取られたのかと思うと情けなくなる。いや、そんなあざとさを見抜けずまんまと騙された善希にも腹が立つ。
だがまぁ今は自分がマウントを取っている。この状態をキープしつつ、次なる手を考えなければ。隙あらば入り込んでくる女だ。油断は出来ない。
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