第三話 『転』
昼休み。
昼食を買いにコンビニへ。レジに並んでいる間にインスタを開いてみると、匂わせちゃんが新たな投稿をしていた。
『泣いてたって仕方ないよね。まだチャンスはあるはず。自分磨きを頑張って彼に振り向いてもらうんだ。』
(いや、立ち直り早すぎだろ。『生きていけない』は何処いった。)
一日も経たずに復活。か弱いどころかメンタル強すぎだろ。
思わず心の中で悪態をついてしまう。
とは言え、この様子ならまた自分のインスタを見に来る事だろう。決して隙を見せるな。仮に喧嘩をしたとしてもラブラブをアピールし続けるのだ。雪枝はインスタの更新に勤しんだ。
◇◇
この日は昨日の約束どおり、仕事終わりに善希とご飯に行く予定だ。本来の時間軸でもそうだった。
過去と違う点は、体調が悪い等の言い訳なしに今日にしてもらった事。
ただ気乗りしなかっただけだ。
喧嘩の直後で熱が冷めていなかった事もあり、余計にこじれそうだと思った。
結局、一日経っても二人の怒りは冷めぬまま。ギクシャクして食事を終えたのを覚えている。故に気が重い。
いや、臆するな。攻略法は分かっている。それに何より、今は怒りはない。ただ受け流す事等容易い。
いざ戦場へ。そんな面持ちで待ち合わせ場所へと向かう。
当時、何の連絡もなしに遅れて来た善希に腹が立ったのも重なって、余計にギクシャクしたんだっけ。
雪枝は待ち合わせ場所に到着して時計を見やる。時刻は十九時を回ったところ。確か善希が来たのは…二十分頃。
雪枝はその隙間時間を活用して更にインスタを更新。ストーリーズに待ち合わせ場所の写真をアップする。
『今から彼氏君とご飯♪楽しみ〜♪』
そんな事をしていると時間なんてあっという間に過ぎた。時計の針が四の数字を回った頃、慌てた様子で善希が到着。
「ごめん!遅くなって!!」
ゼェハァと息を切らして駆け寄る善希。当時の雪枝は、「自分から呼び出しといて何なの?LINEの一つぐらい送ってよ。」そう怒った。一昨日の喧嘩も尾を引き、喧嘩は更にヒートアップ。今回はそれを避けるべく言葉を変えた。
「大丈夫?事故にあったりしてないかって心配してたんだよ。」
はい、嘘です。事故になんか合ってないのは知っています。
だがここでは良い彼女を演じる。それには善希は少し驚いたような表情を浮かべている。少しの間目を瞬かせた後、申し訳なさそうに首を摩りながら視線を落とした。
「ごめん。間に合わなさそうだったから遅れるってLINE入れるつもりだったんだけど、得意先から電話掛かってきて…。」
「そっか。無事ならそれで良かった。じゃあご飯行こっか。走って喉も乾いてんでしょ。」
歩き出す二人。
当時は適当に見付けた居酒屋に入った。適当に選んだ店はハズレ。料理も酒も最悪だった事で二人の間の空気は更に険悪に。
出来ればそれは回避したい。当時とは別の道を行こうとするが、善希に止められてしまう。そしてその居酒屋の前へと差し掛かった。
(やっぱりその運命からは逃れられないか…。)
半ば諦めたように眉根を寄せる雪枝だったが、善希はその店の前を通り過ぎてしまう。
あれ?
そう思いながらチラリと隣にいる善希の顔を見やると、それに気付いた善希が雪枝へと視線を合わせた。
(やばっ。不自然なタイミングで見上げちゃった。)
慌てて視線を逸らすも、善希は雪枝の方を見たまま。そして少し心配そうな表情を浮かべて雪枝の顔を覗き込んだ。
「この道の突き当りに身体に良さそうな野菜メインの料理屋あるんだけど、そこまで歩けそう?」
「えっ?」
思わず再び善希へと顔を向ける。雪枝の目の下のクマに気付いたのか、善希は雪枝の頬にそっと触れる。
「顔色悪いな。今日も体調悪い?やっぱ今日はやめとく?」
「い、いや。大丈夫…。」
「無理させたみたいでごめん。本当にしんどくなったら遠慮なく言えよ。」
意外な一言に思わず胸がトクンと鳴る。
雪枝は慌てて首をフルフルと振り、危うく持って行かれそうになった心を取り戻す。
そして善希が選んだ小料理屋に入った。食事は三年前に訪れた居酒屋とは違って段違いに…
「…美味しい。」
「だろ?…って、俺も今日初めて入ったんだけど。雪枝、体調崩したって言ってたからさ。こういう店の方が良いかと思って。職場の子に訊いたんだ。」
「!…ありがとう。」
「へへっ。好きなもん頼めよ。今日は俺の奢り。」
「えっ!いいよ!今日は仲直りデートでしょ?だったら割り勘で…。」
普段のデート費用は奢ったり奢られたり。善希が奢ってくれる事が多いが、喧嘩の後の仲直りデートは割り勘にしている。特に取り決めたわけではないが、暗黙の了解でそうなっていた。だが善希は雪枝の言葉に首を横に振る。
「いいって。体調悪いのに来てくれたんだろ?」
これは単なる寝不足です。インスタ更新の為の。…とは言えない。
「待ち合わせに遅れた詫びも兼ねて。それに…。」
「?」
「あ。あー…いや、何でもない。」
なんだろう。言い淀むような事…。
雪枝はすぐにピンときた。匂わせちゃんの存在に罪悪感を感じているのか。
雪枝は思わず引きつり笑いを浮かべそうになるが、ぐっと堪える。ここでボロを出しては今までの苦労が水の泡だ。何とか平常心を保った。
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