第四話 『結』
明日は久しぶりにデートの予定。けれど善希は確か…
『明日なんだけど、熱出たから今度でもいい?』
LINEがきた。
私は知っている。これが仮病であるという事を。
後日匂わせちゃんのインスタがアップされるのだ。『一緒に過ごせて、手料理を食べてもらえて嬉しい♡』という彼の部屋が写った写真が。
そうはさせるか。
『大丈夫?私ご飯作りに行くよ。風邪で動けないなら、ろくなもの食べてないでしょ?』
『移したら悪いし、いいよ。』
やっぱりそうくるか。けど私は引き下がらない。
『そんなの気にしなくて良いって。しんどい時はお互い様。食べやすいメニュー考えて材料買ってくね。』
それ突撃~!
ドラ●もんの歌のような明るく愉快な気持ちにはなれないが、善希の家へ。
インターホンを鳴らすと、中から善希が出てきた。
「いいって言ったのに…。」
熱さまシートをした善希は見るからに具合が悪そうだ。明らかに熱のある顔色。雪枝に気を遣っているのか、移さないようにとマスクをしてくれている。
(本当だったんだ…。)
「熱は?」
「38.5度。」
「寝てなよ。ご飯作るから。」
「いいって。帰れよ。」
「こんな状態の善希見て放って帰れないよ。」
「…楽しみにしてたじゃん。」
「?」
「今度また新商品のプレゼンあるんだろ。ただでさえ病み上がりなのに。移してお前が体調崩したら嫌だし。」
「!」
(そんな事、考えてくれてたんだ…。)
きゅっと胸が締め付けられる。
雪枝は胸の前でぐっと拳を握り、半ば強引にズカズカと善希の部屋へと上がり込んだ。
「ちょ!」
「善希は寝てて。私なら大丈夫だから。私の事が心配だって言うなら早く良くなって。」
「雪枝…。」
そうして雪枝はご飯を作り、善希の看病をする事に。
夜には善希の熱は39.5度まで上がり、うなされるように眠っていた。息も荒い。
雪枝は夜な夜な善希の熱さまシートを取り換え、汗を拭き、徹夜で看病した。
(あの匂わせちゃんも…こんな風に看病してたのかな。)
人間、弱っている時には心細くなるものだ。しかも彼女との仲が険悪な時に、別の優しい女がつきっきりで看病なんてしてくれたら…ころっと落ちてしまうのも分からなくはない。
まぁ、彼女がいるにも関わらず、別の女を家に上げるのはどうかと思うが。
だが
そうして夜が明け、雪枝は気が付けばベッドの淵で眠りこけていた。
先に目が覚めたのは善希。善希は雪枝の髪をそっと撫でた。
◇◇
そして次の休日。運命の日。
本来の時間軸で、この日は善希と匂わせちゃんが浮気デートをする日だ。
雪枝は二人が現れる現場近くで待機。三行半突き付ける際の証拠写真を収める為だ。
そう自分に言い聞かせる雪枝だが、心のどこかで違う感情が芽生えている。
来ないで欲しい。
二人が一緒にいるところを見たくない。
一瞬過ったその言葉を慌てて振り払う。
だが、暫く待つも二人は現れない。
雪枝が看病した事で未来が変わってしまったのだろうか。そんな事を考えていたら、背後から聞き覚えのある声が上がった。
「彼女なら来ないよ。」
一瞬で血の気が引く。声の主は善希。
いや、その前に待って。今、何て言った?
雪枝は恐る恐る振り返る。善希は雪枝をしっかりと見据えていた。
「雪枝も…2022年から来たんだろ?」
「!!」
雪枝…も?
ドクン、ドクン。
雪枝の心臓は大きく脈打つ。
「俺が
「…な、なんで?」
「雪枝のインスタ、見つけた。」
「!!」
雪枝の頬に一筋の汗が伝う。
匂わせちゃんに罠を仕掛けたつもりが、自分が罠に絡め取られた?
雪枝が言葉を失っていると、善希が深く頭を下げた。
「雪枝、本当に…ごめん!!」
「…っ?」
善希の突然の行動に頭がついていかない。雪枝が目を瞬かせていると、善希が顔を上げて続けた。
「お前がこんなにも俺の事、想ってくれてたなんて…!」
「!?」
「雪枝も俺とやり直そうと思って頑張ってくれたんだな…!」
(なんか良い感じに誤解されたァァァ!!ヤバイ、なんか超恥ずかしい!!)
今度は違う意味で開いた口が塞がらない。唖然とする雪枝を前に、善希は頭を掻いた。
「ああ…、いや。このインスタがなくてもさ。俺からちゃんと言うつもりだったんだ。」
「え?」
「別れてからずっと後悔してた。俺、やっぱり雪枝の事が好きだ。雪枝以外考えられない。だから、もう一度…俺とやり直してもらえませんか?」
真っ直ぐに見据えられた善希の表情は真剣そのもの。
それを見た雪枝の頬には、気が付けば一筋の涙がつたっていた。
本当はずっと…その言葉が聞きたかった。
涙は堰を切ったように溢れ出る。
それを見た善希はあたふたとするが、静かに頷く雪枝を見て、善希は雪枝を抱き寄せた。
私も言葉が足りていなかった。
いつしか隣にいる事が当たり前になっていて、求めるばかりになっていて。
些細な気遣いにさえも感謝を述べられていなかった。
有難うやごめんね、嬉しいといった感情を届けられていなかった。
少しのすれ違いから生じた綻び。
彼がそうしただけじゃない。私も彼にそうさせていたんだ。
最も大切な、一番伝えなきゃいけない気持ち。
私も貴方の事が、大好きです。
後日談たが、雪枝がお願い事をした神社で、善希も同じ事を願ってたんだとか。
“もう一度チャンスを下さい。”
これは二人の願いが重なり、起こした奇跡の物語。
※ 近況ノートにあとがきを掲載しています。
【短編】目覚めたら三年前でした。 柚木 小枝 @koeda38
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