第18話 勝てたやつはたまたまそこにいただけ

「あんた、この人を連れて逃げようとしたのね?この裏切り者!!」


「あんたこそなによ!初めて会ったからって彼女面して、あげくのはてには実力もないくせに私たちに支持しようとしてきて、むかつくのよ!いい?今後一切、私には関わらないで!」


「こっちこそあんたと話すことなんて願い下げよ!二度とあんたの顔なんて見たくないわ!」


今、俺の目の前で、ふたりの女が争っている。まったくもって信じられない事だが・・・俺を巡って、だ。一言だけ言える。俺の人生に、こんな場面が出てくるなんて、思いもしなかった。


嬉しい?たしかに、嬉しいっちゃ嬉しい。だが、争いごとは好きじゃない。できれば関わりたくない。俺はずっとそうだった。そのせいで、受験にも就職にも乗り遅れてしまったのだけど。


今までの俺の人生、歩んできた道を考える。思えば俺が生きていた時代は、俺と同じような人生を歩んでいる仲間がたくさんいた。そいつらはみんなこぞって赤提灯やらコンビニの安酒やらを買って日々の疲れを麻痺させ、翌日思い出したようにまた仕事に行く。ストレスをため込んで帰ると、AV見てシコって寝る。その繰り返しだ。


彼らは苦しんでいる。俺も同じだからその苦しみが分かる。何もない、ホントに自分には何もないのだな、という気持ち。同じ貧乏でも、若い青年と中高年のオッサンとではマジで何もかもが違うのだ。前者には、未来がある。青年は、どんなに貧乏であっても、未来がある限り幸福だ。ここを間違えてはいけない。人間が本当に不幸になる時は、若くて貧乏な時じゃない。その時は突然やってくる。自分には可能性も金も信頼も友情も愛情も何もかもない、負け組が確定していると心の底から実感する、恐ろしい瞬間だ。テレビを見ながらパスタを食べてるときに、急に「もしかして、オレ、このまま死ぬのか?」となる。箸を持つ手が小刻みに震える。涙が溢れてくる。自分なりに、一生懸命生きてきた。仕事も頑張ったし、贅沢もしていない。きわめて真面目にやってきた。それなのに、それなのに、なんなんだこの差は。いったいどういうことだ。だが間違いなく言えることがある。自分は、このまま死ぬに違いないということ。誰にも顧みられず、誰にもくにもされず、ソウイフモノニワタシハナリタイなどとうそぶく奴は偽善者だ。悪の権化だ。そいつは、孤独の本当の恐ろしさを分かっていない。地獄みたいなこの世でさらに地獄に放り込まれる、社会のやりたくないこと、見たくないもの、汚いもの、辛いもの、これらすべてを負わせられる。これが、俺たちなのだ。


だが、男が全くいなくなった世界にこうしてやってきた途端にすべてがあまりにも変わってしまった。信じられないことだが、俺はモテている。前の世界でどんなになけなしの金払って高級レストランに連れて行っても、告白すらこぎつけなかったこの俺が。なぜか。理由は単純だ。


そう考えると、妙に哀しくなってしまった。いま俺が生きている世界には男がいない。人間もほとんど死んでしまった。そんな世界でも、こうして争いは絶えない。この世界では俺は財産なのだ。俺を奪い合って女たちは争いを起こすだろう。そして、なぜ俺がそんなモテているのかというと、ここにたまたま俺がいるからだ。それ以外の理由はない。


どうだろう?俺は前の世界の人間たち、いまを生きている人間に問いかけたい。勝った者は凱歌がいかを上げるがいい!だが、それは本当に君だけの功績か?確かに君はたくさん勉強もした。就活も頑張った。それは認めるし、それができなかったからこそ、辛い今があることも認める。だが、君たちが勝てるのは、負けている人間がいるからこそだ。いまこの瞬間も死にたいと思いながら辛い人生を送っている、想像以上に多くの人たちを踏み台にして、君たちは勝利の雄たけびを上げているのだ。もっと言うと、君たちは、たまたまそこにいたから勝てただけなのだ。だから何だ、と言われれば確かにその通りで、負けたやつが悪い、といわれてもグウの音も出ない。君たちの幸せを邪魔したいなんて思わない。だが、せめて邪険にしないでほしい。鼻で笑わないで欲しい。俺たちも生きているのだ。幸せになりたいのだ。なぜ、存在してちゃいけない?なぜ、同じ空間にいるだけで嫌な顔をされなくちゃいけない?狂ってる、狂ってるよ。全部自己責任か?俺たちも努力をしている!みとめてくれ!





「やめろよ。くだらないだろ。」


「何言っているのよ!もとはといえばアンタのせいよ!義務だの使命だのワケワカンナイことばっかり言って、要するにいろんな女とやりたいだけなんでしょ!」


とうとうキョウカは泣き出してしまった。


「くやしい。くやしいのよ。アンタもみんなにいい顔して喜んでないで、1人に決めなさいよ!そうすれば諦めがつくでしょ!ミサトが好きって言いなさい!ミサトと結婚しなさいよ!いつまでもぐずぐずしてると、みんな離れていくわよ!」


「そういうわけじゃないよ・・・」


語尾には元気がなかった。キョウカの指摘はもっともだ。俺は、結局いろんな女とやりたいだけ。ジジイの使命にかこつけて、本能の赴くままに行動しているだけ。考えてみれば、これは酷い話だ。女たちにしてみれば、自分の好きな男が毎晩違う女とセックスしているのを考えるのは嫌だろう。


「・・・ミサトはどうだ?俺が他の女と一緒になっているのをみるのは嫌か?」


「・・・うん。」


ミサトは遠慮がちにうなずいた。


俺の中に、ある一つの決意が芽生えた。


「わかった。俺はいまから一人で出ていく。」


ミサトもキョウカも、目を丸くして驚いた。


「だめよ。そんなことしてなんて言ってない。」


「いや、たぶん、これが一番いい解決法なんだ。俺が一人いても、争いのもとにしかならないだろ?それに、俺はお前が言う通り、もっと多くの女とやらなくちゃいけない。いや、正直じゃないな。やりたい。俺はやりたいんだ。女といっぱいやりたい。そういう生き物なんだよ。許してくれ。」


「待ってよ!」


ミサトが言った。


「あなたの子どもが生まれたら、どうするの?」


「お前が育てろ。」


「冗談じゃないわよ。守ってくれる男もいないのに、子育てなんかできるわけない。」


「だからみんなで助け合えと言っているんだ。争いは何も生まない。みんなで助け合って暮らせよ。赤ん坊もみんなで育てろ。ハッキリ言うが、俺一人の存在なんて大したもんじゃない。いたってどうしようもないさ。」


俺は振り返ると、たった一人で歩き始めた。


「行かないでよ!」


後ろからミサトの声がした。悲しい、引き絞るような声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

救世主はいつだってダサいもんだ いなせ小僧 @kissuiboy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ