第24話 人斬りならぬ妖怪斬り
都内某所にある音楽スタジオ。その中では銀髪の中性的な容姿の人物と、水色の短髪の青年、深緑色の長髪の青年がセッションを行っていた。 彼らはヴィジュアル系ロックバンド『Schwarz Rose.(シュヴァルツ ローゼ)』。黒薔薇の姫君【Sino(シノ)】と、それを守る闇の騎士【Migen(ミゲン)】【So(ソウ)】という設定で音楽活動を行っている。 そんな彼らの演奏を見守るのは、彼らのローディーである【葛城 八束】だ。一通り演奏が終わった後、彼は3人に拍手を送った。
「うん、いい感じだな!あとは来週の夜会に向けて通し練でいけそうだ!」
演奏技術には未熟な点もあるが、3人とも歌唱力とビジュアルはプロと遜色ないだろう。そんな自信が八束にはあった。
「ありがとうございます!」
「よっしゃ、次の夜会楽しみだな〜!」
演奏終わりのシノは汗を拭いながら笑顔で返し、ミゲンは小さくガッツポーズをした。 一方ソウはピアノ代わりのキーボードを見つめたまま俯いている。元々彼は無口な方であるが、気になった八束が声をかけた。
「ソウ?いい演奏だったと思うけど、どこか心配なところあったか?」
「……あっ、ううん。演奏じゃなくて…明日来るマネージャー、どんな人かなって」
「あ〜それか。俺もまだ会ったことないからどんな感じか分からないんだよな。でも事務所の人達みんなに信頼されてるっぽかったし、当日はみんなで顔合わせするし、大丈夫だって!」
Schwarz Rose.の3人はとある中小音楽事務所に所属しているが、今の所マネージャーはついておらず、八束がマネージャー業務も兼任していた。というのも、ミゲンがサボりがちだったり、ソウがマイペースのあまり独断行動をとりがちだったりして、来るマネージャー全員逃げてしまうというのもあったが……。
「今回はマジで大人しくしてろよ2人とも」
「き、気をつけるってシノちゃん、そんな睨まないでよ〜」
「……ごめんなさい」
「まぁまぁ、ミゲンもソウも悪気があるわけじゃないからそんなに怒ってやるなよシノ」
何かしらやらかすミゲンとソウにシノが説教をし、八束が間に入る。すっかり彼ら4人の日常光景になりつつあった。
(それに、あんまりプライベートにずかずか入り込まれると俺の正体がバレる可能性もあるしな……気をつけないと)
一方八束は、別のことを心配していた。 八束は表向きにはローディーだが、その正体は別の世界から現代に転生した妖怪・土蜘蛛である。転生前は一人旅で日本各地を巡っており、人間との交友関係も広く浅く保っていたことから、転生後の生活に困ることはそうなかった。 しかし現在、八束は自分と同じ、死後現代に転生した立場の妖怪たちと、四辻荘で暮らしている。彼のプライベートに踏み込まれすぎると、自分だけではなく仲間たちの身も危うくなる。彼はそれをよく知っており、今度来るマネージャーに対しても距離感に気をつけて接するつもりでいた。
一方、八束と同様の心配をしている者がこの場にもう1人居た。
(八束さんと会う前のマネージャー、俺たちの正体がバレたせいで辞めることになったんだよな……あの時は紫香さんが駆けつけてくれたおかげで有耶無耶にできたけど。俺自身もボロ出さないように注意しなきゃだけど、それ以上にミゲンとソウを見張っておかないと何やらかすか分かったもんじゃない……!)
Schwarz Rose.の3人もまた人間ではなく、それぞれ篠笛・三味線・箏の付喪神だった。八束と違う点は、彼らはこの世界に古来から住む妖怪であるということ。それでも人間に正体を隠して生活するということの難しさは、シノたちもよく理解していた。
尚、シノ・ミゲン・ソウの3人は八束の正体を知っているが、八束は未だに3人が付喪神であることに気づいていない。何度かカミングアウトの機会はあったのだが、シノに度胸がなかったり、八束に仕事の電話がかかってきたりでタイミングが合わず、ここまで来たのである。
「それじゃ、今日はとりあえず解散だな!俺、会社に荷物取りに行かないとだから今日は見送りできないんだけど……」
八束は荷物をまとめ、一足先にスタジオを出ようとする。3人を心配した発言に、ミゲンが笑顔で安心させた。
「大丈夫だよヤッチ〜、飯食べて帰るだけだから!」
「そっか、あんまり寄り道せずにまっすぐ帰るんだぞ!じゃあまた明日!」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様、でした」
八束はそれを見て大丈夫だろうと判断し、自身が所属するレコード会社に向かった。残った3人も片付けを始め、夕飯を食べるためにスタジオを後にする。 レコード会社に着いた八束は、荷物を取りに事務室へ向かおうとした。 受付の方向から、一人の人物が歩いてくる。
「お疲れ様です!」
八束は反射的に挨拶をした。夜遅くまで居残っていた社員の一人だろう、とその時には思っていた。
「……」
しかし、すれ違った男性は八束に会釈だけ返し、彼とは逆方向に歩いていく。 八束には、その人物に見覚えがなかった。不審に思った八束は、受付の女性に先程の人物について尋ねる。
「お疲れ様です。さっき出て行った人って……」
「あぁ、ローディーの方に用があったみたいですけど、今は居ないって言ったらすぐ帰っちゃいましたよ。葛城八束さんが担当してるバンドのマネージャー、とか言ってましたっけ……呼び戻しましょうか?」
「あ、それなら大丈夫です。明日バンドメンバー含めて顔合わせする予定なんで。自分もこれで失礼しますね!」
どうやら先んじて八束に挨拶に来たらしい。お互いの顔を知らないので起こり得たすれ違いだろう。八束はあまり気にせず、書類を取って四辻荘へ急ぐ。
(早く帰らないと伊吹が腹空かして待ってるだろうしな……いや、あいつのことだからゲームに夢中で夕飯自体忘れてるかもしれないけど。……今日は、黒瞳も帰ってきているといいんだが)
八束は四辻荘の一〇二号室で酒呑童子の伊吹と共に住んでいる。普段は管理人である壱子に夕飯を作ってもらっているのだが、彼女は今実家に母が帰ってきているため四辻荘にいない。伊吹が家事全般、特に料理が苦手な都合上、必然的に八束が夕食を何とかしなければならないのだ。伊吹が「放っておけばいずれ帰ってくる」と制止したため、現在行方知れずとなっている黒瞳を捜索することこそないものの、八束は彼なりに、伊吹の妹にも見える少女の身を案じていた。
一方その頃。 夜の繁華街を歩くSchwarz Rose.の3人は、談笑しながら帰路についていた。
「睦月の夜会、楽しみだよな~ソウちゃん!年明け一発目のライブだし、ワクワクするよ!」
「そうだね。ミゲンのソロ曲も民のみんなに初披露できるから、楽しみ」
ミゲンとソウは自分たちより小柄なシノの頭上で笑い合う。一方真ん中に挟まれていたシノは、タブレット端末をじっと見ながら歩いていた。気になったミゲンはシノの肩をポンポンと叩く。 「シノちゃ~ん?歩きながらi*ad見てると危ないよ?」
「!あ、あぁごめん……」
よほど画面に集中していたのだろう。シノは肩を叩かれてようやく自分が話しかけられていることに気づき、タブレット端末を鞄にしまった。
「何、見てたの……?」
「今度の新曲の譜面。間奏のところ、俺だけ遅れるからもっと練習しないとと思って」
「真面目だな~シノちゃんは。……おっと、オレらが不真面目なんだ~ってお小言はナシね?最近はオレもソウちゃんも頑張ってるし~」
「言わないよ、今日もミス少なめだったしな2人は。……明日から新しいマネージャーも就いて、今まで以上にバンド活動が動き出す。センター張ってる俺が2人に後れを取るわけにはいかないんだ」
ソウに尋ねられたシノは、バンドのために自分が人一倍練習しなければならない責任感を見せつつ語った。ライブでは姫として女性的な振る舞いをする彼だが、素の性格は3人の中で一番男前だった。 それを聞いていたミゲン、ソウは無言でシノを抱きしめた。自分より大柄な男性2人にサンドされたシノは身動きが取れずにもがく。
「ちょっ、何だお前ら!?ここ人通り多いんだから迷惑だろ、離れて!?」
「いや~、我らが姫様はオレらがしっかり支えてやんないとな~」
「うんうん」
傍から見れば成人男性たちが酔った勢いでじゃれ合っているだけだが、数十年を共に生きてきた、幼馴染以上に強い縁がそこにはあった。 「もう、恥ずかしいって2人とも、子どもじゃないんだから……!?危ない!!!」
年甲斐もなくじゃれついてくるミゲンとソウに照れていたシノは、突然何かを感じ取り、その小柄な体躯からは想像もつかないほどの腕力で2人を突き飛ばした。
突如頭上から降ってきた、自分たち3人のみに向けられた、殺気。 それがぶつかる寸前で付喪神のシノが察知したのは、ある種奇跡と言えるのかもしれない。
「―キヒヒヒッ、斬りがいのありそうなヤツ、見ィつけたァ♪」
翌日、八束は新マネージャーとの待ち合わせ場所である喫茶店への道のりを小走りで駆けていた。彼としては珍しく、遅刻ギリギリなのである。
「マズいな、間に合うか……?音楽業界では10分前行動が基本だってのにやっちまった…こんなことなら遅くまで伊吹のゲームに付き合うんじゃなかったよ……!」
昨晩帰った八束は腹を空かせていた伊吹に「遅い!!」と怒鳴られ、お詫びとして彼とゲームの協力プレイに付き合った。ゲームは深夜1時まで続き、八束が床についたのは深夜2時。彼はどれだけ短い睡眠でも定時に起きることができるのだが、帰ってすぐ夕飯及びゲームをしていたため朝の支度に手間取り、そして今に至る。
(今頃新マネージャーとバンドメンバーの3人は俺を待っているだろう。ミゲンやソウが向こうの機嫌を損ねていないといいんだが……いや、それよりローディーの俺が遅刻したせいでSchwarz Rose.全体の印象が悪くなる方がヤバい!とにかく急ごう!)
午前10時、顔合わせの場所である喫茶店に定時ちょうどに着いた八束は、店員に「待ち合わせをしています」と告げ、人混みにいても目立つ3人の姿を探した。 しかし、まばらに埋まった席の中に、バンドメンバーたちの姿は見当たらない。おかしい、挙句の果てに集合場所まで間違えたのか……?そう思った八束は、次に昨晩すれ違った男性の姿を探す。
探していた人物は、一番奥のボックス席にいた。昨日とそう変わらないスーツ姿で足を組み、コーヒーを飲みながら座っている。見るからに不機嫌、というわけではなさそうだが、仏頂面からは真意が読み取れない。銀縁眼鏡のレンズは、飲み物の湯気で曇ることなく、灰色の瞳を映し出している。
(よかった、何とか見つけた……!でも、あいつらもまだ来ていないのか?……いや、とにかく今は先方に挨拶だ!)
八束はシンプルなデザインのハンカチで汗をぬぐい、スーツの男性に声をかけた。
「おはようございます!遅くなってしまい申し訳ありません!私は―」
「定刻から45秒の遅刻。音楽業界のことはよく知りませんが、大半の社会では5分前行動ないし10分前行動が基本かと」
飲みかけのコーヒーカップに口をつけたまま、スーツの男は淡々と言った。八束の目を見ることなく、しかし遅れてきた彼及び未だ来ていないバンドメンバーたちを明らかに責める口調で。
(めっちゃ怒っていらっしゃる……!!)
汗を拭いたばかりにも関わらず、八束の全身から冷や汗が噴き出る。
「誠に申し訳ありません!今、リーダーの篠に連絡いたしますので……!あっ、私はSchwarz Rose.のローディーの【葛城 八束】です!鴨川レコードから参りました……!」
「存じ上げています、先日挨拶に伺いましたから」
「で、すよね……」
昨晩すれ違ったことも含めバレている。今まで人間社会ではうまくやって来た方だが、ここまで初対面の相手を怒らせたのは初めてだ。やはり遅刻はするものではないな……と八束は思った。
「……」
「連絡、なさらないんですか?」
「あ、そうですね……外で連絡してきます……」
気まずくなって次の言葉に困った八束に、スーツの男が声をかける。我に返った八束はスマートフォンのみ持って他の荷物を向かいの席に置き、店の外に出てシノに電話をかける。
『―おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないか……』
スマートフォンからは、電話がつながらなかった時の電子音が聞こえてきた。続けてミゲンとソウにもかけたが、同じ結果だった。 仕方なく、八束はスーツの男が待つ席に戻った。
「申し訳ありません、3人とも連絡が取れず……」
「……そうですか」
八束はなすすべなくボックス席の横に立ち尽くしていた。待っている間にコーヒーを飲み終えたのか、カップをソーサーに置いた男は静かに口を開いた。
「とりあえず、座って何か飲んだらどうですか。連絡が取れない以上、いつ当人たちが来るのか分からないんですし。ずっとそこに立たれていては、奥の方の席を選んだのに目立って仕方ない」
その口調は、先ほどまでと同じ淡々としたものだったが、声音は幾分か柔らかくなっていた。怒っても仕方ない、と諦めたのだろうか。
「……はい、失礼します」
八束も今後一生分怒られる覚悟を決め、向かいの席に座った。頭を冷やすためにアイスコーヒーを店員に頼み、数十分ぶりに一息ついた。 向かいに座っている男性は、ため息をついた後に顔を上げ、初めて八束に目を合わせた。
「怒っている、と思わせたのなら誤解を解きましょう。私は元来この調子で、人相も合わさって人に勘違いをさせることが多い。謝るつもりはありませんが、貴方を責めるつもりもありません。先ほども申しましたが、私は音楽業界のことに関しては門外漢だ。そちらが非礼を詫びる分には聞き流しておきますが……申し遅れました。本日付でSchwarz Rose.のマネージャーとなりました、【九条院 葦冶(くじょういん あしや)】です」
スーツの男―九条院は淡々とした口調を崩さず、名乗った後流れるような所作で立ち上がり、名刺を差し出した。 一瞬呆気にとられた八束は慌てて鞄から名刺入れを取り出し、自身の名刺と交換する。
「お、怒ってなかったんですね……それなら良かった」
「人の第一印象なんて、受け取る当人の感情から決まるものでしょう。それに、彼らが遅れている理由は大体察しがついていますからね……失礼、眼鏡が曇ったようだ」
ほっとした八束を特に気に留めず、九条院は眼鏡を外してどこからか取り出したクリーナーで拭き始める。
(ん?最初会った時全然曇ってなかったように見えたけど……)
八束が一瞬感じた違和感は、次の瞬間確信に変わる。
九条院はテーブルの下で眼鏡を拭きつつ、じっと八束を凝視していた。その両の目は、先ほどよりいくらか見開かれているようにも見える。また、2つの眼は先ほどとは異なり、青色のような、紫のような、水色のような、何とも言えない発色の、神秘的な輝きを持っていた。 九条院は、「眼鏡が曇った」と偽って、裸眼で八束を観察していた。
「……チッ」
やがて、九条院は人間が聞き取れない程度の音量で舌打ちをした。当然、妖怪である八束には聞こえてしまったのだが。 しかし、そのすぐ後九条院は曇り一つない眼鏡をかけ直し、平常通りの態度に戻った。
「……失礼、こちらの事情ですのでお気になさらず」
(いやいやいやいや!?気になるんだけどそんなこと言われたら余計に!?)
ツッコみたくなる衝動をぐっとこらえて、八束は水の入ったグラスを握りしめた。
「それより、電話、鳴っているようですよ。バンドメンバーの方から折り返しでかかってきたのでは?」
九条院はいつ連絡が来てもいいようにとテーブルに置いてあった、八束のスマートフォンを左手で指し示した。マナーモードになっているものの、確かに定期的な振動が机の足に伝わってきている。
「あ、本当だ!ありがとうございます!……ちょうど篠からですね、もしもし!」
八束ははっと気が付いてスマートフォンを手に取り、シノからかかってきていた電話に応じた。
『……すみません、八束さん。俺と、ミゲンと、ソウ。全員、そっちに行けそうにありません』
「!?」
普段とは打って変わって沈んだ声に、八束は異常事態を察知した。
「どういうことだシノ、てか今どこにいるんだ!?」
『俺の部屋です……ミゲンとソウもそこにいます。マネージャーには帰ってもらって、紫香さんを呼んで来てもらえますか?なるべく早めに……』
「わ、分かった!すぐ行くから待ってろ!」
八束はシノの頼みに応じるためにすぐ電話を切り、身支度を始めた。
「すいません九条院さん、今日は3人が急に体調不良になったようなんで、全員での顔合わせはまた後日に!俺は様子を見てきます!」
「体調不良、ですか。なら私も行きましょう。曲がりなりにも今日付けで彼らのマネージャーですからね」
「え!?いやいや大丈夫ですよ、俺一人で何とかなりますし―」
「電話をしていた貴方の様子から察するに、体調不良では済まされない緊急事態でしょう。人数は多いに越したことはない」
九条院は八束の制止を聞くことなく、自身も最低限の荷物しか入っていなさそうな小さめの鞄を持って店を出る。 体調不良、という言い訳が一瞬で見破られたことにショックを受けつつも、八束はそれ以上に、Schwarz Rose.の3人が心配で仕方なかった。その後も道中に様々なやり口で言いくるめ、九条院を撒こうと試みたが、鉄仮面の男の足が止まることは無かった。
やがて、八束と九条院はシノが住むアパートの一室前に到着した。
(結局、二人で来ることになっちまった……紫香を呼べってことは、人間に言えないような事情だろうに何やってんだ俺は……)
自分を責める八束を後目に、九条院はインターホンを鳴らして家主を呼び出した。
「ちょ、九条院さん!?まず俺が様子見てきますから、ストップストップ!」
「事態は急を要するのでしょう?様子見している暇はないと思うのですが……ふむ、出ませんね。見たことの無い私がいるから警戒しているのでしょうか」
「いや、シノの家のインターホンはモニターついてなかったと思います。玄関まで来れないほどなのか……?」
不思議に思った八束は、シノに電話をかけ直した。玄関の奥から小さくコール音が聞こえる。確かにシノはこの中にいるのだろう。 10コールほど後、家主が電話に出た。
『もしもし……』
「ごめんシノ、マネージャーさん連れてきちまった……というか、入って大丈夫?」
『大丈夫です、さっきかけた時に鍵開けておいたんで。マネージャーは……見てもらった方が早いか。とにかく、入っていいですよ』
「オッケー、すぐ行くよ」
八束は電話を切った後、扉の前で腕を組む男に声をかけた。
「鍵、開いてるみたいなんで行きましょう。―お邪魔しまーす」
「そうですか。お邪魔します」
二人は奥にいる家主に聞こえる程度に挨拶を済ませ、中に入った。玄関の奥、居間へのドアは開きっぱなしだ。
(几帳面なシノにしては珍しいな……)
そう思いながら、八束は奥へ進んだ。
居間の座椅子で小さくなっていた銀髪の中性的な青年は、昨日練習で会った八束には到底想像もつかない姿になっていた。 昨日着ていたままの私服は所々破けており、皮膚の見える部分は包帯やガーゼ、絆創膏でほとんど覆われている。顔は前髪で右半分が隠れており、その部分が手痛い怪我を負っているのが予想できる。ギターを弾き鳴らすための右腕は、ありあわせのタオルで作っただろう三角巾で固定されており、骨折しているのは明らかだ。
「……ごめんなさい、八束さん。こんなんじゃ、ライブどころか活動自体厳しいですよね」
シノは、入ってきた八束を見るなり悲しそうに目を伏せた。ああ、今まで電話に出るのが遅れていたのは、利き手が使えなくなっていたからなんだな……と、頭の片隅で八束は思った。
「お前……!!?どうしたんだよその怪我!?なんでもっと早く俺たちに連絡しなかった!?」
八束が発した第一声は驚きと責めの入り混じった怒声だった。彼の後ろで立っている九条院は、何も言わずに成り行きを見守っている。
「すみません。帰ってきてからさっきまで気を失ってました。……俺のことはいいんです、次のライブは無理でも安静にしてれば治るだろうから……それより、ミゲンとソウの方が酷くて……!!」
普段滅多に怒ることのない八束に萎縮しつつも、シノは涙目で奥の寝室を見やった。どうやら残る2人はそこにいるらしい。
「……失礼、奥に入ります」
「あ、あなたは……」
「今日から貴方たちのマネージャーになるはずだった者です。葛城さんは彼を落ち着かせて、適切な応急処置を。絆創膏の貼り方から包帯の巻き方まで粗雑すぎて見ていられない。水でも飲ませて、ゆっくり何があったか聞いておいてください」
九条院は家主の許可も取らずに自身の荷物をテーブルに置き、八束に指示を出して寝室の方へ消えてしまった。襖がピシャリと閉められ、呆気にとられた土蜘蛛と付喪神だけが残される。
「え、えーっと……俺治療とかやったことないんだけど……とりあえず見せてみろ、何があったかは話せるようになってからでいいから。応急箱借りるな」
「あ、はい……緑茶、冷蔵庫に作ってあるのでコップとか適当に使って下さい」
八束は慣れない手つきでシノの包帯を外し、慎重に巻き直した。看病されながら、シノはぽつぽつと、昨晩自分たちの身に起きたことを語り始めた。
「―辻斬り?」
「はい。それも、俺たち妖怪だけを狙っているみたいで。妖力がどうとか、女の肉は柔らかいから斬りやすそうだとか言ってました。俺は男だって言い返してやりましたけど」
「それ、相手の思うツボだったんじゃ……シノらしいけどな。というか、お前たちも妖怪だったとは……全然気づかなかったよ」
「すみません、なるべく早く伝えたかったんですけどタイミングがなくて……」
シノの話をまとめると以下のとおりだ。
3人で夕食を食べて帰っていた時、突如上空から辻斬りが降ってきた。シノが咄嗟にミゲンとソウを庇ったことで、初撃は軽傷で済んだのだが、その時から力が抜けるような感覚があった。今思い返すと、斬られた瞬間に妖力を奪われたのだろう。 シノが斬られたことでミゲンとソウが怒り、本来の姿に戻って攻撃しようとしたが、逆効果だった。辻斬りは目で追えないほどの速さで2人を斬り捨てたのだろう。瞬きをした数刻の間に、ミゲンとソウは血を大量に流して倒れ伏していた。 辻斬りがとどめを刺そうとしたところで、シノが彼……彼女……?の足を掴み止めた。すると辻斬りは気分が変わったのか、自分の体内に刀をしまい、自分を一方的に素手で殴ってきた。最初に妖力を奪われていたシノは手も足も出ず、気を失うまで殴られ続け、次に目覚めた時には自分の部屋にいた。ミゲンとソウが最後の力を振り絞って、ここまで連れて来てくれたのだろう。
「『アイツと本気で戦うことになれば、ステゴロも視野だろうしなァ』、とか言っていた気がします。……俺は練習相手程度だったってことかよ、クソッ……!」
「まあまあ、殺されなかっただけ運が良かったと思おうぜ……幸い、怪我自体は安静にしてればすぐ治りそうだしな」
「……そうですね」
シノは自分のために戦おうとしてくれた2人を助けられなかったことと、辻斬りに練習相手としか見られていない自分の弱さを悔む。最初は自分をすぐに呼ばなかったことに怒った八束も、今は落ち着いて3人が生きていることに安堵していた。
「悠長にしている暇は貴方たちにはありませんよ。3人とも、放っておけば死にます」
話し終えた頃合いを見計らったのか、九条院が寝室から出てきて口を開いた。その声に真っ先に反応したのは八束だ。
「死ぬって……どういうことだよ九条院さん!」
「言葉のとおりです。恐らく皆さんはその辻斬りとやらに斬られた時から今も尚、妖力を奪われ続けている。刀でつけた切り傷が辻斬りの妖力源と繋がっているのでしょう。ミゲンさんとソウさんが意識不明の重体で、シノさんが辛うじて喋れている理由は刀傷の数の違いでしょうね。遅かれ早かれ、3人とも妖力が取り尽くされれば死に至る。妖力欠乏症を起こしている2人の方は……もって1週間、といった所でしょうか」
「そ、そんな……」
九条院は淡々とした口調を崩さず、重体の2人の状況とシノの話から診断を行う。昨日まで元気に笑っていたミゲンとソウが、あと1週間で死ぬ?突然現れた辻斬りに遭って、斬られたというだけで?そんなこと、いきなり言われて信じられるわけがない。
「……ちょっと待て。八束さん、今そいつのこと、九条院って呼んだ?」
しかし、顔面を真っ青にしたシノが気にしていたのは、仲間たちの容態についてではなく、目の前の鉄仮面の男の素性についてだった。もちろん前者についてもショックを受けているだろうが、それに関しては当事者だからある程度予測はついていただろう。シノにとっては、後者の方が重要であり、辻斬り以上に脅威となり得る事実なのだ。だが、そんなことを露とも知らない八束は、平然と新しいマネージャーの紹介を始める。
「あ、そう言えば言ってなかったな。この人は【九条院 葦冶】さん。俺が待ち合わせに遅れても怒ってなかったし、シノたちを心配してここまで来たんだし、信用していいと思―」
「なんで……なんで【九条院】の人間がここにいるんだ!辻斬りにやられて、弱った俺たちのことを祓いに来たのか!?俺たちは人間に危害を加えていないのに、どうして……!!」
八束がこんな状況下でも冷静な人間を紹介すると、シノは明らかに怯えた様子で距離を取った。脚も怪我をしている今では、腰が引けて後ずさりするしかできなかったが。 そこで八束はようやく気づいた。友人が手酷い重傷を負ったことに気を取られすぎて、目の前の人間の不審さを見落としていたのだ。
(九条院さんは、俺たちが妖怪であるという前提でしていた話を恐らく全部聞いていた。聞いた上でさも当然のように、辻斬りに妖力を奪われたなんて判断を下しているんだ。というか、薄い襖の向こうにいた九条院さんに話が漏れ聞こえないようにするなんて、土台無理な話だ。尾咲みたいに結界術を張れれば多少何とかできたかもしれないけど……何でもっと早く気づかなかったんだ、俺の馬鹿野郎……!じゃあ、九条院さんは、目の前にいるこいつは何者なんだ……!?)
2人の妖怪に警戒された九条院は、今までで一番大きなため息をついた。
「どうやら、盛大に誤解されているようですね。これだから弱った中低級妖怪のケアは嫌いなんだ……いや、葛城さんに関しては上級か、特級クラスと言っても過言ではないのでしょうけど。……全ては過激派の先祖の行いのせい、か。全くもって面倒極まりない……」
そして、1人で勝手にぶつぶつと呟きぼやいている。警戒を解かない八束やシノには一切お構いなし、それどころか誤解を解くこと自体が億劫、といった様子だ。目の前の男に、自分が妖怪であることですらも見破られている。今まで一度も、変装している状態で妖怪に正体が割れることなどなかったのに。八束は思わず変装の一部を解除するほどに警戒を強めた。彼の着ていたスーツが、金糸で蜘蛛の巣の刺繍がされた着物に変わっていく。
「九条院さん、あんた一体……」
その様子に特に動揺するでもなく、九条院は八束に向き直った。
「貴方が最初に名乗ってから今まで、私に対して無警戒だったことには興味がありますが……今はそれどころではありませんので、簡潔に。私は日本最後の伏魔師一族、【九条院家】から遣わされた者です。近頃東京周辺で妖怪を狙って辻斬りを行いその妖力を奪う、『妖怪斬り』の討伐任務、そして『妖怪斬り』の被害に遭った中低級妖怪のアフターケアのために。―こう言えば、貴方たち2人の勘違いを解消できますかね」
伏魔師一族の九条院家、『妖怪斬り』、妖怪のアフターケア。それらの言葉は、この世界とは異なる世界の過去から転生し、未だその真実を知らない八束が混乱するには、十分すぎる情報だった。
「伏魔師の一族……九条院家……?」
シノと八束、2人の妖怪には決定的な違いがあった。シノはこの世界に古来から生きているが、八束は約1年前、別の時代・別の世界で死んだ後この世界の現代に飛ばされた。この事実を2人とも知らないものの、葦冶の言葉の意味を理解しているかどうかでその差は現れることとなる。
「知らないのか!?九条院って言えばあの蘆屋道満の子孫の一族、俺たちが生まれるずっと前からたくさんの妖怪を退治してきたんだぞ!」
「そ、そうなのか……いや、1年前に飛ばされた……じゃなくて、目覚めたばかりで知らなかったんだ」
八束は千年以上前に死んでからこの時代に飛ばされた、と言おうとして咄嗟に言い換えた。人間どころか妖怪相手ですら信じてもらえるか怪しい自分の来歴を明かして、混乱させたくなかったからだ。
「目覚めた、ってことは八束さん、最近まで封印されてたのか?どんだけすごい妖怪なんだ……でも土蜘蛛っていえば俺らが生まれるずっと前から有名だったらしいし、おかしくないか……とにかく、俺たち妖怪の間じゃ九条院の人間と会ったら命はないってくらい恐ろしい奴らなんですよ。でも……」
シノは八束の言葉を誤った方向に解釈した上で納得し、九条院家の危険性を主張しようとする。しかし、目の前の葦冶に自分たちを祓う気がないことにも薄々気づいているのか、戸惑った様子だ。
「私にその気があれば、奥にいる2人をとっくに祓っています。何も知らなそうな葛城さんを警戒させるようなことを話したりもしないでしょう。……勝手に勘違いをさせたことに関しては謝ります。ただでさえ面倒な討伐任務を抱えている上、今後のビジネスパートナーが全員妖怪だなんて信じたくなかったんでね……こう見えて内心は動転しているんですよ」
そんな2人の妖怪たちを前にしても淡々とした態度を崩さず、葦冶は誤解させたことを謝った。常に変わらない表情から、動転しているという言葉については疑念が拭えないが、嘘はついていないだろう。八束はそう思った。
(蘆屋道満の名前は俺も知ってる。千年くらい前の都で陰陽師として仕えていたって噂は聞いていた。その子孫が伏魔師をやっているってのは初耳だけど、シノの反応と九条院さんの話に嘘はないだろう)
「俺が人間じゃないってことも最初から見抜いてたんですね。変装には結構自信があったんだけどな……」
「いえ、貴方の変装は完璧でした。今のように半分妖怪の状態になっていなければ、他の九条院の人間でもそう簡単には見破れないでしょう。私の場合―この眼があったので」
八束が自分の変装を見抜かれたことに納得していると、葦冶はそれを否定し、眼鏡を外した。
彼の両目が蒼く輝く。その目は八束やシノを視ている時、より強く光っているようにも見える。
「貴方たち妖怪が持つ妖力に反応する眼……専門家は【魔眼】と呼んでいました。こんな眼を持って生まれたおかげで、私はやりたくもない妖怪退治に遣わされているというわけです」
「それは……なんていうか、大変なんだな」
「哀れみは不要です、やりたくないという私個人の感情とやるべき仕事との区別はしていますので。仕事とは適性のある者が行うことで効率よくこなすべきもの。今回はたまたまその適性が私にあった、というだけです」
葦冶は自身の魔眼を厭いながらも、仕事と私情の区別をはっきりつけていることを主張した。
「……九条院さんに敵意がないのは分かった。でも、悪いけど、俺はそれでもあんたを無条件に信頼することはできない。例え今放置されているとしても、今後伏魔師が俺たちを絶対に祓わない保証はできないだろ?」
今まで黙って八束と葦冶の話を聞いていたシノは、目を伏せながら言った。この世界に古来から住む彼だからこそ、警戒を解くことができないのだろう。
「そうですね、今はそれで構いません。私の仕事の邪魔さえしなければ危害を加えることはないとだけ言っておきます。……仮に今回の件が解決した場合、嫌でも共に仕事をすることになるのですから、慣れて下さい」
「……はい」
「私の話はこのくらいでいいでしょう。今は『妖怪斬り』です。とは言え、ここまでの手傷を負わされて生き残った者がいるなら、ほぼ解決したも同然ですがね」
葦冶は鞄からペンと地図を取り出し、テーブルの上に広げる。そして再び眼鏡を外し、シノの眼をまっすぐに見つめた。
「な、何をするんだ?」
八束は葦冶の行動が理解できずに尋ねる。見つめられているシノ本人も思わず目を逸らそうとする。
「動かないで下さい、狙いがずれる。シノさんを通じて『妖怪斬り』の場所を探ります。今もシノさん、ミゲンさん、ソウさんの肉体から妖力を吸い取っているのであれば、妖力のパスが『妖怪斬り』本体に繋がっているはず。先程2人を視て、都内に潜伏しているのは分かっています。意識を保っているシノさんの記憶と照合が取れれば、より正確な位置を割り出せる……ちっ、かなり細いな……シノさんは気にせず、できるだけ正確に襲撃者を思い浮かべてください」
葦冶はそう言いながら、シノと地図を交互に見比べ、ペンで書き込みを入れる。細い、とはシノと犯人を繋ぐ妖力が探りづらいという意味だろう。
「あの、なんか俺にできることありますか?友達がやられたんだ、手伝えることがあるなら何でもしたい」
八束はその様子を見て、協力を志願した。
「シノさんの意識が襲撃者に集中するように、聞き込みをお願いします」
「よし!シノ、お前たちを襲ったのはどんなやつだったんだ?」
「え、えっと……抜身の刀を持ってました。鞘は提げてなかったかな。俺を殴る前に身体のどこかにしまってた気がするけど、納刀した感じはなかった……と思います」
シノは葦冶からの視線を受けながら、当時の状況を説明する。彼が話すごとに、葦冶の両眼の輝きが強くなっていく。
「刀を持っていた……刀の見た目は覚えてるか?」
「暗かったので細かい所は見えませんでした。最初に斬られた時から、すごく嫌な感じはしていました」
「うーん……襲撃したやつ本人はどうだった?」
「黒いローブを着ていて顔は見えなかったです。……俺と同じくらいか、それより小柄だったかな。素の腕力はずっと上でしたけど」
「シノと同じかそれより小柄?ってことは子ども?」
「はい……どちらかと言うと女の声だった思います。喋り方は男っぽかったんで、はっきり女とは言えないですが」
(女の声、ってことは伊吹ではないかな……あいつにそんなことする理由はないけど、シノより小柄で戦闘力の高い奴と言うと、かなり限られるだろう。少なくとも人間ではないのか?)
八束は話を聞きながら、知り合いの酒呑童子のことを思い出していた。八束の知る限り、伊吹が刀を使って戦うことは最近までなかったが、襲撃者の特徴を聞いて一瞬思い浮かべたのである。
「……あ、いや、でも女かな、女装趣味でもない限りは。ローブの下はゴスロリっぽい格好でした」
(……ゴスロリ?)
八束は襲撃者の服装に引っかかりを覚えた。ゴスロリなんて動きづらい服装で3人の妖怪を圧倒したこともそうだが、その服装は数日前から行方不明の少女・黒瞳が好んでいたからだ。伊吹より小柄な彼女と襲撃者とは、背格好も合致する。
「……見つけた」
八束が考え込んでいる間に、葦冶がそう呟いてペンを置いた。
「え!?このたった数分で!?」
「かなり細いパスでしたが、シノさんの証言と合致する人物と繋がっていました。場所は……原宿近郊?随分目立つ場所にいますね」
葦冶は地図とシノを見比べながら、敵の現在位置を割り出したと話す。話しながら机に広げていたものを鞄にしまい、この場を発つ支度を始める。
「なんにせよ場所がわかって良かった。協力ありがとうございます、シノさん、葛城さん。私は討伐に行きますので、くれぐれも邪魔しないように。今後の仕事については……3人の怪我が治り次第、また相談しましょう」
葦冶は驚いている妖怪2人に礼を言って、アパートを出ようとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ九条院さん!」
八束は思わずそれを止めた。一度湧いた襲撃者に関する疑念を払わずには、黙って待つこともできないと思ったのだ。
「……何です?急いでいるんですが」
「あー、いや、そんな大したことじゃないんだけど…その『妖怪斬り』が活動し始めたのって、いつ頃か分かるか?」
「そんなこと聞いてどうするんですか……最初の事件発生は10日前。ここ数日でシノさんたち含め既に26名の死傷者が出ていますが、それが何か?」
「……!!」
一致する。いつからか伊吹について回っていた少女・黒瞳が行方不明になった時期と。そしてここまで聞いて、八束は漸く黒瞳の言葉を思い出した。初めて会った時に自己紹介された時の言葉を。
『ワタシは伊吹の宝具【妖怪殺し】を納める鞘なんだよ!……どんな宝具か聞きたい?なんと、伊吹が妖怪だと思ったものはどんなものでも一刀両断できちゃうの!伊吹がその気になれば、八束さんも尾咲さんもタダじゃ済まないよ〜?あはは、もちろん伊吹はそんなことしないって分かってるけどね♪』
「九条院さん、それ多分俺の知り合いだ!理由は分かんないけど、使ってる武器に操られてるんだと思う!」
「……例え貴方の身内で、呪具の類に憑依されていたとしても、害を為している以上討伐はしますよ」
「だから、俺たちで何とかさせてくれ!この前まで一緒にいたのに気づかなかった責任がある!九条院さんはシノたちを、Schwarz Rose.を頼む!こいつらのマネージャーなら、ほっとくわけにはいかないだろ!」
八束は『妖怪斬り』の討伐を自分に任せてほしいと頼んだ。友人が殺されることを避けたかったというのもあるが、友人の変化に気づかなかった責任を取らなければならないという想いが一番大きかった。
「……マネージャー、と認めるんですね。貴方たち妖怪からすれば天敵同然の私を」
葦冶は八束の最後の言葉に対しそう言った。
「3人の怪我が治った後に相談させろってことは、あんたはこいつらのマネージャーとして一緒にやっていく気があるってことだ。俺にはそれだけで十分だ。シノもそうだよな?」
「え、そこで俺に振るんですか!?……た、確かに俺らが妖怪だって分かってる相手なら変に遠慮する必要ないから、逆にあいつらもやりやすい……のかもだけど……」
八束は葦冶にマネージャーをする気があるのを見抜いて、シノにも同意を求めた。シノは未だ状況が飲み込めていないのかはっきりとした返答ができなかったが、この数分で葦冶に対する警戒は幾分か和らいだようだ。
「それに、『妖怪斬り』は今原宿辺りにいるんだよな?そこに俺の知り合いが2人いるんだよ、しかも片方は俺よりずっと強い妖怪だ。狙われる可能性が高い」
八束は昨晩「久々の休日に原宿デートしてくる」と話していた九尾の狐と、共に出かける相手の雪女の顔を思い浮かべている。彼女たちにこのことを一刻も早く伝えたいのだ。
「……なるほど。それなら急いだ方がいいですよ。討伐任務を課されている伏魔師は私だけではありません。中には他の人間・妖怪の犠牲を払ってでも討伐を敢行しようとする過激派もいます。彼らが『妖怪斬り』に辿り着くより先に事態を収束させてください」
「分かった!シノ、安静にしてろよ!」
「は、はい。八束さんも気をつけて……!」
八束は自分の鞄からスマートフォンのみ取り出して、シノの部屋の窓から原宿に向けて飛び出した。建物の屋根と屋根の間に蜘蛛の糸を張り、その上を器用に走っていく。その間に彼はもう1人の妖怪、聞き込みの時思い浮かべた酒呑童子の少年に電話をかけていた。
「もしもし伊吹、今暇か?暇だよな冬休み中だから。すぐに原宿まで来てくれ、急いでるから変装はしなくていい。むしろ全力で来てもらわないといけないかもな……黒瞳が見つかったんだ、このままだと尾咲と銀花が危ない!」
電話の相手は、普段とは打って変わって捲し立てるように話す八束に暫く言葉を返せなかったが、やがてふぅ、と溜息をつき返答した。
『一気に話すな、合流してから順番に説明しろ。場所は?』
その声色に怒っている様子は無い、と判断した八束はほっとして、少しだけ声を落ち着かせて話す。
「変装解除してても大丈夫な、人の少ないとこがいいよな。電話切ったら*INEで送る!」
『了解、一応雌狐と銀花にも連絡しておけよ。外出中のアイツらが見るかどうかは知らんが』
「オッケー任せとけ!」
八束は電話が切れた後、マップアプリを開いて合流場所を探し始めた。この時代に来てから初めて、全力で戦わなければならないことに、しかもその相手が見知った人物であることに、緊張の糸を足元の糸と共に張りながら。
アパートの一室に残されたシノと葦冶は、あっという間に見えなくなった八束を見送った。
「行っちゃっいましたね……すごい人、いや妖怪なんだな八束さんって……」
シノは八束の行動力の高さに感心した。自分や葦冶の話を聞いて、臆することなく『妖怪斬り』に挑もうとする勇気は、バンドを始めるまで人間社会で隠れるように生きてきた彼にはなかった。
「単純な力で言えば確かに彼の力は貴方たちの倍以上ありますね。伏魔協会に認定されたなら特級相当……それでも、彼が妖怪である限り勝ち目はないでしょう。どうするつもりなのやら」
「勝ち目がないって、どういう意味ですか?」
葦冶は奥の部屋で眠っているミゲンとソウの部屋に札を貼りながら話す。シノは八束に勝ち目がないという発言が気になり尋ねた。
「どうにかすると言っても多少の戦闘は避けられないでしょう。『妖怪斬り』の持つ刀を一太刀でも受ければ、その時点で敗北確定です。刀傷を通じて奴に妖力を吸われ続けることになりますから」
「た、確かに……」
「『妖怪斬り』の狙いもそれかもしれませんね。自分より多くの妖力を持つ妖怪を誘き出し、自分の糧とする。そのために低級・中級妖怪から妖力を奪ってきた…行動自体は過去何度かあったケースではありますが、今回の犯人の最終目的は一体……」
窓の外を見つめる葦冶の瞳は、魔眼の発動を抑えるという眼鏡越しでも、僅かに蒼く光っていた。
『現世妖怪異譚』 彰名 @akina3115
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